#032 アレインテルティウスコロニー
「ふわぁ……おおきいですね!」
「大きいなぁ……ターメーンプライムコロニーの何倍だ?」
「ええと、人員は確か五倍くらい多く収容できるんじゃなかったかしら? 大きさはよくわからないわね」
俺達の見る先には超巨大な立方八面体のコロニーが存在していた。ゆっくりと回転しているように見えるが、あの大きさの物体であると考えると回転速度は相当早いんじゃないだろうか。あの回転で擬似的な重力を発生させているのかね? とにかくとてつもない大きさだ。
この超巨大な物体の名前はアレインテルティウスコロニー。アレイン星系における俺達の目的地で、この星系で三番目に建造されたコロニーである。
「ミミ、ドッキングリクエストだ」
「あ、はい! ドッキングリクエストを送りますね」
ミミがオペレーター席のコンソールを操作し、アレインテルティウスコロニーにドッキングリクエスト――着艦要請を出した。こちらの艦名やキャプテンである俺の名前、寄港目的などを伝える定型文的なやりとりの後、すぐに着艦許可が降りたようだった。
「着艦許可出ました! 七十二番ハンガーだそうです!」
「了解」
画面上に表示されるガイドビーコンに従って指定されたハンガーへと向かう。流石に大きなコロニーなだけあって、交通量が非常に多い。接触事故なんて起こした日には大惨事だな。俺はこんなことに神経を使いたくないからオートドッキング機能を使うけどね。
「オートドッキングなんて邪道よ……」
「俺は楽な方が良い」
エルマが微妙な顔をしているが、俺は一言でそれを切って捨てる。確かに神経をすり減らしながら完璧な着艦をキメるのも楽しくはあるが、俺はそれよりも楽なのを取るね。オートドッキングを可能にするドッキングコンピューターは専用モジュールのインストールが必要ではあるが、基本的にとても安全、かつ確実に船を指定のハンガーベイにドッキングしてくれる。流石にこっちに急に突っ込んでくる暴走宇宙船とかはどうしようもないけど。
程なくしてドッキングが完了したのでジェネレーター出力を停泊モードに落とす。船内で過ごす分には戦闘モードはおろか、巡航モードの出力でも供給電力が過剰に過ぎるからね。
「あー、着いた着いた。さて、どうする? 早速メシにでもするか?」
「まだ少し早いんじゃない? それよりも先に雑務を終わらせたほうが良いんじゃないかしら」
「戦利品の売却とイナガワテクノロジーへの接触、あとは星系軍の窓口で賞金の受取か」
「戦利品の売却は私がやっておきますね」
ミミが両拳を握りしめてフンスと鼻息を荒くする。戦利品の売却に関しては端末経由で市場に流せるようになっているからミミでも十分に対応できる。売り先によって微妙に値段が異なったりするが、その辺のチェックは得意だからな、ミミは。
「じゃあ戦利品の売却はミミに任せようかな。次はイナガワテクノロジーだが……」
「イナガワテクノロジーは向こうからの接触を待っても良いかもね。そんなに急ぐ案件でもないし」
エルマが考えるかのように首を傾げながらそう言う。確かに、こっちの連絡先と所属も伝えてあるからな。あっちで報酬額の算定とかもあるだろうし、急いで接触することもないか。
「んじゃ星系軍の詰め所で賞金を受け取りに行くか」
「私が行こうか?」
「いや、キャプテンの俺が行くのが良いだろ」
別にエルマが行っても大丈夫だが、どちらかと言えば俺が行くほうが話が通りやすいだろう。俺が船長なわけだし。
「私も行くわよ。一人歩きは危ないし」
「子供じゃないんだが……」
でも、確かにエルマの言う通り知らない場所での一人歩きは危ないかもしれない。一人よりは二人のほうが安全性は増すだろう。ついてきてもらうか。
「でもそうだな、一人よりは二人のほうが安全か。ついでに街の様子も見てくるから、ミミは船にいてくれ。ここが一番安全だからな」
「そんなに危ないコロニーなんですか? ここ」
「いや、セキュリティレベルは高いみたいだけどな。実際に歩いてみないとわからないだろ? あの船の数を考えれば俺達みたいなよそ者も多いだろうし」
「そうね。特にハンガーベイ周辺やよそ者が多い区域は治安も乱れがちなことが多いわ。そのへんも含めて情報収集ね」
「なるほど……」
ミミが神妙な顔で頷く。自分で自分の身をある程度守れる俺やエルマはともかく、ミミは身体の小さな女の子だし、自分で自分の身を守れるほどの力も持ってはいないからな。一応レーザーガンは持たせているけど、咄嗟に使えるかどうかはちょっと怪しいし。
