#315 身体強化処置とポテンシャル強化
寝坊しました。
昨晩は騒々しかったですよね……_(:3」∠)_
歓迎会の翌日。俺達は起床してから朝食を摂り、部屋でのんびりとしていた。
え? 昨晩? 昨晩は何かよくわからないけど、女性同士で何かキャッキャウフフしていたので僕は一人で寝ましたよ。何か俺は聞かないほうが良さそうな話を色々としていたようなので、華麗にスルーしておいたのだ。
「意外と選択肢が少ないよな、軽量パワーアーマーって」
「そうね。剣での戦闘を考えてってことになると更に少ないわね」
エルマと一緒にリビングのソファで寛ぎながら軽量型パワーアーマーについて色々と調べているのだが、どうにもパッとしない。なんというか、俺の要求とマッチしない。
俺が軽量型パワーアーマーに求めているのは生身の体が持つ身体能力の精密性、正確性を維持しつつ、膂力や俊敏性を強化し、更に多少の装甲――耐弾性能と対レーザー性能――を確保し、環境適応性を高める、といった具合の内容である。
しかし調べた範囲ではどれも生存性の強化や俊敏性、膂力の強化という意味では及第点以上なのだが、どうにも動作の精密性という点で今一つという感が否めない感じなのだ。動作の精密性は剣を振る上でこの上なく重要な要素――少なくとも俺にとっては――なので、妥協したくない。
「まぁ、貴族ってパワーアーマーを着る必要がないからね」
「だよなぁ……」
グラッカン帝国の貴族というのは基本的に身体能力を向上させる強化処置を受けている。その結果、彼らはパワーアーマーを装着するまでもなく常人を越える膂力や俊敏性を獲得しているわけだ。パワーアーマーにあって彼らに無いものは環境適応性と耐弾性くらいのものなので、貴族が戦闘を行う際には対レーザー性能をある程度有する環境適応スーツと、個人用シールドがあれば十分なのである。
「需要のないものは作られない。当然やな」
「身もふたもないけど、そういうことですね。あ、お姉ちゃん動いちゃダメ」
隣のソファでウィスカに髪型をいじられているティーナが肩を竦めてウィスカに怒られている。たまにああやってお互いに髪型をアレンジしてるんだよな。今日は頭の上にお団子を作っているらしい。
あと、ミミは少し離れた場所に設置されているテーブルでクギと顔を突き合わせて何か話し込んでいる。メイもついているから変な心配はいらなさそうだが、何を熱心に話し合っているのかは気になるな。まぁ、初対面の時に警戒心剥き出しだったミミがクギと熱心にコミュニケーションを取ってくれるのは歓迎するべきことだろう。
「いっそ身体強化処置でも受けるべきなんだろうか」
「まぁ、それもありなんじゃない? でも、あれ受けるとなると数ヶ月は動けなくなるわよ?」
経験者は語るというやつだろうか。ウィルローズ子爵家――つまり帝国貴族家の娘であるエルマも、実は身体強化処置を受けているらしい。あの細腕で俺よりも力が強い理由はまさにそれであったというわけだ。尤も、エルマが受けている強化処置は身体能力の強化と反応速度の向上くらいで、貴族家の当主が受けるような脳の処理速度の向上やら何やらといったもっと高度な処置は受けていないそうなのだが。
「実際のところ、身体強化処置ってどういうものなんだ?」
「まずはバイオニクス系の処置か、それともサイバネティクス系の処置かってところで分かれるわね。どちらの処置も不可逆なのは変わらないし、身体能力を向上させるという意味では同じだけど」
「なるほど。でもそれぞれの特色があるんだろ?」
