#355 収容室
あづい_(:3」∠)_
「私の事情については横に置いて、まずは仕事の話をしよう。お互い暇な身ってわけでもないだろうしね」
「それはそうだな」
「ああ、ちなみにあっちでロビットソン大尉に絞られているのはウェルズだよ。彼も私と同じく民間の科学者でね。イーグルダイナミクスのボット設計者さ」
「へぇ、イーグルダイナミクスの。あそこの戦闘ボットはうちでも使ってるんだよな」
普段はティーナとウィスカが即席のメンテナンスボットとしても使っていたりする。同じイーグルダイナミクス製のメンテナンスボットのデータを流用しているから互換性が高いとかなんとか。
「ヒロ君のことだから高いのを買っていそうだねぇ」
「メンテナンスシステム込みでまるまる一ユニット、全装備付き」
「それは高そうだ」
人差し指を立てて俺がそう言うと、ショーコ先生は口元に手をやってくふふ、と笑った。笑うのを堪えたのかね、それは。
「それで、私はサイオニック能力者が来るって話を聞いていたんだけど、まさか?」
「いや、俺は違う……わけでもないけど、今日の主役はこっち。うちのクルーのクギだ。ヴェルザルス神聖帝国の出身でね」
「へぇ、神聖帝国の……なるほど。ところでその耳とか尻尾とか触っていいかな?」
ショーコ先生がクギに近寄り、その周りをグルグルと歩き回りながらクギの全身を観察し――めっちゃ気軽に距離を詰めてくるじゃん。
「ええと……耳だけなら」
「ありがとう。ふむ……骨格は一般的なヒューマノイドに近いけど、頭蓋骨の形は結構違いそうだね。クギさんの種族は人間との交配も可能なのかな?」
「はぅ、で、できますぅ」
かなり遠慮なく頭の上の獣耳を触られているクギが頬を赤くて震えながら答える。その質問の意図は一体何なんだ。
「興味深い。ヴェルザルス神聖帝国の人は皆こんな感じなのかな? 当然サイオニック能力者も多いんだよね。後でDNAのサンプルを取らせてもらっても?」
「はい、終わり。下がって下がって。お客様、過度なお触りは困りますよ」
「ああっ、人類進化の鍵が」
いかにも残念そうにしているけど、半分ふざけてるな。いや、半分本気ってことなんだけど。放っておいたら本当にDNAを採取し始めそうなので止めておこう。
「まずは仕事の話って言ったのはショーコ先生だろう? 脱線してるぞ」
「おっと、そうだった。すまないね、あまりに興味深くて……とりあえず、検体のところに行こうか。ついてきてくれ」
そう言ってショーコ先生が踵を返し、先に歩き始める。ロビットソン大尉に監視されながらタブレットに何か入力しているウェルズ氏が恨めしそうな視線を送ってきていたが、無視しておいた。大人なんだから自分でやったことのツケはちゃんと自分で払わないとな。
「暫くの間『彼ら』とのコミュニケーションを試みていたんだけど、手詰まりでね。音声は勿論のこと、あらゆる種類の通信波にも応答してくれなくて困ってたんだよ」
シールドによる二重の封鎖を通過し、広大な空間に出る。
「おぉ……こりゃすごい」
「贅沢にスペースを使わせてもらっているよ。機材もなかなかでね。さすがは帝国航宙軍。お金を持ってるよね」
広大な空間には二十個を超える数のタマが一つ一つ別のシールドに隔離されて収容されていた。球体のまま鎮座しているものもあれば、殺人機械フォームに変形してじっとしているのもあるし、一心不乱にシールドに鎌のような刃物を叩きつけ続けているのもいる。
「じっとしてるのはともかく、ガンガンシールド叩いてるのは迫力あんなぁ」
「そうだね、お姉ちゃん。いくら叩いてもシールドは突破できないだろうけど」
「あの材質は実に興味深いね。特にエネルギー兵器全般に対する耐性が並外れているよ。分析したところ、他に見ない結晶構造をしていてね。エネルギーの伝搬効率が非常に高いんだよ。高出力のレーザーやプラズマの熱に曝されても蒸発や崩壊を起こす前に全体にエネルギーを伝搬、拡散して威力を低下させてしまうんだ」
「……つまり?」
「エネルギー兵器っちゅうのは基本的に膨大な熱量を一点に集中させて照射点を一瞬で蒸発、爆発させて破壊を引き起こすって感じやん? 例えるならこのタマの構造材は百の熱量を一ずつの熱量に分解して構造体全体で受け止めるようになってるってことやね」
「なんとなくイメージができたかもしれない」
