#425 俺達は何も聞いてない。良いね?
今日は朝早めに目が覚めたのだ( ˘ω˘ )
「一応確認するが、対象は生死不問で良いんだよな?」
『勿論それで構わない。何かあったのだろうか?』
クリシュナのスピーカー越しにハルトムートの怪訝そうな声が聞こえてくる。そりゃ怪訝にも思うよな。ターゲットを追った俺からいきなり通信が入ってきて、こんなことを聞かれたら。誤魔化しても仕方がないから素直に話すけども。
「俺に追いつかれた途端、自分で自分を機雷原の中に閉じ込めやがってな……少しでも船を動かしたらドカン、って状況なんだよ。奴さんが」
『拿捕が最善だが、間違いなく始末してくれるならこちらとしてはそれでも問題ない』
「どうも。それじゃあ機雷原ごと吹き飛ばすわ」
そう言って通信を切り、ウェポンシステムを起動したところでターゲットの船から通信が入ってきた――が、俺はそれを無視。身動きの出来ないターゲットの船に容赦なく重レーザー砲四門による斉射を行い、機雷ごとターゲットの船を爆散させる。ああ、大量の機雷が炸裂して実に汚い花火だな。あれでは万に一つも助かるまい。
「あの……何か通信が入ってきてましたけど、良かったんですか?」
「くだらない時間稼ぎに付き合う理由はないな。命乞いだの聞くも涙、語るも涙のお涙頂戴の身の上話だのを聞かされても結局殺すんだし、そんなのを聞いたら寝覚めが悪くなるだろ。口からでまかせの可能性も高いし」
「そこはこう、なんというか……手心というかお約束というか」
「そんなお約束は知らん」
まぁアニメやドラマとかだと最後に犯人とかが自分の思いを吐露したりするのは確かにお約束かもしれない。だが、それを聞いたばかりに悩むだとか、それが時間稼ぎで逆転して状況が悪化するだとか、そういう展開もよくあるよな。俺はそんなことになりたくないので、容赦なくやる。殺れる時に殺るのが一番だ。獲物を前に舌なめずりは三流のやることだって軍曹殿も仰っていたじゃないか。
「ところで我が君、此の身達が撃破したのは一体何者だったのでしょうか?」
「あー……そういやわからんな。このタイミングでとなると例のギャング関係かと思ったんだが、考えてみると連中が船を持ってるのはおかしいよな?」
宙賊との繋がりがあるとはいえ、軍用艦ではないがちゃんとした高速偵察艦を所有しているというのは妙な気がする。資金力を考えれば買えてもおかしくはないが、傭兵でもない一般臣民が船を買うにはそれなりの手続きが必要だからな。アウトロー連中には少々荷が重い。
それに、あの偵察艦では精々数人しか乗り込めないだろう。組織が脱出手段として使うには少々小さ過ぎるように思う。
「もしかしたら面倒くさいのを殺ったか……?」
「大丈夫ですかね?」
「ハルトムートに嵌められた可能性はゼロじゃないが、まぁその時はその時だな」
やりようはいくらでもある。今更ビクついても仕方がないだろう。ハルトムートはそういうことをするような人間ともあまり思えないしな。
「残りの機雷を片付けておこう。こんな空白宙域で誰かが引っかかるとは思えないが、その確率もゼロってわけじゃないしな。アフターサービスってやつだ」
「はい!」
☆★☆
「必死で追いついたのに無駄足だった私の気持ち、わかる?」
「ごめんて……言うて俺が悪いわけじゃなくない?」
「そうだけど、釈然としないのはわかるでしょ」
「それはそう」
後始末を終えた後に合流したエルマのアントリオンと共にリーメイプライムコロニーに戻り、ブラックロータスで一息ついているとアントリオンから戻ってきたエルマに文句を言われた。俺が悪い訳では無いが、気持ちはわからないでもないので後で何か埋め合わせをしてやろう。
「で、依頼主に報告はしたの?」
「一息ついてたんでな。今からだ」
休憩スペースの方にはまだアイリア達がいたので、食堂の扉を閉めて声が漏れないようにしてからハルトムートに通信を繋ぐ。
「よう、ボス。確実に仕留めてきたぞ」
『こちらでも星系レーダーで確認した。流石に超一流の傭兵は仕事が早くて確実だ』
「お褒めに預かり恐悦至極、って言うところかね? で、俺がスペースデブリにしたあいつは何者だったんだ?」
『卿が気にするような者ではないが……簡単に言えば、卿と我が家の私兵が持ち帰ってきた情報で立場が悪くなり、逃げ出そうとした鼠だよ。あちこちにサボタージュまで仕掛けて逃げ出したのでね……そちらの対応に手が取られて追撃ができなかったので、助かった』
「なるほど」
結局は何の問題もなく悪党が相手だったってわけだ。まぁ、この状況下でブラディーズから引っこ抜いた情報で追い詰められるようなやつというのは半分くらい宙賊みたいなもんだな。問題なし! ヨシ!
