#449 溢れ出る力
18時ジャストに書き上がったらそりゃ掲載が間に合わないよね( ˘ω˘ )
「ぎゃああぁぁっ!?」
「フレッド!? ぐあっ!?」
時の流れが戻った瞬間、無骨な金属で形作られている戦艦内部の回廊に悲鳴が響き渡り、血飛沫が舞って白い金属製の壁を朱に染める。
「人間の動きか!? あれが!?」
「貴族でもあそこまでは――まずい、来るぞ!?」
「撃て! 撃て!」
イクサーマル伯爵家の私兵達が通路に設置したバリケードの裏に身を隠して息を整えた俺は、再び息を止めて物陰から飛び出し、私兵達が向けてくるレーザーライフルの銃口が向いているポイントを死体や通路の壁材を利用した盾で防ぎ、それでカバーできない部分は剣で防御しながら敵兵へと突進した。
敵意と殺意が肌を突き刺し、恐怖の感情が香ってくる。希望と絶望が織りなす極彩色が通路を満たし、奇妙なコントラストを描いている。戦闘の興奮で拡大した俺のサイオニック能力が感情知覚をより鋭敏にしていく。
「――ッ!?」
「!!!?」
減速した時間の中で、彼等の声は音として俺の耳には届かない。ただ、彼等が放出する感情だけが空間に広がり、俺の心を撫でていく。怒り、悲しみ、苦痛、恐怖、それらの感情は減速した時間の中でも関係なく、声よりも早く俺に到達するのだ。
レーザーライフルから放たれた致死出力のレーザーが俺が盾としている死体や壁材に阻まれ、レーザーに晒された死体や壁材が緩やかに爆発し、破壊されていく。俺はその爆発よりも早く動き、両手の剣で私兵達を斬り捨てる。
彼等の得物を、手足を。時には胴や首を。バリケードに身を隠している者相手にはバリケードごと叩き切ることすらやってみせる。
「いや、待てよ……?」
再び物陰に入り、攻撃をやり過ごしながら考える。
わざわざ手の数を二本に限定する意味があるのか? いや、手である必要すらないのでは? 俺が直接斬り捨てる必要は? そもそも敵を殴り飛ばせるなら、締め上げることも、握り潰すこともできるのでは?
なんだ。かんたんじゃないか。
「な、なんだ!?」
「バリケードが……!? ぎげっ!?」
「ひ、ひぃぃ!? ぎゃああぁっ!?」
力の奔流が通路に存在する物体を掌握し、瓦礫と、バリケードと、光学兵器と、死体で作られた濁流と化して全てを粉砕し、押し流していく。
「通路はダメだ! 部屋の出入り口に退避してリーンし……あっ、がっ!? ぎ、けぺっ!?」
「あ、頭が……や、やめ――」
部屋から頭部とレーザーライフルだけ出して攻撃しようとしてきた連中の首や頭を捕まえ、縊り、握り潰す。最早剣を振る必要すらない。レーザー兵器すら必要がない。
「ば、化け物……!」
「こんなの無理だ! 撤退! 撤退!」
私兵達が武器を捨てて逃げていくのを見送る。流石の俺も武器を捨てて逃げていく連中まで皆殺しにするほど鬼じゃない。そう、鬼じゃ……。
「……やっべ」
俺以外に誰一人生きている者がいなくなった通路の惨状を見て思わず呟く。何故か急に冷静になって気がついたが、明らかにやりすぎた。大虐殺だ。いや、武器を向けてきていた以上こちらとしても手加減ができない状況であったのは確かだが、いくらなんでも限度ってものがある。
というか、なんか今までにない力の使い方に開眼してたんだが……今同じことをやろうとしてもできる気がしない。やったことは覚えているし、理屈もわかるんだが、できない。なんだこの感覚は。気持ち悪いな。
しかし、呆然としている暇はない。一刻も早くミミ達と合流しなければならない。
『我が君』
と思い直して動こうとしたところでクギからはっきりとテレパシーが飛んできた。装備と一緒に小型情報端末も奪われていたから、こうして連絡が入ってくるのは助かる。
『聞こえた。連絡が取れて安心した。安全なのか?』
『はい、我が君。今までは予断を許さない状況で、身を守ることに注力しなければならず連絡が取れませんでした。今は安全を確保できましたので、こうしてご連絡を』
『わかった。今はどこに?』
『誘導致します。兵達ももう手出しはしてこない筈ですが、ご用心を』
了解、と思念を返してクギの誘導通りに通路を移動していく。イクサーマル伯爵家の私兵達はどこかに身を隠しているのか、それとも集結でもしているのか一人も見かけない。一体動やったんだ? いくらクギが強力なテレパシーを扱えるとは言っても、この戦艦――マジェスティックだったか? この船全体に影響を及ぼすような力はない筈だが。
暫く歩き、かなり奥まった場所にある部屋へと辿り着いた。中へと入ると、呆然とした表情で椅子に拘束されているデイビット・イクサーマルが最初に目に入ってきた。どうやらうちのクルー達の活躍で拘束されたらしい。奴の私兵達が戦闘を停止したのはこいつが拘束されたからか。
他にももう一人、ガタイの良い士官らしき男が拘束されて床に転がされている。
「無事で何より……だけど酷い格好ね」
最初に声をかけてきてくれたのはエルマだったが、彼女の表情は渋かった。言われて改めて自分の身体を見てみると、あちこちに血がついていて酷いことになっていた。控えめに言っても血塗れである。全部返り血だが。
