#465 「誠心誠意、頑張るのよね?」 「はい……」
天気が悪いと捗らないねぇ!( ‘ᾥ’ )
ティーナとウィスカの母であるシェーラさんはかなり長い時間をかけてうちの女性陣と話し合い、最終的には満足した様子だった。
「孫の顔を早く見せてくださることを期待します。誠心誠意、頑張るのよね?」
「はい……その、準備が整ったら」
「どこかの惑星上居住地に土地と家を買うって話ね。コロニー暮らしからすれば夢のような話だけど、貴方ならできるのでしょう。期待していますからね?」
「はい……」
俺の返事に満足したのか、シェーラさんは笑顔で頷いて帰っていった。
「その時には俺達にも是非連絡してくれ、姪婿殿」
「ああ、是非頼むぞ。それと、土産をありがとう。家宝にする」
バルガン氏とガトラム氏は宙賊からの略奪品である酒のボトルに俺がサインを入れたものを数本ずつ土産として持って帰っていった。どの酒も粗末なボトルに入ったメインドイン宙賊製の無銘柄の一品――つまり密造酒なのだが、二人としては逆にそれが良いということだった。
保管用、観賞用に一本ずつ。そして実際に飲むために四本ずつと計六本ずつをそれぞれに持たせた。酒のボトルを六本というのはそれなりの荷物になるのだが、そこはドワーフ。小柄でも強靭な肉体を持つ彼らにとっては背負う程の量の酒瓶など何の負担にもならなかったようだ。
ちなみに、シェーラさんはシェーラさんでティーナ達とエルマからきちんとした酒造メーカーが作った高級で上等なお酒をお土産として持たされていた。やはり彼女もドワーフであった。
シェーラさん達が帰っていった後、俺達は揃って休憩室に集まり、暫く放心した。
「……疲れた」
「……うちも」
「……私もです」
ぐったりとした俺とティーナとウィスカの三人を見たミミ達は苦笑いを浮かべていた。嵐のような人だったな。本当に。
☆★☆
遂に降下申請が承認されたので、俺達は武装の封印処置を受けたブラックロータスとアントリオンでそれぞれ帝都へと降下した。当然だが、ブラックロータスには同じく武装を封印したクリシュナも格納してある。今回は先の国境紛争で活躍した俺達の功績についても取り沙汰されることになるため、戦闘に参加した船も三隻まとめて降下せよということになったのだ。
普段はアントリオンもブラックロータスにドッキングして移動しているのだが、帝都に降下して着陸するとなるとブラックロータスにドッキングしたままというわけにもいかない。なので、ドッキングを解除して別々に降下したというわけだな。
「で、クリスもついてくるんだな」
徐々に近づいてくる帝都の威容を視界の端に入れつつ、隣で大人しく座っているクリスに声をかけた。俺達は今、ブラックロータスの休憩スペースに集合してホロディスプレイに投影されている帝都の様子を見ながら、帝都への降下を待っている。
尤も、エルマは一人でアントリオンに乗って降下しているし、メイはブラックロータスのブリッジにいる。それにショーコ先生と元ユニット104ことネーヴェはメディカルベイにいるので、全員というわけではないのだが。
「エルマさんがいるとはいえ、彼女は貴族社会からは離れて久しいですから。ホールズ侯爵家の方々とお話をする時には私がいたほうが良いですよ?」
「クリスがそう言うならそうなんだろうな。頼らせてもらうよ」
俺の返事を聞いたクリスは嬉しそうに微笑んだ。前までであればこういった場面でクリスに頼り切るのは危険だと考えただろう。なんだかんだ言ってクリスは俺と添い遂げることを諦めていないようだったからな。
だが、今となってはもうその点について警戒する必要はない。俺も腹を決めたからな。それに、クリスは俺の傭兵としての生き方を尊重してくれるようだ。彼女の祖父であるダレインワルド伯爵もそのように考えているかどうかはわからないが、少なくともクリスはそう考えているし、そう考えているクリスを帝都に寄越して自由にさせている以上はクリスが言っていた通り伯爵もそのことに関しては了承済みなのだろう。
で、あればだ。クリスは完全に俺の味方ということである。クリスの目的は自分の伴侶としてありのままの俺を迎え入れるというものであって、その目的を達成するためにはホールズ侯爵家からの干渉や影響は最小限に抑えたい筈だ。ならばホールズ侯爵家との話し合いで彼女があちらに与する理由は何一つない。つまり、完全に信頼して良い。
「とはいえ、まずは帝城だけどな」
