#323 平穏な時間
大寝坊しました( ˘ω˘ )(ゲームが楽しすぎるのが悪い
非番のセレナ大佐と食事を取ったあの日から三日。速攻でセレナ大佐から断れない条件の案件を投げられるという展開を実は警戒していたのだが、そういったことも特に無く俺達は平穏無事な日々を過ごしていた。
「傭兵というのは思っていたより、その……」
「地味?」
「ええと、はい。我が君にこんなことを言うのは失礼かもしれませんが」
「別に失礼でもなんでもないけどな」
身体にぴっちりとフィットするタイプのトレーニングウェアを着込んだクギの言葉に、俺は肩を竦めながらそう答え、プロテインが配合されているというトレーニングドリンクを飲む。
うーん? なんかきなこみたいな香ばしい風味が悪くないな。思ったより美味い。
「今回は船のメンテナンス絡みだから尚更ね。ウィンダス星系で活動する宙賊はほぼいないから、この星系で受けられる仕事って基本護衛なのよ。護衛って基本数週間から下手すると月単位での契約になることが多いから、クリシュナ単艦で受けるのはちょっとね」
「ブラックロータスとアントリオンを置いていくわけにもいきませんしね」
「結果としてここから動けない、仕事も受けられないとなるとこうしてトレーニングをするか、そうでなければ食っちゃ寝するしかないわけだ」
朝、食事や身支度を済ませて出勤する整備士姉妹を見送った俺達は四人でホテルの近くにある運動施設へと足を向けていた。ホテルには専用のジムなどが無かったので、わざわざこうして足を運んだのだ。本当に食っちゃ寝してると身体が鈍るからな。
「それにしても、クギにも傭兵に対する一般的なイメージってのがあるんだな?」
「はい、傭兵の活躍を題材にしたホロムービーや小説、それにコミックなども目にしたことがあります」
「意外ね。なんだかクギの話を聞いていると、ヴェルザルス神聖帝国の人ってそういう娯楽と無縁なのかと思ってたんだけど」
「そのようなことはありませんよ。確か此の身どもは使命を果たすことを第一としていますが、そのためにも幸福で健やかな生活というものは大事なものなのです。そして幸福で健やかな生活を送るには、娯楽も当然必要です。此の身どもの国にも娯楽は広く普及しています」
そう言ってクギが胸を張る。
「わかるようなわからないような話だな……まぁ、全員が全員使命とやらに身を擲って、そればかりで楽しみも何も無く一生を終える、なんてのは確かに現実的な話じゃないか」
人は何かしらの寄る辺が無ければ生きていけないものだよな。クギが言っていた使命ってのもなんだか壮大というか遠大というか、ちょっとスケールが大きすぎてよくわからん内容だったし。そんなもののために一生身を粉にして働き続けるというのはぞっとしないな。
「話は変わるけど、クギって結構体力あるっていうか、運動能力高いな?」
「そうですか? そのような自覚はあまりないのですが」
俺の指摘にクギが首を傾げる。頭の上の獣耳がピコピコと動いていてとても可愛い。
「私もそれは思いました。ヒロ様と殆ど変わらないくらいですよね?」
「いや、多分俺よりも筋力とか瞬発力とかは上だと思う」
ランニングマシンのデータを見る限り、持久力は俺のほうが上っぽいけどそれ以外の身体能力は俺と同等かそれ以上だ。流石に軽くと言えど身体強化処置を受けているエルマには敵わないようだが。
「ヴェルザルス神聖帝国の人って皆そういう感じの耳と尻尾なのか?」
「そうですね、私のような耳と尻尾を持つ方は多いです。形や数は違いますし、耳は我が君と同じような感じで、角が生えている方なども居ますよ」
「なるほど……?」
なんだろう。想像するしかないが、所謂獣人みたいな人達なんだろうか? 耳が俺と同じような感じで角が生えてるってどんなのだ? 鬼っぽい感じ? よくわからんな。
なんかもうクギの普段着が巫女服のような何かだから、俺の中でヴェルザルス神聖帝国は和風っぽい雰囲気のケモミミ王国みたいなイメージなんだが、ここに来て鬼っぽい人がいるって情報が入っちゃうとなんかもう妖怪王国的な感じだったりするのだろうか? マジでよくわからんな、ヴェルザルス神聖帝国。
「クギが特別身体能力に優れているってわけじゃないなら、俺とかミミみたいな所謂ヒューマンよりも基本的な身体能力が高いのかもな」
「そうなのでしょうか?」
「ティーナちゃんとウィスカちゃんも種族的に力持ちですし、そんな感じなのかもしれないですね」
あの二人もドワーフだからか腕力と握力凄いからな。あと肝臓の強さも半端じゃない。
「ところで、一通り運動を終わらせたら今日はどうするの? 確か予定は何も無かったわよね?」
「うーん、そうだなぁ。観光をするような場所ももう無いし……」
この三日間でウィンダステルティウスコロニーの商業エリアや娯楽エリアは大体見て回った。特筆するような施設はなかったが、商業エリアの店は全体的に品揃えが良かったな。
そういやなんかミミが輸入品店で色々と買い込んでいたんだよな……たまに大当たりもあるんだけど、ミミが買う輸入品の食料って大抵ゲテモノなんだよ。
「そういえば、注文した品が今日クリシュナに届くんですよ」
「注文した品、ですか?」
「はい! 交易船が持ち込んだ色々な場所で作られた食べ物です! クギちゃん、興味ありませんか?」
ミミが輝くような笑顔をクギに向ける。ああ、いけない。クギ、早まるな。その笑顔に釣られるととんでもないことになってしまうぞ。その笑顔は地獄の宴めいたゲテモノ試食会へと君を誘う罠なんだ。
しきりにクギへと輸入食品の素晴らしさを説くミミと、興味深げにそれを聞くクギを見ながらどうしたものかと考えていると、俺の小型情報端末が着信音を鳴らした。この音はティーナだな。仕事中の筈だが、どうしたのだろうか?
「はいよ、もしもし? どうしたんだ?」
スピーカーモードで通信を開始すると、小型情報端末からティーナの声が聞こえてきた。
『あ、兄さん? 今日、半休もらって午前中だけで仕事終わったんよ。うちとウィスカと三人でご飯食べに行かへん?』
「良いけど、三人でか?」
チラリとミミ達に視線を向ける。敢えて三人でというのはどういうことだろうか? こんな申し出は初めてだな。
「私とメイがこっちについてるから、行ってきなさい」
こちらに視線を向けてきていたエルマがそう言う。ミミもこちらに視線を向け、コクコクと頷いている。うーん? 何かこれは事前に根回しがしてあった雰囲気だな?
「何を企んでいるんだよ……まぁわかった。どこで合流すれば良い?」
『あんがと。えっと、場所は今からデータ送るわ。うちらもすぐ向かうから』
「了解。また後でな」
そう言って通話を切ると、すぐに合流場所のマップデータが送られてくる。ふん? ちょっと高級な感じのレストランみたいだな。
「事情は聞かないほうが良いんだよな」
「本人達から聞きなさい」
「オーケー、そっちは任せるぞ」
「任されたわ。貸し一つね」
「セレナ大佐じゃあるまいし、勘弁してくれ」
エルマに苦笑いを返しつつ、トレーニングルームの片隅で待機しているメイにも視線を送ると、彼女はコクリと頷いた。さて、どんな話が飛び出してくるのやら。




