#003 尋問とセレナ様
さて、そろそろこの俺、佐藤孝弘という男のことについて語っておこう。
佐藤孝弘、日本人、北海道某市在住。年齢は二十七歳、独身。高校卒業後、地元の工業大学を卒業して地元企業に就職。大学時代にネットで知り合った女性と交際するも、遠距離恋愛だったため破局。就職後はパソコンを使えるということで社内のネットワーク管理者とされたが、専門知識など無かったので勉強をしながらの業務に四苦八苦する。
業務中にニュースサイトや通販サイト、果ては怪しいブラウザゲームやらエロサイトまで見てウィルスを貰ってくる老若男女の同僚達に時にブチ切れつつ業務をこなす毎日。
趣味はゲーム。とにかくゲーム。雑食性で和ゲーも洋ゲーも割と何でもやる。一時期とあるFPSゲームにドハマリし、やりこみにやりこみを重ねてスコアラキングでシングルランカーになる。
流石に一位を取るだけの腕はなかったが、当時は日本で一二を争うランカーであった。同僚に『目付きが鋭くて怖い』と怯えられるくらいに殺伐とした毎日を過ごしていたと思う。
しかし、そんな毎日にもいつしか疲れて広大な宇宙を冒険できるというステラオンラインを始めた。結局これにもドハマリしてやりこんでいたわけだけれども。
俺個人の語るべき情報なんてこれくらいのこと……ああ、あと好物は炭酸飲料だ。シュワッとした喉越しってたまらないよな。
さて、だらだらと俺のことについて語ったが、俺の今の状況はと言うと。
「それで、この積み荷の大量のレアメタルはどこで?」
「船に積んであるものは『ほぼ』宙賊を撃破して奪った略奪品ですが。それ以上何があると?」
港湾管理局員に滅茶苦茶尋問されていた。
このコロニーにおいて醸造酒は別に禁制品でもなんでも無かったのは良かったのだが、まとまった量のレアメタルに関しては出処を探られた。ぶっちゃけ出処を探られても俺も出処がわからないので、しらを切るしかない。
今の俺は所属も何もない自称傭兵である。身分を証明するものが何一つ無いのだ。そんな怪しいやつが大量の貴金属を持ち込んできたら? そりゃ怪しい。怪しさ大爆発というやつだ。港湾管理局員さんも張り切って尋問するというものだろう。
「……どうしても出処は言えないと?」
「積み荷の出処に関してはさっきから包み隠さず言ってるでしょうが。いい加減この不毛なやり取りにはうんざりなんだが」
どうもこの男、意図的に堂々巡りを繰り返している感じなんだよな。俺がうんざりして何かしらのボロを出すのを待っているんだろうか? それとも、何か求められているのか? 袖の下とか?
ははぁん? こっちから袖の下を仄めかすような発言を引き出して、それをネタに俺をしょっぴくか、脅して強請るかするつもりだな?
こういう手合いにまともに付き合うのは時間の無駄だなぁ。どうしたものか……と、そう考えているとノックもなしに尋問室の扉が開き、闖入してくる者があった。
若い女だ。いっそ少女と言っても良い。それもかなりの美人である。整った目鼻立ち、輝く金髪、紅い瞳、そして純白の軍服に赤いマント、腰には剣まである。その出で立ちはまるで女騎士、いや戦乙女だろうか?
