#327 鉄火場
おまたせしました_(:3」∠)_
五本の鋭い爪がほぼ同じタイミングで俺の身体を引き裂こうと迫ってくる。このまま何もしなければあの爪はアーマーごと俺の身体を引き裂くかも知れない。だが、このまま棒立ちを続けて新品のアーマーの防御力を試すのも、装甲に傷をつけるのもごめんである。それなりに高い買い物だったんだからな。
「――ッ!」
身を躱す方向は左前方だ。敵の右前肢を一本斬り飛ばしたので、こちらのほうが爪の数が少ない。すれ違いざまについでとばかりに残り二本の足のそれぞれ関節と足の付け根を斬りつけていく。
『EEEEEIG!?』
ふん? ちょっと心配してたんだが、このアーマーは呼吸を止めた時の俺の動きにちゃんとついてこられるようだな。もしかしたら俺のこの能力は身につけているものにも効果があるのか? 検証のしようが無いな。まぁ使えるならなんでも良いか。
しかし、この鉄蜘蛛は一体全体何なのか? クギは生き物だと言うが、俺には近接戦闘用の戦闘ボットか何かにしか見えない。格納状態というか、未稼働状態の時に真球に近い形態になる戦闘ボットを見たことがあるから、先入観に囚われているのかもしれんが。
「突入ッ!」
「伏せろ! 伏せろ!」
身を翻し、右側の足四本のうち三本を失った鉄蜘蛛に向き直ったその瞬間だった。
パワーアーマーを装着した兵士達が壁に空いた穴から突入してきた。重火器で武装した見るからに火力重視の集団である。いいタイミングで騎兵隊が到着したもんだな。
「任せた」
俺以外の奴らが戦ってくれるならわざわざ俺自身がリスクを背負う必要はないだろう。俺は剣を両手に持ったまま、クギと店主が身を隠している部屋の出入り口へと素早く移動する。うん、このアーマー良いな。機動力がRIKISHIとは段違いだ。
「何者だ?」
足を三本失って動きの鈍った鉄蜘蛛にパワーアーマーを着た連中が集中攻撃を開始する中、一人だけその攻撃に参加しなかった奴がこちらへと問いかけてくる。一人だけアーマーのペイントが少し違うな。指揮官かな?
まぁそれはそれとして、うん。目標を追って建物内に突入したら見慣れないパワーアーマーを着た謎の人物が先に標的と交戦していたという状況だよな。俺でも何者だって聞くわな。誰だってそうすると思う。
「この店に今着ているアーマーを取りに来ていた客だ。所属や名前も明かしたほうが良いか?」
そう言って剣を両手に持ったまま肩を竦めてみせる。
「……貴族の方でしたか?」
俺の剣を目にしたパワーアーマーの兵士が少しかしこまった口調で問いかけてくる。まぁ、帝国内で剣を使って戦うのなんて貴族くらいだから、当然の反応か。
「いや、貴族じゃな……ああ、いや、名誉貴族だったか? まぁ生粋の貴族ではない。傭兵だよ」
「傭兵……? もしかして御前試合で優勝していたキャプテン・ヒロ殿か?」
「ああ、うん、そうだけど……後ろは放っておいて良いのか?」
俺に事情聴取をしている彼の後ろでは激しい戦闘が展開中であった。鉄蜘蛛は足を三本失ってはいるもののまだピンピンしており、パワーアーマー連中がぶっ放している重火器は鉄蜘蛛に命中してはいるが今ひとつ決定打になっていない。というか、パワーアーマー用の重火器――レーザーランチャーだのプラズマランチャーだので攻撃されてまだ動くとかどうなってんのあの鉄蜘蛛。
「何で出来ているんだアレは……」
「同感だな。ああ、動きが鈍ってきたぞ」
「過熱か」
この世界のレーザー兵器は非常に高出力だ。あまりに高出力であるため、着弾した瞬間に対象の表面が蒸発し、小規模の爆発を起こして熱だけでなく衝撃による破壊も発生させる。普通は殺傷出力のレーザーを照射されたらそうなるはずなのだ。しかし、あの鉄蜘蛛はそうはならないようだ。レーザーが直撃しても爆発などは起こらず、表面上は何の効果もないようにしか見えない。
