#411 臨時乗船
正式リリースされたエバースペース2面白い( ˘ω˘ )
「というわけで、臨時クルーとなったリンダだ」
「どうも……」
ブラックロータスの休憩スペースで借りてきた猫のように大人しくなっているリンダ――俺が少年だと思っていた少女だ――が居並ぶクルー達に向けて頭を下げる。
あの後、ショーコ先生との通信を繋いで詳しく事情を説明した俺とエルマは、リンダを連れてブラックロータスへと一旦戻ってきていた。
「すぐに連れてきてくれてよかったよ。検査は早ければ早いほど良いからね」
そう言って特に満足そうなのがショーコ先生である。活躍の機会ということで張り切っているのだろう。
「センセ、まずは船の案内やない?」
「そうですね。どれくらいの期間になるかわかりませんけど、一緒に船で過ごすわけですから」
「いきなり一人で知らない人ばかりの場所に来ることになって不安だよね? 何か気になることがあったらすぐ相談してね?」
「うっす……」
ティーナとミミ、それにウィスカが早速リンダを囲んでいる。ウィスカが妙に親身だな……? 何か特別思うところがあるのだろうか? それとも単に保護欲というか母性的なものが働いているのか? 単にお姉ちゃん風(?)を吹かせたいだけなのかもしれないが。
「しかし、やっぱ出入りが面倒だな」
「お疲れ様です、我が君」
クルー達がリンダと打ち解けるべく対話に勤しんでいるを眺めながらソファに身を預けると、クギがそう言いながらスルリと滑り込むように俺の隣に座った。ナチュラルに俺の膝の上にもふもふの尻尾を預けてくれる辺り、俺を労ってくれているのだろう。ああ、もふもふの尻尾を触るだけでストレスが溶けていく。
「……なぁ、この船ってあいつ以外は全員女なのか?」
「せやで。兄さんのハーレムやな」
「お前も……? オレとそんな変わらない歳じゃん」
「あはは、私達はドワーフだからね。リンダちゃんが考えるてるよりもずっと歳上なんだよ」
「うちら、アイリアとタメくらいやで。兄さんもな」
「……マジで?」
「リンダちゃんに一番歳が近いのは私ですね!」
「いや……まぁ、そうなのかもしれないけど……」
胸を張るミミを見ながらリンダがなんとも言えない表情をする。圧倒的な装甲厚の違いに絶望の感情を抱いたのだろうか。まぁ当たらずといえども遠からずといったところじゃないかな。背丈は多分だけど5cmくらいしか変わらないものな。
「つまり、あいつはとんでもないスケベ野郎ってことか」
リンダが汚物でも見るかのような視線を俺に向けてくる。おいおいやめろよ、褒めても何も出ないぞ?
「そうだぞ」
「開き直ってんじゃねぇよ」
「大丈夫だ、心配するな。お前に手を出す予定はゼロだから」
「そんなことをしようとしたらタマが脳みそに食い込むくらい蹴り上げてやるからな」
「蹴り上げてやるわよ」
「蹴り上げてやるで」
「やだこわい」
リンダの脅しはともかく、エルマとティーナが真顔で言ってくるのはマジで怖い。でも実際のところ手を出す気は毛頭ないので、安心して欲しいと思う。
ちなみにリンダの容姿だが……まぁ、顔立ちは整っているのだと思う。改めて見てみるとだが。
だが、絶望的に平坦な上に服装がボーイッシュを通り越して完全に男の子のものだからな。俺が少年と見間違えたのも仕方がないと思うんだ。
もっと注意深く見ていれば気付いたかもしれないが、レーザーガンの動きを注視していたからわかんなかったんだよ。だからリンダの性別を誤認しても俺は悪くねぇ。
「とにかく、暫くはこの船で過ごしつつショーコ先生の研究に付き合ってもらうぞ。上手いこと行けばコロニーも施設も助かって皆ハッピーになれるさ」
「それはいいけど、なんでお前はそんなことをするんだよ。そんなことして何の得があるんだ?」
「俺自身に直接的な利益はないぞ。でも、ティーナが世話になったみたいだからな。ティーナが助けたいって言うなら、パートナーの俺が力を尽くしても何の不自然もないだろ」
「兄さんには感謝してる。ほんまに」
「苦労した分は身体で払ってもらうぜ。へっへっへ」
「大丈夫なのか? こいつ」
「お兄さんがああやってふざけている時は照れ隠しをしている時だから」
「そういうこというのやめよう?」
