#406 惨状
おまたせだぜぇ!_(:3」∠)_
「思った以上に状況が良くないな」
「そうね」
傭兵ギルドの女性職員から回してもらった情報を読み進めるにつれて明らかになってくるコロニーの実情に思わず顔を顰める。エルマも俺と同じ感想を抱いたようで、眉間に少し皺が寄っていた。
まず、今現在このコロニーでは間違いなく件の伝染病のパンデミックが発生している。ただ、その対象というか住民層は大きく偏っている。
「格差の大きいコロニーなんだな、ここは」
「そうね。ほぼ綺麗にスッパリと上と下で分かれているんでしょうね」
住民の凡そ95%が『下層民』と呼ばれる人々で、所謂労働者階級と言えば良いのか。まぁその下層民の中でも更にいくつかの層に別れてはいるようだが、生活の質はそう変わらないみたいだな。こっちのグループが主な感染者。出ている死者もこちらが大半。
対して残り5%の『上層民』は企業エリートや官公庁務めなど、大手の商家なんかが占めている。つまり金持ち連中なのだが、この二つの階層の格差がなかなかに大きいようだ。こっちのグループは感染してもすぐに高度な治療を受けられる状態にあり、殆ど死亡者が出ていない。
リーメイプライムコロニーは人口凡そ五十万人を誇る最大規模のコロニーだ。そのうち95%が感染の危機に晒され、今もジワジワと死者が出ているという状況は非常に危うい。
「暴動とか起こったりするんじゃないか、これ」
「可能性はあるわね……密航を試みるような連中もいるかもしれないわ」
「注意が必要だな」
この状況に更に拍車をかけているのが件のキノコを使った粗雑な出来のドラッグが下層民の間で蔓延しているという事実である。コロニーの統治機構はとうに今回の流行病の感染源を特定しており、件のキノコを原料としたドラッグの危険性を含めてコロニー全体にアナウンスをしているのだが、ドラッグの蔓延が止まる気配がない。つまり、流行病も収束する気配がない。
件のキノコを原料としたドラッグには向精神作用の他、強い鎮痛作用や服用の際の多幸感などもあり、病の痛みと苦しさから逃れるために安価なドラッグを服用するといった本末転倒な事態が横行しているのだという。
「いやいやいや……そうはならんやろ」
「人間、追い詰められると藁をも掴むっていうしね。それに、どんな状況でも逆張りする人とか陰謀論に傾倒する人とか、理屈に合わない行動を取る人は出るものよ」
「外野の俺ですら頭が痛くなりそうなんだが。これ、領主は頭を抱えているんじゃないか?」
「それはそうでしょうね」
どんなに科学技術が発達しても、所詮ヒトはヒトのままということだろうか。道具が便利になり、惑星から宇宙に飛び出してもそう簡単にヒトの精神性は変わらないか。まぁそうだよな。俺だってこの世界に来たからってさほど考え方というか精神性に変化があったとは思わないし。
いや、必要とあらば他人の命を奪えるようになった点は大きな変化か。もしかしたらこっちに来て変化したわけじゃなく、元からそういう精神性だったのかもしれんが。平和な日本で暮らしていたら命のやり取りをすることなんてまず無いからな。今更検証のしようがない。
「ショーコ先生の話だと適切な治療を行わなかった場合の致死率が凡そ七割だっけか。それでまだ死者が一万人程度っていうのはかなり善戦してると言っていいのかね、これは」
「感染抑制にかなりの資金を費やしてはいるようね。ただ、それでも全員がに十分な治療を施せてはいないみたい。免疫も殆どできないみたいだから、再感染する人も多いみたいね」
「地獄過ぎる……どうにかなるのか、これは」
「さぁ? そういうのはショーコに聞くしかないでしょ」
エルマが肩を竦めてそう言う。まるで他人事だが、まぁ他人事なんだよな。俺達としては医療物資をこのコロニーで下ろして領主と行政の健闘を祈る他ない。この状況をいち傭兵にどうにかしろというのは土台無理な話だし、そもそもそんなことをする立場にもないからな。
「とりあえず情報は共有しておくか」
傭兵ギルドから入手した情報を他のクルー全員に向けて共有する。
後から考えてみればこの行動は迂闊だったよな。本当に後の祭りだが。
☆★☆
「どうしてもコロニーの知り合いの安否を確かめに行きたいと」
「うん……」
俺の目の前でしょぼくれているティーナが頷く。何がどうなってこうなったのかというのは簡単な話で、俺が共有した傭兵ギルドからの情報を目にしたティーナがその惨状に心を乱したというか、予想以上の酷さに居ても立っても居られなくなってしまったという話だ。
