#043 お断りします(゜ω゜)
「あら、なかなか良い茶葉を使っているんですね」
「それはどーも」
クリシュナに応接間などというものはないので、セレナ大尉には食堂に腰を落ち着けてもらった。今はミミが出したお茶を優雅な仕草で飲んでいらっしゃる。
正面に座るセレナ大尉に対して、俺達三人は対面に三人で並んで座っていた。中央、セレナ大尉と真正面から対峙する形で俺。その左右にミミとエルマである。
「それで、ええと……何の御用で?」
俺の問いに彼女はニッコリと微笑み、そっとお茶の入ったマグカップをテーブルの上に置いた。うん、小洒落たティーカップやらソーサーやらは俺達みたいな一般人の船には用意が無いんだ。
「ふふ……お誘いに来ました」
笑顔のままそう言い放ったセレナ大尉に対し、俺達は互いに顔を見合わせた。恐らく、この瞬間俺達の考えは完全にシンクロしていたと思う。どこまで執念深いんだこの女は、と。
「私、狙った獲物は逃さないタイプなんですよ」
ヒェッ……怖い! ニコニコしながらそんなことを言われて背筋が寒くなる。左右から俺の腕が抱え込まれた。俺のことは渡さないというミミとエルマの意思表示だろうか……右腕だけ幸せだな。左腕? ああ、うん、固くはないかな?
「見せつけてくれますね」
「これは失敬。二人とも」
俺が声を掛けるとミミとエルマは渋々といった様子で俺の腕を解放した。もう少し味わっていたかったが、仕方があるまい。というか流石に空気を読んでくれ。どう考えてもセレナ大尉の狙った獲物云々はそういう意味じゃねえだろう。
「ええと、何度かお断りしたはずですが、俺は帝国軍に入るつもりはありませんよ」
「はい、存じていますよ。とても残念です」
セレナ大尉が笑顔を崩し、いかにも悲しげな表情を作って悩ましげに溜息を吐く。実に芝居がかった仕草だ。この人は意外とお茶目な人なんだろうか?
「仕方がないのでそこは諦めましょう。あまり強引に勧誘して傭兵ギルドに目をつけられるのもよくありませんしね。私は傭兵ギルドと仲良くしたいんですよ」
「なるほど……?」
だとしたら、この人は何をしにここに来たというのだろうか。俺は軍には入らない。それを認めた上で俺に会いにわざわざクリシュナまで足を運んで、狙った獲物は逃さないなんて宣言する理由はなんだ?
「まさか、帝国貴族の権力を振りかざすつもりじゃないですよね?」
「それこそまさかです。そんなことをしたら貴方はベレベレム連邦に逃げるでしょう?」
「……」
沈黙を以って答える。ここで『そうですね』などと返すのはまずい。相手は帝国軍人だからな。
「ところで、私昇進したのですよ。先日のターメーン星系防衛戦での活躍が認められたんです。ほら、階級章も変わっているでしょう? 今の私はセレナ・ホールズ少佐というわけです」
「それはおめでとうございます」
肩の階級章らしきものを指差しながら笑顔で昇進の報告をするセレナ大尉――いや、セレナ少佐に素直に賛辞を述べる。まさか昇進の報告をするためにわざわざ来たというのか? ありえないだろう。俺は警戒レベルを引き上げた。
「私が昇進できたのもキャプテン・ヒロ、貴方が先日の防衛戦で獅子奮迅の活躍をしてくれたからです。何故か結晶生命体が敵艦隊を襲うという幸運も大きかったですね。何故か」
「ははは、運が良かったですね。あの時は丁度敵艦隊に突っ込んでいたところだったので、俺は肝が冷えましたが」
内心冷や汗が出てくる。大丈夫だ、俺が歌う水晶を使って結晶生命体を召喚し、ベレベレム連邦の攻撃艦隊に擦り付けた件はバレようがないはずだ。落ち着け、俺。