そしてプラズマランチャーなどのプラズマ兵器は瞬間的に数千万度の熱で対象に破壊を齎す。対抗措置を備えてない物質は一瞬で蒸発することになるわけだが、あの鉄蜘蛛はそれにすら耐えていた。もしかしたら光熱系の兵器に極端に強い性質を持っているのかもしれないな。
だが、間断なくレーザー兵器とプラズマ兵器による攻撃に晒され続けた結果か、ついに鉄蜘蛛はその動きを止めてパーツごとにバラバラになってしまったようだった。ふむ、綺麗に各関節部分から破断してバラバラになったようだな。内部組織が焼き切れたのだろうか。
「片付いたようだが、俺は何か事情聴取とかそういうのをされるのか?」
「あー……いや、この場で少しだけ話を聞かせてもらえば大丈夫だろう。報告書には名前を載せることになるが、それだけだ」
「それも遠慮したいんだが……というか、あんた達こそ何者なんだ? コロニーのセキュリティチームか? それとも帝国航宙軍の海兵か?」
装備から考えれば後者だと思うが、一応確認しておく。コロニーのセキュリティチームにしてはパワーアーマーだの重火器類だの重武装が過ぎるからな。
「機密事項だ」
「よくわかったよ」
つまり、帝国航宙軍所属ってことだろう。海兵なのかどうかはわからんが、何か特殊な任務に就いている連中なのかもしれんな。
「しかし、大したもんだな。あれだけレーザーやプラズマで攻撃してもびくともしなかったんだが」
そう言うパワーアーマー男がヘルメット越しの視線を向けているのは俺が斬り飛ばした鉄蜘蛛の足である。確かに、あれだけの熱耐性を持っていた割には剣の攻撃は効いたな。
「もしかしたらレーザーとかプラズマよりも物理的な破壊のほうが効くのかもな。実弾兵器とか」
「実弾兵器か……EML系の武器は使い勝手が悪くてな」
「それはわかる」
パワーアーマー用のEML兵器というものは存在はするのだが、あまり流行っていない。理由はいくつかあるが、最大の難点は破壊力と貫通力が高すぎることである。
コロニー内や艦船内における白兵戦でそんなものをぶっ放すと、構造材を貫通して下手をすると気密性が失われかねない。これは宇宙空間に存在する構造体にとっては致命的なダメージになり得るので、実弾兵器の類は白兵戦武器としては廃れているのだ。
あと、単純にデカくて嵩張るし重い。そして発射間隔も長い。白兵戦用の武器としては極めて取り回しが悪いのだ。
「火薬式の骨董品でも持ち出すしか無いんじゃないのか」
「そんな骨董品は物持ちの良い軍にも流石に残っていないだろうな」
パワーアーマーの向こう側から苦笑いをするような気配が漏れてくる。この世界において火薬式の実弾銃は数百年前の骨董品だからな。
超光速航行時にスペースデブリから宇宙船を守るために開発されたのがシールド技術だ。当然ながら、火薬式の銃から発射される銃弾程度では突破することなどは不可能である。過渡期には色々とあったらしいが、最終的に歩兵用の実弾兵器はシールド技術の影響で廃れてしまったわけだな。
まぁ、艦船用の実弾兵器はまだ生き残ってるけど。艦船に積む砲クラスの実弾兵器なら砲弾やら砲そのものやらに対シールド技術を組み込めるらしいからな。クリシュナの散弾砲やブラックロータスの大型EMLもそういった対シールド技術の恩恵を受けているわけだ。
「それじゃあ俺は失礼するぞ。ここの店主にちゃんと弁償してやれよ」
俺の言葉にパワーアーマー男は肩を竦め、それを返事としたようだった。善良な一般市民を巻き込みやがってからに。始末書を山程書けば良いさ。
それにしても、この状況でこのアーマーの輸送とかちゃんとできるのかね、この店。面倒なことにならなけりゃ良いんだが。




