#044 見えている地雷
「さて、じゃあ仕事の話は終わりってことで……折角船まで足を運んで貰ったんだからちょっといくつか聞かせていただいても?」
「そうですね……答えられることであれば」
セレナ少佐は少し考えた後に頷いた。
「じゃあ遠慮なく。と言っても大したことじゃない――わけでもないけど、ちょっと引っかかっていることがあって。ターメーン星系の宙賊討伐戦で星系軍の艦艇に突っ込んだ傭兵の船は覚えてますかね?」
「ええ、覚えていますよ。罪に問わないように通達したのにもかかわらずこちらの手違いで厳しい賠償金の納期限を課してしまった件ですね。確かそちらのエルマさんが船のオーナーだったと思いますが」
「知っているなら話が早い。念のために聞いておきたいんだが、賠償額なんかには不正はなかったので?」
「ええ、それは再三確認しましたので間違いないですね。納期限については不手際がありましたが、それはそれ、これはこれです。今更減額することもできませんし、返還などもできませんししませんよ。不手際に関しては謝罪しますが、担当者は既に処分済みです。はっきり言うと私への嫌がらせだったんですよね、その件は。こういうのもなんですが、目障りな人間を処分するきっかけとなったので、こちらとしては助かりました」
セレナ少佐は全く悪びれる様子もなくしれっとした態度でそう言った。
「一人の人間の人生を台無しにしかけたのに、全く悪びれる気配がないな」
「ええ。賠償金の発生についてはこちらに非はありませんので。彼女は自分の不注意で星系軍の戦艦を中破させたのですからね。と言いますか、本来であれば賠償金などではなくより重い罪に問われてもおかしくないのですよ? 過失であるとしても帝国航宙軍の戦艦を中破させて行動不能に陥らせ、多数の帝国軍人に重傷を負わせたのですから」
「ふむ……なるほど」
「私の想定よりも短い納期限になった点に関しては申し訳ないとしか言えませんが、本来であればその納期限も航宙軍の一存で決められるものですからね。慣例的には短くとも数ヶ月、長くて一年ほどの納期限となることが多いですが、それも絶対ではありません。悪質性が高い場合は今回の件のように短く設定することもあります。その辺りはケースバイケースで、今回の場合は私は長くするように通達しました。しかし、それは無視されて懲罰レベルに設定されてしまったわけですね。ですが、その不手際に関しては担当者を処分することでこちらとしても誠意を示したというわけです」
ふーむ……納得し難い部分もあるが、貴族と軍人が強権を持っている社会制度の中ではさもありなんといったところか。
「ヒロ、もう良いわよ。私が間抜けだったのは間違いないんだし、結果としてヒロと一緒に行動することになったのは、その……悪くないわ」
考え込んでいる俺の腕を引きながらエルマが微かに笑みを浮かべる。うーん……まぁ、本人が良いと言うならこれ以上突っかかるのも無駄というものか。
「ふふ、キャプテン・ヒロは仲間思いなのですね。そんな貴方に朗報があります」
ニッコリと微笑むセレナ少佐。嫌な予感しかしない。
「今回の依頼を完遂した暁には、私個人の契約傭兵としての地位を差し上げましょう」
「……」
「そこまで露骨に嫌そうな表情をされるのは生まれてこの方初めてです」
俺の表情がよほど嫌そうな表情だったのか、セレナ少佐が苦笑いを浮かべながら頬をヒクつかせる。いや、だって、なぁ? 面倒ごとの予感しかしないじゃないか。
「一応聞いておきますが、メリットは?」
「率直で良い質問ですね。まず、私の契約傭兵になることによってグラッカン帝国の貴族や軍絡みのトラブルに非常に巻き込まれにくくなります。私は帝国航宙軍の少佐ですし、ホールズ侯爵家の娘でもありますから。その私の契約傭兵にちょっかいをかけるというのは、つまり私にちょっかいをかけるのと同じことになりますね」
「なるほど。でも、逆に言うと少佐を敵視している人達からは絡まれやすくなりますよね?」
「その可能性ではゼロではありませんが、そのような奇特な方はまずいないと思いますよ。もし何かトラブルがあればご一報くだされば対処しますわ。出来うる限り」
「出来うる限り、ね」
「ええ、不満ですか?」
「いいや。それじゃあデメリットに関して話そうか」
俺は言葉を崩しながらにっこりと笑みを浮かべる。もう謙るのは終わりだ。
セレナ少佐もにっこりと笑みを浮かべる。二人とも笑顔。仲良しだな。ミミがなんかプルプル震えている気がするけど、そんなに怖がらなくても良いんだぞ?
