#339 エンカウント
原稿が一段落したので投稿再開!
お待たせ致しました( ˘ω˘ )
「うー……うちの一張羅が」
「ゴシゴシしても被害が広がるだけだよ、お姉ちゃん……」
結局カレーうどんめいた食べ物の汁が服に盛大にはねてしまったティーナが涙目で服をゴシゴシしている。ああいうのってなかなか取れないんだよな。まぁ、この世界の全自動洗濯機なら多分問題なく取れてしまうだろう。いざとなったらメイに泣きつけばなんとかしてくれるんじゃないだろうか。
「ティーナの服もあれだし、戻る?」
「そうだなぁ。ここの娯楽関係の施設なんかも少し見てみたかったが、別に急ぐようなことでもなし。今日のところは戻るとするか」
愉快な売り物を売っている店だとか、超大型フードコートめいた食堂があることがわかっただけでも初日の収穫としては十分だろう。これからしばらくはこの補給母艦ドーントレスに厄介になるわけだし、そうすれば自然とドーントレス内部の様相もわかってくることだろうからな。
「ぱしゃりとしておきましたよ」
「おぉー……」
俺とエルマがそんな話をしている横ではミミの撮った写真を見たクギが目を輝かせていた。どうやら食事中にタブレット端末で撮っていたらしい。ミミはああやって初めて食べるものの写真を撮って収集しているのである。どうやら今回はカレーうどんめいたものを食べるティーナといなり寿司めいたものを食べるクギの写真を撮ってあったようだ。あと山のように詰んだからあげめいたものを食べるエルマも。
「我が君の写真は撮らなかったのですか?」
「ヒロ様が食べてたのは普通のファストフードだったので……」
無難なメニューを選んでしまってすまない。今度は何か面白いものを選ぶから許して欲しい。
そうして俺達は大食堂を後にして再び商業区画に到達したわけなのだが。
「なんだか雰囲気が……」
「物々しいわね」
エルマの言う通り、商業区画は随分と物々しい雰囲気に満ち満ちていた。何が物々しいって、完全武装の帝国海兵達がそこらじゅうを闊歩しているのだ。
先程通りかかった時にも軽装のコンバットアーマーと軽レーザーライフル――あるいはレーザーカービンと呼ぶべきか――を装備した憲兵は見かけたのだが、今この辺りをうろついているのは一番軽装な者でも本格的な戦闘用のコンバットアーマーと標準仕様のレーザーライフルを装備した海兵で、半分以上は戦闘用のパワーアーマーを着込んだ重武装兵であった。
「まさか着くなり反乱とかクーデターとかじゃなかろうな……」
「兄さん、物騒なこと言わんといて……」
「お兄さんが言うと洒落にならないです」
「酷い。まぁそういう感じでは無さそうだが」
彼らは重武装ではあったが、殺気立ってはいない。恐らく戦闘は発生していないのだろう。だとすればこれは一体何なのか?
「ご主人様、速やかに通り抜けるのがよろしいかと」
「それはそうだな。逸れないようにさっさと通り抜けよう」
そう言って俺が先陣を切って歩き出したのだが、速攻で兵隊さんに声をかけられた。
「失礼ですが、キャプテン・ヒロ殿ですね?」
「アッハイ」
一度足を止めたが最後。ガッションガッションと足音を響かせて近寄ってきたパワーアーマー装備のガチムチお兄さん達に取り囲まれる。いや、もしかしたら中身がお姉さんの人もいるかもしれないが、パワーアーマーを装着していると中身がわからないんだよな。
というか何それは。その、黒光りするメイスめいた鈍器イズ何。腰にマウントしてあるけど見るからに急造感漂ってる。しかしそれだけに威圧感が凄い。パワーアーマーの膂力であんなもん振り回されたら人間なんぞ一撃で挽き肉になりそうだ。
「一体何の用なのだろうか。こんな風に取り囲まれたり連行されたりするようなことをした覚えが――」
「丁度良いところに通りがかってくれましたね」
抗議しようとしたところでセレナ大佐が現れた。もう逃げたい。絶対に厄介事じゃんこれ。
「……何の御用で?」
「今、ちょっとした取り締まりと言うかガサ入れをしているところなのですよ。危険なアーティファクトの類が隠匿されていたりしないかというね」
「なるほど。それは大変ですね。頑張ってください」
「ウィンダステルティウスコロニーで面白いものを斬ったそうですね?」
話を切り上げて立ち去りたかったのだが、俺の言葉に被せるようにセレナ大佐がそう言ってにっこりと微笑んだ。心当たりはある。あの殺人鉄蜘蛛のことに違いない。
あぁ、なるほど? 危険なアーティファクトってのはつまり、あの殺人鉄蜘蛛のことなのかな? あれは確かに厄介だったな。レーザー兵器もプラズマ兵器もあまり効果がないようだったから、そういった武器を主武装としている帝国海兵にとっては鬼門とも言える存在だ。
「よく調べましたね、大佐殿。まぁ、俺も連中には名乗ったんで当たり前でしょうが」
一応彼女の部下の前なので、彼女に恥をかかせない程度の丁寧な言葉で応対しておく。今となっては俺も名誉貴族なのだからそこまで気にする必要は無いかもしれないが、一応雇い主だからな。大佐は。
