#357 お祈り
腰が痛ェ……_(:3」∠)_
その後、再び研究者と技術者達の間で専門的な話し合いが行われ、クギは時折発される質問に答え、俺はそれをボケーっと眺めるという時間が続いた。
精神増幅素材である精霊銀を使った思念波の測定装置だの、シールド発生装置の一部に同じく精霊銀を組み込んだ思念波妨害シールドだのを作るらしい。思念波を遮断するのではなく妨害するというのは、クギ曰く思念波というものは物理的な方法で遮断することは不可能に近いそうで、遮断するよりも逆位相の思念波やより強力な思念波によって相殺したり『押し潰し』たりした方が現実的なのだそうだ。
幸い、あのタマ達が放つ思念波の波長は全て同じで、かつ一定の範囲内に収まっているようなので、ちゃんと測定すれば打ち消し、相殺するのは難しくはないだろうとのことであった。
という感じで技術的なアプローチが進む中、俺は何をしているのかというとですね。
「ばなな」
「兄さん、すっごいアホみたいな顔になっとるで」
「一発芸か何かかい?」
ティーナとショーコ先生に容赦のないツッコミを入れられた。だってしょうがないじゃない。技術的な話はマジでちんぷんかんぷんなのだもの。俺が理解できたのは、精神増幅素材である精霊銀を利用すれば思念波、或いは精神波などと呼ばれるサイオニック能力の基礎的な波動を感知したり、何らかの作用を起こしたりできる機器を作れるのだという点くらいだ。他はなんもわからん。
ショーコ先生に暇が有りそうならなんでこんな場所で軍属として働いているのかという経緯を根掘り葉掘り聞きたいところなんだが、ショーコ先生はなんだか忙しそうにしているしな。クギも即席で作られた怪しげなヘッドギアのようなものを被せられてテレパシーの測定のようなことをされているので、俺一人で完全に蚊帳の外なのである。
「お兄さんはこっちにこないでくださいね? 絶対ですよ?」
「貴重なP.A.Mを崩壊させられてはたまらないからな」
ウィスカとウェルズ氏には精霊銀の加工を行う加工機及び精霊銀を利用した機器周辺への接近を禁じられた。今現在俺がこの研究室の中で行動できる範囲は入り口周辺の休憩スペースのみである。
「ところでこの精霊銀の代金は大佐に請求すれば良いのかね」
「ああ、その件に関しては既に大佐から承認を貰っているよ。返ってきた文面からは高すぎるという言葉が滲み出てきていたけれどね」
「えっ、俺金額聞いてないんだが」
「あ、ごめん兄さん。うちが値付けしてもうた」
1kg辺り5万エネルで売ったらしい。ケースの中には1kgのインゴットが五本入っていた筈だから、これで25万エネルか。
「……高くない?」
「そもそもの相場が高いんや。リーフィル星系の精霊銀は惑星外への持ち出し量が少ないから、高騰してるんよ。相場価格で1kg辺り38000エネルくらいやで。最辺境領域価格で三割増しにしてキリよく5万やな」
「三割ってなかなかの暴利だよねぇ」
ショーコ先生がクスクスと笑う。
「寧ろお買い得やとうちは思うで。うちら……というか兄さんが精霊銀を持っていなかったら到着まで艦隊は足止めや。しかも価格そのものは輸送費も乗っかってもっと高くなる。一日分の艦隊活動費だけで精霊銀が軽く数十kgは買えるんとちゃうか」
「なるほど……かつてなくティーナが頼もしく見える」
「兄さんがうちのことをどういうふうに思ってるのか今度ゆっくり話し合いたいなぁ……まぁ、昔取った杵柄ってやつやね」
そう言ってティーナは多くを語らずに肩を竦めてみせた。昔取った杵柄ねぇ? そういやティーナとウィスカは今でこそ一緒に居るけど、昔は離れ離れで別の場所で育ったとか言ってたっけ。ティーナの方はちょっと治安のよろしくない場所で育ったとかなんとか……その頃に培った交渉術ってことか。
「ヒロ君の船には優秀なクルーが揃ってるんだねぇ」
「それほどでもある。俺は戦闘以外できないから本当に皆には助けられてるよ。ああ、でもまだドクターは居ないんだよね。ショーコ先生はどう? 今ならスペースに余裕のある母艦があるし、医務室や研究室も用意できるよ」
「そんな安易に誘って良いのかい? 本気にするよ?」
「ショーコ先生なら歓迎するよ……俺の事情もある程度知ってるわけだし」
「前向きに考えておくよ」
ショーコ先生がニヤリと笑う。実際のところショーコ先生は腕の良い医者だし、ナノマシン技術の専門家でもあるらしいから頼りになりそうなんだよな。
初めてショーコ先生と出会った時と違って、今は居住用のスペースに大幅に余裕があるブラックロータスがあるから彼女用の居室は勿論のこと、研究室兼医務室なんかも用意できる。クリシュナ一隻で星系を渡り歩いていたあの頃とはかなり環境が変わった。
俺以外は女性なわけで、彼女達の体調管理や心身のサポートをしてくれるドクターは居てくれると大変に助かる。俺もその恩恵にあやかれるだろうしな。
「話は聞かせてもらった! そういう事なら僕も君のところで雇わないか!?」
忍び寄ってきていたウェルズ氏が突然大声で自身を売り込んでくる。俺は気づいてたけど、ショーコ先生とティーナは気づいていなかったのか二人揃ってビクッとしてるな。全く同じリアクションでちょっと可愛い。
「ウェルズ氏は我々の組織においてどのような活躍ができるとお考えですか?」
「えぇと……装甲板の改良とかできるかもしれないよ? 新素材とか発見できれば」
「それは別にうちのメカニック二名でもできるかなぁ……ウェルズ氏の益々のご活躍をお祈りしております」
「その言い方はやめてくれ。なんだか心が折れそうになる……」
どんよりとした空気を漂わせながらショーン氏が材料工学研究者の悲哀というか、働き口のブラックさに関する愚痴を漏らし始める。ショーン氏は軍の機密任務を任されるような人材なのだからそういう方面で困ってはいないんじゃないかと思っていたんだが、実のところそうでもないらしい。
「まぁこう言っちゃなんだけどコネだよ。僕の友人というか、幼なじみが軍でそれなりのポストに就いていてね。無論、僕はコネだけの無能ではないつもりだよ?」
疑問を口にしてみると、彼はそう言った。他の研究者、技術者の三人がうんうんと頷いているので彼の材料工学研究者としての実力は確かなものなのだろう。
「まぁそれはそれ、これはこれ。ちょっとうちじゃ材料工学研究者はなぁ」
「だよねぇ……はぁ。やっぱりこの仕事で結果を出して軍の技術研究所に潜り込むしかないかなぁ」
ウェルズ氏が重い溜息を吐く。大変なんだなぁ、研究者ってのも。
「それで、結果は出そうなのか?」
「とりあえずはね。思念波の撹乱装置は上手く機能している筈だよ。理論上は」
「これから艦内を回って実際に効果を発揮しているかどうか確かめるんです」
「なるほど。俺も同行しようかな。暇だし」
ここでただ座っているよりはマシだろう。クギも同行するようだし。