「そういうわけで、俺とエルマはちょっとでかけてくる。遅くなりそうなら連絡するつもりだが、あまり遅いようなら先にメシとか食ってて良いからな」
「はい、わかりました。ヒロ様、エルマさん、お気をつけて」
「ああ」
「うん、あとでね」
そうして俺とエルマは手早く外出の準備を整え、船を降りるのだった。
☆★☆
「ははぁ、なんというか雰囲気から違うなぁ」
「ターメーンプライムコロニーに比べたらこっちのほうが都会だからね」
こんなもんでしょう、という顔のエルマの横を歩きながら俺は辺りを見回す。アレインテルティウスコロニーの内部は、言うなれば摩天楼のジャングルといった様相だ。
コロニー内の広大な内部空間に高層ビルが密集して立ち並んでおり、夜道のように暗い路地を街頭が照らしている。このコロニーには外部から光を取り込むような仕組みが一切ないようで、コロニー内の照明は全てこういった人工的な灯りで賄っているようだ。常闇の街、というわけだ。
「しかしこんなふうに常に暗いってのは健康に悪そうだよな」
「定期的に人工的な方法で日光浴するらしいわよ」
「それは大変――いや、俺達も毎日やってるか、そういや」
「簡易医療ポッドでね」
そう言えば簡易医療ポッドにはそういう機能も付加されていたな。俺達みたいな船乗りの傭兵もいわゆる日光浴の類とは無縁だからバイタルチェックの際に日光を浴びるのと同じような効果を得られるようになっているとかなんとか。詳しくは俺もわからん。紫外線を浴びるのが必要なんだっけ?
「徒歩での移動はしんどいってかめんどいけど、このコロニーだとどうやって移動してんのかね?」
「あれね」
エルマが視線を向けた先には地下鉄の入り口のようなものがあった。
「地下に交通網が整備されていて、それでコロニーの各所に移動できるようになっているの。ほら、ターメーンプライムコロニーにもあったでしょう? 物流システム。あれの大型版ね」
「なるほど」
あれも仕組みはよくわからんかったが、いつ利用しても俺自身よりも早く船に荷物が届いていたんだよな。どういう乗り物なのかちょっと興味がある。
「で、今回は使う必要は……」
「無いわね、星系軍の駐屯地はすぐそこだし」
「なるほど。まぁそのうち乗る機会もあるか」
イナガワテクノロジーに行く時とかに。食材の買い出しとかもするだろうし、その時にも乗る機会はあるか。このコロニーには暫く滞在するつもりだからな。
「あそこね」
エルマの視線の先には帝国の国旗と帝国軍の軍旗が掲げられたビルがあった。なんかあんまり駐屯地っぽくないな。どっちかと言うとオフィスビルみたいだ。
「あんまり駐屯地に見えないな、アレ」
「場所によるわよね。敷地に余裕のあるコロニーだと訓練所みたいなのがあるところもあるけど」
入り口に歩哨の一人も立ってないしな。いや、歩哨の代わりに監視カメラを兼ねるセントリーレーザータレットとかが配置されてるんだけどね。自動化できるところは自動化していくスタイルなんだろうか、帝国軍は。
駐屯地のビルに入ると、早速入り口にセキュリティゲートが設けられていた。ここには人が配置されているようだ。屈強な体つきのなかなかに迫力のあるマッチョマンだ。係員以外はやはり機械化されているようだ。ここにもレーザータレットが配備されている。
「駐屯地内に武器の持ち込みは許可されておりません。こちらで預からせていただきます」
「はい」
「わかってるわ」
俺もエルマも素直にレーザーガンと替えのエネルギーパックを係員に預け、他に何か隠し持っているものはないかをチェックする全身スキャンを受ける。その際に携帯情報端末に登録されている身分もチェックされるようだ。
「はい、チェック完了しました。賞金の受け取りならあちらの窓口、その他の用事であればその隣の窓口です」
「ありがとう」
筋肉モリモリマッチョマンの係員に礼を言って賞金の受け取りカウンターへと向かう。この流れ自体はターメーンプライムコロニーでもよくやっていたので慣れたものだ。雰囲気はぜんぜん違うけどな。
ターメーンプライムコロニーの駐屯地は出入り口にレーザーライフルを持った歩哨が配置されていたし、セキュリティゲートにももっと人員が多く配置されていた。所変わればこういうのも変わるものなんだな。
「アレインテルティウスコロニーへようこそ。新顔だね?」
賞金受け取りカウンターの係員は穏やかな雰囲気の男性だった。年の頃は俺より上、おそらく三十代半ばか、四十代前半ってところだろう。
