#042 工場見学ツアー・酒編
足取りの軽いエルマを追いかけて移動すること十数分、俺達は工場見学ツアーの最終目的地へと辿り着いた。
「コーリュービバレッジの工場ね! コーリュービバレッジは帝国有数の酒造メーカーよ! 酒と呼ばれるものなら大体何でも作っているけど、キレとコクのあるビールが一番有名ね!」
コーリュービバレッジの工場前に辿り着いたエルマが俺達に振り返って目を輝かせながら解説をする。工場見学に来たのに同行者に解説されるというのはどういう状況だ。なんか振り向いたエルマの周りにキラキラしたエフェクトが散ってるし……なんだあれ。
「なぁミミ、なんかエルマキラキラしてない?」
「してますね……エルフの魔法でしょうか?」
「えっ、何それ初耳。そんなのあるの」
「私も詳しくは知らないですけど、あるみたいです」
マジか。魔法要素のない宇宙エルフだから残念宇宙エルフだなとか思ってたのに、実は魔法が使えたのか。全然そんな素振りを見せないんだけどな。
「さぁ入りましょう! すぐ入りましょう! ハリーハリー!」
エルマのテンションはMAXだ。未だ嘗てこんなにテンションの高いエルマは見たことがないな。俺はミミと顔を見合わせて、互いに苦笑をしながら工場へと突撃していくエルマの後を追った。
他の工場と同じように受付嬢から案内を受け、滅菌室に入ってから工場内へと移動する。ここは流石に大手メーカーというだけあって、俺達以外にもツアー客がいた。見学客が通る専用通路も清掃が行き届いており、非常に雰囲気が良い。
俺達以外のツアー客はやはり人間が多いな。グラッカン帝国の主要な種族は人間らしいし、当たり前といえば当たり前か。エルフはエルマ以外には殆ど見たことがないんだよな。レア種族なのかね。
人間以外の種族だと……トカゲ人間っぽいのと、両生類と魚類を足して二で割ったようなのと、縦に長いイソギンチャクめいたのと、ケモミミと尻尾の生えた人間っぽいのだな。あのイソギンチャクめいたのとはコミュニケーションを取れるのだろうか……?
「ヒロ、ぼーっとしてないで行くわよ! 試飲コーナーに!」
「待て待て、ちゃんと工場見学させろ。酒を飲むだけなら船で飲んでも同じじゃないか」
「で、出来たてを飲むのはまた違うのよ……」
「いいから、焦るな。この後は予定なんて無いんだから、焦る必要は無いだろ?」
「うぅ……」
長い耳をしょんぼりと下げて頬を膨らませるエルマ。おやつを我慢しなさいって怒られた子供か何かか君は。
「これはエールを作っているのか」
「ビールね」
「……うん、ビールね」
シュワッとしないならエールだと思うんだけどな、俺は。いや、正確な定義とかはしらないけれどもね。この世界ではシュワッとしなくてもビールなのだ。そう納得しておこう。しかし、この世界では不自然なほどに炭酸系飲料が見当たらないんだよな……やはり宇宙進出の過程で存在そのものが忘れられたんだろうか? 無重力環境下ではお世辞にも飲みやすいものではないものな。ありえそうな話ではある。
「ビールの製造工程には特に感動するところはないな。まぁ機械作業のスピードは早いし、正確だから規則正しく機械が動くのを見るのが好きな人はいくら見てても飽きないかもしれんが」
「そんな人いるの?」
「私、結構好きですよ。なんというか、気持ち良い感じがしますね」
「私にはちょっとわからない世界ね」
工場の様子を眺めながらエルマが肩を竦める。俺も結構好きだけどな、規則的に正確に動く機構をじっと見てるのって。こういう製品を大量生産する工場って割と見てて飽きない気がする。
暫く機械の動く様子を眺めて満足した俺達は次のエリアへと向かった。次は果実酒の製造コーナーか。果実を圧搾して荷重を絞り出して、発酵させる過程でも見せてくれるのかな? と思っていたのだが、現実は俺の予想の斜め上を行った。