「ふふ、そうですね。とても良いタイミングでしたね。まぁ、そこは追求するつもりはないのでご安心ください」
セレナ少佐がニッコリと微笑む。貸し一つだぞ、という顔だ。くそう、貸しも何もあるかよ。俺がああしなきゃまず間違いなく星系軍に大きな被害が出てたんだ。むしろ俺が貸してるんだよ。
「ははは、何のことだかわかりませんが、俺の行動がセレナ少佐のお役に立ったのであれば幸いですね」
「ふふふ」
「ははは」
不気味に笑うセレナ大尉と俺のやり取りが怖いのか、ミミが微妙に震えている。
前は上手く手玉に取られたが、二度も同じ失敗をする俺ではない。今回は最初から警戒度MAXだからな。そう簡単にいくと思われては困る。
「それで、そろそろ本題に入りませんか?」
「そうですね。私は昇進と同時に新設された新たな部隊を指揮することになりました」
「それはおめでとうございます、で良いのでしょうか」
「ええ、私にとっては嬉しいことです。前々から帝国軍上層部に具申していた対宙賊独立艦隊の設立が認められ、その指揮を任されたわけですからね」
「対宙賊独立艦隊……?」
「はい。ごく大雑把に言うと、帝国航宙軍は大きく二つに分けられます。各恒星系のコロニーや要塞に駐屯し、他国からの侵攻や恒星系の治安維持に務める防衛艦隊と、他国からの攻撃艦隊を撃滅したり、他国への攻撃を担ったりする機動艦隊の二つですね」
「なるほど」
「主に星系軍、と呼ばれる防衛艦隊に所属する総戦力は多いですが、広大な帝国領域をカバーするために戦力は分散しがちです。なので、宙賊や宇宙怪獣の類を積極的に攻撃するのにはリスクが伴うことが多く、守勢に回りがちなのですね。下手に被害を出して治安維持を満足にこなせなくなると致命的な事態を招きかねませんから。なので、綿密な計画を立て、戦力を整えて完封できるような状況でもないと星系軍がそういった脅威を積極的に排除することはできないわけです」
「理解できます」
脅威の排除のために星系軍が大きな被害を受けると、星系軍が動けなくなったという情報が瞬く間に周辺星系の宙賊へと拡散されて大挙して押し寄せてきかねない。ほぼ完封したような状況でも整備のために巡回は少なくなるわけで、それを狙って『流れ』の宙賊が増えるくらいなのだから。
大被害を受けてほとんど機能不全、なんて状態になったと知れ渡ったら『流れ』の増加程度では済まなくなるだろう。最悪、コロニー襲撃とかそういう事態にまで発展するかも知れない。
「だからといって機動艦隊をみだりに動かすわけにもいきません。機動艦隊は帝国最強の剣であり、盾でもあります。その運用には莫大な費用がかかりますし、下手に動かすとその隙を狙って隣国が攻め寄せてくる可能性もありますから」
「つまり、遊撃戦力が足りてないと。今はそこを傭兵が担っているわけですか」
「そういうことです。それを傭兵任せにするのではなく、帝国軍でも遊撃戦力を作ろうというのが今回新設された対宙賊独立艦隊というわけですね」
「理解できました。ですが、その艦隊の指揮官であるセレナ少佐がわざわざ俺の船に足を運ぶということとどうにも繋がらないのですが」
つまり、帝国航宙軍が自前で戦力を用意して傭兵の商売敵になりますよという話である。とは言っても一艦隊でカバーできる範囲などたかが知れているので、独立艦隊が活動している恒星系を避ければ良いだけの話だ。正直『ふーん、頑張ってね』くらいの感想しか出てこない。何故指揮官自らが俺の船まで足を運んで、そんな話をわざわざ聞かせるのか理解に苦しむ。
「ええ、そこで貴方を勧誘に来たわけです」
「……」
