#375 人たらし
お腹すいたァ!_(:3」∠)_
「ははぁ、こういう風になってるんだねぇ……」
「貴族用の部屋って大体こんな感じみたいです」
荷物を解いたショーコ先生が興味深げにホテルで取った部屋の内部を歩き回り、その後をウィスカがついて回っている。ウィスカもティーナと同じく優秀なメカニックだが、方向性としては技術屋というか研究者というか発明家というか、実機を弄るよりも新技術の開発や研究に重きを置くタイプだ。生粋の研究者であり科学者でもあるショーコ先生とは馬が合うらしく、最近はショーコ先生にくっついて回っている姿をよく見かける。
「姉としてはどう?」
「ちょっと寂しい。でも良いことやと思うわ」
ソファに座る俺の膝の上に身体を投げ出しながら俺と同じく二人の様子を窺っているティーナが微笑みを浮かべながらそう言う。
ティーナは物怖じしない性格だからクルー達と仲良くなるのも早かったが、ウィスカは若干引っ込み思案というか、人見知りするタイプだ。無論、この船に乗ってから時間も経っているし既に皆とは打ち解けているが、結局は姉であるティーナと一緒に過ごすことが多かった。そうでなければ部屋やハンガーに引きこもって研究や作業をしていた。それが今は足繁くショーコ先生の部屋に通ったり、ああして一緒になって行動したりしている。
「まぁ良いことなんだろうな」
「ウィーがうちから離れた分は兄さんに寂しさを埋めてもらうし」
「はいはい。お相手しますよー」
俺の膝の上で仰向けになって悪戯っぽい笑みを浮かべるティーナの頭を撫でてやる。
「どこも似たような感じなのですね」
「所謂帝国式ってやつね。他国から見ると面白みがないかもしれないわ」
ティーナが俺の膝の上に身体を投げ出しているその反対側に並んで座ったクギとエルマがホテルの豪華で広い部屋を見ながらそう評している。クギが何を言いたいのかというと、それは部屋の内装や間取りに関してだ。クギと出会ったウィンダス星系でも今回と同じく貴族御用達の大部屋――スイートルームというかペントハウスというか、まぁいくつもの部屋が連なっている部屋を取ったのだが、前回の部屋も今回の部屋も細かい差異はあれど間取りも何もかもほぼ同じであった。
「帝国貴族気質とでも言えば良いのかしらね? 格式と伝統を重んじると言えば聞こえは良いけど」
「なるほど。画一的な面は否めないと」
「そうね。実用本位とも言えるけれど。特にコロニーだと貴族用とは言っても使えるスペースに限りがあるしね」
惑星上居住地ならば横にも縦にもスペースを使い放題――とは言わないが、金をかければなんとでもなる。だが、コロニーという閉鎖的かつスペースの限られる空間では貴族といえども贅沢にスペースを使うのは限界がある。それこそ目の飛び出るような大枚を叩けば話は別なのだろうが、精々数日から一週間、長くとも一月は過ごさない旅先の宿でそこまで贅を凝らそうという者は貴族であっても稀であるということなのだろう。それで言わば『コロニーにおける貴族の宿』といえばこれ、というような統一規格のようなものが出来上がったわけだ。
「ピックアップ完了です!」
一人テーブルに着いてタブレット型端末を弄っていたミミがそう言って席を立つ。
「よーし、んじゃ動くか」
別にバラバラにホテルを出ても良かったのだが、ショーコ先生がイナガワテクノロジーにアポイントメントを取った時間にも余裕があったし、ブラックロータスの改築改装のために動くのも別に急ぐ必要もないということでミミ達調達組が酒やら何やらを調達する店を探し終えてから皆で動こうということになっていたのだ。
「良いお酒と食材を調達してきますね!」
「それは良いがゲテモノは……いや、いい」
ミミが調達してきた見た目がゲテモノにしか見えないサムシング達も結局は食ってみればどれも美味かった。俺を含めた他のクルー達も慣れてきたし、なんとかなるだろう。まだクルーになってから日が浅いクギと、なったばかりのショーコ先生にとっては試練になるかもしれんが。
