#467 「ナシ寄りなんですね」
敗因:二度寝をした^q^
帝城というのはとても広い。一つの建物……いや、建物というのは少し語弊があるか? 構造体? とにかく、帝城と呼ばれている範囲は大変に広大だ。徒歩で端から端まで歩いたら数日かかるらしい。
なので、帝城内には専用の交通手段がいくつか用意されている。それは電車のようなものであったり、空を飛ぶタクシーのようなものであったりするわけだが……今回はそのような交通手段を使わずに徒歩数分で到着できる場所が目的地であった。
「この辺ってまだ帝国軍の区画だよな?」
「そうですね。私の家は代々軍関係の要職に就いているので、この区画に私的なスペースを下賜されているんですよ」
「別荘的な?」
「そこまでセレブリティなものではないですよ。単に出仕に手間がかからないように、いつでも即応できるようにという意図のスペースですよ」
「なるほど……?」
それはつまり仕事場に設けられたちょっと豪華な専用仮眠スペース的なアレなのでは……? 帝国軍は暗黒メガコーポめいた存在だった……? いや、まぁ、当たらずとも遠からずって感じはするが。
そんな話をセレナから聞きながら辿り着いたのは、明らかに帝国軍の軍人ではない兵士が歩哨として立っているゲートの前だった。何故明らかに違うのがわかるのかと言うと、まずもって制服が違う。なんというか、いかにも儀礼用というかなんというか、金がかかっているというのがわかるお洒落というかキラキラ度が高い制服なのだ。高級感があると言い換えても良い。
「セレブリティじゃないって話じゃなかったか?」
「あまり貧相だとそれはそれで不都合があるんですよ……通りますよ」
「はっ、どうぞお通りください!」
ホールズ侯爵家の私兵と思われる兵士達から敬礼されながらチェックゲートを通り、ホールズ侯爵家のプライベート区画とやらに足を踏み入れる。
「……セレブリティじゃないって」
「帝都基準では十分質素なんですよ、本当に」
俺の指摘にセレナが疲れたように言葉を吐く。
見るからにアンティークな雰囲気漂う木製のフロアに綺麗なカーペット、天井には歴史を感じさせるランプのような照明装置。お高そうな調度品や絵画、それに恐らく『本物』の花が差されている花瓶など、どうみてもセレブリティな空間がそこには広がっていた。この豪華さはそこらの高級ホテルも霞んで見える。それで質素となると、豪華と言われるような邸宅はどのようなことになっているのだろうか? 眩しさで目を開くことができないんじゃないか?
「落ち着く雰囲気です」
「これが落ち着くんですか……?」
「クギってなんというか、大物よね」
ゆっくりと尻尾を振っているクギにミミとエルマが驚愕したり呆れたりしている。最初はちょっと高級なホテルに泊まるだけでもあたふたしていたのに、今となってはこの程度では小揺るぎもしない。これが精神的な修練を積んだサイオニック能力者の実力……いや、クギが元々そういう性格なだけかもしれないな。きっとそうだ。
「クリスはもう来てるって話だったな」
「はい、護衛と二人で既に到着しているようです。応接室でしょう」
そう言ってセレナはスタスタと迷いなく歩を進めていく。彼女にとっては勝手知ったる自分の家ってところなのだろうか。まぁ、軍関係の区画の中にあるし、もしかしたら帝都に滞在する時にはこのプライベート区画を利用することが多いのかもしれないな。
途中、何人かのメイドさんとすれ違いながら区画の奥へと進み、セレナは一つの扉の前で立ち止まった。そうしてコンコンコンとノックをする。
「セレナです。入りますよ」
「どうぞ」
扉越しに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
セレナに続いて応接室の中に入ると、そこにはクリスがいた。ソファから立ち上がり、俺達に視線を向けたクリスが笑顔を浮かべる。
「その様子だと査問会は問題なく終わったみたいですね。安心しました」
「まぁなんとかな。どうも遥か上からの見えざる手が介入していた気もするが……」
そう言ってセレナに視線を向けると、彼女は目を瞑り、肩を竦めてみせた。セレナはその件に関しては何も知らないということなのだろうが、否定するような素振りを見せない辺り、俺と同じような感想は抱いているらしい。
「パパなら何か知っているかもしれませんけどね。そちらの方はクリスティーナの護衛ですか?」
「はい。エデルトルート、挨拶を」
「はい、クリスティーナ様。ダレインワルド伯爵家の寄り子、クラウゼ男爵家のエデルトルートと申します。セレナ様、ヒロ様、それに皆様も。よろしくお願い致します」
