#041 工場見学ツアー・フードカートリッジ編
BMネクタールか……! と感想欄で言われて調べてみたら出てきたラワムめいたクリーチャーにSANチェック入りかけた……バイオミートこええ。
なお触手型培養肉さんは育成プールに落ちたりしない限り安全です。
収容違反は過去に起きたことはありません。ないんです。いいですね?_(:3」∠)_(理由はわかりませんが工場から一定以上離れると自然死するようになっているようです
「ええと、マイカコーポレーション……ここですね」
「ここか……」
「うわぁ……」
多分、俺もエルマと同じような顔をしていると思う。だって、このマイカコーポレーションの水耕栽培農場って、さっき見学したシエラコーポレーションの培養肉工場と見た目が瓜二つなんだよ……同じ食料品工場ということで、同じような建築ユニットを使っているとか、そういう感じなんだろうか? 看板と色がちょっと違うだけの同じ建物にしか見えない。
「と、とにかく入りましょう」
「そうだな……」
「そうね……」
半ば諦めたような心地で俺達は工場の正面入口から内部へと足を踏み入れた。
「内装は違うんだな」
「そうですね」
さっきの培養肉工場と同じで俺達以外の姿が見当たらないのは同じだが、こちらの水耕栽培農場のほうが全体的に明るかった。照明の違いだろうか? こちらのほうが明るく、なんとなく清潔なイメージが湧いてくる。
「いらっしゃいませ。ご予約のヒロ様御一行ですね?」
「はい」
受付で俺達を待っていたのはいかにも企業の受付嬢と言った感じの穏やかそうな外見の女性だった。スチュワーデスさんのような制服をきっちりと着込んでおり、清潔感がある。さっきの培養肉工場のちょっと怖い受付の男性に比べるととても好印象である。
「この度は当工場の見学サービスにお申込いただきありがとうございます。実に久々の見学希望者様でして。スタッフ一同張り切って――ええと、何か?」
デジャヴを感じる言い回しに俺の顔が引きつる。恐らくミミとエルマの顔も同じようなことになっていたのだろう。受付嬢さんが不思議そうな顔で首を傾げた。
「いや、実は今、シエラコーポレーションの培養肉工場を見学してきた直後でな……」
「ああ……あの趣味の悪い誰が得をするのかわからないツアーを……いえ、他社のことを悪く言うのはマナー違反かもしれませんが、あそこはちょっと酷いですよね。当社の工場と同じユニットを使っておりますから、当社の工場と見た目も似ていますし」
受付嬢さんはそう言って苦笑いを浮かべた。一応把握してるんだな、他社のツアーのことは。
「ご安心ください、当社の工場見学ツアーは真っ当な内容ですから。少なくとも、お客様に青い顔をさせるようなことは決してありませんので」
にっこりと受付嬢さんが微笑む。その笑顔に心の中の不安がじんわりと溶かされていくような感覚を覚えた。
「本当に頼むぞ……」
「ええ、ご安心ください。見学ツアーを始めるにあたって全身の滅菌が必要になります。あちらの扉にお進みください」
受付嬢さんの案内に従って扉へと進み、シエラコーポレーションの時と同じように滅菌処理を受ける。プシューって出てくるこの煙が滅菌を行うのだろうか? 大丈夫なのか、この煙。人体に影響とか無いんだろうか? まぁ、技術が進んだ世界だし心配はいらないか……?
