#424 追跡
ぽんぺ……ではないんだけどなんかお腹の調子が微妙。妙に冷えてる( ‘ᾥ’ )
「お待たせしました!」
「お待たせしました、我が君」
「俺が丁度クリシュナの近くにいただけだから。エルマはどうだ?」
『今っ! アントリオンにダッシュしてるっ!』
航行時にはコバンザメのようにブラックロータスにドッキングして航行しているアントリオンだが、流石にコロニーに入港する時にはドッキングしたままではいられないので、個別に入港している。なので、エルマがアントリオンに搭乗するには一旦ブラックロータスから出てアントリオンまで走らなければならないのだ。
「頑張ってくれ」
割と必死なエルマの声にエールを送りながら一足先に走らせていたクリシュナのセルフチェック画面を確認する。残弾ヨシ、装甲、船体に異常なし、ヨシ、ウェポンシステムヨシ、生命維持装置、ジェネレーター、センサー類もヨシ! スラスターの可動域もヨシ! 流石に今試験噴射すると格納庫内がとんでもないことになって整備士姉妹にレンチやスパナで酷いことをされるので、やらない。身体のあちこちが凹むことになるので。
「とにかく出港だ。港湾管理局にはハルトムートが手を回しているはず」
「わかりました!」
俺の指示でミミが素早くオペレーターシートのコンソールを操作し、出港手続きを始める。
「我が君、今回の出撃は随分と判断が早かったようですが」
「ああ、いつもなら傭兵ギルドを通して、しっかり報酬とかの条件も決めてから依頼を受けるんだけどな。今回みたいなケースはちょっと話が別だ」
「今回のような、というと?」
「単純にそんな悠長なことをしていたらターゲットを取り逃す可能性が高いのがまず一つ。ハルトムートとはもう知らない仲でも無いから、取りっぱぐれる心配は無いのが一つ。もう一つはこの展開を俺がある程度予想していたからだな」
追い詰められたブラディーズの取れる道は少なかったからな。逃げるか、隠れるか、玉砕するかの三択くらいだったから、逃げを打ったのだろう。結局ハルトムートの目を完全に誤魔化して逃げるのは無理だったようだが。
「なるほど……我が君は実は参謀向きなのでは?」
「まさかだろ。俺なんて好き勝手に戦場を引っ掻き回す一兵卒未満の傭兵がお似合いだよ」
戦術眼だの戦略眼だのと言われるような先を見通すような眼とオツムの中身は持ち合わせていないし、俺はお勉強の類があまり得意じゃないんだ。そういうのは教養たっぷりのインテリのお仕事だろう。
「ヒロ様、出れます!」
「よし、出すぞ。ハッチオープンだ」
「ハッチオープン、電磁カタパルト最低出力で稼働」
格納庫内でスラスターを全開で噴かすと内部が大変なことになるし、電磁カタパルトの出力最大で射出されるとクリシュナがコロニーの内壁に激突するので、出力は最低だ。いつになく緩やかな加速度でもってクリシュナがブラックロータスの格納庫から外部へと射出され、すぐに俺はコロニーの内外を隔てている気密シールドに向かってクリシュナを飛ばす。入出港規制のおかげで交通量が少ないから、大変に楽ちんだな。
「エルマはまだ少しかかりそうだな。ハルトムートから送られてきたデータがあるから、検証してくれるか?」
「はい! 任せて下さい!」
小型情報端末からクリシュナにデータを転送し、内容をミミに確認してもらう。ミミはこういった情報の処理に関してメイにみっちりと教育を受けているので、今ではメイの次に処理が早い。俺はそっち方面にあまり明るくないが、多分ハッカーとかクラッカーとして一人前というレベルに達しているのではないだろうか? 今度確認してみるか……ミミにそっち方面の才能があるなら、その才能を伸ばせるように手助けするべきかな? パッと思いつくのはバイオニクスかサイバネティクスによる強化手術だけど、その辺りはショーコ先生も交えて一度じっくり相談してみるか。ショーコ先生はそっち方面の強化手術に関しては紛うことなきプロフェッショナルの筈だからな。
「ターゲットのシップIDと、星系レーダー網の一時アクセス権みたいです」
「そいつはまた豪勢な。早速星系レーダー網で対象を捕捉してくれ」
