#454 最終的に勝てば良いんじゃないか?
スターフィールドを再開したり( ˘ω˘ )
「うーん、つけ入る隙が無ぇなぁ……」
セレナ大佐がいきなり高湿度になってみせてから凡そ二十時間後。
結局あの後セレナ大佐とは二回戦ほど致すことになり、ようやっと出来上がったカウンター用のナノマシン製剤を打ったセレナ大佐はブラックロータスから退艦していった。
ちょうどのその辺りのタイミングで最前線に辿り着いたわけだが、グラッカン帝国航宙軍とベレベレム連邦軍は睨み合いに突入していた。
宇宙空間で睨み合い? と思うかも知れないが、いくらレーザー砲撃が文字通り光速で標的に到達するとは言っても、あまりに距離が開き過ぎれば位置を変え続けている標的にはそうそう当たるものでもない。また、宇宙空間ではレーザー砲撃は減衰しにくいとはいえ、全く減衰しないわけでもない。
超光速ドライブを使用しない通常航行で距離を詰めるには少々時間がかかり過ぎ、またレーザー砲撃を行っても有効打となりにくいレーザー砲撃限界距離というものが存在するのだ。
超光速ドライブで距離を詰めた場合、距離を詰めた側は超光速ドライブの解除時に隙を晒すことになる。当然、待ち構えている側にしてみれば良いカモなので互いに超光速ドライブを使うことも難しい。
また、防御側である帝国航宙軍は対FTLトラップ艦なども配備しているし、対FTLトラップ艦が発生させる強力な重力波は重力レンズ効果によってレーザー砲撃を曲げるので、遠距離からのレーザー砲撃を大きく逸らす効果も発揮する。何せ距離が距離なので、軌道が少しずれれば着弾点は大外れになってしまうからな。
「というわけで、レーザー砲撃限界距離付近での超長距離レーザー砲撃戦では防御側の帝国航宙軍の方が有利だったりする」
「なるほど、対FTLトラップの一時停止と同期して牽制射撃を行うから、超長距離レーザー砲撃の精度は帝国航宙軍側の方が上になるんですね」
「お陰様で超光速ドライブを使って突っ込むことも出来ないわけだがな。対FTLトラップ艦が放つ強力な重力波は敵味方を区別しないから」
「では、暫くは様子見ですか?」
クギが狐耳をピコピコと動かしながら首を傾げる。
「そうなるが、均衡はそんなに長くは続かないと思うぞ。あっちは恐らく大きな犠牲を払ってこの星系のハイパーレーン突入口付近のセクターを確保して、橋頭堡を築いてる。つまり、敵の後方からはどんどん増援が押し寄せてきてる筈だ。対して、帝国航宙軍はイクサーマル伯爵の部下がやらかしたサボタージュのせいでゲートウェイが使えず、増援の到着が遅れている。一応近辺の星系からも星系軍を招集して頭数を補ってるようだが、帝国航宙軍よりも戦力的には劣るからなぁ……」
星系の治安を維持する星系軍の装備というのは基本的に帝国航宙軍の任務を退役して払い下げられた型落ち艦ばかりなので、戦力としては二線級だ。練度もまちまちだしな。
「……ええと?」
「つまり、こっちを蹴散らせるだけの頭数を用意したら連邦軍は損害覚悟で突っ込んでくるかもしれないってことだ」
「それは……マズいのでは?」
「とても良くないな。今の帝国航宙軍は堰から溢れ出そうになっている水を必死になって押し留めているような状況だ。ああいや、わかりにくいか? そうだな、どんどん破断して空気が漏れつつある船殻を応急処置でなんとかしている状況と言ったほうが正確だな」
まぁ、帝国航宙軍も勝てる見込みが少ないというか、もし押し返せたとしても被害甚大で次の攻撃に耐えられないというような状況を黙って受け入れるほど馬鹿でも無いが。
「見たところ、招集されたはずの星系軍の艦艇の数が明らかに少ないから、どこかで何かしらの仕込みをしてると思うけど。多分水際阻止はもう諦めてるんじゃないか。この防御地点を放棄して次の防御地点に退くと思うぞ」
「それは……良いんですか?」
ミミが難しい顔をしながら首を傾げる。帝国臣民としては帝国領土を明け渡すような行動は名誉ある帝国航宙軍のふるまいとしていかがなものかと思うところもあるのだろう。
「最終的に勝てば良いんじゃないか? ゲートウェイが復旧して帝国軍の主戦力が来るまで持ち堪えれば逆にこちらから攻勢をかけられるんだからな。敵を自陣の深くに誘い込みつつ、何度も足止めを行って前進を阻み、出血を強いる。ありふれた手だが、有効だからこそありふれた手なのさ」
いわゆる縦深防御ってやつだな。領土、領域を犠牲にして遅滞戦闘を行い、時間を稼いで敵の消耗を狙う。
問題は、宇宙空間の広大さと各種センサーの性能、そして光学兵器の射程と着弾速度だろうか。敵を誘い込んで伏撃をしようにも、中途半端な戦力では即座に対応されて損害を与える前に撃破されかねないからな。まぁその辺の難しい布陣に関しては帝国航宙軍のエリートが良い感じにやってくれるだろう。
