#354 想像だにせぬ再会
頑張った( ˘ω˘ )
「外からは何度も見とったけど、遂に足を踏み入れることになったなぁ」
「機関室とか見せてもらえないかな?」
セレナ大佐との話し合いから凡そ一時間後。俺とクギ、それにティーナとウィスカの四人は対宙賊独立艦隊の旗艦であるレスタリアスへと足を運んでいた。俺とクギはいつも通りの格好だが、ティーナとウィスカはそれぞれフル装備に大荷物を背負っている。
尤も、フル装備とは言ってもそれはエンジニアとしてのフル装備なので、いつもの作業用ジャンプスーツに各種工具、データタブレット、それと俺が持ってくるように言っておいた荷物といった感じだ。決して戦闘用とかそういう感じではない。そもそも二人は非戦闘員だが。
「クギも付き合ってもらって悪いな」
「いいえ、我が君。此の身が御役に立てるのであればそれ以上の名誉はありません」
そう言ってクギは耳をピンと立ててふんすと鼻息を荒くしている。三本のふさふさ尻尾もゆったりふわふわと振られている。本当に健気な良い子だなぁ。
そうして歩いているうちにレスタリアスが停泊している特大型ドッキングベイエリアに着いたので、小型情報端末でIDを提示してセキュリティゲートを通らせてもらう。当然ながらこの辺りは高セキュリティエリアなので、許可を得ずにうろついていたりすると容赦なく逮捕される。抵抗すればレーザーライフルで撃たれるし、もし歩哨をなんとかしてもあちこちからパワーアーマーと重火器で武装したガチムチのお兄さんお姉さん達という強力極まりない増援が来ることになる。
当然だが、最悪の場合は停泊しているレスタリアスやその他の軍用艦の艦砲で狙われる可能性すらある。どんなに高額のエネルを積まれてもこんな場所に殴り込むのだけは絶対に御免だな。
「どうも、キャプテン・ヒロ。お手間をお掛けします」
「ああ、ロビットソン大尉。こっちこそわざわざ案内をしてもらって済まないな」
レスタリアスのタラップではセレナ大佐の副官であるロビットソン大尉が俺達を待っていた。
「今日はどうもよろしゅう」
「よろしくお願いします」
ティーナとウィスカがそう言って挨拶し、クギも静かに頭を下げる。
挨拶も済んだところでロビットソン大尉は早速俺達をレスタリアスの内部へと誘った。
「船倉の方に行くのは初めてだな」
「艦橋や応接室、士官食堂にミーティングスペースなどは中央ブロックに集中しているので、今まで来る機会が無かったのでしょうな。下部ブロックには主にクルーの居住区画や物資格納庫などが配置されているので」
「そりゃ確かに用がないな」
レスタリアスのクルーとはまぁ、それなりに仲良くなっている連中もいる。俺は暫くの間ミミやエルマと一緒にレスタリアスに通って宙賊狩りの方法を指南していたことがあるからな。ただ、居住区画にある彼ら彼女らのプライベートなスペースにまでお邪魔するような関係には流石に至っていない。
アレだからな。個人のスペースってのは一種の聖域だからな。航宙艦の内部然り、コロニーを始めとした宇宙空間構造物然り、個人用のスペースというものはある種の贅沢品なのである。そこに他者を招き入れるというのは親しい仲でもそうそうあることではないらしい。俺の感覚では正直よくわからんところもあるんだが。
そういう意味でクルー達に広大な休憩スペースやトレーニングルーム、それにそれなりの大きさの個室を大盤振る舞いする俺は世間的に見ると超高待遇をクルーに与える太っ腹キャプテンなのだそうだ。
「この先です。今日は爆発してないと良いんですがね」
「ちょっと待って今なんか不穏なワードが聞こえたんだが?」
俺がそう言うのと、ロビットソン大尉が研究区画のエアロックを開けるのと、エアロックの先から炸裂音と圧力が押し寄せてくるのは寸分違わず同時であった。
「ぶおっ!?」
「うおぅ!?」
「おっと」
「きゃっ!?」
俺とロビットソン大尉は爆圧を受けてたたらを踏むことになり、ティーナとウィスカはまるでわかっていたかのような反応速度でエアロックの左右に避けてやり過ごした。クギはウィスカが無言で自分の方に引っ張って事なきを得たようである。
「またか……」
「なんか耳が変な感じに……あーあー」
俺もロビットソン大尉も怪我らしい怪我はしていないが、俺はなんか耳の調子が変になった。閉鎖環境で急な圧力の変化に曝されたからだろうか? 致命的なことにならなかったのはレスタリアスの空調設備を含めた生命維持システムか、ダメージコントロールシステムのおかげだろうな。
「いつもこんな調子なのか?」
「残念ながら」
研究区画から押し寄せてきた圧力を一番前でモロに食らったロビットソン大尉が埃っぽくなった自身の軍服と髪の毛を軽く払い、溜め息を吐く。どうもアレだな? さてはここにいる科学者だか研究者だかは相当エキセントリックな連中なんだな?