点の攻撃を強制的に面の攻撃に変換して受け止める、みたいなイメージでいいのかな。
「まるで物理的なシールドみたいだな」
「その表現は実に的を射ているね。問題は、この構造材を船の装甲材として使った場合エネルギー兵器に対して驚異的な耐久力を発揮する代わりに、許容量を超えると一斉に崩壊する可能性が高いという点かな。シールドが飽和してダウンするみたいにね」
「それでも有用そうに思えるけどな」
もし装甲材として使わないとしても、この性質そのものはいくらでも利用価値がありそうだ。機械にとって熱問題ってのはどんな時にもついて回るものだろうからな。
「人工的に合成できるようになればあらゆる分野で使い途があるのは確かだろうね。装甲材として見ると硬度や靭性は現行の装甲材に比べれば劣るけれど、それを補ってあまりある有用な特性を有していると私も思うよ」
話しながらショーコ先生は殺人機械モードに変形したままじっとしているタマの元へと俺達を連れてきた。
「この個体が検体の中では一番大人しい個体でね。もっとも、大人しいばかりで全く対話に応じてくれる気配がないんだけど」
青白いシールドの向こうにでジッとしている殺人機械モードのタマを眺める。こうしてじっくり見るのは初めてだな。足の数は六本で、全体的に黒い色をしている。装甲だか甲殻だからからんが、とにかく体表はつるりとしており、光沢を放っている。
「そういえばこいつ、戦闘時に叫び声みたいなものを上げてた気がするんだが。やっぱり音声で情報をやり取りするんじゃないのか?」
「ああ、その報告は実際にコレと戦った帝国航宙軍の海兵からもあったね。スキャンの結果、彼らに退化した発声器官と思しきものは発見できたよ。ただ、今のところ同族同士でそういったものを使ってコミュニケーションを取っている様子は見られないね」
と、俺とショーコ先生が話している横でクギは殺人機械モードのタマをジッと見つめ、整備士姉妹は隔離シールドの周りを回って様々な角度からタマを観察し始めた。
「コミュニケーションは取れそうか?」
「……申し訳ありません、我が君。拒否されてしまいました。此の身は彼らではない、と」
「拒否されたってことは、応答はあったわけだね。これは進展と言っても良いねぇ。うんうん」
耳をペタンと伏せて謝るクギであったが、ショーコ先生はその横で満足げに頷いていた。クギが落ち込むのはわかるけど、何故この人はこんなに満足げなのだろうか。これがわからない。
「進展してなくない?」
「いやいや、彼らのコミュニケーションの様式がサイオニック能力者が扱うものと同じ精神波であるということがわかっただけでも十分な成果だよ。しかし困ったな、そうなると精神増幅素材が無いと、サイオニック能力の無い我々ではコミュニケーションの取りようがないということになるね」
「ああ、それなら用意してきた。おーい、ティーナ」
「ほいほい。あ、兄さんは触ったらあかんで?」
「はい」
俺が触れると粉々に砕け散っちゃうんだよな。これ。なんか俺の力が強すぎるとかで。そのせいで博物館の展示品を破壊してしまったり、デカい森に墜落する羽目になったりとあまり相性がよろしくないんだよ。
「用意してきたって……えぇ? どういうことだい?」
「前にリーフィル星系に行く機会があってな。ほら、エルマはエルフだろ?」
「ああ、そうだったね。それでエルフの故郷に? でも、確かこの手の素材の持ち出しは厳しいんじゃなかったかな?」
「まぁそこは色々あってな……あの星系のエルフとは仲良くなったんだよ」
「ははぁ……まぁ、今は事情は聞かないでおくよ。今度機会があったら聞かせてくれ」
「オーケー」
そうして話しているうちにティーナが背負っていたハードケースを床に下ろし、開封した。
「おぉ?」
「おやおや?」
その瞬間、今までじっとしていたタマが物凄い勢いでこちらへと近寄ってきた。シールドに触れないギリギリまで接近してこちらの様子――というかティーナが開封したシールドケースの中身に興味を示しているように見える。よく見れば、他の個体もこちらに明らかにこちらへと興味を向けているようだ。一心不乱にシールドに鎌を叩きつけていた個体ですらその作業を止めてこちらに興味を示している。
「これは面白いことになったねぇ」
その様子を見たショーコ先生がニヤニヤとした笑みを浮かべた。悪そうな笑顔だなぁ。




