#303 舌を噛みそうな名前
マニアワナカッタ……_(:3」∠)_
「わぁ、すごいですね。あっちにもこっちにも大型コロニーがありますよ!」
「造船所を併設しているコロニーばかりだから見ごたえがあるな。というか交通量が多くて笑えるわ」
「帝都も星系内の交通量が多い星系だけど、ウィンダス星系はそれ以上よね。この感じ、懐かしいわ」
休憩スペースの大型ホロディスプレイに表示されている各種星系情報やブラックロータスが受信しているセンサー情報を見ながら、エルマが呟く。
「懐かしいってことは昔来たことがあるのか」
「傭兵になりたての頃はウィンダス星系を根城にしてたからね。兄様の調査の手が伸びてくるまでだけど」
そう言ってエルマは軽く肩を竦めてみせた。なるほど、ここはゲートウェイを使わなくても無理なく帝都から来られるくらいには近い星系だし、これだけの数のコロニーがあって交通量も豊富――つまり人の出入りが激しい星系なら紛れることも難しくない。名前を変え、船も乗り換えて性を名乗らずに傭兵として活動すれば、そう易々と捕まることは無さそうだ。
「駆け出しの割には冴えてるじゃないか」
「頼もしいバイブルがあったからね」
「ああ、ミミのお婆ちゃんの」
「お祖母様のアレですか」
ミミのお祖母様は現皇帝の妹に当たるお方で、なんと齢十五歳で成人した直後に密かに用意していた小型戦闘艦に飛び乗って帝室から出奔。身分を隠して帝室からの追手を躱し、傭兵として大活躍したという女傑である。そんな彼女の活躍は小説を始めとして様々な作品として余に出回っており、今肩を竦めてみせた子爵令嬢のお姫様を始めとしたお転婆姫のバイブル的な存在になっているのだという。
「大概は夢見るだけで、私みたいに実行に移すのはほんの一握りだけどね」
「エルマは数少ない実行例かつ成功例ってことか」
「そういうこと。今でも年に一人か二人は帝都から飛び出す令嬢がいるそうよ。大体は実家に連れ戻されるか、より悪い結末を迎えるそうだけど」
「より悪い結末……」
エルマの物言いに嫌な想像をしてしまったのか、ミミが物凄く微妙そうな顔をする。まぁ、右も左もわからない貴族の令嬢が悪いやつに騙されて悲惨な目に遭ったり、船を宙賊に撃破とか拿捕とかされて捕まったりしたら悲惨な目に遭うというのが生温い程の扱いを受けてもおかしくはないからな。
もっとも、それが実家に知られたら騙した悪いやつや宙賊は貴族の財力と権力をフル活用した反撃でそれより酷い目に遭うのだろうけども。くわばらくわばら。
「あぁー……つっかれたぁー」
雑談しながらメイの操艦を眺めていると、しょぼくれた顔をしたティーナがウィスカを伴って休憩スペースに現れた。ここ数日部屋に缶詰になってレポートを書いていたはずだが、どうやらやっと執筆作業が終わったらしい。ヨロヨロと歩いてきたティーナが俺の膝に倒れ込んでくる。
「やっとこさおわったー。兄さんほめてー」
「はいはいよく頑張ったよく頑張った」
ティーナの頭を撫でてやる。うん? 風呂から上がったばかりなのかサラサラだな。よもやこいつ、よろよろしてたけどわざわざ身嗜みを整えてから来たのか?
