#359 ご招待
天気が悪い!( ‘ᾥ’ )
思念波の『漏れ』対策もひとまず終わり、セレナ大佐にも報告を終えたということで一旦休憩――というか今日のところは解散という流れになった。
以降は思念波計測器による例のタマどもの思念波のサンプリングと、言語翻訳インプラントのデータベースと収集したサンプルの擦り合せ作業を行っていくのだという。
「殆ど機械任せだねぇ。多少アルゴリズムに手を入れるくらいかな?」
「うちらもメンテナンスボットのアルゴリズムとかは弄るけど、ちょっと次元が違うよなぁ」
「言語翻訳アルゴリズムとか考えただけで頭がワーッてなりそう……」
「メンテナンスボットのアルゴリズムを弄れるなら、こっちもそんなに苦労しないと思うけどねぇ?」
ブラックロータスへの帰り道で研究者一名と技術者二名が技術談義に花を咲かせている。この三人、どうも妙に馬が合うらしい。お互いに近い分野の知識を持っているからだろうか? まぁ仲が良いのは良いことだ。
「クギは疲れてないか?」
「はい、我が君。久しぶりに沢山歩けて楽しかったです」
そう言って俺を見上げてくるクギの表情は実に満足そうである。尻尾もふわふわと振られているので、本当に楽しかったのだろう。思念波の漏れが無いかレスタリアスの艦内をかなり歩き回ったからな。
「なら良かった。テレパシーを使って疲れていないかちょっと心配だったんだ」
「あの程度でしたら全く問題ありません。本気で使うと結構すぐに消耗してしまうのですが」
「テレパシーを本気で使うって一体どういう感じなんだ……?」
「思念波を遠く離れた人に届かせたり、同じ空間にいる特定の数人だけに送ったりするのは力の消耗が激しいです。あとはあまり使いたくはありませんが……強力な思念波を送りつけて相手を気絶させたり、苦しめたり、場合によっては強制的に言うことを聞かせたりすることも出来ます」
「へー……テレパシーって一口に言っても色々と使い道があるものなんだな」
「あまり暴力的な使い方はしたくはないのですけれど、時には身を守る術も必要ですから……」
そういえばクギはレーザーガンだのなんだのといった武器を持ち歩いていないが、クギにとってはテレパシーそのものがレーザーガンとかの武器と同じような存在なのかもしれないな。
「ところで、本当にお呼ばれしてしまっても良かったのかな?」
「かまへんかまへん。兄さんのことやからショーコ先生みたいな美人さんの訪問は大歓迎やろ」
「美人なら誰でも大歓迎するみたいな風評をショーコ先生に流すのはやめろ。俺だって相手は選ぶわ」
「あはは……確かにセレナ大佐には大分塩対応ですよね、お兄さんは」
「セレナ大佐だけじゃないけどな」
前に取材クルーとして乗り込んできたニャットフリックスのニーアも大層な美人だったが誘いはキッパリと断ったし、あのマリーとかいうけばけばしい毒蛇みたいな女なんかは絶対にNOだ。
「ショーコ先生なら大歓迎ってのは間違いないから、そこは安心してくれ。多分ミミとエルマもびっくりするんじゃないかな」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」
ショーコ先生がニヨニヨと口元を綻ばせる。前はプライベートな方面では全く付き合いが無かったから、彼女のこういった反応を見るのは新鮮な気分だな。
☆★☆
「あれ? ショーコ先生……ですよね?」
「どうしてこんなところに……?」
ショーコ先生を目にするなり、ミミとエルマは大いに困惑した。それはそうだろう。アレイン星系の企業病院で働いているはずのショーコ先生が何故か俺達と一緒にブラックロータスに帰ってきたのだから。俺が逆の立場でも絶対に困惑して驚くわ。
「やぁ、二人とも久しぶりだね。うん、血色も良いし健康そうで何よりだよ」
軽く片手を上げて挨拶をするショーコ先生を目の前にした二人の頭の上に疑問符がいくつも飛び交っているのが目に見えるようだ。そして、その二人の視線が一斉に俺へと向けられた。
「レスタリアスの研究室に詰めてた研究者のうち一人がショーコ先生だったんだ。どうして軍属としてレスタリアスに乗り込んでいたかって事情は俺もまだ聞いてないからわからん」
と言ってショーコ先生に視線をパスする。
「別にもったいぶるようなことでもないんだけどねぇ……面と向かって言うには素面じゃちょっと」
俺からの視線を受け取ったショーコ先生が苦笑いを浮かべる。面と向かってってどういう意味だ? ミミ達から視線が集まるが俺は首を横に振る。ショーコ先生とはそういう甘い雰囲気になるような関係では無いはずだ。少なくとも、彼女の人生を捻じ曲げるような出来事は無かったはずである。
「皆様。よろしければお食事をされながらお話されては如何でしょうか。すぐにご用意致しますので」
微妙に漂う緊張感をメイの声が打ち砕く。
「君は……」
ショーコ先生の視線がメイに向いた。
「初めまして、お客様。私はメイドロイドのメイと申します」
「ああ、うん。よろしくね。私はショーコだよ」
「はい、ショーコ様。よろしくお願い致します。それでは食堂でお食事会の準備を致しますので」
そう言ってメイはサッと食堂へと引っ込んでいく。その後ろ姿を見送ったショーコ先生が俺に視線を向けてきた。なんだろうか?
「あのメイドロイド……メイ君。なんだか少し私に似てないかい?」
「……そうかな?」
そう言われれば若干似ているような気がしないでもない。まぁ、胸のサイズはショーコ先生のが上だけど。ミミにも匹敵する胸部装甲の持ち主だからな。ショーコ先生は。
「眼鏡で長髪ってところはそうかもしれないけど、全体的な雰囲気は全く別だと思うぞ?」
「ふーん……ヒロ君がそう言うならそうなんだろうね」
なんだろう、その微妙に含むところがありそうな反応は。いつの間にか俺はショーコ先生のフラグを立てていたというのか? いやいや、それはないだろう。流石に無い……無いよな。うん、無い。
「ところで、これで全員かい? どこかにまだ女の子を囲っているんじゃないだろうね?」
「全員です。というか、そんな人のことを女たらしみたいに……いや、うん。そうなんだけど。否定はできないんだけど。ちゃうねん」
「何がちゃうねん」
「ちょっと弁護できないわ」
「えっと……ヒロ様は優しいので」
「それはあんまり弁護になってないと思うなぁ……」
「我が君ならこれくらいは当然かと」
全体的にみんなの言う通りなのかもしれないけど、クギの理屈だけは全く理解できない。これくらいは当然ってどういうこと? 別に文句はないけどもさ。
「相変わらずなんだねぇ、ヒロ君は」
「傭兵業をやっていると色々あるんですよ。本当に」
狙って女性クルーばかりを増やしているわけじゃ……無いこともないけど、めぐり合わせだかららね。こういうのは。そういう意味ではショーコ先生も大歓迎ですよ、ええ。大歓迎ですとも。もうどうにでもなぁれ。
 




