#348 銀灰色の少将
天気が悪い……眠い……_(:3」∠)_
翌日、セレナ大佐からドーントレスのブリッジに来るようにと連絡を受けた。出頭命令である。
「実際のところ今回の直接の雇い主みたいなもんだし、軍の任務を受けている傭兵としては従わざるをえないんだよな、これが」
「そういうものなのですね」
俺の隣を歩くクギが納得したように頷く。こうして歩いている間にも周囲に意識を向けているのか、ぴこぴこと頭の上の獣耳が動いているのが可愛い。
「それでも普通は帝国航宙軍の大佐だとか少将に呼び出されることは普通無いけどね……」
俺を挟んでクギの反対側を歩いているエルマがそう言って肩を竦める。今日の俺のお供はエルマとクギの二名であった。ミミにはティーナ達と一緒にドーントレスで売り捌けそうな戦利品を売り捌いてもらったり、補給品の手配などをしてもらっている。
今まではそういう仕事は主にミミに任せていたのだが、ティーナとウィスカもそっちの仕事ができるようになるとミミが身軽になるからな。ミミも傭兵の仕事について本格的に教える側の立場になったというわけだ。メイにもその様子を監督してもらっている。本当はこっちに来てもらっても良かったんだが、万が一何かの手違いで例の玉がブラックロータスを襲ったりした場合、メイがいれば対応は可能だからな。我ながら警戒しすぎだと思うが、こういう……なんというか、厄介事期間に入った場合には一切の油断をしないほうが良い。どこからどんなトラブルが舞い込んでくるかわかったものじゃないからな。
「流石我が君です」
「流石って言われてもこれ厄介事だからなぁ……出頭命令受けるのが名誉とも思えんし」
「お偉いさんと顔繋ぎ出来るのはそんなに悪いことじゃ……まぁ良い事でもないわね」
「そういうものなのですね」
「そういうものなのです。セレナ大佐経由でこういう厄介事に巻き込まれている時点でなんとなく想像つくだろ?」
「そう言われてみるとそうなのかもしれません。ですが我が君、これも我が君が手繰り寄せた運命というものです」
「そうなのかもしれんが、納得はしたくねぇなぁ……」
こういうのを運命の一言で片付けるのはやっぱりしっくりこない。
運が悪かったと言ってしまえばそれだけの話なんだろうが……運命って言葉はなんとなくのイメージだが、最初からそうなると決まっているとか、予定調和だとか、そういう感じで捉えてしまいがちなんだよな。面倒事を避けるためにどんなに足掻いても面倒事が追いかけてくる、それが運命だと言われているようでモヤモヤする。
「その辺のスピリチュアルな話は夜にでも二人でじっくりと話しなさいな。ほら、そろそろ機密区画よ」
エルマに注意を促されたので、とりあえず頭の中のモヤモヤ感を振り払って状況に集中する。まぁ、機密区画だと言っても俺にはちゃんと通行用のIDが付与されているし、同行者二名という点も先方には伝えてあるので何の問題もない。守衛が守っているゲートを何事もなく通過し、案内役として同行してくれた帝国軍人の後ろについてブリッジへと向かう。
「へぇ、広いな」
「そうですね」
暫く歩いて辿り着いたドーントレスのブリッジはとにかく広かった。ブラックロータスのコックピットというかブリッジもそこそこ広いが、全く比べ物にならない大きさだ。大型オフィスビルのワンフロア分くらいの面積があるのではないだろうか? ブリッジの中央部分が一段高くなっており、その周りには多数のホロスクリーンが展開されている。あの部分が中央管制区だろうか? ああ、セレナ大佐が居るから多分そうだな。あの人は遠くからでもよく目立つ。
「あそこだな」
「はい。ご案内します」
