#039 新しい機能(意味深)がアンロックされました
「結論から言えば、三人とも健康そのものだね。潜伏している病気の類もないし、生理機能に関しても問題は無さそうだ」
「そりゃ良かった」
ショーコ先生の宣言に俺は素直に喜んだ。エルマに関しては心配していなかったが、ミミは一時期酷い生活をしていたわけだからな。ちょっと心配だったんだ。俺? 俺はまぁ大丈夫だろうと何の根拠もなく思っていたし。実のところそんなに心配はしてなかったんだよな。
「予防接種に関しても全員に処置は済んだよ。エルマ君は既に投与済みだったから必要なかったけど、ミミ君とヒロ君には必要なものを投与した。まぁ、ヒロ君は一切そういった痕跡がなかったのがとても不思議だけどね?」
ショーコ先生が好奇心を宿した瞳で俺を見てくるが、俺はそれに肩を竦めて答えた。
「宗教上の理由で今までそういうのを受けられなかったんだ」
「そういうことにしておくよ。とにかく、さっきも言ったように副作用が出る可能性もあるから三日ほど安静に過ごしてね。副作用が出る確率は0.1%未満だけど、絶対ではないからね」
「わかった。他に注意事項とかは?」
「うーん、そうだね……ちょっとミミ君とエルマ君、良いかな?」
「はい?」
「なに?」
「いいから、ちょっとこっちに。ヒロ君はちょっと離れててね」
「?」
二人が首を傾げながらショーコ先生に近づき、俺は素直に三人から遠ざかる。ショーコ先生は二人にタブレットの画面を見ながら小声で何かを伝えているようだ。ミミは真剣な表情でコクコクと頷いており、エルマは顔を赤くしたり青くしたりしている。
「気になるんですけど?」
「ごめんねー、ちょっと待っててねー」
ショーコ先生が笑いながらヒラヒラとこちらに手を振ってくる。エルマと視線が合った。
「……!!」
ボンッ、とエルマの顔が真っ赤になる。え、何その反応は。すっごい気になる。ミミがエルマの状態に気づいて俺に視線を向けてくる。ミミは普通だな? 特にエルマのような意味不明の反応はしないようだ。 一体なんなんだろう?
「そういうことだから、留意してね」
「わ、わか、わかった、わ」
「はい」
二人が戻ってきたので、俺も元の位置に戻る。後でミミにでも聞いてみるとするか。
「それでえーと? 後は何か聞いておくべきことはあるのかな?」
「ヒロ君達になければ無いね。測定値のデータは後でそちらの船に送信するよ」
ああ、なんかよくわからん数値とかが色々書いてあるあれね。この世界でも同じものなのかどうかはわからんけど。アレもらっても読み解くための知識が無いから役に立てられるかと言うと微妙なんだよなぁ。
「じゃあ解散というということで?」
「解散ということで」
「料金は俺の遺伝子データの代金から引いてもらうかな? 今払っていっても良いけど」
「その辺はロビーで聞いてもらったほうが確実かな? 私はあくまでも研究者兼医者だからね」
「なるほど。それじゃお世話になりました」
「お世話になりました」
「せ、世話になったわね」
まだなんか動揺しているエルマと平常心なミミを引き連れて俺は説明を受けていた個室から退室し、ロビーにあるカウンターへと向かった。
ちなみに受診料は三人合わせて9万エネルだった。思っていたより安――いや三人で900万円相当と考えるとバカ高いな。まぁ、健康を買ったと思えば……?
