#380 策士策に溺れる
間に合いそうで間に合わない( ˘ω˘ )
セキュリティサービスの情報検索と選定に関してはミミとエルマに任せ、クギを連れてブラックロータスの改築組へと合流する。
「大分決まってきたようだな」
「せやな。あんま口出すとこも無かったわ」
ティーナと一緒に改築後のブラックロータスの中身を眺める。今まで空き室が多かった居住区画の半分ほどを研究区画に充てる形となる。それでもまだ空き室が何部屋かはあるので、そこそこの人数を追加で乗せることは可能だ。でも、前みたいに四社のメディアクルーを纏めて乗せるとかはもう無理だな。一社か、ギリギリ詰め込めば二社分くらいはいけるかもしれんが。
「研究設備用のサブジェネレーターねぇ……ブラックロータスのジェネレーターだけじゃ容量が足りなかったのか?」
研究区画として新たに割り当てられた部分に小型のジェネレーターが設置されているのを見て俺は眉を顰めた。何故かって、そりゃ危ないからだ。サブでもジェネレーターはジェネレーターなので、ここに直撃弾を貰うとブラックロータスは一発で吹っ飛ぶことになりかねない。航宙艦ってのは内側からの圧力に弱いものだからな。
「ご主人様の懸念は御尤もです。しかし、研究設備を使用するにあたって別系統の電源確保は必須なのです。装甲が最も厚く、また統計的に致命的な被弾が最も少ないスペースに配置することによって被害が出る可能性を最小限に留めています」
「容量が足りないわけではないんだけど、万が一のことを考えるとね……予想外の大電力を一瞬で消費してダウン、なんてことが絶対に無いとは限らないからねぇ」
「航行中の船のメインジェネレーターでそれを起こすと、最悪超光速航行時に突然シールドがダウンして船が穴だらけとか、ハイパードライブを使った星間航行中にハイパードライブがダウンしてとんでもない場所に放り出されたりとか……いや、多分大丈夫なんですけど」
「やだこわい。許可します」
ブラックロータスに致命的な弱点が増えるのは歓迎できないが、いつ起きてもおかしくない事故を未然に防すためというのであれば話は変わる。
「そういう研究をするなとも言えないしな」
「キャプテンは理解があって助かるなぁ」
具体的にどんな研究をするつもりなのかはわからないが。使用できる電力というかエネルギーに制限がついたような状態では満足に研究することは難しいだろう。のびのびと研究してもらうためにもサブジェネレーターは必要だということだ。それによってショーコ先生という優秀な船医がうちのクルーになってくれるなら安い……安いか? ま、まぁ研究成果が何らかの形で俺達の利益に繋がる予定もあるし、多分プラスだ。うん。そもそもブラックロータスが撃たれなければ良いだけの話だからな。なんとでもなる。する。
「こういうのは現場に任せて上は責任だけ取るって形にするのが一番だとはわかってはいるが……」
「ぉん?」
ちらりとティーナに視線を向ける。テンパると突拍子もない行動に出がちだが、普段は締めるべきところをしっかりと締めるんだよな、ティーナは。
「ティーナが技術陣のトップな。無茶無謀をやらかさないように二人の手綱をちゃんと握るように」
「兄さんそれマジ? マジで言ってる?」
ウィスカに加えてショーコ先生の面倒まで見ることを突然強要されたティーナが真顔で抗議してきたが、俺は無慈悲にそれを却下した。
「チーフ手当てとして旨い酒が入ったら優先で回すから」
「よっしゃ約束やで? 嘘ついたら引っこ抜くからな?」
「何を引っこ抜くのか怖くて聞けねェ……」
四肢でも髪でも男の象徴でもどれでも怖い。ティーナの馬鹿力だとマジで引っこ抜けそうなのが笑えないんだよ。まぁ引っこ抜く前に握り潰される方が先かも知れないが。
「ジェネレーターと人事はそれでいいとして……うん、何がなんだかさっぱりわからんな。研究室が二つあるのか?」
「ナノテクノロジー、バイオテクノロジー系の研究室とそれ以外の研究室とで分けたんだ。クリーンルームが必要なのはどっちも同じだけど、やっぱりナノ・バイオテクノロジーは漏洩とかにも気をつけなきゃいけないからね」
「漏洩とかおっかないワードが聞こえた気がするけど聞き流しておくよ……俺達にとって役に立つ研究だけをしろとは言わないけど、ある程度の配慮はしてくれよ?」
「前向きに善処するよ」
「前向きに善処します」
ショーコ先生とウィスカがにっこりと笑みを浮かべてそう言うが、滅茶苦茶胡散臭い。まぁ元より成果を期待しての設備投資じゃないし、言うだけ野暮ってものか。
「具体的な今後の展望については後でゆっくり聞かせてもらうよ……あと、医務室も大分広げたな?」