帝国軍には入らないって何度も言ってるだろいい加減にしろ、という視線を送る。
「そこまで露骨に拒否されると逆に燃え――んんっ! なんでもないです。つまりですね、依頼をしたいんですよ。宙賊退治のプロフェッショナルである貴方に」
「依頼ですか」
傭兵ギルドを通した依頼ならまぁ、内容によっては受けることも吝かではないな。なんか不穏な言葉が聞こえた気がするが、スルーしておこう。俺は見えている地雷を踏みに行くような馬鹿じゃないんだ。
「具体的にはどのような内容で?」
「私達帝国航宙軍には艦隊として敵艦隊や敵拠点を攻撃するノウハウは心得ていますが、少数で無軌道に動き、場当たり的に民間船などを襲う宙賊に対するノウハウがありません」
「それはそうでしょうね」
そもそもからして身につけている戦術が標的とマッチしないのだ。運悪く独立艦隊の前に出てきた宙賊は一瞬でスペースデブリに早変わりするだろうが、宙賊だって馬鹿じゃない。独立艦隊が近づいてくれば逃げるなり隠れるなりするだろう。
「そこで、宙賊退治のプロフェッショナルである貴方にそのノウハウを教えていただきたいというわけです」
「なるほど。話はわかりました」
「では?」
セレナ少佐が期待に目を輝かせる。
「お断りさせていただきます」
そして俺のにべもない言葉でピシリと笑顔のまま表情を凍りつかせた。
「な、何故ですか……?」
「いや、俺が受ける必要なんて無いでしょう。むしろ傭兵ギルドに話を持っていって、傭兵ギルドから直接ノウハウを学んだほうが良いのでは? 出自の怪しい俺なんかよりもよほど適切な教官を選出してくれると思いますよ」
もっともらしいことを言っているが、面倒臭いだけである。報酬額はまだ聞いていないが、恐らく俺達が普通に宙賊を狩って手に入れる金額よりも多いということはあるまい。そしてどう考えても拘束期間が長いに決まっている。報酬が安い上に長期間拘束されるとか俺にとってはデメリットしか無い。
「私は貴方からノウハウを学びたいんです」
「嫌です」
「何故そこまで頑ななのですか?」
セレナ少佐が可愛らしく頬を膨らませる。うん、美人はどんな顔をしても様になるな。でもな、頑なに断る理由は単純明快だ。
そんなのあんたが面倒臭そうな女だからだよ! 察しろよ!
などと言えるわけもないので、適当な理由を考えようとする。何せ相手は帝国貴族だ。この帝国の法律には詳しくないのでわからないが、貴族なんてものが存在するのだから侮辱罪などがあってもおかしくはない。
「報酬が期待できそうにない上に拘束期間が長そうだからです。逆に、何故そこまで俺に拘るんですか?」
「それは貴方の発想とそれを実行する度胸が図抜けているからです。あれだけいる傭兵の中で、独自の作戦を立案してきたのは貴方だけでしたし、その作戦内容は一見無謀としか思えないものでした。しかし、貴方はそれをやり遂げて結果を出しました」
これは褒められているんだよな。ちょっとこそばゆい気分だ。
「それに、あの結晶生命体の擦り付けです。あれは歌う水晶を利用したのでしょう? ああ、答えなくて結構です。証拠もありませんしね。ああいう大胆かつ残忍な手を躊躇なく実行できる貴方であれば、帝国軍の強力な艦艇を最大限に利用して『えげつなく』宙賊のゴミどもを抹殺する戦術を私に教示してくれるのではないかと、そう思っているんです。だから、私は貴方にお願いしたいんです。本当は部下として貴方が欲しいんですけれど、それは嫌なのでしょう?」
「嫌です」
本日二度目の嫌ですを叩きつける。しかしこの人全く堪えている様子がない。メンタル強すぎない?
