#472 「問題しかありませんが!?」
ワイトもそう思います( ˘ω˘ )(天気がめっちゃ悪かったけど頑張った
翌日はダレインワルド伯爵家の帝都屋敷でクリスの歓待を受け、皆で軽く買い物などを……いや、軽くないな? ほぼ半日あちこち歩き回って最新の寝具だのなんだのといった生活雑貨の類を買って回ったのは軽くじゃねぇな?
「うーん、こっちの方が肌触りが良いですね」
「肌触りが良いのは良いけど、寝る時に暑くない?」
「私、寒がりなのでこれくらいのほうが良いかもです。クリスちゃんもそうですよね?」
「前まではそうだったんですけど、強化してからはどちらかと言うと暑がりになっちゃったんですよね……」
ミミとエルマ、クリスは熱心に毛布のようなものを手にしてああだこうだと話し合っていた。
身体強化すると体質が大きく変わって暑がりになったりするんだな……。
「洗うのが楽なのが一番とちゃう?」
「寝具選びは大事だよ、お姉ちゃん。寝具の質は人生の質だよ」
「滅茶苦茶マジトーンやん……」
安さと洗いやすさを優先しようとするティーナをウィスカが真顔で止め、その迫力にドン引きするティーナがいたり……ウィスカってたまに変なこだわりを発揮するよな。
「私は寝具よりもこっちの椅子のほうが気になるなぁ」
「先生はちゃんとベッドで寝たほうがよろしいかと思います」
「いやいや、椅子で寝るのも良いものだよ? なに、質が良ければベッドと変わらないさ」
寝具を選んで――一部寝具でないものを選んでるのもいるが――いるだけでこれなので、それはもう目立ちまくったよね。あれはどういう集団だ? みたいな目で見られたよ。そりゃクリスとその護衛も含めると十人近い集団だものな。大所帯と言っても過言ではない。目立ちまくる。クリスにはひと目でそうとわかる護衛もついてるしな。クリスがやんごとなき身分のご令嬢であることは一目瞭然だ。
尤も、実際にはご令嬢ではなく次期伯爵なのだが。身分を公言しなければまだギリギリただの高位貴族の娘として振る舞っても許されるらしい。
実を言うと星系一つを支配する総督ともなれば公式には無位無冠の貴族の娘であっても男爵相当の扱いをされるのだそうだ。そうなるとこのように友人と一緒に店頭の売り場で直接商品を手に取ってああだこうだと商品を選ぶことなど許されない。基本的には商人を家に呼びつけて買い物をすることになるのだそうだ。少なくとも、帝都においては。
え? 名誉子爵の俺はって? 俺も望めばそうすることもできるらしいが、名誉爵位というのはちょっと扱いが微妙という話でな。世襲もできないし、真の意味で貴族としては扱われないわけだ。ただ、貴族同士の格という話になると話がまた少し変わってくるそうなのだが……詳しくメイに説明されたのだが、右の耳から左の耳に説明が通り抜けてしまってな。あまり覚えていないんだ。ガハハ。
で、買い物を終えた俺達は船に戻ったわけだが。
「いけません、お嬢様」
「大丈夫です。ここより安全な場所などそうありませんから」
「お館様からもきつく言われておりますので、これだけは引き下がれません。お嬢様、お屋敷に帰りましょう」
「嫌です」
船でお茶を一服し、そろそろ夕食でもという時になってそれは勃発した。
「今日はブラックロータスに泊まります。エデルトルートはお屋敷に戻って良いですよ」
「つまり、お嬢様は一人でここに残るということですよね?」
「そうですが、何か問題が?」
「問題しかありませんが!?」
ダレインワルド次期伯爵様とその護衛の騎士様がキャンキャンとじゃれ合いを始めた。いや、本人達にとっては至極真面目な言い争いなのだろうが……平和だなぁ。
「見てるだけで良いの?」
炭酸の抜けたコーラのような何かを片手に事態を傍観していたのだが、エルマが声をかけてきた。うーん、俺は正直どっちでも良いんだが。
「介入したほうが良いか?」
「それはヒロの好きにしたら良いと思うけど……」
そう言ってエルマが視線を向ける先にはハラハラとしながらクリスとその護衛であるエデルトルートが言い争うのを見つめているミミがいた。仕方ねぇなぁ。
「あー、はい。やめやめ。そこで言い争うのはやめよう。泣きそうになってる娘もいるんで」
「あ、ぅ……申し訳ありません、ヒロ様」
俺に声をかけられたクリスがシュンと縮こまる。
「うん、怒ってるわけじゃないからそこまで縮こまらなくて良いぞ。エデルトルートの懸念は当然ながら俺の存在だよな? ああ、言うまでもないことだから返事は結構だ。クリスも別にこの期に及んで俺と既成事実を作ろうとか考えているわけじゃないだろう? 久々にミミとお泊りしたいとか、そういうことだよな?」
「は、はい。そうです……よ?」
若干返事が怪しいが、言質は取った。ならよし。
「ならこうしよう。俺は今日外泊する。どうしてもクリスが心配ってことならエデルトルートもブラックロータスに泊まっていけば良い。そうすれば万事解決だな?」
「い……いやいやいや、万事解決ではありませんよ!? 女性が男性の船に乗って一夜を過ごすということの意味は知っていますよね!?」
「エデルトルートに関しては知らんが、クリスに関しては今更だろ? 前にも俺の船に長々と乗った上にリゾート惑星でお泊りすらしてる。それに、今後正式に婚約なり結婚なりをするならかえって対外的には既成事実になって都合が良いんじゃないか? 肉体的な意味での既成事実に関しては、俺がダレインワルド伯爵本人に直接確認を取るまでは作るつもりはないが」
「いや、それは……そう、ですかね?」
エデルトルートが首を傾げる。俺がそう思うだけで君がどう思うかはわからんし、貴族的な意味での一般常識に欠ける俺には判断はできんが。