そう言ってクリスの女性護衛騎士が優雅に礼をしてみせた。黒に近い茶色のくせっ毛を肩の辺りまで伸ばしている美人さんだ。恐らく人間で、歳の頃は俺より少し下……いや、結構下かな? 二十歳になったか、なっていないか……それくらいの歳かもしれない。
「寄り子……あー、なんだっけ。貴族的な意味での部下とかそういう感じだったっけ?」
「大体合ってるわ。ダレインワルド伯爵家は複数の星系を所有する在地領主で、その領主の下で単一、もしくは複数の星系を管理する貴族家や、ダレインワルド伯爵家の側でその政務をサポートする貴族家がいたりするわけよ。そういった貴族家を寄り子と呼ぶわけね。そして、ダレインワルド伯爵家が寄り親って立場になるわけ」
「なるほどなぁ」
ダレインワルド伯爵家が親会社として複数の貴族家を子会社みたいな感じで統括してるって感じなのかね? まぁ、クリスとエデルトルートとの関係はなんとなくわかった。親会社の後継者の護衛として子会社の社長令嬢が付き添ってるってわけね。
ちなみに、エデルトルートの腕前は……うーん、まぁ正直あんまり高くはなさそう。もしかしたらクリスの方が強いかもしれんな。なんとなくだが。多分、クリスの方が強力な身体強化処置を受けているからだと思うけど。
「ヒロ様、どうぞこちらへ。皆さんも」
「ありがとう」
クリスが少し横にずれて今まで自分が座っていた場所を手でポンポンと叩いたので、大人しくその場所に座る。うん、なんか尻が温かい。クリスの温もりを感じるな。
セレナが俺を挟んでクリスの逆サイドに座ろうとしたが、何か思い出したかのように座るのをやめてテーブルを挟んで対面に座り直した。ああ、そうか。今からセレナのお父さんが来るなら俺の隣にセレナが座ってるのは違うよな。
結局、セレナに身振り手振りで促されたミミが俺の隣に座り、その隣にエルマが座った。クギはクリスの隣に座った。五人並んで座っても若干余裕があるな、このソファ。座り心地も良いし、流石は侯爵家といったところだろうか? 良い家具を使っている。
部屋付きのメイドさん達によって如才なく全員にいかにも高級そうなお茶が用意され、そのお茶を飲みながら査問会について少しの間クリスと話しをしていると、ドアからノックの音が響いてきた。
「どうぞ」
セレナが返事をすると、ドアが開くと同時に俺とクギ以外の全員が立ち上がった。え? そういうものなの? と考えながら俺も遅れて立ち上がり、入ってきた人物を出迎える。クギもいつの間にか立っていた。
「やぁ、どうも。先程ぶりだね。座ってくれたまえ」
そう言って俺達に着席を促したのは先程の査問会で司会進行を務めていた人物であった。なんと、この人がセレナのパパさんだったのか。
彼が何を言うまでもなく全員のお茶が出し直された。ティーカップから何から総取り替えである。カチャリとも音が鳴らず、慌ただしくも感じない。メイドさんってすごいなぁ。
「先ほど顔を合わせたが、自己紹介はしていなかったね。私はラウレンツ・ホールズ。ホールズ侯爵家の当主だ。よろしく頼むよ、キャプテン」
「こちらこそ。ただ、自分で言うのもなんですが、侯爵閣下のような高位の貴族の方と接するのに相応しい礼節といったものとは無縁な浅学非才の身なもので。失礼のないように振る舞いたいとは思いますが、その点どうかご寛恕頂きたく」
「ああ、その点は気にしないでくれたまえ。これでも私も軍人だからね。いちいちそんなことを気にされては部下からの報告を受けることもできない。公式の場ということであればともかく、このようなごく私的な場では普通に話してくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げたりしつつ、あくまでにこやかにそう言うラウレンツ・ホールズ侯爵をこっそりと観察する。短く借り揃えた金髪に青い瞳の正統派イケオジだ。かなり若く見える――というか、俺と十歳も変わらないように見えるんだが。貴族が受けている強化処置の影響か、それとは別のアンチエイジング的な何かの影響か……凄いな、貴族って。
その後、ミミ達の紹介をしたのだが。
「……あの?」
「い、いや、なんというか、本当に瓜二つなのだね……?」
ミミを前にして若干引いているというか、変な汗をかいてしまうラウレンツ氏なのであった。そりゃまぁ、ルシアーダ皇女殿下とまさに瓜二つだからなぁ……最近は割とオープンに活動しているらしいし、ホールズ侯爵家当主ともなれば顔を合わせる機会の一度や二度はあったのだろう。
「オホン。ええと、今回この会を催し、集まってもらったのは他でもない。私の不肖の娘の件なのだけどね」
