#047 露骨な懐柔工作
ここのところ天気が悪くて体調が良くないぞぉ! さむいんじゃぁ!_(:3」∠)_
帝国航宙軍は戦闘行動をした後、余裕があるなら必ずしっかりと整備を行うらしい。彼らの乗る軍艦は帝国臣民の血税によって建造され、皇帝から貸与されているものなので粗雑に扱うことは許されないのだ、ということであるらしい。
そういうわけで、一方的とは言え一応は戦闘を行った対宙賊独立艦隊も整備のために暫く動けなくなる。そのタイミングで軍人さん達も陸に上がって休暇を取るわけだな。まぁ、俺には関係ない。今日は新しい戦術を考えるか、昨日の作戦の反省会でもするのだろうとそう思っていた。
そう思っていたのだが。
「では、行きましょうか」
旗艦レスタリアスのブリッジに行くと、何故かそこには恐らくは私服なのであろうカジュアルな服装に身を包んだセレナ少佐がいた。それはもう花が咲いたかのような満面の笑顔だ。他のクルーの姿は見当たらない。
セレナ少佐の今日の格好はメリハリのある身体のラインがそのまま出るベージュのニットセーターに黒系のスカート、腰には剣帯のようなものと、それに差したちょっとサイバーっぽい雰囲気の漂う剣が一振り。なんだろうこの……ファンタジーカジュアルスタイル?
「どこに……? というか何を企んでいるんです?」
俺は思いっきり警戒した声と表情を隠さずセレナ少佐に問いかけた。さすがの俺もここで「おっけー! 美人さんとデートだひゃっほーい!」となるほどのお馬鹿さんではない。今までの経緯からしてセレナ少佐が何かを企んでいるのは一目瞭然だ。
「いやですねぇ、企んでいるだなんてそんな……」
オホホ、とセレナ少佐がわざとらしく笑う。それを見て俺は携帯情報端末を操作した。
「何を?」
「いえ、なんでも。それで、どこに行くので?」
首を傾げて聞いてくるがそれは軽く受け流しておく。操作もほんの一瞬のことだったので、セレナ少佐もあまり気にならなかったのだろう。とりあえず話を続けることにしたようだった。
「今日は私、非番なのです」
「はぁ」
その格好を見ればそれは理解できるな。逆にその格好で軍務に就くというのもなかなか楽しそうだが。規律の欠片も感じられなくなるし無理か。
「それで、街に食事にでも行こうかと」
「それはよろしいことですね」
「でも、一人で行くのは寂しいではないですか」
ははは、この寂しがり屋さんめ。
「ご友人でも誘われては?」
「この星系には残念ながら友人はいないのですよ」
いかにも困りました、とでも言わんばかりにセレナ少佐は片手を頬に当てて意気消沈したような表情を作る。わざとらしい。
「左様ですか。では部下の方を誘われてはいかがでしょうか」
「非番の日にまで上官の顔を見なければならないのって心が休まらないと思うんです」
「尉官待遇の私にとってもセレナ少佐は上官なのですが?」
「それでも契約期間が終わればその上下関係も無くなるわけですし、他の部下に比べれば恐縮の度合いも小さいでしょう? それに、貴方は貴族相手にも物怖じしない性質のようですし……」
ニコニコしながらセレナ少佐が間合いを詰めてくる。俺はそれに対してさり気なく距離を保ちながら時間を稼ぐことにする。
「見たところ今日は私の仕事も無いようですし、私も非番ということでよろしいでしょうかね?」
「いえいえ、私は非番ですが貴方は非番ではありませんよ。食事でもしながら対宙賊の戦術論や今までの宙賊討伐のお話などを聞かせていただきたいですね。仕事として」
「仕事としてですか……職権の濫用なのでは?」
「ふふ、この程度で職権濫用を咎められることはありませんのでご心配なく。貴方は対宙賊戦術のエキスパートとして帝国航宙軍に雇われているのですから、責務を果たしていただきませんと」
セレナ少佐が笑顔でそう言うが、完全にこれは獲物を狙う捕食者の笑みである。圧力が凄い。どうにかこうにかして俺を自分の手の内に収めようって魂胆が見え見えなんだよなぁ。
さてどうしたものかと考えていたところで俺の携帯情報端末から着信音が鳴り響いた。俺はポケットから端末を取り出し、出て良いか視線でセレナ少佐に問いかける。彼女は仕方ないなという顔で了承してくれたので、遠慮なく通話に出ることにした。
「ヒロだ」
『状況は?』
先程端末を操作したのはこうしてエルマに通話をかけてもらうためにメッセージを送ったのである。セレナ少佐の相手は俺一人では手に余るからな。
「非番だそうだ。昼飯でもどうかと」
『断るのは難しいのね? 私達も同行して良いならってことで受けなさい』
「わかった」
通話を切る。こちらを見つめるセレナ少佐がジト目になっていた。
