#313 尋問ではないから。
今日はちょいと長めなんじゃ( ˘ω˘ )(キリの良いとこまで書いたら遅れたのは許して欲しい
荷解きが終わり、リビングルームに腰を落ち着けた辺りでメイとクギちゃんが専用エレベーターでペントハウスへと上がってきた。
「おかえり。君の部屋はそこの扉だから、まずは荷物を置いてくると良い」
「はい、我が君。ありがとうございます」
クギちゃんはペコリと俺にお辞儀をしてから俺が指した部屋へと入っていった。彼女の手荷物は風呂敷包み一つだけで、かなり少ない。ほとんど身一つで旅をしているようなものだろう。
「メイ?」
「はい、ご報告致します。結論から言うと、限りなく100%に近い確率で彼女はヴェルザルス神聖帝国の『巫女』と呼ばれる構成員だと考えられます」
「判断要素は?」
メイが限りなく100%と言うからにはそれなりの根拠があるに違いない。
「はい。まず彼女が言っていたヴェルザルス神聖帝国の出張所ですが、所謂聖堂と呼ばれる施設でした。施設建築時の記録を照会しましたが、登録上の権利者は間違いなくヴェルザルス神聖帝国の政府機関です。少なくとも、グラッカン帝国はそう認識しています」
「つまり、ケチな詐欺師やアウトロー連中の隠れ蓑って可能性は低いわけね」
「そういうことになるかと」
「なるほどなぁ……つまり、ホンモノだと考えて接する必要があると」
七割、八割は詐欺か何かじゃないかと疑っていたんだが、ホンモノとなるとそれはそれで厄介というかなんというか……実際のところ、どこまで面倒を見れば良いものかと悩むな。彼女の使命とやらを考えれば、一生モノになるのではなかろうか? ちょっと責任重すぎでは?
チラリと俺のすぐ横に座っているミミの顔を盗み見る。何かを考えているようで、ちょっと難しげな表情をしている。うん、可愛い。いやそうではなく。
「んー……」
どう判断をしたものかと頭を悩ませるしかなくなると、人は唸り声を上げる以外の選択肢がなくなる。正直、自らの身も心も捧げるとか言われてもなぁ。確かにクギちゃんは可愛いけれども、正直間に合っているとしか言いようがない。ミミ、エルマ、メイ、それにティーナとウィスカ。俺如きが五人も女性を囲っているとか、既に身の丈を超えていると思うのだが……まぁ思い悩んだところで今はどうしようもないか。流れに身を任せるしかあるまい。
「お待たせ致しました。とても良いお部屋で……その、此の身には過ぎるような気がするのですが」
「慣れてくれ。うちはいつもこんな感じだから」
「我が君がそう仰るのであれば」
そう言ってから彼女は視線を彷徨わせ、困った表情を見せた。俺は今リビングルームのソファに座っているのだが、右側にはミミが。左側にはエルマが座っている。彼女が座る隙間は無い。
「クギちゃん、こっちこっち」
「ここにどうぞ」
そう言って俺達の対面のソファに座っていた整備士姉妹が左右にずれて自分達の間に座るように促すと、クギちゃんは恐縮した様子で彼女達の間に収まった。
「何にせよまずは相互理解が必要だよな。というわけで、まずは自己紹介をしていこう。まず、俺の名前はヒロだ。キャプテン・ヒロと名乗ることが多いな。傭兵ギルド所属の傭兵で、ランクは一番上のプラチナランクってことになってる。ちょっと活躍して帝国の勲章なんかも貰って、上級市民権も取得してる。後は……なんかあったっけ?」
「ご主人様は一等星芒十字勲章を授与されたことにより、グラッカン帝国内で名誉子爵としての地位を得ております」
「なるほど、流石は我が君です」
どの程度理解しているのかはわからないが、彼女は彼女なりに俺の功績というか実績について素晴らしいものなのだろうと認識してくれたようだ。
「じゃあ次は私ね。私はエルマ。見ての通りエルフで、私もヒロと同じく傭兵ギルド所属の傭兵よ。シルバーランクのね。色々あってヒロと一緒に行動しているわ。まぁ、パートナーね」