「部下にすることは諦めます。とりあえずは。その代わり、私に協力して欲しいのです。軍からの報酬だけで足りないのであれば、個人的に私が何か便宜を図るということもできます。私は侯爵家の娘ですし、帝国軍の佐官ですから。私とのコネクションは何かと役に立ちますよ?」
そう言ってセレナ少佐がニッコリと微笑む。ミミに視線を向けてみるが、私では判断できないですと言いたげにふるふると首を横に振る。次いでエルマに視線を向けてみると、そっと耳元で囁かれた。
「帝国貴族の佐官にここまで言わせて突っぱねるのは逆に面倒になりかねないと思うわ」
つまり、受けろということか。正直気が進まない。気が進まないが、エルマの言うことにも留意する必要はあるだろう。あまり頑なに断ってこじれるのも確かに面倒だ。あちらは何度も俺にラブコールを送ってきているわけだし、今回に至ってはわざわざこちらに足を運んでさえいるわけだ。こちらを呼び出すわけでもなく。これは俺に対して最大限に配慮していると捉えるべきだろう。俺としてはちっとも嬉しくないが。
「貸し一つですよ。契約に関してはきちんと傭兵ギルドを通してください。確か指名依頼の制度があった筈なんで」
「拘束期間は尉官待遇で三十日としましょうか。つまり、独立艦隊内での上位者は私のみということです」
「なし崩し的に帝国軍に組み込まれるのは遠慮願いたいので、一日の拘束時間は基本的に十時間までとしてください。何が何でも定時で上がらせてもらいます」
「ちっ……良いでしょう」
舌打ちしやがったぞこの女。どうするつもりだったんだよこええよ!
「あと、俺が持ってるノウハウはあくまでも傭兵としてのもの、それも単艦で宙賊を狩るためのものです。仕事としてやる以上は全力を尽くすつもりですが、独立艦隊の運用に寄与できるかどうかは保証致しかねます」
「そうでしょうね。それは理解できます。ですが、それは私達が上手に噛み砕いて吸収すれば良いだけの話です。帝国軍人は優秀ですから、ご心配なく」
セレナ少佐が笑顔のまま答える。交渉がまとまりそうだからか、機嫌はかなり良くなっているようだ。
「あとは報酬ですが……エルマ、適切な金額ってどれくらいになるんだ?」
「難しいわね。戦術講師として傭兵が軍に招かれることなんて無いだろうし、前例がないと思うわ。ただ、日数拘束型の護衛依頼であれば一日あたり概ね三万エネルから五万エネルってところが相場ね」
「命の危険がある護衛任務というわけではありませんから、もう少し安くなるのでは? それに、その報酬は護衛依頼をこなせる船団向けの依頼の報酬額ですよね?」
エルマの提示した金額にセレナ少佐が即座にツッコミを入れる。抜け目ないなぁ。恐らく事前にある程度調べてきたんだろうな。そういうところは抜かりがなさそうだもの、この人。
「でも、ヒロは普通に狩りに出れば一日平均20万エネルは稼ぐのよ? 一ヶ月拘束されて儲けが四分の一以下になるんじゃ流石に割に合わないわよ。私達傭兵は慈善事業家じゃないんだから、利益がなければ動かないわ。当たり前のことだけど」
セレナ少佐の反論に鋭く切り返してエルマが肩を竦める。実際には毎日20万稼げるわけじゃないし、休養だってするから三十日で600万エネル稼げるってわけでもないけどな。
ただ、拘束期間中は何か美味しい依頼が発生しても参加できないわけだし、機会損失が無いわけではないよな。
「ぐむむ……一日4万エネルで……」
「最低でも6万ね。4万じゃ話にならないわ」
「じゃあ間を取って5万で」
エルマが俺に視線を向けてくる。俺には判断出来ないので、任せるという意味で肩を竦めてみせた。
「それで良いわ。ヒロからは何か要望はある?」
「艦の性能を把握しないと戦術の立てようがない。所属艦と搭載武装のデータを事前に貰いたいですね。シミュレーターで実際に触らせて貰うのも必要です」
「公開できる範囲でなら。シミュレーターに関しては事前にデータを傭兵ギルドに引き渡しておきます」
「じゃあ、それで良いわね。細かい話は傭兵ギルドを通してってことで」
エルマの言葉に俺とセレナ少佐が頷く。
こうして俺達はグラッカン帝国航宙軍、対宙賊独立艦隊の教官として三十日間拘束されるということになるのであった。
汚いな暗に権力を振りかざすとか流石帝国貴族汚い_(:3」∠)_