「ああ、さっき着いたばかりだ。俺はキャプテンのヒロ。こっちはクルーのエルマだ。船にもう一人ミミって女の子が残ってる」
「ヒロ君にエルマ君だね。私はダニエル軍曹、君達傭兵には階級なんて関係ないだろうから、ダニエルとでもダニーとでも好きに呼んでくれ」
「いや、俺はダニエル軍曹と呼ばせてもらうよ。言葉遣いまで丁寧に、とはいかないけど」
「そうね、私もダニエル軍曹と呼ばせてもらうわ」
俺は首を振り、呼び捨てや愛称呼びは遠慮させてもらうことにした。エルマも俺に倣うようだ。
「そうかい? 私は勿論それで構わないよ。ところで、こちらの窓口に来たってことは賞金の受け取りだね? 今日この星系に来たっていうのに早速とは、仕事熱心だね」
「こちらのコロニーに向かっている時に救難信号を探知してな。発信源に行ってみたら、イナガワテクノロジーの客船が宙賊に襲われていたんだ。見捨てるわけにはいかないからな」
「イナガワテクノロジーの? 乗員乗客は無事だったのかい?」
「なんとか間に合ったよ。俺の船じゃ曳航できなかったから、帝国軍の船を呼んで曳航してもらった。俺達は一足先にこっちに来たから、おいおい着くと思う」
「そうか、うちの奴らが一緒ならもう安心だね。ヒロ君、良い仕事をしたね」
俺の話を聞いて心配そうな表情を見せていたダニエル軍曹が人の良い笑顔を浮かべる。なんというか、この軍曹は心にすっと入ってくるような話術というか、そういうのを持ってる人だな。
「ああ、誰かを助けられたのは幸いだった。それで、賞金なんだが」
「ああ、そうだね。少し待ってくれ……二隻で一五〇〇〇エネルだね」
「……随分高いな?」
「この四隻は最近何隻もの民間船を襲っていた奴らでね。仕事も逃げ足も早くてなかなか捕まえられなかったんだよ。今回ヒロ君達が二隻仕留めたから、暫くは大人しくしているだろうね」
「なるほど……」
話を聞きながら俺は内心首を傾げる。何隻も襲っていた割には積荷はしょっぱかったんだよな。食料と酒くらいしか積んでなかったみたいだったし。どこかに拠点を築いているんだろうか?
「はい、これで賞金の引き渡しは完了だ。暫くはこの星系に?」
「ああ、そのつもりだ。これだけ栄えているコロニーなら色々と見る場所もありそうだし」
「そうだね、このコロニーにはハイテク企業も多いし、商人もよく来るから娯楽施設の類も充実しているよ」
「そうか、そりゃ楽しみだな。じゃあ、俺達はこれで」
「ああ、良い旅を」
ダニエル軍曹と別れの挨拶を交わしてセキュリティゲートで預けたレーザーガンなどの装備を回収し、星系軍のオフィスを出る。
「なんというか、話しやすい人だったな」
「あんまり軍人らしくはなかったわね。兵というよりは最初からああいう職に就くべく教育を受けた人なんじゃないかしら?」
「なるほど、帝国軍にはそういう人員もいるのか」
帝国軍が一体どんな組織になっているのか全く知らない俺としてはそういう人員もいるのだろうと思うしかないな。軍の編成というか組織って素人から見ると複雑怪奇でよくわからんのだよな。
しかも、この世界だと単に陸海空軍ってわけじゃなく宇宙軍に統合されているのだろうし、宇宙という舞台で戦う軍の組織がどのように変革され、どのように組織されてきたのかとか想像もつかない。調べればわかるんだろうけど、調べる気にもあまりならないなぁ。
「それにしても、あの軍曹気になることを言っていたわね」
「ああ、仕留めた宙賊のことだよな。何隻も襲った割には積荷がしょっぱいと思ったよ、俺は」
「私もよ。どこかに溜め込んでいそうね」
「だな。でも四隻じゃなぁ……」
「規模が小さいから探すのは難しいでしょうね」
エルマが苦笑しながら肩を竦める。どこかの小惑星を改造した基地ならまだ見つけやすいかもしれないけど、略奪品を頑丈なコンテナに入れて広大な宇宙空間のどこかにただ放り出して保管してる可能性もあるんだよなぁ。そうなると座標を知らないとまず見つけ出すのは不可能である。
「ま、忘れましょ。巡り合わせがあればまた会うでしょうし」
「次は絶対に逃さん」
「その意気よ。さ、戻ってご飯にしましょう。ミミも待ってるわ」
「そうだな」
頷き、二人で歩き始める。戻ったらメシを食って、後はゆっくり休憩だな。あくせく働かなきゃ食い詰める状態ってわけでもなし、今日と明日はゆっくりして明後日から本格的に動き始めるとしよう。