「はい、ご主人様。専門的なスキルを持つ医師が搭乗するにあたって設備と空間の拡張を致しました」
「生きてさえいればどんな状態からでも治してみせるよ。そんなことは無いに越したことはないけどね」
「そりゃ心強いね」
この世界のテクノロジーなら本当に死んでさえいなければどんな状態からでも復活できそうだよなぁ。実際のところ、ショーコ先生の発言は大言壮語でもなんでもないのかもしれない。
「で、これ予算内に収まるのか?」
「はい。ギリギリですが」
「ギリギリかぁ……」
とりあえず三千万エネルまでは使ってよし、とメイには伝えておいたので、メイがギリギリと言うからには本当にギリギリなのだろう。三千万エネルもの大商いともなればそりゃ下にも置かない扱いになるよな。良いお茶とお茶請けが出てくるわけだ。
しかしこれが高いのか安いのか全くわからんな。元の世界と物価が違い過ぎるからなぁ……電子顕微鏡一つで数百万円とか数千万円とか聞いた覚えがあるし。いや、億単位だっけ? もうはっきりとは覚えてねぇな。
あとはセキュリティサービスの方でいくら使うかだが……まぁどんだけ使っても一千万エネル以上かかることはないだろう。あっちも相場とかわかんねぇな。
「まぁ予算の範囲内に収まるなら良いや。こういうのは上を見ればキリがないものだし」
「それはそうだねぇ。予算無制限で、となればもう少し色々と上を目指せるけれど」
「勘弁してくれ。傭兵目線でも結構なお高い買い物だよ」
「なんだか私、具体的な金額を今改めて認識して怖くなってきたんですけど」
ウィスカの笑顔が急に青ざめてきたように見えるが、自分がやったことなので真摯に受け止めて欲しい。その金のうちの何割かはウィスカとティーナの血と汗と涙の結晶みたいなもんだけど。
あと、テラダさんはそんな笑顔の奥にハラハラとした気配を隠さなくていいから、今更やっぱなしとか言わないから。
☆★☆
オカモト商会のテラダさんに施工の手続きやドッグの手配などを任せた俺達は全員揃ったままホテルへと帰ることにした。今日のところはゆっくりと休みながらセキュリティサービスの手配を済ませようということになったのだ。
「セキュリティサービスの手配が済んだら買い物とか観光とか行こうな」
「そうですね! 前に一回来ましたけど、まだまだ回れそうなところがありましたし」
「ティーナ達には是非あそこに行ってもらいたいわよね」
「あそこ?」
「楽しいところだぞ」
「兄さんの表情があまりに嘘くさいんやけど」
失礼な。見識を深めるために培養肉工場の見学に行ってもらおうと思っているだけだぞ。
「あ、思い出したわ。あれやろ、培養肉工場やろ? 行かないで」
「くっ、前に話したことがあったか」
不覚。そう言えば何かの折にアレインテルティウスコロニーの培養肉工場の話をしたような気もする。ティーナ達に出会う前の思い出話は何回かしてるからなぁ、色んな機会に。それこそ寝物語にもしてるし。
「ばいようにく工場ですか?」
クギが興味深げに首を傾げている。そう言えば、クギには話をしていなかったかもしれない。
「お肉の工場だぞ」
「お肉の工場ですか! 楽しみです」
そう言ってクギは曇り無き、そして期待を込めた眼で俺を見つめてくる。
「俺は前に行ったから良いかな!」
「そうですか……」
クギのテンションがあからさまに下がる。耳も尻尾もしょぼんとしていらっしゃる。いや、ちょっとそれはあまりにあざとくないか? でも狙ってやってるわけじゃないんだよな、この子は。
「機会があったら……いや機会を作って行こうな」
行けたら行くわ! の臭いを感じ取ったのか、更にテンションが下がるクギに絆されて行くことを約束してしまった。そしてその横でニヤニヤしているティーナの腕を掴む。
「その時はティーナとウィスカも一緒に来てくれるって。一度も見たこと無いもんな」
「え、ちょ」
「私も!?」
巻き添えを食らったウィスカが愕然とした顔をしているが、見なかったことにしておく。死なばもろともだ。最初の目的は達してやるとも。
「私はパスだよ。多分ヒロくんよりもよく知ってるし」
「左様か……」
俺達が見学したあの工場と取引があったのかどうかはわからないが、例の白い化け物を分析したり研究したりした時に存分に調べただろうからな。ショーコ先生はあの時に対抗策のナノマシンを作っていたし、その後も調査か研究に関わったのだろう。なら、元となっているアレについてよく知っているに違いない。
「とにかく部屋に戻るか」
「そうね」
明らかに呆れを含んだ声でエルマが相槌を打ってくれる。クギが忘れてくれることを祈っておこう。




