#470 「違うんすよ」
歯が痛ァい!_(:3」∠)_(歯医者は三日後
整備士姉妹に精神的な疲れを癒やして貰った翌日、俺達はエルマの実家であるウィルローズ子爵家へと向かうことにした。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
「また留守番ですまんな」
「お気になさらず。私のような機械知性は帝都ではあまり歓迎されませんので」
俺の謝罪にメイが首を振ってそう答える。
まだネーヴェは医療ポッドから出て歩くことができないので、側に医療知識を持つ者が控えている必要がある。そうなると適任者はショーコ先生かメイしかいない。今回、ウィルローズ子爵家に行く理由の一つはクルーとウィルローズ子爵家の人々との顔合わせでもあるので、ショーコ先生は同行したほうが良い……となると、自然と留守番役はメイになってしまうのである。
「それに、今日はその埋め合わせをしていただけるそうなので」
「あ、はい」
今日はブラックロータスに帰ったらメイを甘やかす……いや、メイに甘やかされることになりそうだ。
「ほら、準備ができたなら行くわよ。メイ、留守番をよろしくね」
「行ってきますね!」
「はい、エルマ様。ミミ様。皆様も行ってらっしゃいませ」
そう言ってお辞儀をするメイに送り出され、俺達は帝都のウィルローズ子爵家へと向かった・
☆★☆
「お嬢様を狙う不逞の輩め! 覚悟!」
「セレナ嬢の伴侶の座はこの私が頂く! 覚悟!」
「貴族もどき風情が生意気な! 覚悟!」
「みたいな感じで襲われたりするんじゃないかと思ってたんですけど、意外とそういうのが無いんですよね」
「流石に今のヒロ殿にそんな無謀な行為をする者はいないと思うが……」
俺の発言にエルマの父であるエルドムア・ウィルローズ子爵が苦笑いを浮かべる。その横ではエルマの兄であるエルンストが仏頂面でお茶を飲んでいた。
ウィルローズ子爵家に無事到着した俺達は早速顔合わせというか自己紹介を互いに終え、男性陣と女性陣に分かれて和気藹々と――どう見てもこっちは和気藹々としていないが――交流をしていた。
「今の、とは?」
「お前の所業が貴族の間で出回っている。イクサーマル伯爵家のボンクラから奪った剣一本で奴の首を容赦なく叩き切り、数十人の完全武装の私兵を相手に大暴れをしたという話がな。怒らせれば伯爵家の跡取りの首さえ容赦なく叩き切るような奴に喧嘩を売るのは余程の馬鹿だけだ」
「えぇ……? それ、一応機密事項の筈なんですが……?」
「意図的に情報が流されているのだろうね。査問会メンバーのどなたかから」
「あの人か……」
にこやかな笑みを浮かべた美丈夫の顔が脳裏をよぎる。恐らくセレナの父君であるラウレンツ氏の仕業なのだろうが、意図が読めない。
「つまりだね、そのように凶暴な手駒を手中に収めたと喧伝すると同時に、その手駒に手を出すということはどういうことかわかっているな? とも言っているわけだよ。ホールズ侯爵家といえば武門の名門で、その影響力は図りしれぬほどに強いし、複数の軍事品製造メーカーとのパイプも太い。つまり、権力も軍事力も資金力も大変に強い名家だ。帝国内でも上から数えたほうが早いくらいの指折りの実力を持つ家なのだよ。下手に突っかかろうものなら……」
そこまで言ってエルドムアが肩を竦めてみせる。侯爵家というだけでホールズ侯爵家の力はとんでもないものなのだろうなと漠然と考えていたんだが、こうして本物の宮廷貴族であるお義父さんんから話を聞くとより一層そのヤバさが伝わってくるな。
「ウィルローズ子爵家はエッティンゲン侯爵の派閥なのだがね……まぁ、エッティンゲン侯爵とホールズ侯爵は不仲というわけではないから大丈夫だろうが……」
そう言いつつもエルドムアは胃の辺りをさすっている。なんか申し訳ねぇ。
「ちなみにエッティンゲン侯爵というのは……?」
