#308 【ISCX-317 Antlion】
寝坊しました_(:3」∠)_
「なるほど」
提示された金額は凡そ1200万エネル。中型艦の価格としてはまぁまぁ妥当、というか安めの価格であった。
「これは素の状態だよな?」
「そうですね、概ね傭兵の方々が言うところの『素』とか『バニラ』といった状態の価格です」
ということは、ここからカスタマイズで更に金がかかるわけだ。所謂『素』とか『バニラ』の状態の艦というのはシップメーカーが提示している標準装備ということである。普通はここからジェネレーターをより強力なものに置き換えたり、シールドや装甲、武装を換装したり追加したり、生命維持装置や医療ポッド、その他内装などを整えていく形になる。特に高いのは高出力のジェネレーターと装甲の換装なんだよな。
「ただ、ジェネレーターは軍用の高出力品を、キャパシタとグラヴィティ・ジャマーは専用装備ですから、その分はお得かもしれません」
「そうね……特にジェネレーターは流通している高出力品よりも高性能……というか、軍のコルベット用の最新型じゃない?」
「いかにもその通りです。あと、キャプテン・ヒロ様には軍用装備の販売許可が降りていますので、イデアル製の軍用装備であればご提供可能です」
「軍用装備の販売許可が降りてるって? まぁ、あり得なくはないのか」
もしかしたらゴールドスターの受勲時に許可が降りたのかもしれない。いや、もしかしたら軍用戦闘ボットを購入する際にセレナ中佐が手を回したのか? どちらにせよ軍用装備を購入できるのはありがたいな。
基本的に軍用装備というのは市場流通品よりも高性能のものが多い。同じくらいの性能であれば概ね信頼性も高い。ただ、古い装備をずっと使っていたりすることもあるし、たまに大外れがあったりするのでその辺は注意しなくてはならなかったりする。
やったー軍用品だー! と飛びついてみたら、うん十年とか下手すると一世紀オーダーの旧型品だったりすることがたまにあるからな。まぁ古いものは信頼性が高かったりする名機というか名器だったりすることもあるんだが。
「正真正銘帝国航宙軍の正式軍用装備をご用意できますよ。装甲も、武装も選り取り見取りです」
「まぁそこはパイプが太いやろなぁ」
「イデアルだもんね」
整備士姉妹がさもありなんという表情で苦笑いを浮かべる。イデアル・スターウェイ社は帝国航宙軍に多くの船を卸している帝国随一のシップメーカーだ。当然ながら、装甲や武装、その他諸々の艤装を製造しているメーカーとのパイプも太い。太い上に直通みたいなもんである。
「それじゃあ予算の範囲内で盛り盛りでいくかね」
「良いけど、元が取れるかわからないわよ?」
「良い装備にしておけば生存率が上がる。それだけで丸儲けだろ」
「そうかしら……? そうかもね」
安い機体を使ってポンポン壊して修理費用を嵩ませるくらいなら高性能な機体を組んで傷一つつけずに戦い続けられる方がトータルコストは安くなったりするし、何より変なところでケチってエルマが乗った船が撃沈されるのは絶対に駄目だ。ベストを尽くしてなお撃沈されることは無いとは言えないが、ベストを尽くさずに撃沈されてエルマを失うようなことになったら俺は一生後悔するだろうからな。
「そう言えば船の名前は?」
「開発コードは【ISCX-317 Antlion】です」
「アントリオン……アリジゴクか。なるほど」
「おや、ご存知で?」
納得した俺を見てオータム氏が意外そうな顔をする。そりゃアリジゴクくらい知って……って、そうだな。普通コロニーで生まれてコロニーで育ったコロニストは昆虫のことなんて知らないし、惑星生まれだとしてもテラフォーミングされた惑星なんかは基本的に生物相が貧弱だったりするからアリジゴクのことを知らない人も多いだろう。そもそも、アリジゴクがこの世界というか宇宙でどれくらい知られているのかもわからんが、彼の反応を見る限り知っている方が珍しいような知識なんだろう。
「地面にすり鉢状の穴というか罠を作って小さな虫を捕食する虫でな。まぁ見た目はあんまり良くないんだが、羽化するとなかなか優美な姿になって飛翔するんだ」
しかし俺の記憶では確かアリジゴク――ウスバカゲロウはあまり飛ぶのが得意ではなかったはずだが、こいつは大丈夫なんだろうな?