俺の中でエキセントリックな科学者となると長髪に眼鏡の似合うショーコ先生くらいしか頭に浮かんで来ないんだが……元気にしてるかな、あの人は。意外とドジっ子というか抜けてるところがありそうだから、トラブルに巻き込まれたりしていないか若干心配だ。
「だからシールド強度の見積もりが甘いと言ったじゃないか。見たまえ、この惨状を。セレナ大佐やロビットソン大尉に見つかったら大目玉だよ?」
「確かに見積もりが甘かったことは認める。だが誰も怪我をしていないし、機器もそんなには壊れていないじゃないか。それに有意なデータは手に入ったんだからヨシってやつだ」
荒れ果てた――そう表現するしかないほどに色々なものが散らばっている――研究室で二人の研究者らしき人物が話し合っている。その周りではあちこちにへこみや傷があるロボットアーム付きの宙に浮かぶ球体達がせせこましく掃除をしていた。多分助手ロボットか何かだろう。
「だそうだよ、ロビットソン大尉?」
「説明をしてください。今、私は冷静さを欠こうとしています」
女性科学者に話を振られたロビットソン大尉の背中越しに荒ぶる熊のオーラが見える気がする。これは下手なことを言うと剛腕で一発ノックアウトになりそうだなぁ……などと考えていると、ロビットソン大尉に話を振っていた女性科学者が俺の方をジッと見ていることに気がついた。
実験用のものなのか、フルフェイスの奇妙なマスクをしているので彼女の人相は全くわからない。
背が結構高め――俺と同じくらい――で、女性特有の膨らみが実験着の胸部をこれでもかと押し上げていたから彼女が『彼女』であることがわかっただけで、それ以外の要素では個人を特定することすらできそうにない格好なのである。
「まさかここで会うとはねぇ。久しぶ――なんだか連れている女性の顔ぶれが違わないかい?」
スタスタと俺のもとへと歩み寄ってきた女性科学者がジッと俺に顔を向けてくる。なんだろう。マスク越しだからよくわからないんだが、これは睨まれているんだろうか?
「いや、誰……いやまさか。もしかしてショーコ先生か?」
まさかとは思いつつも、彼女の声はつい先程脳裏に浮かべた人物とあまりにも似過ぎていた。
「そうだよ。ひと目見てわからないなんて薄情……そうか、マスクをつけていたね」
そう言って女性科学者が被っていたマスクを外す。奇妙なマスクの下から出てきたのは紛れもなくアレイン星系でお世話になったショーコ先生であった。濃い茶色の長髪も、少し野暮ったい眼鏡も、その奥の少し眠たげな目も俺の記憶通りだ。
「久しぶりだね。ヒロ君。風の噂で活躍は耳にしていたよ」
「本当に久しぶりだけど……何故ここに?」
意味がわからない。何故彼女が軍の科学者としてこんなところにいるのだろうか? 彼女は以前立ち寄ったアレイン星系で偶然関わることになったイナガワテクノロジーの女性医師だ。
元々研究畑の人間なのだと聞いたような気はするが、それにしてもこんな場所で例のタマを研究するためにレスタリアスに搭乗しているとは思わなかったし、どれだけ考えても彼女がこの船に乗っている理由の想像がつかない。
「まぁ、それはアレだよ。ええと、キャリアアップってやつさ。それで軍に出向したら、何の因果かエッジワールドくんだりまで来ることになってしまってね……と、私の話は横に置いて、質問に答えてもらっていいかな?」
「ああ。ミミとエルマは船でお留守番だよ。技術的な話となると俺を含めて三人ともお手上げだから。俺は単純にキャプテンとしてクルーの彼女達の付き添いで来たのさ」
「ふぅん、なるほどねぇ……」
納得してくれたのか、ショーコ先生はそう呟いて整備士姉妹とクギに視線を向け、再度俺に視線を向けてきた。
「君は相変わらずみたいだね」
「どういう意味で言っているのかはわかりかねるが、俺は俺のままだよ。いてっ」
ショーコ先生がにやりと笑って俺の尻を叩く。やめてくれ。ショーコ先生に尻を触られると嫌な記憶を思い出しそうになるから。
「……紹介は不要のようですな」
俺とショーコ先生のやり取りを興味深そうに観察していたロビットソン大尉が呟く。
「ヒロ君にはね。そちらのお嬢さん達には必要だろうから、自分で名乗らせてもらうよ。私の名前はショーコ。イナガワテクノロジーの科学者で、以前ヒロ君にはアレイン星系で色々とお世話になったのさ。よろしくね」
そう言ってショーコ先生が掴みどころのない笑みを浮かべて見せた。
 