「私も詳しくはないわよ? 一般的にはバイオニクス系の処置は強化の度合いに劣るけど身体への負担が少なくて、維持が楽ね。かつ鍛えれば鍛えるだけ能力が向上するって言われてるわ。ただ、処置後身体に馴染むまで時間がかかるし、処置に要する時間が長いのがネックね。そしてサイバネティクス系の処置は強化度合いが大きいし、処置後すぐに能力を発揮することができると言われているわね。ただし、バイオニクス系の強化と違って鍛えるということはできないわ。その分、より性能の高い製品に交換することが可能だけど。あと、完璧にメンテナンスフリーってわけにはいかないから、維持に手間がかかるという点があるらしいわね」
「なるほどなるほど。エルマはバイオニクス系の強化だよな?」
「そうね。帝国ではどちらかというとバイオニクス系の強化のほうが主流よ。機械に置き換えるっていうのが貴族の好みにあまり合わないみたいね」
そう言ってエルマが肩を竦める。ああ、帝国貴族は機械嫌いっていうか、機械知性にちょっと隔意を持っているというか、苦手意識があるみたいだもんな。サイバネティクスで身体が機械に近づくってのが嫌な人が多いのかもしれない。
なんて話をしていると、向こうで話していたミミとクギがこちらへとやってきた。そしてミミがクギを俺の隣――エルマとは反対側だ――に座らせ、その隣に自分が座る。
「どした?」
「クギさんがヒロ様の会話が気になるって言ったので」
「うん? なんだろう」
なんだかちょっと恐縮気味のクギに視線を向けると、彼女はおずおずとした様子で口を開いた。
「あの、なんだか強化手術を受けるですとか、そういうお話が聞こえたので……申し訳ありません、盗み聞きをするつもりでは無かったのですが」
「いや、別に気にしなくて良いけど」
そう言いつつ、彼女の頭の上でピコピコと動く大きな獣耳に視線を向ける。まぁ、この耳なら普通の人間よりも耳は良さそうだな。エルマのエルフ耳とどっちがよく聞こえるのだろうか。
「ミミ様から伺ったのですが、我が君は生身での戦闘能力と生存性を向上させるためにぱわーあーまー? という鎧を求めていらっしゃるということで宜しいのでしょうか?」
「うん、そうだな。どうにも気に入るものが無いんで、強化処置を受けるのも有りかななんて話をしていたんだが」
「なるほど……その、我が君のしようとしていることに口を出すのは差し出がましいと思うのですが、私はそういったものは必要ないと思います」
「なるほど……? その心は?」
「はい。現状、我が君の身体から迸るポテンシャルは殆ど何にも利用されずに放出されているだけの状態です。それを制御すればそのぱわーあーまーという鎧を身に纏うよりも余程強力な力を得られるかと思います」
「「「あー……」」」
俺だけでなく、メイとクギを除く全員が全く同じ反応をした。
「ええと……? 此の身は何か変なことを言ってしまいましたか?」
クギが不安げな表情を浮かべながら首を傾げる。
「いや、変なことは言ってないよ。ただ、その方向性は切り捨てたんだよな」
「切り捨てた、ですか?」
「うん。だって考えてもみてくれ。生身でパワーアーマーを圧倒するような身体能力を発揮して、山一つを消し飛ばすような謎の攻撃を放ち、レーザーや飛んでくる銃弾を歪曲させて身を守るなんてあまりに常識はずれだし、そんな姿を晒したら絶対何か余計なトラブルを引き寄せるだろう? それならそっちの方向に力を伸ばすのはやめて、普通にパワーアーマーなんかを使って常識の範囲内に収まっていた方が何かと安全じゃないかと思うんだ」
と、そう言って聞かせるとクギは「なるほど」と頷いて少し考えてから再び口を開いた。
「此の身はぱわーあーまーという鎧のことはミミ様から少し聞いただけなのですが、聞いた限りの話ですと此の身どもの国の兵であれば生身で同じか、それ以上の能力を発揮できるかと思います。別に常識はずれとまで言われるようなことではないかと」
「えっ、なにそれ怖」
「我が君であれば此の身どもの兵が束になっても敵わないほどの力を発揮することが可能でしょう。あまりに強力すぎて目立つのが良くない、ということであれば程よい加減で力を制御すれば良いだけの話ではないでしょうか?」