「そんなものはありませんよ?」
「ははは、ご冗談を。言っておくが、俺は良いようにあんたに使われるつもりはないぞ。既にあんたには貸し一つだ。借りを返す前に更に借りを作るような真似はしないよな?」
「おや、その借りは契約傭兵にすることでチャラですよね?」
「そりゃあんたが俺を自分の懐に誘い込むための手札だろう? それで借りを返したつもりになるなんて厚かましいってもんだ。今回の依頼を受けるのは、貴族であり軍の佐官でもあるあんたが俺達に一定の譲歩をしたから、こちらも面倒事を避けたくて譲歩しただけだ。先程エルマも言ったように、報酬としては下の下だよ。普通なら見向きもしないね。だから貸し一つなわけだしな」
セレナ少佐がぐぬぬ、とでも言いたげな表情をする。
「貴族や軍関連の面倒ごとに関してだって、最悪全部ぶっちぎって逃げてしまえば問題ないわけだしな。それを考えればトラブルから守ってくれるっていうのもそこまで大きなメリットじゃない。契約傭兵になることによってあんた個人やホールズ侯爵家と敵対する貴族から睨まれることに確実になるわけだから、むしろデメリットの方が多いとさえ言える。それに、わざわざ『契約傭兵』になんかするってことは、この船の行動にも制限がかかるわけだろう? それこそデメリットが多すぎるね。知っての通り俺のやり口は常識はずれだぞ? 何かやらかした時にあんたの契約傭兵だったりしたら不味いんじゃないのか? その時は切り捨てれば良いか? そんな時に切り捨てられるようならそれこそメリットがない。結論、あんたの契約傭兵とやらになるメリットは薄く、デメリットばかりが大きいと俺は考えている。反論はあるかな?」
歯に衣着せぬ俺の物言いにセレナ少佐は顔を赤くしてプルプルと震えていた。怒らせたかな? いや、俺だって鬱憤が溜まってるんだよ。嫌がらせのように勧誘メールを送られた上に美味しくもない依頼を受けさせられる羽目になってんだ。こっちの身にもなれって感じだよ。
「ちょ、ちょっと、いくら何でも言いすぎ――」
「ふふふ……ホールズ侯爵家の娘である私にそこまでふざけた態度で接してくるのは貴方が初めてです」
赤い顔のまま口元をヒクヒクと引きつらせてセレナ少佐が俺に視線を向けてくる。ちょっと挑発するつもりでキツめの言葉を使ってみたが、やりすぎたか?
