#334 クギとハイパースペース
我慢できずにPS4版のエルデンリング買いました( ˘ω˘ )(PCはスペックが足りなかった
「やっとですね」
「本当にな」
ミミの言葉に同意しながらブラックロータスの食堂でお茶を飲む。
整備士姉妹としっぽり過ごしてから更に三日ほど待機し、ようやく出撃することになった。軍という組織に傭兵と同じフットワークの軽さを求めるのは無理な話だというのはわかっているが、それにしてもまぁ時間がかかったな。
「なんだか随分のんびりと過ごしたように思います」
そう言ってクギが静かにお茶を飲む。うん、今も絶賛のんびり中だな。実際のところ、出撃するという話になっても暫くは俺達の出る幕は無い。何せ更に船の数が増えた対宙賊独立艦隊と一緒に行動するのだ。それに、俺たち以外にも多くの傭兵が同行することになっている。要は帝国航宙軍の正規戦闘艦を中心とした戦闘艦の群れである。こんな連中に喧嘩を売ってくる宙賊などいるわけもないので、エッジワールドに到達するまでは敵襲が起こることもまず考えられない。
「私は久しぶりにワクワクしてるわ」
「ワクワクするのは良いが、ヘマしていきなり大破とかやめてくれよ?」
「わかってるわよ」
エルマは久々に自分の船で出撃することに闘志を漲らせているようだ。その闘志が空回りしないことを祈るばかりだが、まぁ機体に不備が無いことは再三確認済みだし、問題はないだろう。クリシュナとブラックロータスの戦い方もよく知っているわけだし、連携面にも問題はないと思う。シミューレーターで連携も確認したしな。本当なら実機で宙賊狩りをして連携を確かめたかったんだが、状況がそれを許さなかったのは大変に残念だ。
ちなみに、アントリオンはブラックロータスが曳航中である。ブラックロータスに装備されている曳航用のジョイントに接続して航行しているのだ。そしてそのジョイントを使って行き来することができるので、エルマはこうしてブラックロータスの食堂に入り浸っているわけだ。
「我が君。今、亜空間内を飛んでいるのですよね?」
「そうだな」
「まったくそのように感じられません」
「それはそうだろうな」
ブラックロータスは三十分ほど前にウィンダステルティウスコロニーから出港し、対宙賊独立艦隊と超光速ドライブを同期させて超光速航行状態へと移行。つい先程ハイパードライブを同期起動して艦隊ごとハイパーレーンへと侵入し、今はハイパーレーン内を航行中だ。
ブラックロータスのコックピットに行けば極彩色に彩られたハイパーレーン内の光景を見ることもできるだろうが、正直言ってアレはとても目に痛いのであまりオススメはしない。オススメはしないが。
「見に行くか? ハイパースペース」
「はいっ!」
クギが頭の上の耳をピンと立ててぱぁっと顔を輝かせる。好奇心が強いんだよな、クギは。箱入りで育ってきたせいかもしれない。
「二人は?」
「私はパス」
「私もいいです」
エルマとミミは態々ハイパースペースを見るためにコックピットまで行く気はないようだ。
実は見ようと思えばこの食堂のホロディスプレイに外部センサーで捉えたハイパースペース内の様子を映し出すことも出来るのだが、やっぱりコックピットというかブリッジで見たほうが臨場感があるからな。
二人を食堂に残してクギと一緒にブラックロータスのブリッジへと向かう。
「サブパイロットの勉強はどうだ?」
「覚えることが多いですし、その場その場での判断力を求められるようなので、不安です」
「最初から完璧にこなせるわけもないからなぁ。最初は用語だけしっかり覚えて、俺の指示通りにサブシステムを稼働させることにだけ集中してくれれば良いさ」
「はい、期待に応えられるように奮励努力致します」
「ははは、堅いなぁ。まぁ失敗してもフォローはなんとかするから思いつめすぎないようにな」
仕事に対する姿勢が真面目なのは良いが、あまりにも普段から張り詰めすぎるのも良くない。戦闘中にかかるストレスが強い仕事だからな。俺に関しては未だに現実感が無いのか何なのかわからんが、全然ストレスを感じないんだけど。この世界に来る際に脳味噌のそういった恐怖とかを司る部分が変にでもなってしまったのかね?
などと考えたりクギと世間話をしている間にブラックロータスのブリッジへと辿り着いた。
「ようこそ、ご主人様。クギ様も」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
クギと二人で同じ挨拶をする。ここブラックロータスのブリッジは実質上メイの私室というかメイのテリトリー、あるいは彼女の城のようなものである。メイドロイドである彼女自身がブラックロータスのブリッジが彼女の私的な空間であると主張したことは一度もないのだが、少なくともこの見解はクギを除いた全員の統一見解であった。メイ自身は決してそれを肯定しようとしないが。
「全くお邪魔ではありませんので、お気になさらず。ハイパースペースの鑑賞でしょうか?」
「うん、メインスクリーンに出してくれ」
「承知致しました」
真っ暗だったメインスクリーンに極彩色のハイパースペースの光景が映し出される。相変わらずサイケデリックな光景だが、今日はいつもとちょっと違う。ハイパードライブを同期して一緒にハイパースペースに突入した僚艦が多数存在するので、原色が入り乱れる極彩色のハイパースペース内に他の船の姿も映し出されているのだ。
「今日は賑やかだなぁ」
「……」
そんなハイパースペース内の光景をクギはジッと無言で見つめていた。なんだろう? なんか一点をじっと見つめているみたいなんだが……何も無いよね? 船も何も無いよね。
「……何か面白いものでも見えるのか?」
「面白くはないです」
そう言いながらも何かをじっと見つめるクギ。いや面白くはないけど何かは見えてるってこと? 怖いんだけど? 一応メイに目配せをしてみるが、彼女も特に何も感じることはないのか、無表情で首を横に振っていた。この映像はブラックロータスのセンサーが拾ったものなので、全く同じデータをメイも閲覧することが出来る。そのメイが異常を検知できないのなら、変なものは映っていないはずなのだが。
「満足しました」
そう言ってクギは画面から目を離し、俺とメイの元へとトテトテと歩いてきた。もうハイパースペース内の光景への興味は失ってしまったらしい。
「お、おう……何が見えたんだ?」
「つまらないものです、我が君」
そう言ってクギは微笑を浮かべた。なんだかちょっと尋常な雰囲気ではないように感じられてしまうのだが、あまり追及しないほうが良さそうな雰囲気がプンプン漂ってくる。なんというか、端的に言って厄い雰囲気が漂っている。
「そうか。それじゃあどうするかね。なんかメイに話でも聞いていくか?」
「それですね……ご迷惑でなければ、メイさんが我が君と出会った時から今までの話を聞かせていただきたいのですが」
「わかりました。ではお話しましょう」
そう言ってメイはシエラ星系の海洋リゾート惑星で俺と初めて出会った時の話を始めた。クギにとっては興味深い話なのだろうが……メイ視点の俺の話を聞くというのは、なかなかに羞恥心を煽られる体験であったとだけ言っておく。
もうやめて、俺はそんなに大した人間じゃないから。許して。