いややっぱ高いわ。この世界では医療費はとても高くつく。覚えておこう。
☆★☆
三人でどこかめし処にでも入るか? と言ってみたが格好がちょっと薄着で心許ないから船に帰ろうという話になった。船に帰ればテツジンシェフの美味しいランチも食べられるからな。別にわざわざハズレを引く可能性のある冒険をする必要もないか。
「それで、最後にショーコ先生が二人にした話ってなんだったんだ? エルマの反応が顕著すぎて気になったんだが」
「な、なんでもないわよ」
エルマが俺と視線を合わせたくないのか、自分の食事に目を向けたままそう言う。取り付く島もないとはこのことか。ミミに視線を向けてみる。
「私は今飲んでいるおくすりよりも私の身体にあったおくすりがあるよって教えてもらっただけですね」
「そうなのか。じゃあそっちに変えたほうが良いな。金は俺が出すから、早めにな」
「はい、ありがとうございますヒロ様」
ミミがにっこりと微笑む。ええんやで。クルーの健康を守るのはキャプテンの義務だからな。
「で、エルマは?」
「な、なんでもないわよ。ミミと同じようなことを言われただけ」
「ふーん?」
それでなんであんなに顔が赤くなるのかがよくわからないな。だけど話してくれそうにもないし、あまりしつこいとへそを曲げるかもしれない。これ以上追求するのはやめるとしよう。
「それより三日間安静に、か。何をして過ごすかね? 船の中に引きこもってないとだめかな」
「いえ、私が予防接種を受けた時に聞いてみたんですけど、そこまでではないみたいです。出歩くくらいはなんでもないみたいですよ。副作用が出る確率は非常に低いらしいですし」
「そうなのか。どこか観光名所にでも行くか? 三人で」
「良いですね。アレインテルティウスコロニーの観光となると、やはりショッピングがメインみたいです。色々なお店がありますからね」
「確かに、この前も何店舗か回っただけで随分時間を潰せたし、楽しかったよな。ショッピングがメインってことは、他にもなにかあるのか?」
「工場見学ツアーですね。フードカートリッジや人造肉などの食料品工場とか、水耕栽培農場とか、ハイテク製品の組立工場とか、造船所とか、そういった工場の見学ツアーも人気みたいですよ」
「ほー、工場見学か。それも楽しそうだな」
食料品工場の見学ツアーとかは確かに気になる。今まさに俺達の口に入っているものだし。
「改良作物から作られるお酒の製造工場もあるみたいですよ」
ピクン、とエルマの長い耳が反応した。わかりやすいやつだな。
「予約制なのか?」
「確かそうだったはずです。予約しておきますか?」
「そうだな。あまりカツカツにならないスケジュールを立ててくれるか? どこの施設に行くかは任せるよ。ああ、でもツアーの最後に酒の製造工場を入れてくれ」
ピクピクン、とエルマの耳が激しく動く。
「わかりました。評判の良いところを予約しておきます。確か試飲もあったはずですよ」
チラッ、と目線を上げたエルマと目が合う。目が合った途端慌てて自分の更に視線を落とすエルマ。ところでエルマさん、もう貴女のお皿綺麗さっぱり何も乗ってませんよ。
「じゃあ、明日は三人で工場見学デートだな」
「楽しみです!」
「そ、そうね、楽しみね……わ、私、ちょっと買い物に行ってくるわね?」
「ん? 何を買いに行くんだ? 一人で大丈夫か? ついていくか?」
「だ、大丈夫っ! 大丈夫だからっ! 完全武装で行くからっ! 一人で行くからっ!」
エルマはなんだかやたらと慌てた様子で俺の申し出を断り、食洗機に皿を打ち込むなり足早に自分の部屋のある方に去っていってしまった。うーん、やっぱりあからさまに様子がおかしい。
「ミミ?」
「私の口からちょっと。別に悪いことじゃないと思いますし、踏ん切りがついたらエルマさんが自分で話すと思いますよ」
ミミがなんだかにこにこしながらそう言うので、俺は湧き上がった疑問を再び飲み下すことにした。悪いことじゃないならいいか。
「なんかよくわからんが、エルマが思いつめないように注意してやってくれな」
「はい」
なんだかドタバタとしながらエルマが船から出ていく気配がする。あんな状態で大丈夫なのかね? ちょっと心配なんだが。
☆★☆
エルマが俺の前に姿を現したのはその日の夜のことだった。どういうわけか、夕食もミミに頼んで部屋まで持ってきてもらっていたし、メッセージアプリを使って俺が風呂に入る時間まで指定して徹底的に俺と顔を合わせないようにしていたのだ。
「――!!」
部屋に入ってくるなり、顔が真っ赤である。茹でエルフかな?