「果樹園?」
そう、次のエリアは果樹園のような場所だった。広大なスペースにぶどう畑のような広がっており、育成用のドローンやロボットアームが忙しそうに飛び回り、働いている。先程見てきたフードカートリッジの工場と同じような感じだ。
「そうね。お酒の実がなる畑ね。ここはワインの畑みたい」
「ワインの畑……?」
一体エルマは何を言っているんだ……? 首を傾げながら進むと、採れたての『ワインの実』の有料試食コーナーがあった。端末でエネルを払うと、収穫したての新鮮な『ワインの実』を食べることができるらしい。
「食べてみましょう。コーリュービバレッジはワインも美味しいのよ」
「ワインって私飲んだことがないんですよね。ちょっと楽しみです」
意味のわからない事態に首を傾げていると、エルマが自販機のようなものに端末を翳して代金を支払い、紙コップのようなものに入った一粒が巨峰のような大きさの濃い紫色の果実を受け取った。
彼女は何の躊躇もなくその果実をひょいと口に放り込む。
「んんー、お酒もいいけどワインの実も美味しいわね。ほら、ミミも食べてみなさい」
「良いんですか? それじゃあ……」
エルマに勧められてミミも果実を一粒摘まみ、口の中に放り込む。
「んんっ……思ったより酸味はきつくないですね? 渋みもあまりありません」
「お酒にする時は皮と種も一緒に圧搾するから。実のまま食べる場合はわざわざ種や皮を噛み潰したりしないでしょ? だから渋さを感じないのよ」
「なるほどー。でも、ちゃんとお酒の味も香りもするんですね……美味しいですけど、沢山食べると酔っ払っちゃいそうです」
不思議な会話をしている二人にスススっと近づいてみる。
「ヒロも一粒食べる? いくら下戸っていっても一粒くらいなら大丈夫よね?」
「多分……?」
「じゃあはい、あーん」
「あーん」
エルマの言葉に素直に従って口を開けると、エルマがワインの実とやらを一粒摘んで俺の口に放り込んでくれた。うん、まさにブドウっぽい舌触りだ。果実を噛み潰してみる。
「!?」
その途端、口の中に酒精の香りが爆発した。果肉からジュワリと染み出してくる果汁はまさにワインそのものだ。ミミの言うように渋みがないぶん幾分ワインとしては味が大人しい気がするが、この味は間違いなくワインだと思う。
「果実がアルコールを含んでいるのか……? そんなんアリ?」
「ヒロの常識とは違うみたいね」
「俺の知ってるワインは、ブドウっていうこのワインの実と似たようなものを潰して発酵させて、それから圧搾して熟成させる、って感じで作られていたんだ」
「伝統的、というか原始的な作り方ね。二千年くらい前まではそうやって作ってたらしいって聞いたことがあるわ。今はワインの実から作られるのが一般的よ?」
「品種改良、いや遺伝子工学の発展の賜物か……とんでもねぇな」
口の中に残ったワインの実の皮と種を飲み下しながら唸る。身体が火照ってきた。たったこれだけで顔が赤くなってきたのを自覚する。ううむ、相変わらず酒には弱いな、俺。
「ヒロ様、顔が赤くなってますね」
「ぷぷっ、ちょっと可愛いわね」
「うっせ。俺は酒を飲むとすぐ顔にでるんだよ……ビールも缶一本でベロベロになっちまうしな」
ミミがなんだかにこにこしながら俺の顔を眺め、エルマがヒョイヒョイとワインの実を口に運びながらクスクスと笑う。なんとなく熱くなっている頬が気になって顔を逸らして片手で頬を隠してしまった。更にニヤニヤされる。くそう。
「次だ次、次に行くぞ」
「はいはい、次に行きましょうねー。ヒロちゃーん」
「ヒロちゃん……ふふ」
先に歩き出すと、二人はニヤニヤしながらも後をついてきた。くそう、ここは俺にとって鬼門だったのかもしれん。
さて、お次は醸造酒エリアである。醸造酒エリア、なのだが……?