「ドラッグの製造工場や倉庫の場所は突き止められたのか?」
『そちらは問題なく。明日にでも我が家の私兵が突入する予定だ』
「助けは?」
『必要ないさ。卿の手を煩わせるほどの相手ではない』
「そうか……ああそうだ。例の施設の面倒を見ている人が丁度この船に来ているんだが、顔を合わせておかないか?」
『ふむ……そうだな、時間に余裕もある。先方が良ければそうしよう』
「オーケー、今呼んでくる」
エルマをその場に残し、食堂の扉を開けてアイリアを呼びに行く。
「アイリア、ちょっとすまんがこっちにきてくれるか?」
「はい? どうしました?」
ハインツ達も交えてティーナ達と話していたアイリアに声をかけると、彼女は俺の方に視線を向けて首を傾げてみせた。
「代官殿と通信中でな。良い機会だから顔を合わせを済ませておこうぜ」
「えっ!? あ、あの、私こんな格好ですけど!?」
アイリアの手が物凄い速さで彼女自身の身体の各所を動き回る。身嗜みチェックか何かなのか? それは。
「別に良いだろ。ドレスを着なきゃいけないってわけでもないし……ホラ代官殿が待ってるぞ。ハリーハリー」
「いやっ、無理! 無理ですって!」
手をパタパタと振る彼女の背後に回り、後ろから押して食堂へと連行していく。
「姐さん、ファイトっす」
「……気をつけて下さい」
「いってらー」
「大丈夫かなぁ?」
「駄目そうだぞ」
ジークにハインツ、ティーナにウィスカ、リンダも俺を止めるつもりはないらしい。代官と顔合わせなんてしたくないんだろうな、誰も。ハルトムートは感じの良いイケメンなのに。
「待たせたな」
『気にしないでくれ、エルマ嬢と少し話をしていたのでね。そちらが……?』
「例の施設で子供達の面倒を見ているアイリアだ。アイリア?」
「ほ、ほんじつはおひがらもよく……?」
アカン。緊張しすぎて完全にテンパっている。漫画的な表現なら完全におめめぐるぐるしてるやつだ。まともな会話になりそうもないな。
「お代官様を前にして緊張してしまったようだ」
『私は子爵家の嫡男ではあるが、正式に地位を継いだわけではないから貴族としての身分の話をすると、名誉子爵であるヒロ卿の方が上なのだが……レディ、そんなに緊張しないで欲しい』
「そ、そそそ、そう言われましても!?」
ハルトムートもホロスクリーンの向こうからアイリアを宥めようとしているが、なかなかうまくいかないな。これが貴族に対する帝国臣民の一般的な対応というか、態度なのだろうか? そう考えると、ミミはクリスやダレインワルド伯爵を前にしてもここまで動じなかったな……やはりミミは大物なのでは?
「落ち着け、アイリア。えー、ハルトムート・マグネリ殿だ。見ての通りのイケメンで、義を知る男だよ。公式の場というわけでもあるまいし、少しばかりの無礼があってもそれを咎めたりする人じゃないから」
『ヒロ卿に義を知る男などと言われるのは面映ゆいが、彼の言う通り私的な会合で貴族に対する礼儀云々などと言うつもりはないので、安心して欲しい』
「あ、ありがとうございますぅ……」
ハルトムートもアイリアを宥めるためか、いつになく穏やかな声音で彼女に語りかけている。今日は顔合わせということで施設に関する話をいくつかした後、連絡先を交換して解散ということになった。
「そ、それでは失礼しますね……?」
『ああ、アイリア嬢。また後日時間を取って話そう』
「は、はいぃ……」
小動物のように縮こまりながらアイリアが食堂から去っていく。うん、前途多難だな。連絡先の交換をしたということは、今後もアイリアはハルトムートと顔を合わせるようになるわけだ。アイリアの胃に穴が空かなければ良いが。
『ヒロ卿』
「何かな?」
『今、貴殿の船に彼女は乗っているそうだが……』
「用心棒の男も一緒だし、ずっとうちの女性クルーと話してたから。そういうのは無いから」
『そうか……彼女は可憐な人だな』
「そうかな……? そうかも……?」
ピンク色に近いなかなかに凄い髪の毛の色が目立って仕方ない人だが、確かに愛嬌のある顔つきをしているな。美人というよりは可愛い人だというのは同意する。童顔気味だしな。というか何故そんなことを?
「おい、ハルトムート。まさかお前」
『交際している男性はいるのだろうか……身分の差は……一度レイディアスの養子にでもすればなんとでもなるか。貸しはある……』
「通信、通信繋がったままだから。切るぞ? 切るからな?」
『ああ、そうだな。私にもやることが出来た。それでは失礼する』
真面目な顔になったハルトムートが一礼して通信を切断した。
「俺達は何も聞いてない。良いね?」
「そうね」
この先のことを想像して気が遠くなったのか、チベットスナギツネみたいな顔をしたエルマが頷いた。俺達は知らん。何も知らん。貴族の嫡男が平民女性に一目惚れしたとかそういうクッソ面倒そうな地雷案件なんて何も知らん。