「なんとなく状況が読めましたが、あっちで話した連中は何か聞こうとしても機密、機密で何も教えてくれなかったんですよ。だから俺もあの件については口を噤んでいたわけで、大佐殿に何も言わなかったのは悪意があってのことじゃないですよ」
「そうでしょうね。まぁ、それは良いです。実際のところどうなんです? 共有されたデータは見ましたが、実際に切り結んだ貴方の話を聞いておきたくて」
「ああ、斬った感触ですか? 硬いけど超重金属ほどではないし、感覚的には戦艦の装甲材よりは斬れたって感じですかね。レーザーとプラズマには信じられないほど耐えてたんで、熱光学兵器よりも物理的な破壊のほうが有効なんじゃないか、と対応してた兵隊連中と話しましたが」
「なるほど……役に立つと思いますか? これ」
そう言ってセレナ大佐がパワーアーマーを装着した兵士の腰部分にマウントされた粗雑な作りのメイスのような何かを指差す。
「パワーアーマーの膂力で囲んで棒で叩けば大抵のものはスクラップになるんじゃねぇかな……というか、それはどういう経緯で?」
「回収した例のモノの残骸を解析した結果、即座に用意できる対抗手段としてこれを配備することになったんですよ。物理的な破壊に対する耐性はレーザー兵器やプラズマ兵器に対するそれよりは低かったので。しかし、まさか恒星間航行をするこの時代にただの金属製の棒切れを部下に支給することになるとは……」
そう言ってセレナ大佐が頭痛を堪えるかのように眉間を揉み解し、周りの兵士達が乾いた笑いを漏らす。まぁそうね。レーザー兵器やプラズマ兵器を使って戦う軍隊が急拵えとはいえ戦艦の装甲材か何かを加工した鈍器を武器として支給されたらなんじゃこりゃってなるよね。
「こいつと同じようなブレードとか支給できなかったのか?」
そう言って自分の腰にぶら下がっている剣の柄をポンと叩いてみせたのだが、セレナ大佐は首を横に振った。
「簡単に言いますが、我々の使う剣というのはこれでも最先端の技術と貴重な素材をふんだんに注ぎ込んだ一品なんですよ。数本から十数本程度であればともかく、数百から数千という数をいきなり揃えるのは不可能です。それに、振るうための剣術なくして有効に使えるものではありませんし。それは貴方も知っているでしょう?」
「それは確かに」
貴族や俺が使っている『剣』というのは紛れもない刃物なので、ちゃんと刃筋を立てなければものを斬ることはできない。凄まじい切れ味を持つのは確かだが、ちゃんと正確に刃を打ち込まなければ下手すれば折れるし、腹の部分で硬いものを殴打すれば砕け散る――らしい。俺はやったこと無いからわからんが。
「レーザー兵器やプラズマ兵器があれば普通は接近戦なんて起こらないもんなぁ……接近戦用の武器なんて支給されてないか」
「そうですね。パワーアーマーであれば相手が生身であれば武器すら必要としませんし」
分厚い装甲で覆われた手足が人間の限界を大幅に超える膂力で振り回されたらもうそれだけで人は死ぬからな。タックルなんぞ食らった日には自動車に激突されるようなもんだし。
「俺から言えることはこれくらいだから。それじゃあ俺達はこの辺で」
「手伝っていきませんか?」
「いきません」
笑顔で戯言をのたまうセレナ大佐にこちらも極上の笑顔で対応する。あんな殺人鉄蜘蛛と好き好んでエンカウントしたいと思うわけがないだろう。お前は何を言っているんだ。しかも今の俺はパワードニンジャスーツすら装備していない完全な生身である。生身でもアレ相手に勝てるとは思うが、そんなリスクを冒すつもりは更々無い。俺の珠のお肌に傷がついたらどうしてくれるんだ。
「チッ……まぁ、良いでしょう。明日からは宙賊対策に動いてもらいますので、そのつもりで」
「アイアイマム」
ビシッと敬礼をしておく。舌打ちは聞こえなかったことにしよう。というか、絶対にお断りだっつうの。今回の傭兵契約は宙賊その他に対する航宙戦におけるもので、未知のアーティファクトだかエイリアンだかとチャンバラするのは契約外だ。
「それじゃあお達者で――」
と、そう言ってこの場を辞そうとした瞬間、商業区画の一画――俺達が居る場所からほど近い場所で赤と緑の光が瞬いた。それと同時に高出力レーザーが着弾地点で発生させる炸裂音と、密閉空間でプラズマ兵器が使われた時特有の熱気が押し寄せてくる。
「クソが」
「お下品ですよ、キャプテン・ヒロ」
「そいつは失礼」
誰かの悲鳴と破砕音が鳴り響き、少し先の店舗から見覚えのある殺人鉄蜘蛛が姿を現す。
その数、なんと三体。
「クソが」
「お下品ですよ、セレナ大佐」
「それは失礼」
セレナ大佐とそんなやり取りをしつつ、腰の二本一対の剣を抜き放つ。こんなのは契約外も良いところだが、これでセレナ大佐を見捨てて行くのは仁義にもとるし、何より寝覚めが悪い。
「メイ、サポートを。エルマは皆を頼む」
「承知致しました」
「了解」
俺の出る幕が無いと良いなぁ。無理だよなぁ。セレナ大佐との遭遇、それに別れて去ろうとした瞬間のこの事態。相変わらず俺の運命力は捻じ曲がってやがる。