「ごく簡単に言えば帝都を縄張りとする貴族の中でも帝室を支持している派閥の長といったところだ。ホールズ侯爵家は広大な領地を持つ在地貴族だが、どちらかと言えば帝室支持派だ。だから、両家の関係は悪くない」
俺の質問にエルンストが答えてくれる。仏頂面を見せつつもちゃんと親切に教えてくれる辺り、やはりエルマの兄なのだなとつくづく思う。根本的なところで優しいというか、面倒見が良いというか。
「しかしあれだな……お前はこう、見境がないな」
「違うんすよ」
ジト目を向けながらそう言うエルンストに弁明しようとする。
「我々には真似できそうにないな……我々エルフはこう、そこまで旺盛じゃなくてね」
「だから違うんすよ。いや事実だけを見るとそうなんですけど、違うんすよ。話を聞いてください」
エルドムアにまで言われて俺は必死に弁明することにした。
「違うって言ってもお前、何人だ? あそこにいるだけで六人だぞ。メイドロイドもいるんだろう? 他にもいるんじゃないのか?」
「……いや、いないっすね。今のところは」
ネーヴェは将来的にそうなりそうな気がするが、リンダはわからないし。他には……いないよな? え? ティニア? いやティニアは無いな。リンダと違って彼女には宇宙に出てくる理由が何一つ無いし。
「目が泳いでいるぞ」
「違うんすよ。聞いてくださいよ」
俺は必死に弁明した。これは避けえぬことっだったのだと。俺を除いたクルーが全員女性なので、今更男性クルーを入れるわけにもいかないということも併せて説明した。どう考えてもトラブルの元にしかならないからな。
「何もかも今更だから、とやかくは言わないがね……だが、うちの娘を蔑ろにしたらどうなるかはわかるね?」
「蔑ろにできるわけがないですし、する気も一切無いです」
そんなことをしたら首の骨をへし折られそうだし、それ以前にエルマはかけがえのないパートナーだ。俺がエルマに見切りをつけられることは有りえるかもしれないが、逆は無いだろう。エルマは俺が居なくても一人で生きていけるかもしれないが、俺はエルマがいないと困り果ててしまう。
「なら良いがね。正式な婚約の儀については三家が関わることだから、こちらで協議しておく。事の次第が決まったら連絡するので、そのつもりでいなさい」
「やっぱりあるんですね、そういうの」
「当たり前だろうが……お前、貴族の娘を三人も正式に娶るのに適当に済ませられると思っているのか?」
「世間知らずな上に帝国の一般常識に疎いもので」
「これだから傭兵というやつは……」
エルンストが心底呆れたといった様子で深い溜め息を吐く。そんなこと言われても知らないものは知らないのだから仕方があるまい。何かあるとは思ってはいたよ。それが具体的にどういうものか知らなかっただけで。
「それよりあっちは楽しそうっすね」
「ミルフィもエルフィンも話し好きだからな……」
女性陣の方に目を向けると、あちらはお茶会というか世間話に花を咲かせているようで大変楽しそうにしている。
「こっちも世間話に花を咲かせますか……お義兄さん、なんか話題振ってくださいよ」
「俺を義兄と呼ぶなと……いや、義兄になるのか。結局なるのか。はぁ……」
「クソでかい溜息っすね」
「誰のせいだと……まぁいい。そうだな、それは今話題のホールズ侯爵令嬢との馴れ初めについて聞かせてもらうか。最初から全部」
「最初から? それは長い話になるなぁ……」
そう言いながらもセレナと初めて出会ったターメーン星系でのことを思い出す。そう言えばうちのメンバーの中では実は一番最初に顔を合わせた相手でもあるんだよな。
「最初に顔を合わせたのはターメーン星系の港湾管理局にある取調室でね」
興味深そうに耳を傾けるエルドムアとエルンストの二人に向け、俺はセレナとの出会いから今に至る長い話を話し始める。本当に長い話になりそうだ。




