#314 歓迎会(仮)
間に合っ……た!_(:3」∠)_
わざわざホテルの外に出るのも面倒だし、一週間ほどはこのホテルで過ごす予定なのだからと今日のところはホテルの食堂――というかレストランで食事を摂ることにした。
「お、このレストランは調理人がいるのか」
「あら、ドワーフやね」
レストランの奥にある調理場は客席から見渡せるようになっており、そこでは男性ドワーフの料理人と、恐らく人間の料理人が調理に取り組んでいた。
「帝国では料理人と言えばドワーフってイメージですよね」
「宇宙ではそうね。古くから惑星に住んでいる人達にはそれなりに料理の文化も残ってるけど、それ以外の大半の帝国人は殆ど自動調理器任せだから。ヴェルザルス神聖帝国ではその辺の食事事情ってどうなのかしら?」
「此の身は神祇省所管の施設で育てられたので、正直に言うと世間一般の常識には疎いのです。しかし、此の身の知る限りでは簡単な調理ならできる人の方が多い筈ですね。此の身も多少ですが料理の心得はあります」
そう言ってクギは少し自慢げに胸を逸らして頭の上の獣耳をピンと伸ばして見せた。実際にどれくらい料理できるのかは未知数だが、この様子だと多少と言いながらもなかなかに自信がありそうだな。
「なるほど。それじゃあ私達の中だとお兄さんとメイさん、お姉ちゃんに続いて四人目の調理スキル持ちですね」
「七人中半数以上が調理スキル持ちって凄いですね」
「帝国人で料理スキルを持っている人なんて数百人とか千人に一人くらいのはずなんだけどね。どっちかと言うと料理スキルの無い私達の方が多数派よ」
そう言いつつ、エルマがテーブルのホロディスプレイを操作してメニューを表示する。なんだかお上品そうなメニューと居酒屋にありそうなメニューがごっちゃになっててカオスだな。どういうことだこれは。
「帝国風のメニューだけじゃなくドワーフ風のメニューもあるなぁ」
「ああ、なるほど。ドワーフのシェフがいるからか」
帝国風のメニューというのは俺から見ると所謂洋食全般って感じでかなり幅が広い。まぁ、多くの星系を領有する銀河帝国である上に歴史もかなり長い国家らしいから、様々な料理文化を吸収して今の帝国風料理というものがあるのだろう。それが俺から見るとフランス料理とかイタリア料理とかがごちゃまぜになっているように見えるだけで。
対してドワーフ料理は……粉物と酒のつまみになりそうな料理ってイメージが強いんだな。あと豪快な焼き物、炒めもの。スパイスの効いた料理も多めって感じ。中華料理+エスニック風味みたいな。エルフ料理は和風料理っぽい部分があったけど、あんまり帝国料理の枠には入ってないっぽい。
「クギは何にする?」
「私の知らないメニューばかりなので……」
と、彼女は困った顔をしている。なるほど、そりゃヴェルザルス神聖帝国は遠い国らしいし、帝国風料理とドワーフ料理がメインのこのレストランじゃ見知らぬメニューばかりなのも無理はない。
「んじゃ癖の少ない料理を適当に頼むか。数頼んで皆で色々つつこう」
「ちょっとお行儀が悪いけど、それで良いんじゃないかしら」
「それじゃあ取皿も一緒に頼みますね」
そう言ってミミが卓上のホロディスプレイを操作してメニューを選んでいく。なんか量が多い気がするんだが、見なかったことにしよう。
「帝国ではフードカートリッジと自動調理器で作った料理が食べられてるけど、ヴェルザルス神聖帝国ではどうなんだ?」
「此の身どもの場合は可能であれば食材を調理して作った料理、それが敵わない場合は保存食ですね。ただ、保存技術の発達で自ら調理せずとも美味な料理を食べられるようになっていますから、食材から調理をする人は減っているとも聞きます。フードカートリッジを用いた自動調理などはあまり普及していません」