「……不肖の娘は酷くありませんか?」
「私やヒルデが用意してきた縁談を文字通り全部叩き潰した挙げ句、軍に入って勇名を鳴り響かせ、その年齢になっても浮いた話の一つもなかったというのはね、一般的な貴族の娘としては不肖の娘扱いをされても仕方がないものなのだよ、セレナ」
「……」
ぐぅの音も出ないとはこのことか。セレナは苦虫をまとめて何匹も噛み潰したような顔をして押し黙ってしまった。
「帝国軍には女性士官も珍しくないけど、女性士官の花形といえば近衛騎士団の方なのだよね。だというのにこの子はわざわざ危険な辺境艦隊への配属を希望するし、しまいには功績を盾に対宙賊独立艦隊なんてものを編成してあちこちで血みどろの戦いを繰り広げるし……知っているかい? キャプテン。帝都の貴族界隈でこの子はホールズ侯爵家の狂犬だの、血塗れ娘だの、宙賊喰らいだのとそれはもう未婚の乙女とは思えないような二つ名で呼ばれているのだよ」
「コメントしづらいっすね」
正直言って否定できる部分が何も無いのでは? 婚約者というかお見合い相手を片っ端から叩き潰したみたいな話を前に聞いたような気もするし。
「まぁ、そこに君が現れたわけだけどね。名誉爵位とはいえ階級としては子爵だし、君は軍と良い関係を築いている。曲者揃いのプラチナランカーの中では大変にまともな類の傭兵だし、今回のイクサーマル伯爵家の反乱をセレナと一緒に防いだのも高得点だ。今までにも何度かセレナと一緒に仕事をしているようだし、この子が心を許したということは腕も立つんだろう」
来るぞ。これは来るぞ。「だが」が来るぞ。間違いない。何かここでケチをつけてくる流れだこれは。
「実に素晴らしいね。このままこの子のことを頼むよ。ダレインワルド伯爵家と縁ができるのも実に良いね」
「えっ。あ、はい。どうも?」
「意外そうな顔だね? 考えてもみてくれたまえ。この子は器量も良いし、優秀だ。だが、なんというか理想が高過ぎてね……この年齢で結婚どころか婚約者すらいないのはもう……わかるよね?」
困ったような表情を俺に向けて同意を求めてくる侯爵閣下だが、その娘さんが顔を真っ赤にしてバシバシと閣下を叩こうとしてるんですがそれは。それを見もせずに全部いなしてるの地味に凄いなアンタ。
「だからね、私としてはこの話には前向きなんだよ。妻もね。やっと手綱を握れる男が現れたのかと胸をなで下ろしているというのが本音だ。無論、侯爵家の当主という立場から見た場合、君という存在は娘の嫁ぎ先としてベストというわけではない。だがベターだ。ナシ寄りのアリだね」
「ナシ寄りなんですね」
「そりゃね。君は正式な貴族というわけではないし。だが、有無を言わせぬ軍功と実績がある。陛下の覚えもめでたい。それに……」
「それに?」
「帝国の歴史も長いわけだけど、偶にいるのだよね。名も無き傑物というか、運命の愛し子というか……味方にすれば頼もしく、敵とすれば破滅を齎す、そういう存在がね。ホールズ侯爵家の歴史にも記されているんだよ」
「あー……なるほど」
同意しつつクギにちらりと視線を向けると、クギも俺に視線を向けていた。恐らくは、そういうことなのだろう。
「そういうわけで、セレナとは大いに関係を進めてもらって構わない。まずは婚約かな? 今はミミさm――ミミさんと夫婦関係にあるんだったね? その辺りに関しては結婚後に夫婦のどちらかが貴族となった場合の特例措置があるから、それを上手く使えば良いだろう。実際に結婚をするのは二年後くらいかな? クリスティーナ嬢の成人を待つことになると思うけど」
「なるほど……ん? クリスはもう成人年齢なんじゃ?」
そう言ってクリスを見ると、クリスは笑顔を浮かべていた。これは笑顔で誤魔化そうとしているな?
「クリスティーナ嬢が平民ならそうだね。貴族の場合はもう三年いるんだよ。まぁ、形骸化している部分もあるんだけどね。でも、ダレインワルド次期伯爵が成人前にこう、お世継ぎをご懐妊とかされてしまうのはちょっと色々問題がね?」
「……クリス?」
クリスはっ全力で俺から目を逸らした。完全に顔がクギの方に向いている。おいコラ、こっち向いて俺の顔を見んかい。
「まぁまぁ、二年くらいすぐだよ。結婚式の準備もしなきゃいけないしね。あと、ウィルローズ子爵家にもちゃんと顔を出すんだよ? 三家の力を合わせて式を執り行わないといけないんだからね」
クギに抱きついてその胸元に顔を埋めて抵抗するクリスと、それを引き剥がそうとする俺を見ながらラウレンツ氏は朗らかな笑みを浮かべるのであった。
それはそれとして嘘つきの悪い子にはお仕置きをせねばならぬ。クギもクリスの頭を抱きしめて守るんじゃない。