ウィスカ、その発言は俺に効くのでやめて欲しい。そういうのは知ってても知らないフリをしてくれ、頼むから。
「あー、歓談中のところすまないが、そろそろ動こうじゃないか。あまり時間に余裕があるわけでもないしね」
リンダがクルー達と打ち解ける様子を見ていたショーコ先生が声を上げる。確かに、ちょっとのんびりしすぎたか。
「そうだな。そうするか。ティーナ、わかってるな?」
「わかっとる。無断で船を飛び出したりしない。約束や」
「ならよし。ミミ、準備は?」
「はい、積み込みは終わってます!」
「よし、そんじゃ行くかぁ……メイ」
「お任せ下さい」
☆★☆
三十分後。用意を整えた俺は再びリーメイプライムコロニーに降り立っていた。
「ふーむ、やはり微量だが空気中に胞子が混ざってるね。ああ、患者からサンプルを取るのは勿論のこと、どこかで純粋な病原も手に入れないと……」
環境防護スーツを着たショーコ先生が何かよくわからない機器で辺りをスキャンしながら歩いている。そのすぐ側にはいつもの格好のメイが護衛についており、更にその後ろには物資輸送ポッドを背負った軍用戦闘ボット四体が追従していた。奇妙な研究者っぽい女とメイドと戦闘ボット。それに剣を腰に差したコンバットアーマーの男という組み合わせ。
「滅茶苦茶目立ってて草も生えない」
「派手に動いて目立つのもプランの内です」
「それはそうだけどな」
俺達は何をしているのか? 話は単純で、施設への再訪である。先程訪れた際に特に症状が重篤で、命に関わると判断された五人に対して救急ナノマシンユニットを打ち込んで処置をしたが、あれは一時しのぎにしかならない。それに、他にも直ちに命に影響は無くとも症状が重い子供もいた。
なので、その状況に対処すべくこうして施設に向かっているというわけだ。医薬品だけでなく食料や水も殆ど根こそぎ奪われたという話だったから、そっちの支援も必要だしな。
で、物資的な支援をしても奪われるという事態を避けるためにこうして戦闘ボットも連れてきた。
え? クラッキング対策? そのためにメイを連れてきたし、そもそも軍用戦闘ボットは電子戦に備えて強固なセキュリティを有しているからそう簡単にはクラッキングされない。
それでも時間をかければどうにかなる可能性はあるが、一週間や二週間程度ならメイが定期的にチェックをすれば問題はない。ずっと置いておくという話になるとちょっと厳しいと思うが。
「そういやショーコ先生、俺とミミとエルマって万能型のワクチンを打ってたよな?」
「うん、打ってあるね。もちろん私もね。ティーナくんとウィスカくんもそうだし、クギくんも種類は違うけど同じようなものを打ってあるよ」
「なら、俺達ってこの病気に感染しないんじゃないか?」
「それはイエスともノーとも言えるね。実のところ、感染はするよ。ただ、症状が重篤にはならないというか、症状が出ないね」
「なら防護スーツいらなくない?」
「症状が出ないだけで、感染はするんだよ。つまり船を汚染することになる。そうすると、面倒なことになるよね?」
「なるほど。それは確かにそうだ」
俺達乗員がピンピンしてても、船が汚染されているとなるとまずこのコロニーから出られないし、もし出られたとしても俺達が伝染病のキャリアーとなって他のコロニーに伝染病を広げてしまう恐れがある。だから、俺達は感染するわけにはいかないというわけか。
「じゃあ、どういう状況で役に立つんだ? あのワクチンは」
「正確にはワクチンではなく免疫機能を強化するナノマシンユニットなんだけど……まぁ、ワクチンでいいか。あれはね、このコロニーみたいに既にパンデミックが発生した環境ではなく、パンデミックの発生前に致命的な伝染病を貰ってしまった時とか、未知の病原菌に汚染された船にうっかり接触してしまった時とか、未知の病原菌が蔓延っているかもしれない惑星に不時着した時とかに役に立つんだよ」
「つまり、環境防護スーツを着る発想すらないような状況とか、その他の万が一に備えた転ばぬ先の杖と」
「そういうこと。そもそもそういう性質のものだよ、予防接種というものは」
「そういうものかー」
打っておけば病気に対して無敵! ガハハ! というものではないのだな、と新たな知見を得た俺なのであった。