「それはー……そうかも知れないけどぉ」
クギの純粋な眼差しに思わず言い淀む。確かに目立つから嫌とかそういう理由で手に入れられる力を放置し、最善の手を打たないのは俺の流儀に反すると言える。利用できるなら何でも利用すべきだ。それはわかる、わかるんだが。
「だってなんかそれスーパーサ○ヤ人みたいじゃん! 俺だって空想で舞空術で空飛んだりかめ○め波撃ったりとかに憧れたことはあるクチだけどさ! 流石にリアルでそういう風になりたいとは思わないんだよ!」
「すーぱーやさいじん……?」
クギが困惑の表情を浮かべる。そうだよね、いきなりこんな話をされても困るよね。
「そのかめなんとかというのは此の身には何のことなのかわからないのですが、山一つを吹き飛ばすというのは……効率が悪いかと。そんなことにポテンシャルを浪費するくらいであれば、高強度の精神感応で敵を無力化するほうが遥かに効率が良いかと此の身は考えます」
「おおっと、なんだか遥かに物騒っぽい発言が出てきたぞ。高強度の精神感応ってどんなもの?」
「対象の精神に強い負荷をかけて集中力を著しく乱したり、気絶させたり、強度によっては精神そのものを破壊したりする手法です。我が君であればこのコロニー全体に影響を及ぼすことも容易かと思います」
「物騒だなオイ。そんな毒電波発生機みたいなもんになりたくないんだが」
「兄さん、話の方向性がずれてんで。まぁ兄さんの好みはともかくとして、クギの言うことも一理あるんとちゃう? 前は修行の為に何ヶ月もリーフィル星系に留まるわけにはいかんっちゅうことでそっちの方向性はナシってことにしてたけど、今後クギがうちらと一緒に行動するならクギに教えてもらってコツコツとそっちの方も頑張ればええんちゃう?」
「そうですね。パワーアーマーはパワーアーマーで用意するとして、その超能力? みたいなのも習得してみれば良いんじゃないですか? 別に身につけて損になるようなものではないでしょうし」
以外にも明らかに科学の徒であろうドワーフ姉妹が俺の超人化計画に乗り気である。割と君達の分野に真っ向から対立しそうな内容なんだけど。
「実際のところ、ちょっと興味はあるんよね。サイオニックテクノロジー関連には」
「全く違う技術体系だからねぇ。お兄さんがそういう能力を身に着けてくれればなにか面白い発見があるかもって思うんですよね」
「興味優先かい。俺への心配はないのか?」
「言うて、もともと兄さんの身体はそういうもんなんやろ? クギ曰くやけど。強化処置で変に身体をいじくり回さなくても良いっていうならそのほうがええんちゃう?」
「それはそうかもね。私は小さい頃に強化処置をしたけど、強化処置を受けた後って馴染むまで暫く身体の調子が悪くなるのよね。結構辛いわよ、あれ。最低でも三ヶ月は動けなくなるし、パワーアーマーを買うよりも遥かにお高くつくし」
「ぐぬぬ……」
そのポテンシャルの制御ってのを覚えるだけで安全性が増すっていうなら得しか無いか? 今後、クギが同行するという話になれば修行もゆっくりすれば良いわけだし。後ははっちゃけないように俺が自制すれば良いだけといえばその通りだ。問題ないな? 無いよな?
「OK、わかった。そっちの方向性に関しては前向きに受け入れる。身体強化処置はしない。パワーアーマーは手に入れる。そういう方針で行くことにする」
「それでいいと思うわ」
「となればヒロ様に合う軽量型パワーアーマーをなんとかして見つけないとですね」
それが問題なんだよな。市販品として出回っている中に良いものがないなら、後はオーダーメイドするしかないか? そうなると、どこから手を付けたら良いものかわからんな。適当なパワーアーマーのメーカーで聞いてみるか、それとも他の手を考えるか。ううむ。




