#437 宙賊に関するちょっと深い話
すたーふぃーるどたのしい_(:3」∠)_
傭兵ギルドから持ち帰ってきた膨大なデータをミミと一緒に精査して過ごすこと半日。女性副官を連れたセレナ大佐がブラックロータスへと訪ねてきた。
「これはどうも、ようこそ自慢の我が艦へ。むさ苦し……くはないな。あばら家……も無理があるな。まぁ適当に座って下さい、今片付けるんで」
むさ苦しいも何もこの間に男は俺しかいないからむしろ艦内の雰囲気はフローラルな感じであるし、あばら家などと言うにはブラックロータスの内装は豪華でしっかりしている。正直に言うとセレナ大佐の船であるレスタリアスよりもよっぽど豪華である。
「慣れない美辞麗句を使おうとするからそうやってボロが出るんですよ。ところで、それは?」
「傭兵ギルドから引っ張ってきた宙賊の出没情報とか商船の行方不明情報だよ。同じようなものは軍でも取り扱っているだろ?」
ホロスクリーンに投影されている星系地図と、そこに表示されている様々なマークに目を向けながら質問してきたセレナ大佐にそう答える。
傭兵が宙賊と交戦した座標などのデータは星系軍経由で帝国航宙軍にも共有されている筈だし、同様に星系軍と宙賊との交戦データや商船の行方不明情報なども共有されているはずだ。
「この色分けしてあるラインは……? ああ、このラインで繋がれている事件が一つの連動した作戦下での宙賊の行動ということですか。ということはこれが囮で、本命は消えたこの船……え? 宙賊ってこんな綿密な作戦を立てて動いたりするんですか?」
「そりゃ宙賊って言っても全員が全員ヒャッハーって言いながら見かけた船を手当たり次第に襲う奴らばかりってわけじゃないし、あいつらも一応は思考能力を有する人間なんだから、しっかりと計画を立てて襲撃を行う連中だっているよ。一握りだけど」
「そ、それじゃあ普段私達が撃破している宙賊は……?」
「ほぼヒャッハータイプの雑魚宙賊じゃないかな。こういうエリート宙賊は慎重だから遭遇戦で出会うことは稀だし、不利と見れば速攻で逃げるからたちが悪いんだよな」
随分前の話だが、ショーコ先生が乗っていた船を襲っていたのがエリート宙賊の類だな。形勢不利と見るなり速攻で逃げやがったし。今ならエルマのアントリオンに積んでいるグラビティ・ジャマーがあるから逃さんけど。
「まぁ、主に被害を出しているのは山ほどいるヒャッハータイプだから、エリート宙賊を撃破しないと意味がないというわけではない。エリート宙賊の方が賞金が高めで、船や装備の質も良いから戦利品が美味しくて、物資の集積場やねぐら、アジトの情報を持っていることが多いから傭兵の俺達としては美味しい相手だけど。ああ、でもまぁ治安維持の観点から言えば積極的に狩ったほうが良い連中かもな。奴らは頻度は少ないけど確実に被害を出してくるし……ってなんで固まってるんだよ?」
何か静かだな、と思ったらセレナ大佐が愕然とした表情を俺に向けたまま固まっていた。何故そんな目で俺を見るのか? これがわからない。
「なんですか、そのエリート宙賊っていうのは」
「え? なんかこう、狡猾で装備が良くて、レアな宙賊? 宙賊は宙賊だよ」
「それはそうでしょうけど、そのエリート宙賊という概念を初めて耳にしたのですが。貴方以外の口からそんな言葉を聞いたことがありません。もしかしてアレですか? マザー・クリスタルの時と同じで出所不明のクリティカルな情報ですか?」
「いや、そんなことは……ない、はず?」
確かにこのエリート宙賊とかの概念はSOLから俺が持ち込んでそう呼んでいるものだけども、そうすることによってエリート宙賊が発生した訳では無いし、何も問題はない。無いはずだ。いや、重要なのはそこじゃない。問題なのはSOLで学んだ対宙賊戦術や概念がそのままこの世界の宙賊に適用できることで、つまるところこの世界では一般的に認知されていない宙賊に関するクリティカルな情報を俺が持っているのではないか、ということだ。
「自信なさげですね。本当は何か隠しているんじゃないですか? 吐くなら今のうちですよ?」
考え込んでいるうちに俺のすぐ側まで接近してきていたセレナ大佐が俺の頬に手を添えてニッコリと微笑む。目が笑っていなくてとても怖い。
「ない。ないです。ほんとうです」