案内に従って次の部屋に進むと、そこはゴンドラ室ではなく壁がガラス張りになっている回廊だった。どうやらこの工場では自分の足で工場の様子を見て回るようになっているらしい。
「うわぁ、明るいですねー」
「そうだな。まるで本物の日の光みたいだ」
「個々に説明があるわよ。んー、あの光は育成に適した波長の光を発する特別な照明みたいね」
「……太陽灯みたいなもんか」
とあるゲームで季節に関係なく作物などを得られるようになる同じような設備があったのを思い出す。結構電力を馬鹿食いしたと思うのだが、電力に関してはこの世界なら如何様にでもなるのだろう。クリシュナにだって仕組みこそ不明だけどものすごい出力を誇るジェネレーターが積まれているわけだしな。
「何を育てているんでしょう?」
「うーん? なんだろうな。クレソン、か?」
ステーキとかの添え物に置かれるクレソン。そのクレソンに似たものが大量に栽培されているようだ。
「栄養価の高い野菜なんですって。そのまま食べると少し辛味があるそうよ。フードカートリッジに加工されるんだって」
エルマがガラスのような素材でできた壁に表示された説明を読んで教えてくれる。ふーむ、なるほど。藻やオキアミみたいな生物が主な材料って聞いてたけど、こういう野菜も入っているのか。
クレソンのような野菜の世話は広大な空間を飛び回るドローンのようなロボットや、水耕栽培農場に張り巡らされているレールを移動するロボットアームのようなものが行っているようだ。高度にオートメーション化されているんだな。
そんな光景を観察しながら進むと、今度は巨大な円形のプールがいくつも設置されているエリアに辿り着いた。
「緑色のプール……藻か?」
「そうみたいですね。フードカートリッジの原材料となる藻を生育する施設のようです」
ここも作業はほぼオートメーション化されているようだ。ロボットアームが網のようなもので綠色の藻を収穫したり、何か茶色い粉末を散布したりしているのが見える。
「あの茶色い粉末はなんなんだろうな? 肥料か?」
「えーと……うげ」
「どうしたんですか?」
「あれ、色々な船から回収した生活廃棄物らしいわ」
「生活廃棄物って……」
「Oh……」
つまりあれは、人々が日常的に排出するアレとかソレをブロック状に固めたアレということか。糞便だけじゃなく、生ゴミとか、風呂やシャワーの水を濾過して得た老廃物とか、そういうものも全部含めてのアレだけど。うちの船でも当然出るので、定期的に港湾管理局に委託された回収業者が回収に来る。
「まぁ、リサイクルだよな。そもそもの原材料はこれなわけだし」
「それはそうだけど……」
「微妙な気分ですよね」
「そうは言うけどな、俺が住んでた地球では農作物の肥料として糞便の類を使うのは普通のことだったぞ? 人糞を使うことは昔に比べれば減ってたと思うけど、それでも家畜の糞とか、油を絞った後の植物の種子の残骸とか、そういうものを使ってたはずだ。昔は人糞も使ってたみたいだけどな」
今も使っているのかも知れないが、肥溜めなんて実際には見たこと無いしな。個人単位では使ってるところもあったのかも知れないが、俺はそこまで農業事情に詳しくないから知らん。
「ふーむ、流石は未開惑星生まれの知識ね」
「未開惑星って言われるとすげぇ微妙な気分になるからやめろ。確かにこの世界の技術はどれだけ進んでいるのか想像もつかないけど」
そんなことを話しながら進むと、今度は別のプールが見えてきた。
「こっちはオキアミの養殖プールか」
「動物性プランクトンの養殖プールみたいね。こっちでも生活廃棄物を原材料としたものが飼料として使われているみたい」
「そういえば、さっきの培養肉の工場でもそんなことを言っていた気がします」
「あっちだと解説を聞いている余裕なんて無かったよな……」
脳裏に過ぎる肉色のプール。爛々と目を輝かせて電車並みの大きさの触手生物から肉を切り出す工場員……うん、完全にSANチェックものだったわ。解説とかがうまく頭に入ってこなかったのはSANチェックに失敗してたからかもしれん。
そんなことを話しながら進むと、今度は完全に工場のような区画に出た。
「おー、ここでフードカートリッジに加工するわけだ」
「なんか、割と雑に見えるわね」
「材料を全部まとめて加工機械に放り込んでますね」
ベルトコンベアーで運ばれてきた材料が加工機械に入れられ、その器械の出口からペースト状になったものが出てくる。
「アレ、アレだよな」
「アレですね」
「なによ、アレって」
「アレインテルティウスコロニーの名物料理……」
「ああ……」
