#028 大乱戦
準備を終えた俺達はコックピットに入り、それぞれの席に着いていた。俺は操縦席、ミミはオペレーター席、エルマはサブパイロット席。それぞれ例の宙に浮くジュースボトルにドリンクを入れて持ち込み済みである。
「決死の単艦突撃前だっていうのに緊張感無いわねー」
「必要以上に緊張しても仕方ないだろ」
「ヒロ様に任せておけば安心です」
「ミミはブレないわね」
「勿論です。私はヒロ様を信じていますから」
「期待が重いなぁ。まぁ、ご期待にはお応えしましょうかね」
そう言って苦笑しながら中空に浮かぶ器から伸びたストローに手を伸ばす。
「はい! あ、ヒロ様、通信が入ってきています。帝国軍の重巡洋艦『グロリアス』からです。繋ぎますか?」
「帝国軍から? 繋いでくれ」
なんだよ、せっかくあの炭酸抜きコーラを飲もうと思ったのに……と思っていたら通信回線が開いてコックピットのディスプレイ上にセレナ大尉の顔が映った。何かを言おうとしたセレナ大尉の視線が中に浮かぶグラビディスフィア――宙に浮くジュースボトルに向き、彼女がきょとんとした顔をする。
『これから決死の単独行だというのに余裕がありますね』
「そりゃあ生き残る自信があるので」
超光速ドライブでギリギリまで突っ込んで、一発ぶち込んで離脱する。簡単なお仕事だ。炭酸抜きコーラを満喫できるくらいの余裕は十分にある。
『そうですか……間もなく作戦開始時間ですから少し心配していたのですが、その様子だと大丈夫そうですね。口だけではないことを期待していますよ』
「勿論です。プロですから」
俺の返答にセレナ大尉は再度きょとんとした表情を見せた後、クスリと笑みを浮かべて通信を切った。
「あのお姫様、暇なのかしら? たかがいち傭兵を心配して通信を寄越すなんて」
「何が狙いなんでしょうね?」
「わからん。まぁ別に気にすることはないだろ。ミミ、通信回線全カット。通信封鎖」
「はい、通信を封鎖します」
「エルマ、機関最大。超光速ドライブに入るぞ」
「アイアイサー、機関最大」
「超光速ドライブ、チャージ開始」
「チャージ開始……超光速ドライブ開始まで5、4、3、2、1……超光速ドライブ開始」
ドォン、と爆発音のような音を立ててクリシュナが超光速ドライブを開始する。コックピットの外に見える遥か彼方の恒星の光が置き去りになり、流れ星のように線を引き始める。
「レーダーに注目。連邦艦のワープアウトを見逃すな」
「「了解」」
連邦艦がワープアウトしてくるであろう大体の位置はわかっている。恒星間を移動するハイパードライブというのはハイパーレーンと呼ばれる恒星と恒星との間を繋ぐ高速道路のような空間を利用して恒星間を移動する技術だ。
ハイパーレーンへの出入り口は広いため、ワープアウト地点にある程度の『揺らぎ』は発生するが、大体の位置というのは決まっている。だから、どの星系から敵が来るのかわかってさえいればある程度の出現ポイントは絞れるのである。
超光速ドライブ状態でワープアウト地点周辺をぐるぐると回り、連邦艦隊のワープアウトを待ち構えること十数分。
「レーダーに感あり、ワープアウト反応多数」
「よーし、減速開始」
すぐさま艦首を連邦艦隊のワープアウト地点に向け、連邦艦のワープアウト反応に紛れて超光速ドライブ状態を解除する。
「緊急冷却、ジェネレーター出力カット」
「緊急冷却開始、出力カット」
超光速ドライブの停止と同時にクリシュナのジェネレーター出力を最低レベルまでカットし、緊急冷却装置を作動させてサーマルステルスモードに移行する。
「よーし、忍び寄るぞー」
「それにしてもよく考えつくわね、こんな姑息な手……」
「生き残るために想像力を働かせて知恵を絞るのは当然のことだろ。それができないと死ぬ」
「さすがはヒロ様です」
フライトアシストモードをオフにし、慣性だけで連邦艦隊へと近寄っていく。こうして徐々に近づいている間にも続々と連邦艦がワープアウトしてきていた。