「わかりました!」
星系レーダー網というのは、星系軍が管理している軍事偵察衛星による情報網のことで、上手く使えば超光速ドライブを使って遁走中の相手だろうが容赦なく捕捉することができるすごいヤツである。まぁ、超光速ドライブを使って移動している船に関しては亜空間を航行しているから、直接船のIDを閲覧したりするのは不可能なんだが。
「我が君、標的を見つけることはできそうですか?」
「大丈夫だろう。その船がコロニーから飛び出した時間もはっきりしているから、航跡も簡単に辿れる」
超光速ドライブを使って航行している間は船のIDや詳細を知ることは不可能だが、いつ超光速航行を始めたのかが解ればその航跡を辿ること自体は難しくない。超光速ドライブを使った超光速航行を行うと、亜空間波動の痕跡――所謂FTLリークと呼ばれるものが残るのだ。
亜空間理論に関してはサッパリだが、それらの因果関係を理解さえできれば標的を追うことは可能だ。テレビのリモコンの作動原理なんてサッパリわからなくたって、リモコンを使うこと自体は難しくないのと同じである。
「対象を捕捉しました!」
「よし、データをエルマにも送っておいてくれ。アントリオンでも追いつけそうか?」
「かなり足が速いです。クリシュナなら追いつけると思いますけど、アントリオンじゃ難しいかもです」
「仕方ないな。エルマ、聞いたな? 先行して足止めするから、追ってきてくれ」
『了解! すぐに追いつくわ!』
「よし。ミミ、超光速ドライブ起動だ」
「はい! 超光速ドライブ、起動します!」
さて……逃さんぞ、ドブネズミめ。いや、宙賊もどきをドブネズミ呼ばわりはドブネズミに失礼か。とにかく逃さんぞ。
☆★☆
超光速ドライブを起動して標的の航跡を追いかけること凡そ三十分ほど。
「ヒロ様! 標的を捕捉しました!」
「よーし。距離を詰めるぞ」
「標的の観測を開始します!」
通常空間から亜空間内を超光速航行している船を観測することは難しいが、同じ亜空間内にいるなら話は別だ。専用の亜空間センサーを使えば標的のシップIDなどを確認することは可能である。
「インターディクターの準備よし。そっちは?」
「照合できました! 標的です!」
「オーケー。ならとっとと追いかけっこを終わらせよう」
ターゲットのケツを取り、インターディクターを使って超光速ドライブを強制停止に追い込みにかかる。
「あっちも必死ですね」
ミミの言う通り、相手も必死だ。インターディクターによる強制停止を行うにはインターディクターの重力波照射範囲内に一定時間相手を捉え続けなければならない。当然、インターディクトをかけられる方はその照射範囲から逃れるべく船を上下左右に振ってこちらを振り切ろうとする。
「はっはっは! どこへ行こうというのかね?」
「我が君が楽しそうで何よりです」
クギのほっこりとした声が隣から聞こえてくる。確かに獲物を一方的に追い込むこの瞬間は結構楽しいんだが、その感想はなんかちょっとズレてないかね? まぁ楽しいんだけどさ。
奴さんの必死の抵抗も虚しく、インターディクトが成立して敵艦が亜空間から通常空間へと弾き出される。ああなると多軸回転を伴う反動で暫く身動きが取れなくなるんだよな。インターディクトをかけた側は普通に通常空間に戻ることになるけど。
『うわあぁぁぁぁぁぁっ!』
通常空間に遷移したクリシュナのメインスクリーンに映ったもの。それは、多軸回転でしっちゃかめっちゃかな状態になりながら宙間機雷を四方八方にばら撒く小型偵察艦の姿であった。
「おいおい……」
「えぇ……」
「わぁ……」
一同、絶句である。俺の側に近寄るなあぁァァ!? って感じでばら撒いているんだろうが、あれは自分が抜け出せなくなるやつである。というか、確かに近寄って接舷なんかはできなくなるだろうが、機雷原の外から一方的に撃つことができるし、そもそも機雷ごと吹き飛ばすことすら可能なのだが。
「素人か……面倒な」
時に素人の方が厄介なことってあるんだよな。何をするか予測ができないって意味で。さて、どうしたものか。