#455 運の良いやつがいるもんだ
お待たせしました_(:3」∠)_
「……罠でしょうか?」
「……いや、どうだろう。これは」
暗号通信を受信してからもう三時間ほども経つだろうか。あれから二度ほど防御地点を放棄して星系内を後退しつつ、こちらの戦艦や巡洋艦が牽制砲撃で敵を少しずつ削り、遅滞戦闘を敢行した。
そして遂に伏撃ポイントである小惑星帯にベレベレム連邦軍を誘い込んだのだが……なんというか見事過ぎるくらいにこちらの意図通りにベレベレム連邦軍が小惑星帯に布陣していた。伏撃なんて全然考えてませんと言わんばかりに無防備というかなんというか……少しくらいは警戒すると思うんだが。
仮に罠で、迎撃の準備を整えていたとしてもこの状態からだと痛手を与えられる。というか、一撃離脱じゃなくて乱戦に持ち込んで壊滅させられそう。どうしてこいつらはこんな見事なほどの密集陣形を組んでいるのだろうか?
「我が君、如何致しましょうか?」
「何にせよ奇襲はする。場合によってはそのまま留まって乱戦を提案するのも手だな……リスクは高いが、ここで連邦軍を叩ければ大金星だ」
とはいえ俺には指揮権が無いから、周りが引き始めたら俺も引かないと袋叩きにされてミミとクギごと爆散することになる。あまり無茶も出来ないんだよな。まぁ、優秀な帝国航宙軍のパイロットと指揮官なら機を見て攻撃続行指示を出すだろう。
そうしてメインジェネレータを落とし、キャパシターからの動力供給で最低限の生命維持機能とパッシブセンサー、メインスクリーンだけを動かしている状態で待つこと十数分。ベレベレム連邦軍と帝国航宙軍の大型艦船による砲撃戦が始まった。敵の艦載機も警戒のためかいくらか出撃しているようだが、数が少ない。なにか事情があるのか、ベレベレム連邦軍は小型戦闘艦や艦載機の数がどうもあまり多くないようなんだよな。
あ、ベレベレム連邦の巡洋艦がシールドごと派手に装甲を粉砕されて派手に中破した。今のは多分ブラックロータスのEMLだな。弾頭にシールド中和装置を積んでる徹甲弾が直撃したらしい。
「ヒロ様!」
「来たか。よし、行くぞ」
パッシブセンサーの数値に注目していたミミの合図でクリシュナのジェネレーターを起動し、すぐさまウェポンシステムを立ち上げてベレベレム連邦軍へと突撃を開始する。
「一番槍は頂きだ」
最初に狙うのは? 当然デカくていかにも旗艦って感じの大型艦だ。四門の重レーザー砲で既に展開しているベレベレム連邦の小型艦や艦載機に損害を与えつつ、クリシュナ下部のウェポンベイを展開して対艦反応魚雷を敵の大型艦に一発ずつ撃ち込んでいく。
一応はデカい船を狙ったわけだが、どれが旗艦なのかは流石にわからないからな。四発ある対艦反応魚雷を一発ずつ撃ち込んで、どれかが大当たりなら御の字といったところだ。
トップスピードまで加速したクリシュナから放たれた四発の対艦反応魚雷がそれぞれ四隻のベレベレム連邦軍戦艦――その横っ腹に突き刺さり、大爆発を起こす。
「やりましたか!?」
「いや、流石に一発ではよほど運が良くないと仕留められん。でも戦闘能力はほぼ喪失するだろうな」
装甲が吹っ飛び、船体が一部消失。船殻にはヒビが入り、ダメージコントロールに人員を割かなければそのまま爆沈。当然攻撃に人員を割く余裕は殆ど無くなり、場合によっては即座にジェネレーターを停止しなければやはり爆沈、というような事態になるのは必至である。確実に仕留めたほうが戦果としては大きいが、今回は戦闘に勝利することのほうが大事だからな。どっちにしろクリシュナの放った一撃が決定打であることには変わらないので、撃破報酬額も然程減りはしない。
「我が君、次はどのように?」
「敵陣を駆け抜けつつ、散弾砲で大型艦のメインスラスターを破壊していく。ただでさえ鈍足の大型艦だ。メインスラスターを潰せば全体の足が更に遅くなる」
基本的に船団を組んでの行動をする場合には一番足が遅い艦の速度が船団全体の行動速度となる。船団として行動するなら足が遅い船を置いていく訳にはいかないからな。
一撃離脱するなら敵の行軍速度を遅らせるという意味で大変に有効だし、もしこのまま掃討戦を行うことになる場合には接舷して海兵を送り込む際に船の足が潰れていたほうがやりやすいし、逃げられにくい。どちらにしてもやり得の行動である。
『応戦しろ! 叩き落とせ!』
『味方が近過ぎる!』
『ユニット104応答しろ! ユニット104! クソッ! 自席の指揮ユニットは!?』
『ユニット203、ユニット322沈黙。当ユニット251も生命維持装置に異常、長くは保たない』
ミミが傍受した敵方の通信内容が聞こえてくる。ふむ? 指揮ユニット? あまり聞かない単語だな。