「とにかく、エデルトルートが懸念しているのが俺だってことならそれで良いだろう。あとはよろしくやってくれ。俺はメイと一緒に外泊するから」
「……メイと行くの?」
「駄目か? 二日連続で留守番とネーヴェのお世話をしてもらったから、労いたいと思うんだが」
尤も、メイは飲み食いもしなければ大凡物欲というものも持ち合わせてはいないので、特別に何かしてやるということもないのだが。敢えて言うならこの上なく甲斐甲斐しくお世話されてあげるのが彼女にとって一番のご褒美ということになるのかもしれない。
「……そういうことなら仕方がないわね」
若干残念そうな雰囲気を醸し出しつつ、エルマが納得してくれた。
ここで俺が誰か一人を指名するって時にメイ以外を選んだら角が立つってことくらいは俺にだってわかるんだ。だからそんなに残念そうにしないでくれ。
あと、ミミとクリス。そんな露骨に目論見が外れたみたいな顔をするのをやめなさい。特にミミ。
どうもミミは俺とクリスを割と強引にくっつけようとしているフシがああるんだよな。そういう意味ではもうチェックメイトしてるんだから、焦らずにことの成り行きに身を任せるべきだとおもうんだけどな。俺は。
☆★☆
「ご主人様。この度はこの私をお供に選んでくださりありがとうございます」
「いや、礼を言われるようなことじゃないけどな……」
あれから凡そ二時間後。外泊の準備をした俺はメイと共にブラックロータスを後にし、高級な空中タクシーめいた代物に乗ってそこそこに高級なホテルへと移動した。
そして今は無事にチェックインを済ませ、部屋の確認などを終えて早速ご奉仕されながら直ぐ側に傅いたメイから謝辞なんぞを述べられているというわけだ。まぁ、ご奉仕と言っても備え付けのティーセットで淹れた高級そうなお茶を供されているだけなのだが。
「お疲れのようですね」
「まぁね……自縄自縛というか身から出た錆というか。誰かが悪いわけではないんだが」
敢えて言うなら俺をクリーオン星系に送り込んだファッキンエンペラーか、そもそも売国と反乱なんぞを考えたイクサーマル伯爵家の連中が悪いんだろうけど、前者には文句を言うのも簡単じゃないし後者は概ね滅びたようなものなので文句を言う先がない。そもそも跡取りは俺がこの手で処したしな。それに比べれば帝国貴族と逃れようのない縁を結ばざるを得なくなり、それに振り回される程度は安いものか。
「ご主人様は今の状況を憂いておられますか?」
「いや? ちょっと疲れただけで嫌になったわけじゃないな。セレナやクリスとはいつか決着をつけないととは思ってたし……こういう形に落ち着くとは思ってなかったが。いや、そうでもないか? 何れにせよ手を出すとなったらこうなっていたか」
ウィルローズ子爵家でも言われたようにこれも運命なのだろう。うじうじ悩んでも仕方ねぇし、なるようになれだ。
「まぁその話は置いておこうか。後は帝都で受勲式か何かをやるのに参加して、その後はまた
自由な傭兵稼業……とは行かんか。ホールズ侯爵領かダレインワルド伯爵領に顔出しが要るかな」
「そうなるかもしれませんが、ご主人様の思うようになさるのが一番かと。極論を言えば、ご主人様が貴族の流儀に縛られ、従う必要はありませんので」
「そうはいかないんじゃないか?」
「いいえ、そんなことはありません。寧ろ、相手の都合に合わせない方が良いかもしれません。譲れば付け込まれます。弱みを見せ、どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか一度見極められてしまうと確実に。どこまでも」
「なるほど」
ありそうな話だ。例えば俺を都合よく操るためにセレナをダシにするだとか、身内の情をダシにするだとか、誰かうちのクルーの家族――例えばウィルローズ子爵家の人達だとか、整備士姉妹の母であるシェーラさんだとか、あの辺りを助けるためにだとか適当に理由をつけて良いように使われるなんてこともあるかもしれない。
ダレインワルド伯爵はそういうことをやるような人じゃないと思うが、セレナの父であるラウレンツ・ホールズ侯爵その人がどう出るかはわかったものではない。どうにも謀に長けている人であるようだしな。
「なら少し遠くに足を伸ばしてみるのもアリかもしれないな」
「遠くに、ですか?」
「一度帝国から出て距離を置くのもアリじゃないか? 例えばヴェルザルス神聖帝国とかな」
「……なるほど。それは予想外のオプションでした」
珍しく少し目を見開いてパチクリとさせるメイなんてものを見れてしまった。これはレアな感情表現だな。
「メイの裏をかけたなら俺もなかなかだな。まぁ案の一つとしてだけども。その他には新しい母艦の調達のためにシップメーカーのある星系に行くのもアリだ。ブラックロータスよりも居住性が高くて、中型艦も収容できるハンガーがあるような母船をな」
「それはまたお金がかかりそうなお話ですね」
「そうだな。またどこかのメイドロイドがあれもこれもと武装をモリモリにして金額が嵩むかもしれない」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「結果的に大正解だったけどな。だから今度も思うように口を出してくれ。他には、そうだなぁ……」
メイを相手にこれからの予定というか、未来への展望を話すのはとても楽しいな。メイは本当に聞き上手だ。とりとめもない話を真面目に聞いてくれるし。
そんな感じでメイとゆっくりとおしゃべりをしたり、疲れた身体を凝り解してもらったりとメイとの二人きりの時間を存分に堪能する俺なのであった。
あっちの女性陣は一体どんな話をしているのかね? いや、想像するのはやめておこう。その方が良い気がする。