おっとりとした雰囲気を纏っているように見えるが、その瞳に一瞬だけ猛禽のような鋭さが垣間見えたように思える。どうも、見た目の雰囲気に騙されないほうが良さそうな娘だな。
「こ、これはセレナ様。何故このような場所に?」
「ハンガーベイで見慣れない船を見かけたものですから。彼が船の主ですか?」
「は、はい」
急にだらだらと脂汗を流し始めた港湾管理局員がセレナ様と呼んだ女軍人に自分が持っていたタブレット端末のようなものを渡す。それにザッと目を通した彼女は俺に視線を向けてきた。
「結構な量のレアメタルですが、後ろ暗いものではないのですね?」
「誓っても良い」
「ふむ……傭兵ギルドに登録もしていない自称傭兵が宙賊を撃破ですか。他に何か報告することはありますか?」
「船に奴らの本拠地らしき場所の座標データがある。撃破した宙賊船のデータキャッシュを解析して得た情報だ。賞金を貰うついでに、その情報も引き渡そうとしていたんだが、積荷を見せた途端にここに引っ張ってこられてな」
ほとほと困っているのだ、ということを主張するように女軍人に向かって肩を竦めて見せる。
彼女は恒星系の警備隊に所属する人物だろう、と踏んでの行動だ。どうやら彼女は港湾管理局員より立場が上であるようだし、協力する意思を見せてなんとかしてもらえないかと考えたのだ。
「彼の積み荷が盗品であるという証拠は無いのですね?」
「え、ええ、それはそうですが」
「では良いではありませんか。彼は積み荷をこのコロニーに卸してくれるのでしょう? レアメタルは常に不足気味ですし、何の問題もないのでは?」
「し、しかし……」
「しかし? ホールズ侯爵の娘であるこの私に何か意見をするつもりなのですか?」
「いえ、その……」
「そういえば、最近このコロニーに立ち寄る船の積み荷に難癖をつけて袖の下を要求する港湾局員がいるそうですね?」
セレナ様と呼ばれた女軍人が港湾管理局員ににっこりと笑みを向けた。笑みを向けられた港湾管理局員が震え上がる。俺も震え上がる。笑顔なのになぜか怖い。
「わ、私はそんなことは決して!」
「我々は適正価格でレアメタルを手に入れられる、宙賊を討伐した実績のある善良な自称傭兵の彼は対価としてエネルを受け取る、そして彼はそのエネルをこのコロニーで使う。誰も損をしませんね?」
「は、はい、仰る通りです! 手続きを進めてまいります!」
港湾管理局員が席を立ち、逃げるように尋問室を去っていく。実際に逃げたのではないだろうか。俺はセレナ様と呼ばれた女軍人と二人きりにされてしまった。港湾管理局員の背中を見送ったセレナがこちらに視線を向けてくる。
「すみませんね、彼は少々職務に忠実過ぎるところがありまして」
「いえ、確かに怪しい身の上ですから仕方がないかと」
実際に怪しいのだから仕方ない。近隣の傭兵ギルドにおける活動実績なし。それどころか、近隣恒星系で俺の船が活動した痕跡すら無いだろうからな。
しかも船に登録されているオーナー名はデータが壊れていた。生体認証は間違いなく俺のデータで通ったので、なんとか船は取り上げられずに済んだが、一歩間違えば船まで奪われるところだった。
「そうですね、まるで突然別の宇宙から迷いこんできたと言われてもおかしくないくらいに怪しいですね。どういう経緯でこの恒星系に?」
「ハイパードライブでの航行中になんらかの事故でも起きたようで。事故の影響か記憶ははっきりしないですし、正直途方に暮れているところです。混乱している間に宙賊に襲われ、それを返り討ちにしてデータキャッシュと積み荷を略奪、それを解析してこのステーションに辿り着いたというわけです。幸い、自分の名前と傭兵という立場だけははっきりと覚えていたので」
虚実を織り交ぜて身の上を話す。この設定は港湾管理局員に尋問されている間に考えたものだ。ツッコミどころは無くもないが、絶対にありえないとも言えない話という感じになっている筈である。
「記憶がはっきりしない、ですか。貴方にはベレベレム連邦のスパイではないかという嫌疑もかかっているのですが?」
「それは流石に無理筋かと。もし私がその、ベレベレ連邦?」
