#409 目的地
遅れたぜ!( ˘ω˘ )(もはや開き直っている
ハルトムートととの顔繋ぎを無事終えた俺とエルマはパンデミックへの対処で忙しいだろうということで早々に会見を終え、次なる目的地へと向かうべく上層区画を移動していた。
「出入りは面倒だけど、上層区画なら観光というかブラブラすることもできそうだな。港湾区画から近いのもポイントが高い」
「そうね。治安も良いみたいだし、感染の危険もないって話だし。でも、わざわざする? この状況で」
「しないっすね」
長期滞在するなら息抜きに船の外に出ることも必要だろうが、今回は然程長期の滞在をする予定はないので、わざわざリスクを取ってまですることではない。パンデミックのせいで商品や物資の流通も縮小しているだろうし。そうなると全体的に商品やサービスの提供価格が上がるからな。わざわざ高い金を払ってまでやることではない。クリーンとは言っても感染の可能性がゼロってわけでもないしな。
「そろそろあっちにも連絡しておくか……聞こえるか? これからゲートを出て目標地点に向かう」
『はい、ご主人様。通信状態は良好です。お気をつけて』
上層区画のゲートを通過する前にコンバットヘルメットに搭載されているコマンドリンク機能を使ってブラックロータスに連絡すると、メイの声が聞こえてきた。音声通信はよし。次は映像だな。
『映像も来ましたね……ってなんだか凄い物々しいですね』
「暴動でも起きやしないかとビクビクしてるんでしょ」
「そうなんだろうけどあんま大声で言うなよ……?」
「別に聞こえたところで怒られるわけでもなし、気にしなくていいわよ」
『ははは、エルマくんは実に剛毅だよねぇ』
エルマが剛毅、ね……まぁ、そうね。剛毅と言っても良いか。女傑タイプではあるよな。ベッドの上では女傑どころか可愛らしい子猫ちゃんなんだが。
「……何よ?」
「なんでも?」
ゲート通過の審査中、隣に立つエルマの横顔を見ていたらジト目で睨まれてしまった。別に不穏なことは考えてないヨー? と心の中で言い訳してみるが、どうにも疑われているようである。今はコンバットヘルメットのバイザーも透過していないからエルマからは俺の視線がどこを向いているのかも見えないはずなのに、どうしてピンポイントで視線を感じ取られてしまうのか。これがわからない。
「審査完了です。お気をつけて」
「どうも」
入る時に比べれば出る時の審査は早いな。まぁそれもそうか。大荷物を背負っているってわけでもなし、チェックするのなんて俺達が携行している武器くらいだものな。
ちなみに、今回持ってきている装備類はかなり少ない。俺が大小一対の剣とレーザーガン、予備エネルギーパックと負傷に備えて救急ナノマシンユニット。エルマも俺の装備から剣を除いただけで、基本は同じようなものである。あとは小型情報端末とか、万が一何かの間違いで船に戻れなくなった上にメシもロクに食えない時に備えて用意してあるカロリーバーくらいだ。
実はもっと携帯性に優れる非常食もあるにはあるんだが、あまりにもアレなので最後の保険としてブラックロータスに死蔵されている。
え? どんなものかって? ちょっと大きめの錠剤みたいなモンで、それ一粒とあとは水だけで一日食いつなげる栄養タブレットってやつだよ。胃の中で水と反応して胃の中で膨れ上がって、満腹感も得られる逸品だぞ。味も素っ気もないけど。
「目的地までナビゲートしてくれ」
『わかりました! コンバットヘルメットのバイザーにミニマップとロケーターを投影しますね』
ミミがそう言うやいなや、コンバットヘルメットのバイザーにミミが言った通りのものが表示される。ミニマップというのは読んで字の如く小さな地図なのだが、ロケーターというのは行き先を視覚的に指し示してくれる補助機能だ。わかりやすく言うと、地面に目的地までの経路が線として走ってハイライトされる。どこかの惑星採掘船かな? 急に例の伝染病が変異して死体が動き出したりしないよね?
