#031 救難信号
アレイン星系は二つの居住可能惑星と三つの研究コロニー、一つの交易コロニーを一つの恒星系に抱えている非常に栄えた星系である。
ターメーン星系のような大規模な小惑星帯は存在しないが、研究コロニーで開発、生産されているハイテク製品の輸出と、それらのハイテク製品を作るための原材料の輸入が盛んに行われており、交易船の行き来が非常に多い。
当然、それらを狙う宙賊どももそれなりに集まってくる。
帝国にとってもここは重要な場所であるわけで、帝国軍による宙賊の取り締まりもかなり厳しいようだ。それでもこの広い恒星系に現れる全ての宙賊を取り締まれるわけではないらしい。傭兵としての仕事もそれなりにあるということである。
「以上がアレイン星系の概要ですね」
「ぶらぼー」
タブレット片手にアレイン星系の概要説明を終えたミミにぱちぱちと拍手を贈る。流石に少し恥ずかしいのか、ちょっとミミの顔が赤い。
「それで、目的のコロニーはどれなんだ?」
「基本的に研究コロニーは研究者とかコロニー関係者以外は立入禁止みたいなので、私達が行くのは交易コロニーですね」
「交易コロニーで荷物の配達でも請ければ行く機会もあるかもね。別に行ったからって面白いことはなにもないわよ。観光名所があるわけでもないしね」
「息が詰まりそうだなぁ。そういうとこに住んでる人達の娯楽とかってどうなってんのかね?」
「研究そのものが娯楽みたいな真性の研究バカばっかりよ、ああいうステーションって」
「うえー」
想像しただけでげんなりとした気持ちになる。仕事が趣味みたいなワーカーホリックだらけなのかよ。もし行ったとしても長居はしたくないな。
「それじゃあ進路を交易コロニーに向けよう。エルマ」
「アイアイサー」
サブパイロット席のエルマが操舵してクリシュナの船首をアレイン交易コロニーの方向に向ける。
「到着まで十五分ってところね」
「了解。一応周辺の警戒は怠らないように。ミミもレーダー反応に注意してくれ」
「はい!」
俺の声に応えてミミが超光速ドライブ中にも使用できる亜空間センサーの反応を注視する。光よりも早く動いている状態では通常のセンサー類は使い物にならない……らしい。そこで役に立つのがこの亜空間センサー。当然俺には仕組みなどまったくわからない。そもそも亜空間ってなんなんだよって話だ。
とにかく、こいつを使えば超光速ドライブ中でもかなり広範囲の様子を探ることが出来る。他の船の航跡をキャッチしたりすることもできるし、戦闘後のデブリが漂う宙域をキャッチすることも出来る。あと、滅多に無いけど救難信号をキャッチしたりすることもある。
「あの、ヒロ様。救難信号をキャッチしました」
「なんでや! 滅多にないはずやろ!」
「気持ちはわかるけど、放っておくわけにはいかないわよ」
ゲーム内ではミニイベント発生地点みたいな感じで別にスルーしたからといって咎められることもなかったのだが、一応現実世界であるこの銀河においてはそうはいかない。特段の理由がない限り救難信号を受け取った船には救護義務があるのだ。
「ですよねー。進路を救難信号の発信地点に向けてくれ。戦闘になる可能性もある、注意しろよ」
「はい!」
「了解」
クリシュナを旋回させて救難信号の発信地点へと向かう。実際に行ってみないとわからないが、救難信号を発信するような状況なんてそう多くはない。船に何らかのトラブルが発生したか、宙賊に襲われたかのどちらかだ。
前者であれば乗組員を一時的に保護して船を曳航すればいいし、後者であれば……まぁドンパチは避けられまい。
「間もなくコンタクトします。超光速ドライブ解除まで5、4、3、2、1……今!」
ドォン! と爆発音のような音と共に超光速ドライブが解除され、クリシュナが通常空間に出現する。すぐさまレーダーをチェック――反応は五隻。一隻の中型艦を四隻の小型艦が追いかけているようだ。
「見事に襲撃されてるわね。追われてるのは中型の客船みたいだけど」
「発信源はあの客船だな。介入するぞ。ミミ、スキャンと呼びかけを頼む」
「はい! こちらは傭兵ギルド所属の戦闘艦、コールサイン『クリシュナ』です。救難信号をキャッチしました。客船を攻撃している所属不明艦船に告げます、直ちに攻撃行動を停止してください」
ミミが所属不明艦船にスキャンをかけながら攻撃停止勧告をするが、彼らの返答は実にシンプルなものだった。
「ロックされたわ」
所属不明艦船はすでにウェポンシステムを起動している。その状態でこちらをロックオンしてきたというのであれば、これ以上の言葉は不要ということだろう。
「敵対行為と認定する。ウェポンシステムオンライン。ジェネレーター出力を戦闘モードに」
「アイアイサー、ウェポンシステムオンライン。出力上昇」
「行くぞ!」
ウェポンシステムが起動すると同時に船体の一部が変形し、強力な重レーザー砲を装備した四本の武装腕がその姿を顕にする。同時にコックピットの左右から二本の砲身が伸び、光を反射して鈍い光を放った。
「四隻とも賞金首です」
「なら遠慮なく撃破できるな」
客船を追っていた四隻の小型艦のうち、二隻がこちらに向かってくる。俺はその二隻の宙賊艦に向かってクリシュナを加速させる。
『こいつ速――』
別に先に撃たせてやる必要もない。射程に入ると同時に四本の武装腕に装備されている重レーザー砲を斉射し、一撃で一隻目のシールドを飽和させて剥ぎ取ってやる。