「流石に壮観だな。かっこいい」
「確かに。軍艦がこれだけ整然と並んでいると格好いいわね」
「そうですね。勇壮な感じがします」
戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦、コルベットの五艦種が整然と並んでいる様は実に格好いい。だが、ただボーッとそれを眺めているわけにもいかない。
「旗艦はあれだな」
艦隊中央に鎮座する戦艦に目を向ける。あの戦艦から艦隊全体に通信も行われているようだし、間違いないだろう。
「本当にあそこに突っ込むの?」
「おうさ」
顔色の悪いエルマに頷いてみせる。ここまで来て尻尾巻いて逃げるわけにはいかんでしょうよ。
「ワープアウト反応はなくなりました。連邦艦隊、移動を開始」
「よし、そろそろだな。間合いも良い感じだ。緊急冷却装置再起動、ジェネレーター出力最大」
「ああ、もう……緊急冷却装置再起動、ジェネレーター出力最大!」
「吶喊!」
緊急冷却装置の過剰動作によってピキピキと船体表面が凍りつく音が聞こえる中、俺はスラスター出力を最大にして連邦艦隊への吶喊を開始した。目標は艦隊のど真ん中にいる戦艦である。恐らく、あれが旗艦だろう。確認したわけじゃないから違うかもしれないけど。
『……? なんだ? レーダーに……ッ!? バンディット急速接近! 直上です! 近い!』
『何だと!? レーダー観測手は何をしていた!?』
『機体温度が異常に低い! こいつ、過冷却でデブリに化けてやがった!』
「はっはっは、慌ててる慌ててる」
連邦艦の砲塔が動き始めるが、こちらはその時には既に艦隊の中心部だ。フレンドリーファイアの可能性があるこの状況では気軽には撃てまい。多数の連邦艦の間を擦り抜けながら機体下部のウェポンベイを開放する。
「はっはぁ! こいつを喰らいな!」
二発の対艦反応魚雷を艦隊中央の戦艦に発射し、その脇を通り抜ける。直後、目標となっていた戦艦のど真ん中辺りで大爆発が起こった。巨大な船体が中程で千切れ、真っ二つになる。
『戦艦タイガーアイ爆沈! あの機体、対艦反応魚雷を装備しているぞ!』
『クソッ! 傭兵か!? フレンドリーファイアしても構わん、マルチキャノンタレットで撃墜しろ! レーザー砲と実体弾キャノン、シーカーミサイルは使うな!』
「イヤッフー! ジャイアントキリングだぜぇ!」
「ちょ、ちょっと! イヤッフーじゃないわよ! 早く逃げないと!」
「そりゃそうだ!」
多方向からロックオン警告が発せられる。旗艦が沈んで大混乱に陥っても目の前の敵を排除しようという意志はそう簡単には失われないものらしい。単に指揮権の引き継ぎがうまくいっているだけかもしれないが。
「ちょっと!? 結晶生命体は!?」
「出てくるまで三十秒くらいかかるな!」
「はぁ!? 三十秒!? どうすんのよ!?」
「当然逃げ回る! なに、艦隊の中で飛び回る分には強力な武装は使えないから大丈夫だ!」
「大丈夫なわけ無いでしょ! ばかー!」
エルマの叫びと共に四方八方から近接防衛用のマルチキャノンによる一斉射撃が始まった。無数の弾丸が凄まじい速度でクリシュナに殺到し始める。
「チャフと緊急冷却装置!」
「作動させたわ!」
「ミミは無線封鎖解除! データを帝国軍に送ってくれ!」
「はいっ!」
ありったけの欺瞞装置を作動させて集中砲火を紙一重で避けていく。勿論無数にばら撒かれる弾の全てを回避することはできないが、そういった弾丸はクリシュナの強力なシールドが防いでくれる。
シールドというものは元々対スペースデブリ用の技術なだけあって、実体弾の武器には高い防御力を誇る。多少の被弾ではびくともしない。
「シールド、減衰してきてるわ!」
「適宜シールドセルを使用しろ! 出し惜しみは無しだ!」
「了解!」
『小型艦のくせにシールドが堅い……!』
『砲の可動範囲を読まれてるぞ! お互いに死角をカバーしろ!』
『張り付かれて……何っ!?』