格好もなんだかいつもと違う感じがする。いつもは夜に俺の部屋を訪ねてくる時も割と雑というか、普段着そのままとかトレーニングウェアみたいな格好で来るんだけど、今日は清楚な白いネグリジェである。
白い肌を紅潮させ、清楚な白いネグリジェを来てモジモジしているエルマを見ていると……うん、なんかこう、くるものがある。まるで別人みたいに感じるな。
「今日は昼間から様子がおかしいな。大丈夫か?」
「だ、だ、だいじょうぶ、よ……?」
今にも目を回しそうなくらい緊張した様子で強がるエルマ。どう見ても大丈夫には見えない。
「まぁその、なんだ。そんなところに立ってないでこっちに来て座ったらどうだ?」
「あ……わぅ……うん……」
ちょこちょこと歩いてベッドのすぐ前にまで移動してきたエルマは少しの逡巡の後、思い切ったようにベッドに腰を下ろしてきた。俺のすぐ隣にではなく、ちょっと間を空けて。
「今日は疲れたな」
「そ、そうね」
「エルマは様子がおかしいし」
「そんなことない、わよ?」
「ちょっと苦しくないか、それ」
「うぅ……」
エルマが呻きながら真っ赤になっている長い耳を両手で隠す。エルフはこういう時顔じゃなくて耳を隠すのか。文化の違いだな。
「で、どうしたんだ今日は。いつもと雰囲気が違うな?」
エルマの腰に手を回すと、エルマは怯えるかのようにビクリと身を震わせた。ふむ……?
「えっと、ね?」
「うん」
「わ、わた、わたしね、その、あ、あんたと、こっ、こっ……」
「こ?」
「こけっこっこー!」
「なんでニワトリ!? おい大丈夫――酒臭っ!?」
エルマが奇声を上げてぶっ倒れる。そして何事かと思って抱き起こしたら酒臭い。なんだこれは、一体どうすればよいのだ!?
流石におめめをぐるぐるさせて伸びているエルマに手を出す気にはならなかったので、エルマをそのままベッドに寝かせて様子を見ることにした――というかそのまま寝やがったので俺もベッドに入ってそのまま寝ることにした。
「んんー……ヒロぉ……」
俺の腕に抱きつきながらエルマが幸せそうに笑みを浮かべている。
「こづくり……んにゅ……」
「いやどんな夢見てんだよ……」
不穏な単語を口にするエルマに苦笑しつつ、俺も目を閉じる。肌に触れるエルマの体温の心地よさを感じていると、すぐに眠気が襲ってくる。やはり慣れない健康診断で気疲れでもしていたのだろうか。俺は眠気に逆らわずに意識を手放した。
☆★☆
「はぁぅぅぅぅぅ……!」
エルマは朝起きるなり両耳を両手で覆って真っ赤な頭から湯気を噴いた。何かよくわからんが、エルマ的にとても恥ずかしいらしい。
「気合いを入れるためにお酒を飲んでそのまま撃沈した……」
「気合い……? 一体どれだけ飲んだんだ?」
「ウィスキー瓶一本」
「残当」
アルコール度数高い酒を一気飲みして俺の部屋に来たのかこの残念宇宙エルフは……そりゃぶっ倒れるわ。リバースしなくて良かったな。
「で? なんで様子がおかしかったんだ?」
「そりゃあんたと子作りできる身体になってるとか言われたら動揺もするわよ……エルフは精神的伴侶と認めた相手とじゃないと子作りができ……な……?」
ギギギギ、と壊れたブリキの玩具のような動きでエルマの首が動き、俺に視線を向けてくる。寝てると思いこんでた? 残念、君より先に起きてました。
「おはよう」
真っ赤な顔をしているエルマに朝の挨拶をする。挨拶は大事。古事記にもそう書いてある。
「お、おは――っ!?」
「もがー!?」
思いっきり顔面に枕を叩きつけられた。おいこら馬鹿力で枕を顔に押し付けるんじゃねぇ! 鼻が痛い! というか息が苦しいわ!
朝から錯乱しているエルマとの格闘で無駄に体力を使った。まったく、今時理不尽な暴力を振るう女は流行らないぞ? だからお前は残念宇宙エルフなんだ。
医学的見地から完堕ち勧告されたエルマさん_(:3」∠)_




