#386 あちらとこちら
Zero Sievert始めました。
カジュアルに遊べてたーのしー( ˘ω˘ )
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「せっかちな奴だね」
コウガサービスの連中が持ってきたあちらからの『伝言』を聞いて思わず溜息を吐く。
「臆病なのか自信家なのか……本当に行動が読みづらいね、こいつは」
「どうするんですかぁ? ボスぅ」
「キャプテンって呼びな。さて、どうしたものかね。始末するなら大チャンスだが」
「えぇ~……? そんなことしたらきっと恨まれますよぉ?」
「……言ってみただけだよ」
きっと私の表情は苦虫をまとめて数匹噛み潰したようなものになっているだろう。あの子が――ミミがあの男に懐いているのは疑うべくもないからね。調べてみたら戸籍上はあの男の妻になっているし、どう見てもあの男にべた惚れだ。他の女の子達とも上手く関係を築けているようだし、なにより表情が明るい。
「背後関係が不透明な点だけが気に入らないんだよねぇ……」
「それだけはどれだけ調べても出てこないんですよぉ」
この子は優秀だ。少なくとも、ハッキングやクラッキングに関しては右に出るようなのはそうそういない。少なくとも、個人レベルでは。組織や機械知性が相手だと分が悪いだろうけどね。
そんなこの子がどれだけ調べてもあいつの前歴がはっきりわからない。まるでどこからともなくターメーン星系に――ミミの元にポンと沸いて出てきたかのようにすら思える。星系軍のデータベースにまで潜って出てきたのは『ハイパードライブの事故か何かで突然この星系の空白宙域に船と一緒に放り出されていた』なんていう眉唾の言い訳じみた証言だ。
その後暫く船に籠もってから傭兵ギルドに登録して、傭兵として活動を開始。そしてその日のうちに現クルーであるシルバーランク傭兵のエルマと接触、そのままミミとも遭遇して船に連れ込む、と。やっぱり出来過ぎじゃないかねぇ?
「もう良くないっすか? お孫さんは一回どん底に落ちかけたけど、強運を発揮して腕の良い傭兵に拾われることになって、ズブの素人から立派な戦闘艦オペレーターになって惚れた男と自由気ままでリッチな傭兵生活を謳歌している。ハッピーで結構なことでしょ、ボス」
「だからキャプテンって呼びなって言ってるだろ。私はまだ認めてないよ」
「もぉー、そこで意固地になっても仕方ないじゃないですかぁー。本人が幸せで一緒にいたいって思っている以上は梃子でも動かないと思いますけどぉー?」
「ボスのお孫さんですからねぇ」
「ねー」
「二人揃ってゲンコツが欲しいのかい?」
私が拳を握りしめてみせると、二人とも蜘蛛の子を散らすように逃げていきやがった。まったく、逃げ足だけは一人前だね。
最初にあの男と一緒にいるミミを見た時には頭に血が上ってついついぶっ殺してやると思ったけど、裏がどうであれどん底に落ちる前のあの子を助けてくれたのには変わりないからね。時間が経って頭が冷えれば確かにうちの子達が言う通りで然程悪い状態ってわけでも無さそうなんだよね。
調べれば調べるほどあの男は善玉って情報しか出てこないしさ。
「まぁ、任せるにしても何にしてもまずはひと目会ってみないとだね。一応」
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「良いねー、凄く良い。すごい。語彙が消滅くらい良いよー」
「「「……」」」
真っ白なフリルもりもりのドレスを着せられたエルマと同じくピンク系のフリルもりもりのドレスを着せられたティーナ、そして可愛さと格好良さが同居するクラシカルな装いのショーコ先生の三人がどんよりと濁った目を俺に向けてくる。
「エルマさん可愛いです!」
「お姉ちゃん可愛い!」
「ショーコ様もよくお似合いです」
俺と同じ側に立ってはしゃいでいるのは黒系のゴシックなドレスを身に着けたミミと青系のフリルもりもりドレスを着たウィスカ、そしてどこか和風な雰囲気を醸し出しつつもゴシックな雰囲気を感じさせる衣装を着たクギである。
「くっ……最初から完璧すぎて手の施しようがない……!」
「さすがはオリエント……!」
「恐れ入ります」
ちなみに店員さん達はメイを取り囲んではいるもののメイの完成されたメイド服の前に為す術もないようだ。押しがクソ強いここの店員すらも怯ませるとかオリエンド・インダストリーのメイドロイドとメイド服は凄いな。
「ホロ画像を撮って送っておこう」
「……どこに?」
「帝都のウィルローズ家」
「やめなさい」
「ガアァーッ!?」
一瞬で間合いを詰めてきたエルマにアームロックを極められた。しかし残念だったな! 俺は囮で本命はミミ――と見せかけて真の本命はメイだ。俺とミミはなんとかできてもメイだけはどうにもできまい。最初から勝負はついていたな。勝負はついているので腕を離してください! なんでもしますから!
