#447 急転
(メタ視点では)予測可能回避不可能( ˘ω˘ )
まず一つ言い訳をさせて欲しい。警戒していないわけではなかったが、流石に食事に一服盛ってくるとは思わないじゃないか。セレナ大佐も普通に食事をしていたし、クギも特に反応をしていなかった。エルマも遠慮せずに酒を飲んでいたし、ミミも満足そうに食事をしていた。
俺も特に悪意や敵意を感知しなかったから、油断していたといえば確かにそうなんだが、貴族出身の二人が裏切りは絶対にないと太鼓判を押していたんだ。情状酌量の余地はあると思わないか?
まぁ何にせよ、俺はしくじったわけだ。それは認めなければならない。
ガシャン、という音と共にミミが食卓に突っ伏したのが最初だった。
「……? ッ!? まさか!?」
「嘘でしょ……? 何のメリットが……?」
状況を理解したセレナ大佐が席から立ち上がろうとして立ち上がれずに愕然とし、エルマも今にも気絶しそうな様子だ。かく言う俺も今にも寝落ちしそうな程に眠い。殺すタイプの毒ではなく、睡眠薬とかそういう類か。最悪だ。
クギに視線を向けると、彼女は今にも眠り込んでしまいそうな様子でこちらに視線を向けてきていた。
どうか、こころおだやかに。
彼女から懇願するような思念が飛んでくる。なるほど、心穏やかに、ね。彼女の言わんとすることは理解できる。イクサーマル伯爵家の連中は知らないからな。実は俺が反応弾頭なんかよりもよほど危険な爆弾だってことを。
「おい……」
「……なんだ?」
ヴィンセントが感情を感じさせない声で返事をしながら俺へと視線を向けてくる。気に入らない目だ。人のことを人と見ていない、モノを見る目だな。俺も宙賊に対してこんな目を向けているのかもしれないが。
「悪いことは言わないから……彼女達に手を出すのは……やめて、おけ」
「ふん? 何故だ?」
「そうしたら俺がお前らを破滅させちまうからだよ……」
「破滅だと? それは随分と大きく出たものだな。薬の影響で今にも気を失いそうな負け犬が」
「忠告したからな……? 良いか? 絶対に手を出すんじゃないぞ……?」
そして俺は意識を手放した。
☆★☆
俺が奴らを破滅させる危険な爆弾とはどういうことか? という話をすると少し複雑な話になる。いや、実のところそんなに複雑でもないか?
つまり、クギの言うところの上位世界からの来訪者である俺は膨大なサイオニックパワーをこの身に秘めている。もし、その膨大なサイオニックパワーが何らかの切っ掛けで暴走し、解放されたら? 最悪の場合、その力はこの宇宙に巨大な穴を穿ち、宇宙そのものを破裂させてしまうかもしれない。
或いは恒星のエネルギーをも巻き込んで超新星爆発のような破滅的な結果を引き起こし、巨大なブラックホールを発生させるかもしれない。何にせよ恒星系一つ消滅するのが最低ラインという大惨事を起こしかねないというのがクギの説明であった。
ではそういった事態はどのような時に発生するのか? と言うと、過去に何度も来訪者と接触したヴェルザルス神聖帝国ではある程度の研究が進んでいるという。簡単に言えば、来訪者が怒りや憎悪を募らせた果てに絶望し、精神的に修復不能なダメージを負うか、肉体的な死を迎える。大体の場合はそのどちらかがトリガーとなって破滅的なシナリオが発生するそうだ。
「最悪の目覚めだ」
サイオニック能力の訓練を始めるにあたってクギから聞かされた嫌な話を夢に見て目を覚ました。
目を覚ました俺は床に固定された背もたれ付きの椅子に座らされており、身体を丈夫そうな紐のようなものでぐるぐる巻きにされて椅子に固定されていた。腕も片腕ずつ手錠のようなものを嵌められて肘置きに固定されている。首だけは自由に動かせるが、身体は一切動かせない。
唯一自由な首を動かして俺が勾留されている部屋の中を見回してみたが、意外と内装は悪くない。床にはカーペットが敷かれているし、俺の正面にはローテーブルとソファまで設置されている。まるで応接間か何かのようだ。
室内の様子を観察していると、扉が開いてヴィンセントと二名の兵士が入ってきた。目覚めてすぐに入ってくるところを見ると、俺のバイタルをチェックしていたのかね? まぁそんなことはどうでも良いか。
「目覚めの気分はどうだ?」
つまらないモノを見る目を向けてくるヴィンセントの真正面から見返し、口角を釣り上げて見せてやる。
「最悪だ。貴族の間では客に一服盛って椅子に縛り付けるのが流行ってるのか? 良い趣味してるな」
皮肉たっぷりに言葉を返しながら意識を集中し、椅子の肘掛けを『掴んで』捻り始める。肘掛けが軋む音がバレないように腕を動かしてガチャガチャと手錠を鳴らし、偽装することも忘れない。