「公私共にパートナーです」
「あのね……いや、まぁそうだけど。一緒に行動するなら下手に隠しても仕方がないか。ヒロの言う通り、パートナーよ。傭兵としてだけでなく、男女の意味でも」
自分で言っていて恥ずかしくなったのか、エルマの耳が赤くなっている。急に耳を触ってやりたくなったが、今やると思い切り脇腹を抓られそうなので我慢しておこう。
「なるほど。よくわかりました」
割と明け透けな内容の自己紹介だったが、クギちゃんは顔色一つ変えずに素直に頷くだけだった。
ふむ? なんだか思った反応と違うな。なんというかこう、クギちゃんの話からするとこういった男女関係の云々について何かしらの反応を示すと思ったんだが。
「じゃあ、次は私ですね。ミミです。ヒロ様に命を救われて、オペレーターとして側に置いてもらっています。戦利品の売却や生活物資の管理などもさせてもらってます。あと、書類上ではヒロ様の妻です。妻、です」
大事なことなので二回言ったんですね。わかります。そして俺の腕をぎゅっと抱きしめてくる。うーん、右腕の感触が天国。しかしミミは何故だか知らないがクギちゃんに対抗意識を燃やしているな。この反応はメイを買った当初の反応にかなり近い。
「はい、ミミ様ですね。よろしくお願い致します」
またもやクギちゃんは無反応、というかにこやかにミミの自己紹介を受け入れた。うーん、わからん。何もわからん。ミミも俺と同じく何らかの激烈な反応を予想していたのか、肩透かしを食らったような顔をしている。
「んじゃ次はメイさんかな?」
「私はご主人様に仕えるメイドロイドです。それ以上でもそれ以下でもありませんので紹介は不要かと」
「そうか? じゃうちやね。うちの名前はティーナや。そっちのウィーとは双子で、うちがお姉ちゃんやで。スペース・ドウェルグ社所属で、今は兄さんのとこに出向って形でメカニックをやっとるんよ。ウィーともども兄さんのお手つきやで」
「お、お姉ちゃん……!」
ティーナの開けっぴろげな物言いにウィスカが顔を赤くして抗議するが、ティーナは笑うだけで取り合うつもりは無いようである。
「なるほど。つまり、皆様は全員が我が君のご寵愛を受けているということですね」
「ご寵愛……まぁ、そうなるな」
クギちゃんにそう言われると、今更ながら大それたことをやらかしているなと思う。元の世界じゃ考えられないが、これで上手く行っているのは奇跡的だよな。それもこれもよくわからない航宙艦にまつわる特殊な貞操観念のお陰なのだろうか? よく考えると不思議な気がするな。
「素晴らしいことです。皆様のお陰でこの世の均衡が保たれています。今後は私もその末席に加えて頂ければ幸いです」
クギちゃんはそう言って祈るように手を組み合わせ。頭を下げた。
「「「???」」」
俺達としては意味がわからず首を傾げるばかりである。俺とミミ達がそういう関係になっているからこの世の均衡が保たれているとか本当に意味がわからない。お前は一体何を言っているんだ? 状態である。
「つまり、皆様のお陰で我が君は負の面に堕ちることなく今の状態にあるということです」
「ぜんぜんつまってない。意味が全くわからないぞ」
「我が君には皆様の存在が不可欠であるということです。皆様が在って、我が君の今が在る。我が君が在って、今の皆様が在るということですね」
「ヒロと私達がこういう関係になっているのは運命的なものだとか、そういう話? ヴェルザルス神聖帝国の教えって運命論的な感じなのかしら」
エルマがそう言って眉間に皺を寄せる。運命論ねぇ……なんか結果だけ見て後出しでこれが運命だ、って言ってるようで俺はあんまり好きじゃないんだがな。過去現在、未来まで全ての運命が記されている巻物か何かが実在でもするなら信じないこともないけど、そんなものが存在するってわけじゃないなら最終的には卵が先か鶏が先かみたいな話にならんかね?