「ですが、良いでしょう。許します。貴方の言うことにも理がないわけでもありません。無理に手中に収めようとすると壊れてしまうものもこの世には存在するものですしね。飼い猫の愛らしさと野良猫の逞しさは別ですから」
「誰が猫か」
引っ掻くぞこいつめ。
「首輪をつけずとも、餌付けで飼いならすことはできますからね。首輪を嵌めるのは十分に餌付けをして飼い慣らしてからにすることにします」
「いつか首輪を嵌めるつもりなのかよ」
「ええ。私、狙った獲物は逃さない主義なんです」
セレナ少佐が唇に人差し指を当て、色っぽい流し目を送ってくる。この背筋がゾクリとする感触はただの悪寒だよな? そうであってくれ。
ミミとエルマはそんなセレナ少佐に何か感じるものがあったのか、二人して左右から腕に抱きついてきた。その様子を見てセレナ少佐がクスクスと笑う。
「今日のところは依頼を請けてもらえるということで満足しておきましょう。傭兵ギルド経由で依頼を出しておきますので、よろしくおねがいしますね。データも傭兵ギルドに預けておきますので」
「ああ、わかった。仕事の際には言葉に気をつけるつもりだが、多少地が出るのはご容赦願いたいね」
「ええ、そうしてください。プライベートな場ではそのままの言葉遣いでよろしいですよ」
「ははは、承知いたしました」
プライベートな場で会うつもりなんてないけどな。
☆★☆
「侯爵令嬢の少佐相手によくもまぁあんな口を利くわね……ヒヤヒヤしたわよ」
セレナ少佐が帰った後、食堂で昼食を摂りながらエルマがぼやいた。今日のエルマの昼食は和風パスタっぽい麺類に棒々鶏っぽい肉入りサラダのようなもののようだ。
「あの程度で激怒して決裂するならどっちにしろ上手くはいかんだろ。逆に、あれだけ言っても激怒したりせずにむしろ笑って許して関係を続けようとする辺り、アレは結構マジだな。油断してるとどこかで足を掬われるかもしれんから、下手に口約束とかしないように気をつけなきゃいかん」
俺が食っているのはハンバーガーとフライドポテトっぽいものとシェイクだ。シェイクはちょっと青臭いけど美味しい。何のシェイクだろう、これは。
「あのひとはだめですきけんです」
ミミにしては珍しくセレナ少佐に対して何らかの危機感を感じているようだ。ケチャップたっぷりのオムライスをもそもそと口に運びながら俺にジト目を向けてきている。
いやいや、確かにセレナ少佐は美人だしおっぱいも結構あるけどそう簡単にあんな地雷案件に靡くなような男じゃありませんよ、俺は。心配は無用だ。
「ま、暫くは訓練期間だな。俺は依頼にかかりきりになる。ミミはオペレーターの訓練を進めてもらいたい。エルマは俺とミミを手伝ってもらえると嬉しいね」
「そうね。そうするしかないわね。ま、刺激的な毎日を送るだけが傭兵じゃないわ。こういう時もあるわね。でもヒロ、あんた、腕は錆びつかせないように訓練しておきなさいよ」
「善処する。まぁ、考えがないわけでもない」
単に盤上で教練するだけじゃそれこそ机上の空論だしな。どこかで実戦を入れるべきだろうし、何なら俺がアグレッサー役をやって模擬戦をするのも良い。シミュレーターもガンガン利用するべきだろう。
「まぁ、仕事でやる以上は真面目にやるさ。それで命の危険もなく、侯爵令嬢の少佐に貸しを一つ作れて、かつ幾らかでも金が入ってくる。ミミの学習も進む、いい事ずくめだな」
「ヒロ様」
「うん?」
「気をつけてくださいね?」
「うん」
これはミミがセレナ少佐に特段の警戒をしているのか、それとも俺の信用が無いのか……前者だよな? 前者だと言ってくれ。
「あの侯爵令嬢にコロッと籠絡されるんじゃないわよ」
「信用ねぇな!?」
「前に一回やらかしてるじゃないの」
「ぐうの音も出ねぇ」
それを言われると弱いよなぁ。
こんな感じでこの日は微妙に不機嫌なミミとエルマの機嫌を取って過ごすことになった。クリシュナから一歩も出ることなく完全に三人で引き篭もり態勢である。たまにはこんな日も良いだろう、うん。近々出ずっぱりになるだろうしな。
次回更新予定は4/1以降の予定です! ちょっとまってね!_(:3」∠)_