「なるほどなぁ。どんなもの食べてるん?」
「豆の加工品が多いですね。他には養殖したチラス貝もよく食べられています」
「チラス貝?」
「殻を持つ頭足類ですね。他国の方から見ると気味が悪いそうですが、味も滋養も良い食材なのですよ。後はチコと呼ばれる魚を加工したものや、栽培が容易で栄養の豊富なカロという根菜ですね。葉っぱの部分も野菜として食べられるので、無駄がありません」
「なるほど」
殻を持つ頭足類ねぇ? アンモナイトとかオウム貝みたいなもんかな? それに豆の加工品か……豆の加工品と言っても、豆って割と何にでも仕えるからな。例えば大豆とかだと豆乳に加工して豆腐や油揚げにもできるし、豆乳を絞る際にできるおからだって食べられるし、納豆とか煮豆としても食べられるし。大豆一つでもそんな感じだから、単に豆って言うと物凄い数の料理のバリエーションがありそうだな。それに魚に根菜類か。
「肉はあまり食べないのか?」
「肉食もしますが、やはりお肉は高価なので」
「その辺の事情は帝国もヴェルザルス神聖帝国も変わらないのね」
と、そう言っている間に料理が運ばれてきた。ピザみたいに色々と具が乗った大きな平焼きパンをメインとして、マッシュポテトのようなもの、焼いた肉っぽいものなど様々だ。ちなみに、スープの類はない。汁気の多いとされる料理でもスープというよりはかなりとろみの強い、半ばペースト状というかあんかけ料理みたいなものが大半だ。
「これは……これはお肉では?」
クギが串焼きにされている白みがかった肉を見て目を輝かせている。
「……どっちだ?」
「培養の方です」
俺に問われたミミが神妙な顔でそう答える。
「あー……まぁもう慣れたよな」
「そうね」
前に培養肉の製造工場を見学に行って若干トラウマ気味になった俺達であるが。今はもう普通に培養肉を食べるようになっている。元がアレでも肉として加工されてしまったらそれはもうただの肉だからな。食ってみれば美味いものだし、気にするだけ損だ。
というか、ミミが結構な頻度で見た目かなりゲテモノ風味な他国からの輸入食品を船内に持ち込んでは試食会を開いているので、慣れた。培養肉の元がちょっと気味が悪い触手生物じみた物体だからってなんだというのか? それよりグロいものなんて世の中にはいくらでもあるのだ。あったのだ。
「培養ものだけど、正真正銘のお肉だぞ。足りなかったら追加で頼むし、遠慮なく食ってくれ」
「良いのでしょうか……? これはとても贅沢なのでは?」
「クギ、気にしたらあかんで。兄さんと一緒に生活するならこんなん序の口や」
「お兄さんの金銭感覚には未だに度肝を抜かれるもんね……」
「私も少しは慣れてきましたけど、まだヒロ様とエルマさんの領域には辿り着けませんね」
君達やめないか。そんな、俺とエルマが金銭感覚ガバガバみたいな物言いは。俺達は至って正常だよ。傭兵としては。一般人として? そんなものは知らんな!
「それじゃあ料理が冷める前に食べようか」
「はーい。あ、取り分けますね」
「あ、此の身もお手伝いを」
「クギは今日は主賓だから、大人しく饗されなさい。ヒロ曰くお試しだけど、まぁ歓迎会ってことでね」
そう言ってエルマがクギを押し留め、ミミと一緒に料理を取皿へと取り分けていく。そしていつの間にかメイも取り分け作業に参加している。音も気配も感じさせず自然に交ざってるの凄いなオイ。
「それじゃあクギの歓迎会ってことで、乾杯」
「かんぱーい!」
ティーナが実に嬉しそうに乾杯をして一杯目を飲み干した。当然のように酒である。密かにウィスカも酒……エルマもか。今日はもうゆっくりするって言ったから遠慮ないね君達。