「哲学的な話にも興味がないことも無いけど、今は横に置いておこう。自己紹介はこれくらいでいいかな? なら軽く質疑応答というか雑談でもしようじゃないか」
「なるほど、新入りに対する尋問ですね。此の身に隠し立てすることは何もありません」
神妙な顔をするクギちゃんに俺は手と首を横に振る。
「尋問じゃないからな? ただの雑談だからな? ヴェルザルス神聖帝国については風聞しかしらないから、色々と聞いておきたいんだよ。クギちゃんと行動を共にするってことは、無視できない存在になるだろう」
「なるほど。それは確かにそうかも知れません。此の身どもから我が君に何かを要求することはありませんが、此の身どものことを識って頂ければ何か役に立つこともあるかもしれませんね。それと我が君、此の身のことはクギ、と呼び捨てになさって下さい。ちゃん、と呼ばれるような齢ではありませんので」
「そうか? まぁクギがそう言うならそうするか。早速だけどヴェルザルス神聖帝国について聞いて良いか?」
「勿論です。何なりとお聞き下さい」
クギが自信たっぷりに頷く。ちょっとドヤ顔っぽくて可愛い。
「前にチラリと聞いたんだが、ヴェルザルス神聖帝国って生粋の純血主義、且つ他種族を奴隷にしてるとか。それが本当ならあまり仲良くするのは怖いんだけど」
「それは大変な誤解です。確かに血統を重んじる向きはありますが、他種族の方を殊更に排斥しようという考えはありません」
クギは至極真面目な表情でそう言い切った。なるほど。まぁ遠い国の話だし、現実とは異なる形で風聞が伝わることもあるだろう。
「それじゃあ奴隷ってのは?」
「それは教化処置中の捕虜を見て流れた風聞かと思います」
「教化処置……なんか物凄いヤバい臭いがプンプンするわね?」
「そ、それって具体的にどういう……?」
エルマとミミがドン引きしながら恐る恐るクギに問う。うん、俺もそこはちょっと聞きたいな。場合によっては俺もその教化処置とやらを受ける可能性があるわけだし。
「我が国の領域内で活動し、拿捕された宙賊や紛争と称した一方的な侵略行為を行う者に対する処置と聞いています。同じ過ちを繰り返さないよう此の身どもの使命を説き、その成就を助力することによって罪を償う機会を与えているそうです」
「それは洗脳と何か違うんか……?」
「ある意味でそう取られても仕方がない部分はあるのだと思います。ただ、罪には罰が必要でしょう。彼らの行いによって此の身どもの使命が阻害された分はその身と行動で贖ってもらうのが妥当かと此の身は考えます。同時に、二度と繰り返さぬよう此の身どもの使命を識ってもらうのもまた必要な行いかと」
「筋は……通ってます、かね?」
クギの主張を聞いてウィスカが首を傾げる。
まぁ、邪魔された分、被害を与えた分は責任をとってもらう。ついでに自分達がどのような考えでいるのかを理解し、共感してもらう。宙賊行為や一方的な紛争を仕掛けてきた連中への対応としては相応といえば相応なのだろうか? なんだか言い包められている気がしなくもない。
「宙賊に関しては帝国の場合死ぬまで苦役刑か人体実験行きなんて話も聞くし、それに比べれば幾分人道的か……?」
「宙賊なんてどう処分しても良いと思うけど……他国の捕虜に関してはどうなのかしらね?」
「その辺は国同士の捕虜の取り扱いに関する条約とかそのへん次第やろなぁ……」
「風聞に聞くほど怖い国ではないんですかね?」
「種族的な温厚さと国家的な温厚さは視点が違うからなんともね……領域の拡張意志がない上に宇宙怪獣の類による被害に対しては積極的に支援する、ってのは国家としては温厚と言えるけど、純血主義且つ排他的、他種族への対応が厳しいって評判は国家じゃなくて主権種族に対する評判とも取れるから」
「此の身どもは純血主義、排他主義と言われるほど他種族の皆様に対する隔意は持っておりません。ただ、此の身どもには果たさねばならぬ務めがあり、他種族の方々にはそれがないというだけです」
エルマのまとめにクギが毅然とした態度で断言する。結局のところ、クギ達ヴェルザルス神聖帝国の人々が排他的な種族であると外部から見られる原因はそういう彼女達の使命とやらに対する態度が原因なのではないかと思うんだが。
「なんとなくわかったからよしとしよう。とにかく、今日のところはゆっくりするか。なんか疲れたし、適当に休みつつ軽量級パワーアーマーの情報を見繕って明日どこに足を運ぶか決めることにしよう。どっちにしろアントリオンの納品とブラックロータスの改装には時間がかかるわけだし、のんびり行こうぜ」
「そうね。クギ……って呼んで良いかしら?」
「はい。此の身の事は好きにお呼び下さい」
「ありがとう。何にせよ、今後一緒に行動するかもしれないってことならお互いに相手のことをよく知るべきだろうし、のんびりと過ごすのは賛成よ。皆もそれで良いわね?」
エルマの発言にミミも整備士姉妹も頷く。メイも何も言ってこないということは賛成なのだろう。
「それじゃそういうことで。まずはどこかにご飯でも食べに行こうか。そろそろ良い時間だろ?」
コロニーには朝も昼も夜も無いが、ブラックロータスを出る前に食事を取ってからそろそろ時間が経ってお腹が空いてきた頃だ。同じ釜の飯ってわけじゃないが、一緒に食事を取るというのはコミュニケーションの手段としては上等だろう。