「この状況で虚勢を張れるのは称賛に値するがな。お前の命もお前の女の命も私の一存で如何様にでもできる状況だ。言葉は慎重に選ぶんだな」
「薬を盛って椅子に縛り付けて、人質も取ってから勝利宣言か? かっこいいなお前」
俺の煽りにヴィンセントの眉がピクリと動く。どうやら効いたらしい。
「口を慎めと言っているのがわからないのか? 私の指示一つでお前の女達に死ぬよりもなお酷い結末を迎えさせることもできるんだぞ?」
「おお、怖い怖い。それで? そのカードを使って俺に何をさせようって言うんだ? お前のナニでもしゃぶれってか? えぇ!?」
俺の『手』が金属製の肘掛けを捻って破断させる音を大声で隠し、次の手としてヴィンセントの腰元に見える剣の柄に目標を定める。俺の『右手』を奴の剣の柄に伸ばし、『左手』を巨大化させて拳を握る。集中するのに時間が掛かるな、これは。
「お前は傭兵だろう? 私達に協力しろ。報酬は払うし、ちゃんと働けば女達も無事に返してやる」
「お前はアホか? 薬を盛られて拘束された上に、自分の女を人質に取られて脅された奴が素直に従うと思ってるのか?」
「従うだろう。お前は女達を見捨てられまい? そういう男だ、お前は」
「クソ野郎がよ……その綺麗な顔を吹き飛ばしてやる」
「何だと……がっ!?」
『右手』で掴んだ剣の柄を手元に引き寄せながら、巨大化させた『左手』でヴィンセントと二人の兵士をまとめて殴り飛ばす。目に見えない巨大な拳に殴り飛ばされた三人は揃って壁に激突し、苦悶の声を上げた。いくら身体的に強化された帝国貴族だろうとサイオニック能力が無い以上、サイオニック能力による不意打ちは回避できない。
俺はヴィンセントの剣を使って胴体を縛り付ける頑丈な紐を切り裂き、自由を得ると同時に息を止めて周囲の時間の流れを鈍化させた。
「――ッ!?」
鼻血を出しながら驚愕の表情を浮かべるヴィンセントの右腕を斬り飛ばし、ついでとばかりに二名の兵士も同様に片腕を斬り飛ばす。
息を吐くと同時に鈍化した時間が元に戻り、ヴィンセント達の苦悶の声が室内に響いた。
「グッ!? な、何を……! どうして……!?」
「さぁな」
両手の手錠をヴィンセントの剣で斬って外し、兵士達の装備を探って救急用ナノマシンやレーザーガン、レーザーライフルなどの装備を奪う。
「形勢逆転だ。ミミ達が捕らえられている場所を吐け。こいつが欲しいだろ?」
そう言って救急用ナノマシンのインジェクターを見せびらかしてやる。奴らは片腕を斬り飛ばされているのだ。今は残った左手で切断面を押さえているが、そんなものは気休めにしからならない。いくら身体強化を受けていると言っても人間であることには変わらない以上、大量の血液を失えば貴族とて死ぬ。つまり、早急に救急用ナノマシンを投与して傷口からの出血を止めなければ奴は死ぬのだ。
「き、さま……このようなことをしてただで済むと……!」
「ただで済むかどうかは知らん。だが俺は俺と俺のクルーの命を脅かす相手に容赦をするつもりは一切ない。なに、いざとなれば皇帝陛下か皇女殿下に泣きつくさ。セレナ大佐かダレインワルド伯爵家に縋る手もあるし、何なら帝国から逃げ出したって良い」
そう言いながら俺はヴィンセントの剣を油断なく構える。片腕を失っても相手は貴族だ。とんでもない速度で立ち上がって反撃してくるかもしれないからな。
「時間稼ぎはナシだ。今すぐ吐くか、死ぬか選べ」
「ふっ……クク、お前のような傭兵如きが貴族を殺せるわけが――」
「いいや? 殺すぞ?」
そう言って俺は呆気なくヴィンセントの首を斬り飛ばした。俺の言葉を聞いて目を丸くしたままのヴィンセントの首が宙を舞う。話す気がないなら生かしておくだけでリスクが高い貴族なんざ最優先でぶっ殺すに決まってるだろ。常識的に考えて。え? 後の面倒? イクサーマル家の当主もぶっ殺せば有耶無耶になるんじゃね? 知らんけど。どうにもならんかったら帝国領から出れば良い。
「さぁ、どっちが話す? 先着一名様だ」
ヴィンセントの剣を一振りして刀身についた血を振り払い、愕然とした表情で俺を見上げる二人の兵士に声をかける。
「おいおい、呆けてるんじゃねぇよ。とっとと話さないと手元が滑るぞ。こう見えて俺は今盛大にキレ散らかしてるんだ」
自然と口角が釣り上がるのを感じる。頭の中がざわつく。心なしか室内の調度が僅かに震えている気がする。もしかしたら俺のサイオニック能力が暴走しつつあるのかもしれない。
「知っていることをとっとと話せ。そうすれば殺さないおいてやる。何も話さないなら、主人の後を追わせてやるよ」
腕の切り口を押さえ、ガタガタと震える二人に俺はそう言って刃を向けた。