「却下だ。ただでさえティーナにとってリスクのあるコロニーなのに、更にパンデミックによって情勢が不安定になっていて、疫病だけじゃなくドラッグまで蔓延してる。外出は許可できない」
「私も同意見ね」
「私も同意見だねぇ。まぁ感染症はどうとでもなるし、するけれど、疫病による死の危険っていうのは物凄いストレスだからね。コロニー内の治安は地の底だと思うよ」
俺とエルマとショーコ先生が揃ってティーナの要望に否を突きつける。それはそうだろう。あまりにリスクが高過ぎる。それに、安否を確認したところでできることなどほぼ無い。医療物資をいくらか融通することはできるが、できるのは所詮その程度のことである。
あとはティーナが私財を擲って何らかのアクションを起こすくらいか。ティーナもスペースドウェルグ社に所属していた頃に比べれば大分懐は暖かくなっていると思うが、今までの稼ぎを全部使っても彼女一人の資金でコロニーの外に逃がせるのは精々五人かそこらくらいだろう。
「むむむ……」
「……」
ミミはどうにかならないかと頭を捻っている様子だ。クギはことの成り行きを静観する構えのようだな。ティーナの妹であるウィスカも何か考え込んでいるところを見ると、ミミと同じようにどうにかできないか考えているのかね。
「まぁ、そうは言っても危ないから無理と言ってもそれで大人しく引き下がるようなタチじゃないよな、ティーナは。いよいよとなったらこっそり出ていくつもりだろ」
「うっ……」
「だから、行くなら俺だな。コンバットヘルメットのコマンドリンクを使って遠隔でやり取りしろ。俺が譲歩できるのはそこまでだ」
「一人で行くのは危ないわよ。私も行くわ」
「ご主人様、私も同行致します」
「この状況下なら医者も連れて行くと良いんじゃないかな」
「我が君、此の身もお連れください」
「ストップ、ストップ。収拾がつかないから!」
我も我もと次々と同行者として皆が名乗りを上げるが、流石に全員は連れていけない。というか、そんな大所帯では本末転倒である。
「私も行きたいですけど……! 行きたいんですけど……ッ!」
白兵戦能力に定評が無さすぎるミミが悔しげに身を震わせている。うん、自分を客観視できるミミはとてもお利口さんだ。偉いぞ。
「まず、ショーコ先生とクギは却下。ショーコ先生には万が一に備えて船の防疫体制を完璧なものにして欲しいし、クギはそもそも身体に合う環境防護服がないから」
「むぅ、残念だ」
「尻尾が災いするとは……口惜しいです」
二人が露骨に残念がる。同行してもらえれば何かと安心ではあるんだが、ショーコ先生はトラブルに巻き込まれた場合に完全に足手まといになるし、クギはそもそも船の外に出る条件を満たせない。まぁ、最悪環境防護マスクだけして戻ってきた際に服も身体も全部念入りに滅菌すればなんとかなるだろうが、流石に手間が過ぎる。
「次に、メイには船を掌握していて欲しいから却下。帰るべき拠点を完璧に任せられるのはやっぱりメイだからな」
「承知致しました。船のことはお任せください」
メイが胸を張って頷く。メイならそもそも疫病に感染することがないから完璧に安心だし、白兵戦能力だけでなく全ての面で頼りに頼れる実力を持っているのだが、だからこそ船を守ってもらいたい。メイが船で目を光らせていればティーナがこっそり船を降りるなんてことも起こらないだろうしな。
「というわけでエルマに頼む」
「消去法なのが気に入らないけど、妥当な判断ね」
不満げなセリフを吐いているが、ピコピコと忙しなく動いている長い耳が全てを台無しにしている。嬉しいのが丸分かりなんだよなぁ。
実際のところ、エルマは傭兵としての経験が豊富で目端が利くし、白兵戦能力も高い。レーザーガンの腕前は俺とメイに次ぐ腕前だし、素手による格闘術に至っては俺でも敵わない。流石のエルマもメイの圧倒的膂力と体重、そして素早さと技術の前には為す術もないようだが。
「というわけで、一応領主にアポを取ってから面会に行って、その足でティーナの知り合いの安否を確認しに行く。それまでにその安否を確認したいっていう知り合いの所在を確認しておくように」
「うん、わかった……兄さん、おおきにな」
「ええんやで」
リスクを考えれば売るものだけ売ってとっとと退散するのが一番なんだが、この状態のティーナのお願いをにべもなく却下してとっととずらかるってのもちょっとな。まぁ、ある程度覚悟はしていたんだ。毒を食らわば皿までだな。