「本当によくご存知で。生物学に興味がお有りで?」
「たまたま知ってただけだ。で、アントリオンね。名前の響きは悪くないんじゃないか?」
「そうね。シップネームもそのままアントリオンで良いわね。装甲とスラスターは軍用規格の最上位品にするとして、武装はどうしようかしらね」
「無難にシーカーミサイルポッド二門、クラスⅡのレーザー砲二門と、メインもクラスⅢのレーザー砲で良くないか?」
「本当に無難ね」
強力な軍用規格のクラスⅢ、クラスⅡレーザーに瞬間火力とマルチロック攻撃による面制圧もできるシーカーミサイルポッドという組み合わせは無難で隙がない。
「無理して奇をてらった武装を選択する必要はないと思うけどな」
「シャードキャノンと対艦反応魚雷を装備しているヒロが言うと説得力があるわね?」
「機体に合わせた最適な装備を模索した結果だ」
エルマの皮肉に肩を竦めて答える。ごく短射程だが高威力のシャードキャノン――散弾砲と、弾速が極めて遅く当てるのが困難な対艦反応魚雷をクリシュナに積んでいるのは機体の特性に合わせたからだ。別に散弾砲を中口径レーザー砲に換装することもできるし、魚雷発射管をシーカーミサイルポッドにすることもできるわけだが、そうすると大型艦やそれ以上の特大艦に対す打撃力が激減してしまうんだよな。小型や中型相手には基本敵に四門の重レーザー砲だけで十分以上に渡り合えるし。
「まぁ、最初は無難な構成で戦って後からカスタマイズしても良いわね。そもそも、機体の設計思想的に高速戦闘を想定しているわけじゃなさそうだし」
「どちらかと言うと支援艦だものな。前に出てブンブン戦うような機体じゃないし、あまり攻撃に偏重する必要はないんじゃないか?」
「うーん、でも折角大容量のキャパシタがあるんだし、クラスⅢのスロットは普通のレーザー砲じゃなくてもっと高出力の武器を装備するのが良いんじゃないかしら。遠距離から中型艦を仕留められる武装があると総合力が上がるわよね?」
「確かにそれはそうだな」
エルマの言うことにも一理ある。クリシュナの装備で中型艦を速やかに仕留めるには接近して散弾砲か対艦反応魚雷を撃ち込む他なく、対艦反応魚雷なんて使った日にはオーバーキルもいいところである。ブラックロータスの火力なら中型艦も楽に仕留められるが、そもそもブラックロータスの射程に中型艦が入ってくれるかは運次第だし、艦首EMLなんぞを撃ち込んだ日にはやはりオーバーキルに過ぎる。そうなると確かに適正な距離でから中型艦を仕留められるような火力があると大変に助かるな。
「対小型艦への自衛に関してはシーカーミサイルと軍用のクラスⅡ高出力レーザー砲が二門もあれば十分でしょ。私が思いつくのはプラズマキャノンだけど、ヒロはどう思う?」
「プラズマキャノンは悪くないと思うが、当たるか?」
プラズマキャノンは威力は申し分ないが、弾速が遅くて当たりにくい。動きの鈍い大型艦ならともかく、そこそこに動ける中型艦相手だとなかなかに当てるのは難しい。小型艦相手だと乱戦か超近接戦で不意でも打たないとまず当たらない。
「練習が要るでしょうね。逆に小型艦相手に特化するならレーザービームエミッターでも良いけど」
「あれは確かに射程も長いし避けるのも難しいが、エネルギー管理と熱管理が面倒だろう……」
「私は嫌いじゃないけどね。スワンでも使ってたし」
レーザービームエミッターというのは通称ゲロビとか呼ばれるタイプのレーザー砲である。一般的にレーザー砲と呼ばれているのは所謂パルスレーザー砲で、強力な光線をごく短時間照射し、対象の表面要素を一瞬で蒸発、爆発させてダメージを与える――といった感じの理屈の兵器である。少なくとも俺はそう理解している。整備士姉妹かメイに聞いたらまた別の答えが出てくるかもしれないが。
対するレーザービームエミッターによる攻撃はパルスレーザーに比べると出力の低いレーザーを対象に照射し続けることによって灼き、溶かし、場合によっては溶断するような効果を持つ。
単純な威力的には普通のレーザー砲の方が遥かに高いのだが、このレーザービームエミッターの厄介なところはシールドではその攻撃を完全に防げないという点だ。どういう理屈かは知らないが、SOLでは攻撃出力の30%ほどがシールドを貫通して直接装甲と船体にダメージを与えてくる。
これがなかなかに厄介かつ便利な特性で、足は速いが装甲が薄く、船体が脆い機体にぶっ刺さるのだ。回避困難な文字通り光速のゲロビで速度特化の機体が遠距離から灼かれて爆発四散……なんて光景が割とあちこちで見られたりする。ついでに言えば、シールド性能が低い上に装甲も船体耐久力もペラッペラな宙賊艦にもこれがまぁぶっ刺さる。他にはシーカーミサイルや魚雷などの比較的低速な飛翔体――宇宙空間で飛翔体というのもなんだか変な気がするが――の迎撃にも向く。
逆に対熱、対レーザー防御がしっかりしている防御の堅い船には弱い。泣けるほどに弱い。なんだァ? その豆鉄砲は? と言われて逆襲されるのがオチである。うちで言えばブラックロータス相手にはほぼ効かないと言っても過言ではない。
「大物対策には対艦反応魚雷とブラックロータスのEMLがあるし、アリっちゃありか……?」
「遠距離から中型艦を焼けるのは良いと思うのよ。小型艦もこんがり焼けるし。宙賊の船って生命維持装置とか消火装置とか貧弱だから、ちょっと炙ってやればすぐ行動不能になるのよね」
「そういうことでしたら、戦艦の迎撃兵装にも使われている高出力レーザービームエミッターなどはいかがでしょうか。標準ハードポイントにも対応しているので、アントリオンにも装備可能ですよ」
オータム氏がここぞとばかりに売り込みをかけてくる。スペックは良さそうだし、運用してみるのもアリか。そう考えながら、俺は装甲やスラスターなども含めた値段交渉を始めるのであった。
 