「必死だったんだよ……気がついたら椅子に拘束されてるし、お前らも捕まって別の場所に囚えられているって話だったし」
深いため息を吐きながら両手に持っていた血塗れの剣を床に突き刺し、どかりとソファに座り込む。部屋の床が傷ついたりソファが血塗れになったりするが、知ったことか。
「それで、どういう状況なんだ?」
俺が說明を求めると、気怠げな様子で俺とは別のソファに座っていたセレナ大佐が口を開いた。
「イクサーマル伯爵はベレベレム連邦に寝返るつもりだったようです。ゲートウェイからこっち、ベレベレム連邦に接している星系群と、私と貴方を手土産に」
「やっぱり裏切る気満々だったんじゃないか……それで? ここでゆっくりしていて良いのか?」
「全くよくありませんが、動こうにも動けないんですよ。度重なる限界駆動で異物除去インプラントがオーバーロードを起こしたようで、下手に動くとこの男に注入された薬剤が効果を発揮しかねません」
セレナ大佐がそう言って忌々しげな表情をデイビットに向ける。
「そんなものがあるのに一服盛られて行動不能になったのかよ」
「あのですね、このインプラントだって万能ではないんですよ。許容量以上の薬剤を投与されれば普通に薬が効きますから。宙賊を相手にする私だから特別に未知の薬剤にもある程度対抗できるような仕様のものを入れていただけで、普通の貴族や軍人ならどんなことになっていたかわかりませんからね? とにかく、今は対宙賊独立艦隊の海兵達にこの船の制圧と掌握を進めさせているところです。貴方のメイドロイドも――」
「ご主人様」
セレナ大佐がメイについて言及しようとしたところで丁度良くメイが部屋に到着したようだ。それを目にしたセレナ大佐が肩を竦める。
「救援が遅くなって申し訳ありません」
「いや、こうして来てくれただけで十分だ。ソノ荷物は?」
「ご主人様達の装備です。大佐の剣なども回収してきました」
「感謝します」
メイが見覚えのある剣を荷物から取り出したのを見たセレナ大佐が安堵の息と共に感謝の言葉を口にした。やはり貴族の彼女としては自分の剣は大事なものなのだろう。俺も愛用の剣が手元に戻ってくると少し安心する。今回鹵獲した剣も一応持って帰るかな。戦利品だ戦利品。
「それでええと……寝返る気だったって? こうして動いたってことはもうマズい状況なのか?」
「まだ各所と連絡が取れていないのでなんとも。この船の艦橋を制圧したわけでも、基地の司令所を占拠したわけでもないですしね。この男の息がどこからどこまでかかっているのかも不明ですし、前線の状況もまだ情報が入ってきていません」
「つまり何もわからないってことか?」
「状況はね。ただ、この男の計画については全て詳らかになっていますよ。貴方のところの可愛らしくも恐ろしいクルーが全部吐かせてくれましたから」
そう言ってセレナ大佐がクギに視線を向ける。視線を向けられたクギは頭の上の狐耳をピコピコと動かしただけで、微笑みを浮かべているが。
「先程言ったように私達と帝国の領地を手土産にベレベレム連邦に寝返ろうとしていたようです。最寄りのゲートウェイにサボタージュを仕掛け、帝国の増援が前線に来られないようにした上で彼の持つ戦力とベレベレム連邦の戦力で前線の帝国軍を撃破し、電撃的にゲートウェイが設置されている星系までベレベレム連邦に実効支配させようと目論んでいたようで」
「そいつはまたデカい話だな……領地はともかく、俺と大佐がなんで手土産になるんだよ」
「ターメーン星系でベレベレム連邦の艦隊を撃滅したでしょう? 実は私達、その件で向こうの軍の上層部に結構恨まれているんですよ。誰かさんが歌う水晶を使った外道戦術を行使したせいで」
「なんのことかわからんなぁ。アレはベレベレム連邦の旗艦に乗っていた誰かが歌う水晶を密輸していたんだろ。俺達だって結晶生命体に襲われたんだぞ。むしろ俺達が被害者だ」
「……まぁ帝国としてもそんな感じの主張をして結晶生命体の出現についてはしらばっくれてますけどね。とにかく良い値で売れるそうですよ、私達は」
「連邦って帝国の封建的な社会を前時代的とか言って批判するけど、あっちはあっちで別に褒められた文化ばかりってわけでもないわよね。拝金主義というか、倫理観が低いというか」
「お金持ちが割と好き勝手してるって話は聞きますよね。どこまで本当か知りませんけど」
俺とセレナ大佐の話を聞いたエルマとミミが何やら話しているが、ベレベレム連邦は民主主義と自由経済を掲げてグラッカン帝国を批判しているが、自分達はどうなのかというと割と歪な点も多いらしい。金が全ての超資本主義社会とかなのだろうか?
「状況はまだ掌握しきれていませんが、いつまでもここで休んでいるわけにはいきませんか……司令所の制圧に向かいましょう」
「その身体でか? 無理じゃないか?」
「イクサーマル伯爵の行った一連の行動は完全に皇帝陛下への反逆行為に他ならないですから、既に防衛司令官として振る舞う正当性はありません。速やかに私が指揮権を引き継ぎ、事態を掌握する必要があります。無理でも何でもやるしか無いんですよ」
セレナ大佐はそう言って剣を杖にしてソファから腰を上げた。
彼女は大事なクライアントだからなぁ……仕方がない。付き合うとしよう。