『帝国航宙軍突撃艦隊は戦闘継続。敵が混乱している間に叩くぞ。敵コルベット艦以下の船は適当にあしらって、駆逐艦以上の船を狙え。足を潰せば味方が片付けてくれる』
『了解』
突撃艦隊の指揮官から攻撃続行の指示が出たので、一撃離脱を中断して敵大型艦の戦闘能力喪失を狙うことになった。第一目標は敵大型艦のスラスターで、敵小型艦は適当にやれと。ふむ。
「指揮官様の指示に従うとしよう。対空砲火と敵小型艦の迎撃に気をつけながら戦果拡大だ」
「はい!」
「エルマは小型艦の対処を頼む。アントリオンは対大型艦戦闘よりもそっちのほうが向いてるだろ?」
『アイアイサー。背中は守るわ』
「任せたぞ、相棒」
アントリオンを置き去りにしないように気をつけながら、組織的な反撃ができずにどんどん被害を拡大しているベレベレム連邦軍に攻撃を加えていく。四方八方から対空砲火を浴びせられたら流石にクリシュナでもどうしようもないが、密集しているせいでフレンドリーファイアを恐れて全力射撃ができない上、指揮が混乱して目標を定めた統制射撃が飛んでこないのなら怖くもない。場当たり的な対空砲火なんぞ早々当たるものでもないしな。
「さーて、バイタルパートはどこかな?」
至近距離であればシールドと装甲をものともせず船体に直接被害を与えることができる散弾砲の特性を活かしてベレベレム連邦軍の艦船をどんどん穴だらけにしてやる。流石にジェネレーターは船の奥まったところに配置されているだろうから散弾砲では大型艦を一撃で仕留めることは難しい。
しかし、艦橋や武装などの各システムに供給するためのエネルギーを蓄えているキャパシター、シールドを発生させているシールドジェネレーター、キャパシターやシールドジェネレーターにメインジェネレーターからのエネルギーを運んでいる導管なんかは上手くやれば十分狙える。その辺りに被弾させることができれば、艦の戦闘能力を大きく低下させることが可能だ。
「散弾砲の弾を撃ち尽くすくらいの気持ちで行くぞ」
「アイアイサー!」
「はい!」
ミミとクギの元気な返事を聞きながら、俺はクリシュナを加速させた。
☆★☆
「兵どもが夢の跡、ってか」
「なんです? それ」
壊滅し、無惨な姿を晒すベレベレム連邦軍の艦船を眺めながら呟くと、耳聡いミミが俺の呟きを聞き咎めた。いや、単に気になっただけだろうが。
「あー、俺の世界の詩人が詠った有名な詩?」
「どのような意味なのでしょう?」
「んー、正式には確か『夏草や、兵どもが夢の跡』だったかな。かつて勇敢に戦った戦士達が居たが、今はすべて死に絶え忘れられ、草が生い茂るばかりで何も残っていない、みたいな感じだったはず」
「……なんだか寂しいというか物悲しいというか」
「その詩人もそういう気持ちを歌にしたんじゃないかね。知らんけど」
「そこで知らんけど、と言ってしまうのは台無しでは。此の身は情動を揺さぶる素晴らしい詩だと思いますが」
珍しくクギが苦笑いを浮かべている。実際には詩人ではなく俳人なのだが。いや、俺も詩と俳句の明確な違いなんてよく知らんのだがね。五、七、五で作って季語を入れるというくらいしか。そもそも季語というのがわからんし。わからないよね? 俺はわからん。何がどの季節の季語とかマジでよくわからん。
「我が君、生命反応です」
「運の良いやつがいるもんだ。脱出ポッドか?」
「いえ……見たことがないものですね。脱出ポッドには見えません」
遅くなったが、結論から言うと大勝利であった。見事に伏撃が決まり、最初の一撃で敵の指揮系統が完全に崩壊。奇襲を行った帝国航宙軍突撃艦隊は一撃離脱を中止してそのまま戦闘を継続し、ベレベレム連邦軍は更に大混乱。小惑星を僅かに迂回して距離を詰め、射線を確保したセレナ大佐率いる帝国航宙軍本隊による艦砲射撃で破滅的に被害が拡大。終わってみれば損害比は1:10以上の大勝利である。
で、今は人道的観点から撃破した船から放り出され、奇跡的に生きている生存者を探しているところだ。船やその残骸の方に残っている生存者は帝国航宙軍の仕事で、俺のような傭兵や帝国航宙軍のコルベット以下の小型艦船、それに艦載戦闘機などはこちらの任務に就いていた。
まぁ、生身で放り出されて生き残れるような人間はそういないし、宇宙服やコンバットアーマー、パワーアーマー等を着ていても放り出された時の爆発や衝撃でスーツやアーマーが損傷を受けて気密が失われ、そのまま死んでしまう奴が殆どだ。
なので、今回見つかった生存者はかなりの幸運の持ち主だと言えよう。
「……なんだこりゃ? 棺桶?」
「円筒ですし、缶詰じゃないですか?」
「回収しますね」
クギが操作する回収ドローンが生命反応のある謎の物体を回収する。何にせよこれで捕虜一名ゲットというわけだ。あまり居心地のよくなさそうな物体に収まっている生命反応が人間なら良いんだが。何らかの生物兵器とかじゃあるまいな?