などと考えていると、軍用の暗号メッセージが飛んできた。配布されていた暗号鍵を使って暗号化を解除し、内容を確認する。
「次は小惑星帯の近くで足止めか。伏撃チャンスだ」
「そんな絶好の伏撃ポイントに連邦軍がわざわざ近づいてきますかね?」
「対FTLトラップ艦を上手く使ってコントロールするつもりらしい。俺達を含めてコルベット以下の船とか艦載機を小惑星帯に潜ませて、その他の大型艦が牽制射撃を行って陽動。敵の意識が大型艦に向いたタイミングで伏撃を仕掛けて一撃離脱だとさ」
「被害が大きそうですけど……」
「だから伏撃かつ一撃離脱なんだろ。ハプニングが起きなきゃ良いがな」
アントリオンも伏撃に参加することになっている。アレでそこそこ火力があるからな。足の速さはそこまででもないから、ぶっ放したら即離脱して貰う必要があるが。
「敵がアントリオンのグラヴィティ・ジャマーみたいな装備を持っていたら大変ですね」
「帝国航宙軍の最新秘匿装備だから、多分大丈夫だと思うけどな。もしそんなものがあったら、ジャマー持ちを最初にぶっ壊さないと大変なことになる」
コルベット以下の戦闘艦や艦載機でも肉薄できれば大型艦に十分なダメージを与えることはできるが、密集している大型艦の対空砲火に晒され続けたらひとたまりもない。だからこそ、敵大型艦に本格的に反撃される前に一撃を加えて離脱する必要があるわけで、離脱が邪魔されでもしたらとんでもない被害が出てしまう。
そう考えると、グラヴィティ・ジャマーはこういう戦場での小型艦や艦載機による伏撃に対するカウンターにもなるのか。帝国航宙軍はそっち方向でも利用するのかね?
「心配しすぎても仕方がない。計画通りに動こう」
恐らく招集された星系軍の連中はデコイだの機雷だのの散布に奔走しているのだろう。そういったものを利用して上手く伏撃の設定ポイントに敵を誘導できるかどうかが指揮官の腕の見せどころだな。
□■□
「ぐぬぬぬ……二枚舌のクソ貴族め。やはり野蛮な封建貴族制などというものを採用している連中は信用がならん」
顔を真っ赤にして今にも憤死でもしそうな連邦宇宙軍提督閣下を横目に、私は内心で大きな溜息を吐く。お顔を真っ赤にしていらっしゃるが、ろくに艦隊の指揮も出来ないくせに血筋とコネで連邦宇宙軍の中将にまで昇りつめたと評判の貴殿と貴殿が批判している帝国貴族との違いが私にはよくわからないのだが。
というか、帝国貴族という連中は貴族という字面に引っ張られて連邦内では白眼視されがちだが、実際に接してみると誇り高く、能力も高い者が多い。私のような艦隊指揮官ともなればそういう人間と接する機会も無くはないのだ。
「大した抵抗もなくゲートウェイまで到達できるという話だったのに……このままでは私のキャリアに傷がついてしまうではないか!」
今のところ我が連邦宇宙軍は帝国航宙軍に対して数で勝り、犠牲を払いつつもじわじわと敵国であるグラッカン帝国の領域に食い込みつつある。提督閣下は内通者の手引きにより大した抵抗もなくゲートウェイまで進行できると仰っていたのだが。
「敵の抵抗が弱いのは確かではありますが」
「ならもっと押さんか! ゲートウェイを奪取するのだ!」
「帝国の指揮官は狡猾です。無理押しをすれば必ず手痛いしっぺ返しを喰らいます」
「提督は私だ! 良いからやれ! 小惑星帯を盾にして肉薄しろ! 数で勝る今ならしっかりと有効射程内に敵を捉えさえすれば火力差で押し切れるだろう!」
「確かにそうすれば敵艦隊を射程内に捉えられるでしょうが、伏撃を受ける恐れが――」
「私はやれと言っている」
「……はっ」
絶対ろくなことにならんぞ、と心の中で呟き、ついでに電脳経由で各艦に伏撃に対して最大限の警戒を呼びかけておく。全力で稼働を始めたらオペレーションに手一杯になってサポートに割り振るリソースは最低限になってしまうからな。
頭痛が酷い。こんなに長時間戦闘をするのは久しぶりだからな。脳のサイバーチップに負荷がかかりすぎて焼け付きそうだ。ジャックインしている神経接続端子にもピリピリと痛みを感じる。
「缶詰の分際で口答えをするとは生意気な……作戦が終わったら交換するか」
この野郎、お前も艦内のネットワークに繋がってるのを忘れていやがるのか? 電力サージを装って脳味噌をカリカリのフライにしてやろうか、この豚め。
「超光速ドライブ同期完了。小惑星帯を盾にできるポイントへ移動します」
「抜かるなよ」
私が抜からなくても命令をするお前がイモ引いたらどうしようもないんだよ。クソが。どうか待ち伏せがありませんように。