「うちのクルーも同行して良いなら」
「……女性とのデートに他の女性を同行させるというのはどうかと思いますが?」
「仕事で行くならそんな色気のある話じゃないでしょう。それに、うちのエルマは俺よりも傭兵歴の長いベテランですよ。食事がてら傭兵としての体験談を聞きたいというのなら最適な人材です」
仕事として話を聞きたいと言うのであれば、こう言えば断ることは出来まい。
「くっ……良いでしょう」
予想通り、渋々ながらもセレナ少佐は俺の提案に同意した。
☆★☆
「おはようございます、セレナ様。今日はカジュアルな装いで雰囲気がいつもと違って見えますね」
「ありがとうございます。エルマさんも素敵なお召し物ですよ。ミミさんはとても可愛らしいです」
「あ、あの、きょ、恐縮です……セレナ様も素敵だと思います」
セレナ少佐とエルマが笑顔を交わしあい、ミミがセレナ少佐に服装を褒められて恐縮する。
今日のエルマは緑を基調とした民族衣装のような装いだ。ぶっちゃけて言うと物凄くエルフっぽい。ザ・エルフ。サイバーっぽさが欠片もない。最初にこの姿を見ていれば残念宇宙エルフなどというあだ名をつけることもなかっただろうというくらいエルフ。
どうして普段からそういう格好をしないんだお前は。船の中でも外でもいっつも傭兵スタイルで、くつろいでる時なんてラフなシャツとパンツだけじゃないか。普段からそういう格好を是非して欲しい。
そしてミミは前に二人で買いに行った服を着ている。色合いは地味ながらクラシカルな雰囲気の漂う上品な逸品だ。可愛らしいミミが来ていると良いところのお嬢様のように見える。そして服の構造上胸部装甲の凶悪さが普段よりも強調されている。
俺? いつもの生地の厚いズボンにシャツ、ジャケットだよ。男のお洒落なんてどうでもいいよね。俺は変じゃなければ良いって主義だから。うん。
「本来であればご婦人方をエスコートするのは俺の役目なのかも知れないが、残念ながらこのコロニーには不案内でね……ああ、申し訳ないが口調に関しては艦の外ということで普段通りのものにさせてもらうけれど、良いかな?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとう。どうにも丁寧な言葉遣いというのは肩が凝ってしまっていけない。それで、セレナ様にはアテがあるので?」
「ええ、なかなか評判の良いオーガニック料理の専門店があるそうです。足も手配してありますから、四番エレベーターから市街地に降りましょう」
「アイアイマム」
オーガニック料理ねぇ? つまりフードカートリッジから加工したものではなく、本物の肉や野菜を使った料理ってことだろうか? ちょっと気になるな。
「……♪」
ミミもワクワクを隠せないのか歩きながらニコニコしている。ミミは銀河中のグルメを食べつくすのが目標だものな。新しい料理との出会いはそれだけで嬉しいものなのだろう。
軽く雑談を交わしながら目的のエレベーターに乗り込み、市街地へと降りる。
「ここは来たことのないエリアだな」
「前にお買い物に来たのは二番エレベーター付近でしたからね」
「二番エレベーター周辺は所謂庶民的な繁華街ですね。こちらは官公庁や大企業のテナントが多い地域で、高級な食事処や帝国有数のブランド店など、貴族や富豪御用達の店が多いのが特徴です」
「歩いている人も身なりの良い人が多いわね」
「警備員の数も多いみたいだけどな」
ちゃんとした服装のエルマやミミ、腰に剣を差しているセレナ少佐はともかくとして、俺みたいないかにも傭兵ですって感じのが一人で歩いていたらガチムチの警備員さんにスタァァァップされそうな場所だ。
そんな俺もきちんとした身なりの三人の女声と一緒に歩いていれば護衛か何かのようにでも見えるのか、一度も呼び止められることもなく目的の場所へと移動することができた。まぁ、移動自体セレナ少佐が用意していたタクシーのようなものに乗ってのものだったので呼び止められる隙も無かったんだけどね。
「ここの三階が目的地ですね」
「見た目は普通のビルにしか見えないな」
「居住スペースは貴重だからね。その分内装に凝っているのよ、こういうところは」
「な、なんだか緊張してきました」
「ふふ……緊張することはありませんよ、ただのレストランですから。個室を予約してありますから、マナーなども気にしなくて良いですしね」
「個室、ねぇ……」
ミミとエルマを誘わなかったらセレナ少佐と個室で二人きりになっていたわけか。一体どんな手段で俺を籠絡するつもりだったのやら。
「さぁ、丁度良い時間ですし入りましょう」
笑顔のセレナ少佐に誘われ、俺達はビルの中へと足を踏み入れるのだった。