頬に添えられた手をそっと退けながらセレナ大佐から目を逸らし、必死にSOLにおける宙賊関連の情報を思い出す。宙賊根絶系のイベントは無かったから、そっち方面のクリティカルな情報はない。同様に、宙賊の発生源についての情報もない。どこかにクローンプラント的なものがあるのでは? とか深宇宙のどこかに宙賊の大規模コロニーがあるのでは? とかそういう匂わせはあったが、確定情報は俺の知る限りでは存在しない。また、所謂一般市民というか普通の人間が宙賊に転向するケースについてはSOLで確認されていたが、それはこちらの世界でも同じことだ。
「私の目を見て言いなさい」
「近い近い、大佐殿近い。あと首が痛い」
セレナ大佐が両手で俺の顔をホールドしてぐいっと自分の方に向け、至近距離から見つめてくる。紅い瞳が綺麗だなぁ、とかやっぱり美人だなぁ、なんてことを考える余裕がある辺り、俺もまだまだ本気で追い詰められているわけではないな。うん。
「本当に隠していることはないんですか? 素直に答えないならこちらにも考えがありますよ」
「ないない、無いです。というか、宙賊関連で何かクリティカルな情報を持ってるならそれを利用して荒稼ぎしてるっての。大佐に売れば大儲けできそうだし」
「ふむ……そう言うなら良いでしょう。何か思い出したらすぐに教えるように」
「アイアイマム。ところでこの体勢、この距離はマズくない?」
「お互いにこの程度で動揺するような人間じゃないでしょう。それに、私はロマンチックなのが好きなんです。こんな雰囲気も何もない状況で無理矢理唇を奪っても愉しくもなんともないじゃないですか」
そう言いながらセレナ大佐が俺を解放する。少し顔が赤くなっているように見えるが、指摘すると剣を抜かれそうなので黙っておこう。うちのクルー達とセレナ大佐の副官さんもジト目とかワクワクした目とか向けてきてるし。
「というか、俺としては宙賊の戦術研究が全くと言って良いほどに進んでいないのが逆に気になっているんだが。そんなに難しい内容じゃないし、俺みたいな素人――いや素人ではないが、別にそういった教育を受けたわけでもない傭兵が理解できる程度のものをエリート職業軍人達が揃いも揃って検討したこともない、概念も無かったってのはおかしくないか?」
「確か過去に何度か研究されていた筈ですが、すべて無駄に終わったと聞いた覚えがありますね。衝動的というか場当たり的な襲撃の度合いが多過ぎて、まともにパターン化できなかったとか。同様に彼らのルーツについても調査されたことが何度もありますし、現在も調査されていますが、宙賊に転向した元帝国臣民などを除いた『純粋な宙賊』のルーツは未だに不明です。彼らの生体工学技術の高さから見て通常の妊娠出産といった方法での繁殖だけでなく、クローニングによる人口増加などを行っている可能性が高く、またその痕跡も発見されています。が、それがどこで行われているのかは判明していません。ただ、彼らのゲノム情報を解析すると、過去に行方不明になっている商船の乗組員や客船の乗客などのゲノム情報が確認されることがあるので、彼らに攫われた人員のごく一部が彼らの本拠地とも言える場所に連れ去られ、繁殖に使われているのであろうということは推測されています」
「捕らえた宙賊からも情報を引っこ抜けないのか」
「駄目ですね。厳重な記憶処理をされているのか、それともそもそも存在していないのか、自分がどこで生まれてどのようにして宙賊の一員になったのかを記憶している宙賊は殆どいません。どんなに古い記憶でも生後八歳から十歳程度からの記憶しか持っていない宙賊が殆どです。例外は、宙賊同士や宙賊と犠牲者との間にできた子供が自然分娩を経て宙賊の拠点で成長したというケースくらいですね」
「徹底的だなぁ……もしかして宙賊って宇宙怪獣の一種なんじゃないのか……?」
起源不明で人語を解し、人類と交雑可能で人類の技術も利用し、独自とも言える高度な生体工学技術も有する人類に敵対的な存在ってかなり不気味だよな。宇宙エルフならぬ宇宙ゴブリン的な何かかよ。いや、宙賊の見た目は人類と変わらないけどさ。
「まぁ、宙賊の話に関してはこれくらいにして……出撃か?」
「そうですね。その前にちょっとした打ち合わせということで来たのですよ、本来は。そういうわけで、本題に入っても?」
「オーケー。ミミ、クギ、すまんが人数分の飲み物を頼む。ここは俺が片付けとくから」
「はい!」
「はい、我が君」
ミミとクギが揃って食堂へと駆けていくのを見送りながら、休憩スペースのタブレットや小型情報端末をまとめたり、ホロスクリーンに投影していたデータを保存して格納したりしておく。格納庫で整備士姉妹を手伝ってるエルマも呼んでおくか。