「もう、お姉ちゃんったら」
「ウィスカも偉い偉い」
「あはは、ありがとうございます」
遅れて現れたウィスカも招き寄せてその頭をなでなでしてやる。二人とも多分風呂上がりだな。まぁわざわざ指摘したりはしないけれども。
「それでどこに向かってるん?」
「あれ、言ってなかったっけ。まずはスペース・ドウェルグ社の支社があるところが良かろうということでウィンダステルティウスコロニーに向かってるぞ。ところでウィンダステルティウスコロニーって舌噛みそうな名前だよな」
「せやな」
ティーナが真顔で頷く。三回連続で名前を言ったらどこかで噛みそうだよな、ウィンダステルティウスコロニー。まぁ、とにかくウィンダス星系の第三コロニーだな。第一コロニーであるプライムコロニーは帝国軍の泊地となっていて、実質的に軍用コロニーと考えて差し支えない。第二コロニーであるセカンダスコロニーはウィンダス星系各方面に存在する小惑星帯から採掘された鉱石や、他の星系から集められる物資の集積と配分を行なっているコロニーで、第三コロニーであるテルティウスコロニーが民間のシップメーカー他様々な企業の支社などが存在する交易コロニーだ。
その他にも民間シップメーカーのシップヤードがある第四のクウォータスコロニー、第五のクウィンタスコロニーと沢山あるが、まぁとりあえずはテルティウスコロニーで全て用事は済む筈だ。実際に船を注文するとしても、テルティウスコロニーから以降のナンバーのコロニーに発注をかけることができるわけだからな。同じ星系内なら通信なんていくらでもできるわけだし。
「ということは着き次第出社ですね」
そう言ってウィスカが何やら考え込んでいる。今回は赤い旗宙賊団から奪った遠方の国の小型高速戦闘艦をスペース・ドウェルグ社に売りつけるつもりだからな。ティーナとウィスカにはその橋渡しをしてもらうことになる。
「買い叩かれないように俺達もついていくからな。二人を信用してないわけじゃないが、向こうも身内相手だと遠慮しないだろうし」
「それはそうですね。ドワーフの商人は強かですから気をつけないと」
うちの交易担当も兼ねているミミがうんうんと俺の言葉に同意するように頷く。実は今回もリーフィル星系を出る際にウィルローズ家とローゼ氏族の口利きでリーフィル星系の特産品――主に新鮮なフルーツや野菜、それに肉や天然素材の衣類、精霊銀などをそれなりの量仕入れてきている。どれも宇宙では贅沢品で、交易コロニーで高く売れる品だ。
「リーフィル星系のお土産を買い叩かれないようにな」
「本当に気をつけます」
流石にブラックロータスに積める量の貿易品だけで船を一隻買うほど設けるのはかなり根気のいる作業だが、滞在費を稼ぐくらいはわけもないくらいの稼ぎが見込めるからな。ミミにはこの調子で是非頑張って欲しい。
☆★☆
ブラックロータスは順調にウィンダステルティウスコロニーへと到着し、多少の待ち時間を経て無事入港することができた。
「メイ、お疲れ様」
「ありがとうございます、ご主人様」
メイは今日もメイドとして完璧な立ち居振る舞いである。既にアポは取ってあるので、この後は船を降りてすぐにスペース・ドウェルグ社に向かう予定だ。全員でな。
何故ならとっととあの船をスペース・ドウェルグ社に売り払ってしまわないと、エルマ用の新しい船を入れるスペースが確保できないからな。優先順位はあの船の引き渡し、そしてエルマの船の調達、それから俺の新しいパワーアーマーの調達だ。最悪、ここで手に入らないようならパワーアーマーは別の星系に探しに行っても良いしな。
「疲れてないか? ってメイに聞くのも変な話か」
「はい。ですが、ありがとうございます。そのように気を遣って頂けるだけで私は幸せ者です」
「そうかなぁ……もうちょっと色々要望してくれたほうが俺としては嬉しいんだが」
「検討させていただきます」
そう言ってメイが僅かに微笑みを浮かべる。
「あー……行くのめんどいなぁ」
「そうもいかないでしょ。ほら、しゃんとして」
「やーん」
よほど出社するのが嫌なのか、全身でだるさを主張しているティーナがウィスカに背中や尻を叩かれている。普段の整備なんかは文句一つ言わずに楽しそうにやってるのに、会社に行くのは途轍もなく嫌いなんだな、ティーナは。
「まずはスペース・ドウェルグ社に行って、それからは?」
「そのままスペース・ドウェルグ社で船を見繕うんですか?」
「いや、スペース・ドウェルグ社は小型の高速戦闘艦はちょっとな……」
前にブラド星系でスペース・ドウェルグ社の小型高速戦闘艦の試作品に乗ったが、試作品とは言えあの出来ではちょっとなぁ。スペース・ドウェルグ社の航宙艦は基本的に同クラスの船の中では積載量と装甲に優れる代わりに機動性に劣るって傾向だから、正直小型の高速戦闘艦を選ぶなら他社製品の方が良いんだよな。そもそも小型艦の中に高速艦と言えるような船が無いし。
「しれっとうちの会社がディスられてるよ、お姉ちゃん」
「しゃあないわ。そっちの分野はあんま得意じゃないのは事実やし」
「整備性の問題もあるから、選ぶときには二人にも意見を貰うからな」
「こっそりな」
「一応会社に知られると処罰までは行かなくても注意されちゃうから……」
二人が苦笑いを浮かべる。それはまぁ、そういうこともあるだろうな。知られたら自社製品進めんかいワレェ! ってなるのは確かにそうだろうし。
まぁ、何はともあれさっさとスペース・ドウェルグ社に向かうとしますかね。