「森……?」
「あれは蒸留酒の木ね」
「蒸留酒の木」
「ええ、木から取れる天然ウィスキーは高級品よ。合成ウィスキーとは風味も味も別物ね」
「合成ウィスキー」
もうなんかわけわからんね。天然ウィスキーってなんじゃらほい。
「ええと、その天然ウィスキーとやらはどうやって作ってるんだ?」
「それを学ぶツアーでしょ、これ。ほら、あそこに解説があるわよ」
エルマの指差す先には解説のホロ動画を表示してくれるホロディスプレイがあった。ボタンをポチッと押して動画を再生してみる。
要約すると、あのウィスキーの木の樹液が天然ウィスキーと呼ばれるものであるらしい。メープルシロップよろしく、木に傷をつけるとウィスキーは樹液としてしみ出してくるとか。なんだそのやべー木は。よく燃えそうだな!
ちなみに合成ウィスキーというもののことも解説されていて、コーリュービバレッジでも廉価製品として合成ウィスキーを製造しているそうだ。ここでは作ってないようだけど。あっちは生成したアルコールに香料などを混ぜてウィスキーっぽくしたものであるらしい。
天然物が人気だが、値段の安い合成ウィスキーを広く親しまれているという。
「んー! やっぱ天然物は美味しいわ!」
「さよか」
「けふっ、こふっ……ちょ、ちょっと私には強すぎますね」
試飲用のショットグラスに入ったウィスキーを一息で飲み干しながらエルマが満面の笑みを浮かべ、ミミが目を白黒させてむせる。むせるミミの背中を擦ってやりながらエルマが二杯目を購入するのを眺める。お前、べろんべろんになるまで酔うなよ……?
俺の内心の懇願も虚しく、工場見学が終わる頃にはエルマはベロンベロンに酔っ払ってしまっていた。ミミも何度か試飲をしたせいでちょっとフラフラしている。
「えへへぇ……ヒロぉ……」
「す、すみません、ヒロ様……」
絡みついてくるエルマを抱き留め、フラフラしているミミを支えながら俺はなんとかクリシュナまで帰り着くことができた。
そして、良いが覚めた後にエルマが自分の端末を見て青ざめていた。何かツアーの出口で端末を持って機嫌よく職員の人と話していたと思ったら、試飲して美味しかった高級酒をかなりの数大人買いしていたらしい。その額、なんと10万エネル。
「お前……俺にまだ1エネルも返済してないのに10万エネル大人買いって良い度胸してるよな」
「あ、あは、あはははは……許して?」
エルマが手を合わせて可愛らしく首を傾げる。ははは、こやつめ。
「二週間禁酒。もしこっそり酒を飲んだら……ふふ。俺が一昨日味わったやつをエルマにもじっくりたっぷりねっとりと味わせてやる。ショーコ先生曰く、慣れたら病みつきだそうだぞ?」
「ヒェッ……禁酒しましゅ……」
エルマが涙目でガクガクと頷く。即座にやらない辺り、有情な対応だろう? 反論は認めない。
そんなハプニングを交えつつ、俺達三人は三日間の静養を取った。それが結果として面倒事を引き寄せることになると知っていればとっととこの星系を離れていたのだが……後の祭りである。
それは静養明けの朝にクリシュナに直接訪れてきた。
「お久しぶりですね、シルバーランク傭兵のキャプテン・ヒロ」
予想外の客人だった。
整った目鼻立ちに輝く金髪、紅い瞳、そして純白の軍服に赤いマント。腰に立派な剣を差した美貌の女軍人。そう、ターメーン星系にいるはずのセレナ=ホールズ大尉がクリシュナにやってきたのだ。
アイエッ!? ナンデ!? セレナ=サンナンデ!?_(:3」∠)_