マッチョな身体をピッチピチの軍服で包んだ帝国軍人がブリッジの中央官制区へと俺達を先導していく。その後ろについて歩きながらそこらのホロスクリーンに映っている情報に目を向けるが、なんだかよくわからんな。そもそもドーントレス事態が超巨大な艦船――コロニー級の超巨大艦だから、ブリッジで扱う情報も俺が乗るような戦闘艦とは全く性質の違うものなのだろう。じっくりと腰を据えて観察して、操作もしてみれば把握も出来るかもしれないが、歩きながら流し読みした情報じゃなんともならんな。
「来ましたか」
階段を登り、一段高い中央管制区に姿を表した俺達を見てセレナ大佐が目を細める。なんというか、セレナ大佐はお疲れのようだな。微妙に声に張りがない。
「紹介します。こちらは補給母艦ドーントレスの艦長で、アンゼルム・エスレーベン少将です。エスレーベン少将、こちらはキャプテン・ヒロ。傭兵ギルドのプラチナランカーで、どっちの案件においてもキーとなる情報を拾ってきてくれたトラブルメーカーです」
「俺の紹介内容が酷いな……お初にお目にかかります、少将閣下。キャプテン・ヒロです。この二人はうちのクルーで、エルマとクギです」
「アンゼルム・エスレーベンだ。閣下はいらない、階級名だけつけて貰えれば十分だ」
エスレーベン少将が握手のために手を差し出してきたので、こちらも素直に応じる。
鋭い銀灰色の瞳が印象的な中年男性だ。スクリーチ・オウルズの船団長であったキャプテン・グレイよりもより銀色がかった瞳で、鋭い目つきからは冷たさすら感じられる。髪の毛の色も瞳と同じく銀灰色で、少し長めの髪の毛を頭の後ろで結っている。かなりの美丈夫だな。腰にはセレナ大佐と同じく剣を差しているし、雰囲気からしてこの少将も貴族の血筋なのだろう。
「それで、俺は何故呼び出しを食らったので?」
「それは私が頼んだからだ」
そう言ってエスレーベン少将が銀灰色の瞳でジロジロと俺の顔を見てくる。
「ふむ……」
次いで、エルマとクギにも視線を向ける。エルマはそれに対して何か文句でもあるのかと言わんばかりに視線を返し、クギは微笑を浮かべて受け流した。
「偶然にしてはあまりに出来すぎだが、大佐の言う通り彼らに後ろめたいことは何も無いようだな」
「それはよかった」
「えっ、何それは。今の一瞬で何がわかった――というか疑われていたのか」
「大佐は何も疑ってなどいなかったよ。裏は取ったようだが。疑っていたのは私だ。残念ながら、私の方は君を信じるに足るものが何もなかったのでね」
銀灰色の瞳が再び俺を見据えてくる。なんだろうな、この何でもお見通しだとでも言いたげな視線は。その目には嘘発見器でも仕込まれているのかね?
「人間、後ろめたいことがあると否が応でも何かしら反応が出るものなのだよ。脈拍、血圧、呼吸、表情筋、その他にも色々だな。少なくとも、君や君の仲間にはそういったものは認められなかった。そういう話だ」
「なるほどー……おっかねぇな、貴族」
つまり、この少将殿はそういったものを人目で判別して判断できるだけのスペックがあるのだろう。恐らく、視覚や聴覚、嗅覚などの五感や脳の処理能力をガチガチに強化しているのかね。生きづらそうだなぁ。
「そう心配せずとも意識的にオンオフを切り替えられるようになっている」
「なるほど……って、えぇ?」
「そういうのも『わかる』ものだよ」
エスレーベン少将が小さく肩を竦めてみせる。つまり、俺の同情だか憐憫だかの感情か何かを読み取ったってわけか? とんでもねぇな。
「挨拶も済んだということで、話を進めましょう。さしあたっては宙賊対策です」
頃合いを見計らっていたのか、セレナ大佐が良いタイミングで次の話を振ってくれた。いや、うん、助かったが……本当に貴族連中ってのは底が見えんな。今後もできるだけ関わらないようにしよう。