初めてクギがゲテモノにしか見えない異星食材を前にした時は正直ちょっとおもしろかったんだよな。頭の上の狐耳が後ろ向きにペタンッてなって尻尾がブワッて膨らんでさ。口元がクワッてなって牙というか犬歯が見えて。それを指摘したら耳を押さえて顔を赤くしてたけど。
☆★☆
イナガワテクノロジーの社屋は以前俺とミミ、エルマの三人が訪れ、ショーコ先生と出会ったあの病院とは別の建物だった。まぁほど近い場所ではあったけれども。
「イナガワテクノロジーって主にどんなものを取り扱っているんだ?」
イナガワテクノロジーの社屋が存在する区画へと移動するべく、コロニー内移動システムの車両の揺られる中、ショーコ先生に聞いてみた。
「うん? そうだね、基本的には最先端医療機器やバイオテクノロジー全般ってところかな。ナノマシン技術も取り扱ってるよ。所謂バイオニクス系企業ってやつだね」
「ばいおにくすけいきぎょう、ですか?」
それはなんなのでしょうか? とクギが首を傾げる。俺もよくわからないが、大体は想像がつくな。貴族の身体強化については何度か話を聞いてきたし。
「生物科学を主な研究対象や商材として扱っている企業ということさ。遺伝子操作や薬剤などを使った生体強化だとかね。逆に身体のパーツをより優れた素材で作った義肢やなんかをメイン商材としている企業はサイバネティクス系企業と呼ばれるね。こっちは薬剤や化学製品なんかを副商材として扱っていて、あちらは電子機器や様々なロボットなんかを副商材として扱っている、みたいなイメージで大体合ってるよ。ナノマシンとか医療機器とかふどっちとも言い難いような商材も勿論あるけどね」
「なるほど、理解できました。そうなると、サイオニックテクノロジーはどちらかと言えばバイオニクス系の分野になるのでしょうか?」
「それは難しい質問だね。でもどちらかと言えばバイオニクス寄りかもね」
クギは意外と学者肌というか、好奇心が強いというか、知識欲が強いというか……前に生い立ちを聞いた限りではかなりの箱入り娘であったようだし、やはり好奇心が強いのかな。外の世界や知識というものに貪欲であるように思う。
そんなことを考えながらショーコ先生と話しているクギの横顔を見ていると、俺の視線に気づいたのかクギが恥ずかしそうな顔をした。
「申し訳ありません、我が君。はしたなく騒いでしまいました」
「いや、謝ることはないよ。うん。好奇心が強くて何でも学ぼうとするクギは偉いなぁと思ってただけだから。気にすることなく心の赴くままにしてくれ」
「はい……」
と言いつつ、クギは顔を赤くして小さくなってしまった。ううむ、いかんな。今度からはもう少しそっと見守ることにしよう。
「くふ、キャプテンもこう言っているんだから気にすることはないよ。私で良ければいくらでも話し相手になるから、いつでも訪ねてきておくれ。船医とは言っても皆健康そうだから、そうそうやることも多くは無さそうだしね。是非一緒に色々なことを学ぼうじゃないか」
「……はい!」
クギの頭の上にある狐のような獣耳がピンと立つ。直後に彼女は俺の顔色を窺ってきたが、俺がウンウンと頷いてやると表情を明るくした。今後も俺に阿ること無く自身のために色々と学んで欲しい。それが回り回って俺を助けてくれるかもしれないからな。
と、考えていると車両が目的の区画周辺に到着したようで、僅かに減速するのが身体で感じられた。いつの間にか俺の身体も加減速に敏感になったもんだ。
「そろそろみたいだ」
「うん? ああ、本当だ。忘れ物をしないようにね」
「はい!」
いつの間にかウィスカに続いてクギもショーコ先生に懐いたようだ。実はショーコ先生は人たらしの類なのだろうか? まぁ、船医が皆の信頼を集めて親しまれるのは良いことだな。信用できない人間に自分の身体を預ける気にはならないものだろうし。
何にせよ、まずはショーコ先生が正式にうちのクルーになれるように頑張るとしますかね。
 