エルマが俺達の顔を見て気の毒そうな顔をする。ふふ、忘れはしないぞ、あの姿。薄緑色のペーストを眺めるミミの目が虚無っていた。きっと俺の目も虚無っている。虚無っているって表現、新しいよな。ハハハ。
「あのペーストが更に加工されてフードカートリッジになるわけね」
「そうみたいだな。そして自動調理器を通してみんなの胃袋に入るわけだ」
「高級カートリッジはここでは作っていないみたいですね」
確かにミミの言う通り、ここで作られているのは普及型のフードカートリッジだけであるようだ。高級カートリッジは普及型カートリッジに比べると一個あたりの値段が五倍くらいする。味も五倍、とはいかないが普及型カートリッジよりは二倍くらい美味しい。
「高級カートリッジの製造工程もちょっと見てみたいけど、まぁ材料が多いとかなのかね?」
「そんなに代わり映えはしなさそうよね」
更に進むと、食堂のような場所に出た。
『できたてのフードカートリッジで食事をお楽しみいただけます! 当社と提携している自動調理器メーカーの自動調理器が目白押し! 是非お試しください! ご購入の相談も承ります!』
そんな案内板があり、確かに見てみると色々なメーカーの自動調理器が設置されているようだった。テツジンシリーズは無かったけど。
「なるほど、割とよくできた仕組みだな」
「お客さんが少ないのに採算が取れるんでしょうか?」
「こんなツアーに来るのなんて基本お金持ちでしょ? 自動調理器は結構高いし、月に何台か売れれば黒字なんじゃないの?」
「なるほど」
頷きながら『フードカートリッジはこちら』と書かれている壁のボタンを押すと製造ラインからできたてのフードカートリッジが輸送されてくるライブ映像が臨場感のあるBGMと共にホロディスプレイに表示され、ジャジャーン! という派手な効果音付きで壁から飛び出てくる。ちょっとおもしろい。
ミミとエルマもやってみたが、どうやらBGMやライブ映像を中継するカメラワークは何パターンかあるらしい。二人がやってみると俺とはまた違う感じになっていた。
「楽しいですね、これ」
「子供とか面白がって何回も押しそうね」
それぞれ感想を述べながら自動調理器コーナーへと移動する。
「どの自動調理器にしましょうか?」
「メーカーごとにそんなに違うもんなのかね?」
「三人とも同じメニューを注文して食べ比べてみない?」
「それはいいな、やってみるか」
ということで、三人揃って別々のメーカーでオムライスを頼んでみた。同時に出来上がってきたオムライスを三人で分けてそれぞれ食べ始める。
「ん……結構違うな?」
「そうね、味付けとか食感が結構違うわね」
「これは好みが分かれそうですね……私はキルケー社のが好きです」
「俺はムラクモ社のが良いな」
「私もキルケー社のが良いわね」
ちなみに誰にも選ばれなかったシーマズ社のものも不味くはなかった。十分食えるレベルだ。
「メーカーによって得意とする料理が違うのかもな」
「それはありえますね」
「全部を試すのは無理よねぇ」
もしかしてカレーライス系が美味いメーカーとか和食が美味いメーカーとかがあるのかもしれない。うちのテツジンは何でも美味いけど。高いだけはあるよな。
ちなみに、試してみたら食後のデザートのプリンはシーマズ社のものがダントツで美味かった。やはりメーカーによって得手不得手があるようである。
「金持ちの家だとこの料理はこっちのメーカー、デザートはこっちのメーカーみたいな感じで自動調理器を複数置いたりするのかね?」
「場所さえ確保できるなら複数の自動調理器を置くってのは贅沢の一つとしてアリかもしれないわね」
「でも、複数揃えるならテツジンみたいな高性能自動調理器を一つ買うほうが色々と経済的かも知れません」
「確かに」
複数置くとなると自動調理器を置くスペースも広くとらなきゃならない。こと宇宙空間において安全に生存できる空間というものは貴重なものである。広いスペースを確保するのには高いコストを支払う必要があるというわけだ。それならミミの言うように高性能なのを一つ置いたほうがトータルコストは安くなりそうだ。
お茶などを飲みながらのんびりと休憩し、俺達は水耕栽培工場を後にした。
「お酒♪ お酒♪」
次の目的地へと歩くエルマの足取りは軽い。それもそのはずで、次に見学をするのは酒類の製造工場なのだ。エルマのテンションは上がりに上がり、留まるところを知らない。
「次もまともなところだといいな」
「そうですね。多分大丈夫だと思いますけど」
スキップしているエルマの後を追いながら俺とミミは笑みを交わすのだった。
さけがさけがのめるぞー_(:3」∠)_