「ウチには似合わんて……」
「そんなことないよ! 似合ってるよ!」
「せやろか……?」
「せやせや!」
ウィスカが普段あまり見ないテンションでティーナのドレス姿を小型情報端末のカメラで撮りまくっている。ウィスカ的には大変気に入ったらしい。
「なんというか……私にはこういうのはちょっと似合わないんじゃ」
「そんなことないですよ! 格好いいです!」
「はい、よくお似合いですよ。ショーコ様は背が高いので、とても凛々しく見えます」
「そうかなぁ……?」
ミミとクギに褒められてもなんだか納得の行かない表情をしているショーコ先生がこちらに視線を向けてきたので、極められていない方ほ手でサムズアップしておいた。ところで物凄く痛いのでそろそろ解放してくれませんかね?
「あちらから返事が来ました」
ようやくエルマが俺の腕を解放してくれたタイミングでどこかから声が聞こえてきた。これはステルスクノイチの声だな。もしかして俺がエルマのアームロックから解放されるのを待っていてくれたのだろうか。
「いてて……早かったな。内容は?」
「コロニータイムで明日の十三時にホテルのラウンジで、だそうです」
「あっちから乗り込んでくるのか……? ふむ」
これはどういうことだろう。あんなに強烈な殺意に近い敵意を向けてきてたのに、急に宗旨変えしたのだろうか。流石にあのホテルのラウンジで、となるとあっちも下手な手は打てないだろうに。結構な高級ホテルだから武装した警備員がいるし、治安組織への通報手段なども完備しているだろう。もしかしたらセキュリティボットや暴徒鎮圧用の非致死性タレットなんかも隠されているかもしれない。
「まぁ、こっちにとって都合の悪いことはないな。可能なら承知したと伝えておいてくれ。別に伝えなくてもこっちの動きは見てそうだから、無理はしなくても良いぞ」
「御意」
俺の言葉に返事をしたきり、ステルスクノイチは口を閉ざして離れた場所に移動していく。見えてるわけじゃないけど、気配がね。クギもそれを目で追っている辺り、やはり彼女にも気配とかそういった類のものが感じられるのだろう。
「どういうこと? なんか知らないうちに事態が随分前に進んでるみたいじゃない」
「ああ、説明する……ファッションショーを満喫した後でな」
そう言って俺はエルマの背後に視線を向けた。エルマは訝しげな様子で俺の視線を追い、顔を引き攣らせる。背後には新しいドレスを手にジリジリと迫ってきている店員達の姿があった。
「私も良い歳だし、こういうのは良いと思うのよ」
「大丈夫、超似合ってるから」
嫌そうな顔をするエルマにサムズアップを送ってやる。
「良いじゃないか、いつも傭兵風の格好か超ラフなタンクトップとショートパンツみたいな格好ばっかなんだから。たまにはお洒落してくれよ」
「その言葉、アンタにそっくり返したいんだけど」
「俺? 男の俺が着飾っても誰得だろ」
「今度あんたを同じような目に遭わせてやるから覚悟しておきなさいね」
にっこりと恐ろしい笑みを浮かべながら店員達に引きずられていくエルマを見送る。
こわ……戸締まりしとこ。