「で、目的地はどういうところなんだ? ああいや、地域性は知ってるんだけど建物としてというか施設としてというか」
『あ、言ってへんかったか。んー、まぁなんて言えばええんやろな。孤児院? 託児所? まぁそんな感じ?』
「とてもふんわりとしている」
「治安の悪い場所って話じゃなかった……?」
『姐さん、どんなに治安が悪くても男と女がいれば子供は生まれんねん。で、養えないから捨てられたりする。でも、そこらに子供の死体が転がっとるとお上がうるさい。悪たれどももついでとばかりに痛い腹を探られたくない。やから、そういう子らを集めて最低限そこらで野垂れ死にせんようにする場所が作られたっちゅうことや』
「イイハナシカナー?」
『此の身にはあまり良い話には聞こえませんが……』
『どう足掻いても後ろ暗い連中の干渉は避けられんからね。でも、そういう連中の中にもそこ出身のがおるわけやから、案外最悪の状態にはならんかったりするんよ』
「世の中善と悪でスッパリ二元化できるほど単純じゃないわよねぇ」
このコロニーの下層区画にどんだけ悪党どもの派閥があるのかは知らんが、ティーナの言うことをそのまま信じるなら、これから向かう予定の孤児院だか託児所だかなんだかは一種の不戦地帯というか、緩衝地帯というか、不可侵領域というか、とにかくそんな感じの場所であるらしい。
「そこでティーナが昔お世話になってたってことか?」
『ん、まぁ……お世話になったっていうかお世話したっていうか……まぁ色々あったんや。知り合いはいっぱいいるけど、今の状況下で一番心配なのはそこなんよ』
「他の知り合いは良いの?」
『心配は心配やけど、皆いい大人やしな。自分のケツくらい自分で拭いてるやろ。それより、こんな状況で周りの連中が助ける余裕も無くなってたら……って考えるとな』
「なるほど」
ティーナとその施設にどんな因縁があるのかははっきりしないが、話を聞く限りではだいぶ不安定というか、薄氷の上に辛うじて立っているような危うい立場の場所であるということは推察できた。伝染病によって各組織のパワーバランスが崩れたりした場合、何が起こっても不思議ではない場所なんだろうな。
「とにかく行ってみないことには話は始まらんな」
「そうね。でも焦らず着実に行きましょう」
「アイアイマム」
ロケーターに従って歩いていけばそのうち着くからな。ちょっと遠いから足を確保したいところだが……まぁ無理なら歩くしかないんだが。
☆★☆
「……ここだよな?」
「ミニマップもロケーターもここを指してるわね」
歩くこと三十分から四十分ほど。俺達はブラックロータスにいるクルー達に誘導に従って目的地に辿り着いたのだが、そこにあったのは……。
「えらいボロボロだが」
「レーザー痕に血痕もあるわね」
ここで誰かが派手にドンパチでもしたのか、目的の構造物はそれはもう酷い有様であった。焦げ付いた破壊の痕跡は致死威力のレーザーによるものだろうし、そこかしこに飛び散っている赤黒い飛沫の痕跡は血痕であろう。どうやら構造物の入り口辺りに陣取った勢力と、入り口に面する路地側に陣取った勢力が激しく争ったようである。
『……兄さん、中入って。何があったのか調べて。お願い』
「あいよ。エルマ」
「バックアップは任せて」
この破壊の痕跡に関係があるのかどうかはわからないが、辺りには人気が全然ない。今こうして建物に近づいていっても視線らしきものも感じないので、周辺の住民は逃げ出すか、それともこの建物に近づく者を見ることもできなくなっているか、或いは関わり合いを避けるために息をひそめているのだろう。
いつでも剣を抜けるように右手を剣の柄に添えたまま、ボロボロになっている建物の扉を開いて中へと足を踏み入れる。
「ふん?」
意識を集中してみると、建物の中に複数の気配を感じる。クギにサイオニック能力を覚醒させてもらい、その後も折を見て修行らしきものをしているので、最近は近距離であればかなり明確に生き物の気配というか、精神の波長のようなものを捉えられるようになってきた。これは壁越しだろうが、戦闘艦のレーザー砲の直撃にも耐える装甲越しだろうが変わらない。
「どう?」
「複数いるな。大人が多分三人か四人。あとは子供だ。子供が七人くらいかな。多分だが、何人かはかなり弱ってるな」
感じられる気配が明確に弱々しいのがいくつかある。これは気配を断っているとか潜めているというよりは単純に弱ってる感じだ。
「いきなり踏み込むのは危ないと思うわよ」
「それもそうだ。声を掛けていくか」
場所が場所だし、建物の外の惨状を見る限りでは内部にいる人々は武装している可能性がある。それも致死レベルの威力のレーザーを放つことができるレーザーガンで。レーザーガンで武装していれば子供ですらいとも容易く大人を殺せるのだから、危険は避けるべきだ。
エルマに後方の警戒を任せながらずんずんと施設の奥へと進み、人の気配が固まっている部屋へと向かう。ふむ、施設内部には戦闘痕が無いな。薄汚れてはいるが荒れた様子もないし、内部への侵入は防いだのか? それとも入り口で防衛側が全滅して内部への侵入を許したのだろうか。
「ここだな」
「ノックでもする?」
「いや、普通に声をかけよう。足音には気付いてるみたいだし……おーい、聞こえるか? 知り合いに頼まれて様子を見に来たんだ。扉を開けてくれないか」
返答はない。伝わってくる気配がざわついているので、恐らくどう対応するか迷っているのだろうと思う。
『兄さん、赤毛の修理屋からの知り合いやって言ってみて』
「オーケー。あー、知り合いってのは赤毛の修理屋だ。彼女に頼まれてきたんだ。とりあえず、誓ってあんたらを害するつもりは一切ない」
また部屋の中でゴソゴソと気配がざわつき、少しして扉のロックが解除された。
「……怪しい動きはするなよ」
「善処する」
扉が開き、中からなかなかに跳ねっ返りの強そうな男の子が顔を覗かせる。彼の手には小型のレーザーガンが握られていた。うん、やっぱ武装してたな。
俺の胸ほどまでしか身長がない彼の頭越しに部屋の中に視線を向けてみると、これがなかなかの惨状であった。彼以外の全員が明らかに調子の悪そうな様子で、その中でも四人の大人達は起き上がることも出来ないほどに消耗しているようだ。
「これは酷い」
「参ったわね。これは。ああ、メイ。ティーナが飛び出さないように捕まえておいてね」
『はい、エルマ様。既に実行済みです』
『はーなーせー!』
『お姉ちゃん、落ち着いてー!』
通信越しにティーナとウィスカの騒々しい声が聞こえてくる。心配していたティーナとしては居ても立っても居られないのは理解できるが、とりあえずティーナがこの場に来てもできることは殆どないので落ち着いていて欲しい。
「話せるのか?」
「……話すだけなら多分」
奥で倒れている大人に視線を向けてから少年に問うと、彼は頷いてみせた。ならとりあえず話すなり、倒れているのをどうにかするなりするしかないな。
しかし、この状況下でマスクもせずにピンピンしてるこの男の子は何者なのかね? 生まれつき超強力な免疫能力でも持ってるのか? 何にせよ、まずはこの惨状をどうにかしないと始まらんな。