『んなっ!? シールドが!?』
「ひとつ」
擦れ違いざまに二門の大型キャニスターキャノンを発射し、シールドを失った宙賊艦を穴だらけにしてやった。
散弾砲とも呼ばれるこの二門の大砲は、細かい弾丸を超高速で無数に発射する強力な武器だ。射程は短いが威力は凶悪で、シールドを失った艦艇に発射すれば一撃でスイスチーズの出来上がりである。
「相変わらず凶悪よね、このシャードキャノン」
「シャードキャノンってオサレな言い方だよな」
「オサレってあんたね……」
くだらない会話をしながらフライトアシストモードを切って船を旋回させ、後ろ向きに進みながらもう一隻の船のケツに四本の武装腕を向ける。
「ふぁいやーふぁいやー」
連続で照射された碧色の光条が宙賊艦のケツに突き刺さり、シールドを剥ぎ取ってメインスラスターを破壊する。
『や、やめっ』
「嫌だね」
何か命乞いのような鳴き声が聞こえた気がするが、無視である。こいつら宙賊は何の罪もない輸送船や客船を襲って積荷を奪い、船員を殺し、場合によっては奴隷売買までやらかす人間のクズだ。生かしておいても百害あって一利なしというものだ。
シールドを失い、メインスラスターを破壊されて身動きが取れなくなった宙賊艦に容赦なく重レーザー砲の斉射を浴びせる。四本の重レーザー砲の光条に晒された宙賊艦は程なくして爆発四散した。
「ふたーつ。次」
「残り二隻だけど……逃げようとしてるわね、これは」
こちらに向かってきた二隻がすぐに撃破されたことに恐れをなしたのか、客船を追っていた二隻の宙賊船は攻撃を中止してこの宙域から離脱しようとしているようだった。
「あっ、この野郎! 逃げんなコラ!」
『てめぇみたいな化物相手にしてられっか!』
生き残りの宙賊艦から通信が返ってくる。律儀なやつだな。いや、それどころじゃない。客船を追っていた奴らとの距離がちょっと遠い。これは厳しいか?
「宙賊艦、超光速ドライブを起動しました!」
「まにあえええぇぇぇぇ!」
クリシュナを最大限に加速させて宙賊艦の後を追う。重レーザー砲の射程に入るまであと少し……!
『あばよ!』
ドォン! という爆発音のような音を立てて宙賊艦が光になった。航跡を追って追撃することも不可能ではないが……襲われていた客船を放置していくわけにも行くまい。
「クソッ、逃げ足の早い奴め」
「宙賊にしては見事な引き際だったわね。たまにいるのよね、ああいうのって」
「面倒くさいんだよな、ああいう奴らは……」
武器の届く範囲であれば逃げられる前に落とせるのだが、今回みたいに離れているとどうしようもないんだよな……もっと遠距離からでも狙える武器でもあれば話は別なんだけど。大型の電磁投射兵器とか。
「まぁいいや、客船に通信を繋げてくれ。航行に問題ないようなら撃破した船からブツを漁って放置していくぞ」
「付き合う必要は別に無いものね」
冷たいようだが、こんなものである。別に中型客船からの護衛依頼を請けているわけでもなし、そこまで面倒を見る義理はない。勿論、所属を聞いて謝礼は要求するけどね。
この世界では救難信号をキャッチしたらキャッチした側に救護する義務が生じるが、救護された側にも義務が生じる。それは救護者に対する報酬の支払いだ。
その時に積んでいる荷物や客員によってその額は変動するが、中型の旅客船なら支払われる金額は相当なものになるだろう。この星系に来るなりいきなりこんな事件に巻き込まれたのは不運だが、金銭的な意味で考えれば幸先が良いとも言えるな。傭兵としては。
『こちらはイナガワテクノロジー所属の旅客船、コウエイマルだ。救援に感謝する』
ミミが開いた回線から声が聞こえてくる。イナガワテクノロジーにコウエイマルとな? 所謂日系企業なのだろうか。コウエイマルって漢字で書いたら幸栄丸とか光栄丸とかなのかね?
「無事で何よりだ、コウエイマル。俺は傭兵ギルド所属のキャプテン・ヒロだ。船の状態はどうだ?」
『生命維持装置は無事だが、足回りがやられた。すまないが、星系軍が到着するまで護衛してくれないか?』
帝国軍が来るまで護衛ね。もう少し小さい艦ならクリシュナで曳航できるんだが、あの大きさだとちょっと無理だな。帝国軍の軍艦に曳航してもらうしかないだろう。
「それは依頼ということで良いんだな? 報酬の支払いは?」
『ああ、イナガワテクノロジーから報酬を支払うことになるだろう。報酬額に関してはすまないが、護衛完了後に本社と交渉をしてもらうことになると思う。私には報酬額を決める権限までは無いのでな』
船長とは言え、流石にそこまでの権限はないか。エルマに視線を向けてみると、彼女は無言で頷いた。話の内容に特に問題は無さそうということだろう。
「了解した。では当艦は貴艦の護衛を開始する。護衛期間は帝国軍が到着するまで。救護報酬を含めた護衛報酬はイナガワテクノロジーが支払う。そういう契約で良いな?」
『それで良い』
「じゃあ、契約成立だ。ミミ、今の会話を記録しておいてくれ」
「はい!」
ミミが元気よく返事をする。
さて、じゃあ帝国軍が到着するまで宙賊艦の残骸でも漁りますかね。仕事を完了する前に叩き潰したから大したものは無いと思うけど。
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ちなみに私の住んでいる場所では書店にまだ在庫が届いていないようです……試される大地だからね、仕方ないね……_(:3」∠)_