「査問会ですね。そちらには私は同行できませんね……」
クリスが残念そうな顔をする。
要は、今回クリーオン星系で起こったことの全貌を詳らかにし、俺とセレナの行動に関して潔白を証明するのが何よりも先ということだ。見ようによってはデイビット・イクサーマル伯爵に夕食へと招待された俺がヴィンセント・イクサーマルを暗殺し、更にイクサーマル伯爵家の兵を相手に大立ち回りをして陽動を行い、その隙にセレナがデイビット・イクサーマル伯爵を制圧。クリーオン星系物資集積基地の指揮権と防衛司令官としての権限を不当に奪取し、功績を奪った……なんて見方もできなくはないからな。
尤も、イクサーマル伯爵家の連中が晩餐会で俺達に一服盛ったこと、俺達の身柄を手土産にベレベレム連邦へと寝返ろうとしていたこと、セレナに宙賊製の胡乱な薬剤をブスブスと打ちまくったことなど、それら全ての行状に関して物的な証拠やデイビット自身の自白があるし、その自白に関してデイビットが否認したとしても、改めて帝城で脳の中身を引っこ抜かれれば言い訳のしようもない。イクサーマル伯爵家の破滅はまず避けられないだろう。
それは同時に、俺達の功績も確定的であるということでもある。だが、いずれにしても事の次第は明らかにされなければならない。それがけじめというものだ。
☆★☆
帝都へと到着した俺達はクリス達――お付きのメイドさんが三人と女性騎士一名も含む――と別れ、帝城へと向かった。帝都駐在の帝国航宙軍憲兵隊の皆様による堂々たる送迎である。
当然だが『俺達』の中にはネーヴェも含まれる。尤も、彼女はまだ医療ポッドの外で活動するだけの体力が無いので、搬送用のポッドに移し替えられてのことであったが。
彼女の立場も微妙だからな。一応はベレベレム連邦兵の捕虜として扱われているのだが、そもそも彼女は軍籍に無いらしい。
ドッグタグ――この世界では皮膚の下にICチップのようなものが埋め込まれているらしいが――の類もなければ、軍人としての認識番号も存在しない。そもそも、ベレベレム連邦市民としての市民番号も存在しない。名前すら無かったことを鑑みれば、さもありなんといったところだが。
つまり、彼女はどこの誰でもない人間なのだ。なので、帝国航宙軍としては微妙に扱いに困る存在なのである。もっとも、彼女の証言や彼女が回収された座標、それに彼女が詰め込まれていたポッドというか缶詰を構成している部品などから、彼女がベレベレム連邦側の人員であることは明らかなのだが、それをベレベレム連邦が認めるかといえば、まず認めないだろう。全てグラッカン帝国によるベレベレム連邦を貶めるためのでっちあげだと主張する筈である。
実際のところベレベレム連邦がそう主張した場合、グラッカン帝国側としてはその主張を退けるだけの証拠を用意することが難しい。言い逃れのしようのない完璧な証拠が存在するわけではないからだ。
「こっちは任せておいてくれたまえ。私はイクサーマル伯爵家との件にも無関係だし、彼女の主治医だからね」
「悪いが任せる。ネーヴェの身の振り方については――」
「基本的には彼女の望むように、だね。よくわかっているとも。考える限り、うちで引き取るのが一番無難だろうしね」
政府機関や帝国航宙軍などで彼女の面倒を見ることは不可能ではないだろうが、そうするとネーヴェの身の上を使ったベレベレム連邦へのネガティブキャンペーンに悪影響を及ぼすかもしれないしなぁ……彼女を政府機関などで雇い、面倒を見るとベレベレム連邦側から「やはりあの少女はグラッカン帝国側のサクラで、ネガティブキャンペーン自体がでっちあげなのでは?」などと言われかねない。
しかし何の支援も行わずに放り捨てて野垂れ死なせたりしたらそれはそれで大変に都合が悪い。そうなると、ネーヴェを戦場で拾った中立の傭兵――建前上は――である俺が彼女の面倒を見るという構図はグラッカン帝国にとっても都合が良い。
ベレベレム連邦に兵器の部品として造られ、虐げられた少女を心優しい傭兵が拾い上げ、その面倒を見る。演出のしようによっては美談である。そんな傭兵に帝国が少なからず支援を行えば対外的にも体面が大いに保たれる。恐らくだが、そういう方向に話は転がるだろう。
「頼んだ。俺達は俺達で頑張ってくるわ」
「ああ、頑張って。何も心配は要らないだろうけどね」
「そう祈るよ」
多少の面倒はあったけど最終的には「めでたしめでたし」で終わるのが何にせよ一番だからな。
 