「ベレベレム連邦です」
「ベレベレム連邦のスパイだとして、堂々と出処不明のレアメタルを持って、見慣れない船に乗って、しかも真正面からこのコロニーに入港しようとなどするものですかね。しかも身分不詳の自称傭兵として。いくらなんでも目立ちすぎでしょう。私がそのスパイの上司なら、計画書に目を通した段階で即そいつを呼び出してぶん殴りますね」
敢えて裏を突いて、ということも考えられなくもないだろうが、いくらなんでもやりすぎだろう。
「奇遇ですね、私もそうします」
女軍人はクスリと笑った。普通に笑うととてつもなく可愛らしいな。おっかない印象の方が強いからお近づきになりたいとは思わないが。
「まぁ、良いです。私から警備隊本部に話を通しておきますので、賞金の受け取りとデータキャッシュの引き渡しをしてくださいね」
「感謝します」
素直に頭を下げて感謝を示すと、彼女は満足そうな顔で尋問室を出てい……く前にこちらに振り返った。
「貴方、面白いですね。情報を元に作戦を立てますから、きっと参加してくださいね?」
にっこりと笑ってから彼女が去っていく。先ほどと違って怖くはなかったが、何か本能的な部分で危険を感じさせる笑みだった。
宙賊退治は稼げる仕事ではあるが……ちょっと彼女と密接に関わるのは危ないようにも思えるな。
少しして港湾管理局員が戻ってきたので、ようやっと俺も尋問室から解放される。そろそろ腹が減ってきたところだったんだよ。
「では、レアメタルの引き取り金としまして、その代金が二五〇万エネルになります。ご確認ください」
「はいよ」
スマートフォンのような形をしている小型情報端末を起動し、確かに二五〇万エネルが俺の端末に振り込まれていることを確認する。この小型情報端末はクリシュナのコクピット裏にある居住スペースに置いてあったもので、この銀河において尤もポピュラーなツールの一つだ。これ一つで船との通信、ナビゲーション、財布、その他諸々の機能を扱うことができる。
他にも色々と便利なものが居住スペースの収納には入っていたのだが、今回持ち出してきたのはこの情報端末と護身用のレーザーガンだけだ。レーザーガンは尋問室に入る前にホルスターごと没収されていたので、しっかりと返してもらう。
「他には何もないな? 無いならとっとと警備隊本部に行って賞金を受け取って、船に戻って休みたいんだが?」
「ええ、もう大丈夫です。お手間を取らせました」
「そうか。じゃあな」
ここで突っかかっていっても良いことなど何もないので、とっとと港湾管理局を後にする。そして次に向かうのは警備隊本部だが、こちらはセレナ様と呼ばれていた女軍人がちゃんと話を通してくれていたらしく、スムーズに事を運ぶことができた。
賞金宙賊の賞金一九〇〇〇エネルと、情報提供料一五〇〇〇〇エネルが速やかに支払われた。これで俺の所持金は二六九九〇〇〇エネルとなったわけだ。たくさんだな!
軽くこのコロニーの物価を聞いてみたのだが、基本的な食事一食分でだいたい五エネル。少し贅沢をすれば十から十五エネル。清潔な飲料水は一リットルで三エネル。船の停泊料は二十四時間当たり一五〇エネルだそうだ。うーん、一エネル百円くらいで考えれば良いのだろうか? 水がちょっと高いかな。停泊料も一日一五〇〇〇円と考えると結構高く感じるな。
まぁ、コロニーだから空気にもコストがかかっているのだろうし、水だって本来貴重なはずだ。そう考えると割と良心的なお値段なのかもしれない。
ええと、船で寝るとして、このコロニーに滞在するのにかかるお金は一日あたり最低限でも食事三回で十五エネル、水四リットル分で十二エネル、停泊料で一五〇エネル、合わせて一七七エネルか。
四十年くらいは滞在できるぞ、やったぜ。まぁ、そんなに長期滞在したら別の問題に見舞われそうだが。どこかに定住できるような拠点でも作ったほうが良いのかもしれない。
とにかく、散財さえしなければ当面の生活には全く不自由しない程度の金が手に入ったわけだ。人間、大金が手に入って生活の心配が一切なくなると心が軽くなるものである。俺は軽くなった足取りで停泊している船へと戻るのだった。