エルマの返事を聞きながら今まで盾にしていた重巡洋艦の船底に向かって散弾砲を連射する。発射された無数の弾丸はフレンドリーファイアで減衰していた重巡洋艦のシールドを飽和させ、船底を穴だらけにしてその内部構造物を蹂躙した。
「二つ! お、来たぞ!」
重巡洋艦を無力化し、次の獲物に移ろうとしたところで遂にそれは起こった。
頭の芯に響くような甲高い音が鳴り響き、空間に無数の裂け目が現れる。
「お出ましだ! 逃げるぞ!」
「うわわ、いっぱい出てきましたよ!?」
「ああもう! しっちゃかめっちゃかね!」
空間の裂け目から現れたそれは全体が水晶のような結晶質で構成された弾丸、或いは牙のような形の物体だった。先端は鋭く尖っており、いかにも刺さりそうな形をしている。それもその筈で、奴らの得意攻撃はその鋭い先端を存分に利用した衝角突撃なのだ。
勿論、それだけでなく身体の一部を弾丸のように高速で撃ち出す攻撃や、個体によっては謎のエネルギー光弾を撃ってくるものまでいるのだが。
『ワープアウト反応多数! これは……結晶生命体だと!?』
『なんでこんな場所に!?』
『来るぞ!? うわぁぁぁぁっ!?』
『迎撃だ! 迎撃しろ! 使える武器は全部使え!』
『馬鹿野郎! こっちは味方――ぎゃぁぁぁっ!』
『ひいぃぃっ!? あ、足がっ!? 侵食され……いやだぁぁぁぁぁっ!?』
阿鼻叫喚である。これでは組織的な行動はおろか、俺を追撃することもできまい。
「これは酷い」
「やったあんたが言うな」
エルマが呆れたような声でそう言って溜息を吐いた。ミミは通信で流れてくる連邦兵達の断末魔の声にショックを受けたのか、顔面蒼白になって震えている。
「ミミ、辛いならあまり聞かないほうが良いぞ」
「だ、だいじょうぶです」
全然大丈夫そうに見えないが、本人がそう言うならこれ以上は止めまい。いざとなればレーダーの観測や通信手はエルマもできるしな。
「よーし、稼ぎ時だな」
「……は?」
「見ろ、連邦艦隊は大混乱だ」
「そ、そうです、ね?」
「つまり、今こそ大量撃破のチャンス」
「冗談でしょう?」
「俺は本気だ」
そう言って俺は船をUターンさせ、連邦艦隊と結晶生命体の群れが大乱戦を行なっている戦闘区域へと船を向かわせる。
「イクゾー!」
脳内で『デッデッデデデデ! カーン!』とお約束のBGMが流れる。
「ぎゃー!? やだー! 死ぬ! 死ぬわよ! バカ! あんた馬鹿じゃないの!?」
「エルマ」
「何よっ!?」
「昔、赤い人がこう言いました。『当たらなければどうということはない』と」
「絶対そいつも銀河級のバカよ!?」
なぁに、某赤い彗星さんの乗っていた機体に比べればクリシュナにはシールドもあるし楽勝楽勝。あの人は攻撃が当たったらワンパンな機体でひょいひょい攻撃避けて戦艦落としてたし。アレに比べればイージーモードだよ。
突撃してくる結晶生命体を避けながら残り二発の対艦反応魚雷を別々の戦艦に一発ずつお見舞いしていく。結晶生命体への対応で手一杯だから俺に対する攻撃が薄いこと薄いこと。楽勝ですわ。
「掠ってる! 掠ってるわよ!? あぁあ! 右舷から結晶生命体! 左舷前方から大口径レーザー!」
「ほいほいっと」
「ヒロ様、冷静ですね」
「戦場ではああやってテンパった奴から死んでいくぞ。ミミも冷静さを保てるように頑張ろうな」
「はい」
「聞こえてるわよ!?」
行く手を阻む結晶生命体だけを撃破し、連邦軍の大型艦を狙っていく。
結晶生命体そのものは実はそんなに強くはない。シールドがあるわけではないし、結晶の身体はさして硬いわけではないので散弾砲で簡単に砕き飛ばせる。レーザーはちょっと効きにくいけど。
結晶生命体の衝角突撃でシールドが飽和した船に重レーザー砲と散弾砲をバシバシ撃ち込んでいくだけでバンバン連邦艦が爆発四散していく。隊形を組んで強固に抵抗している奴らには大量の結晶生命体をトレインしていって擦り付けてやる。
『あのファッキン腕付き野郎め!』
『野郎ォぶっ殺してやる!』
『腕付きの悪魔め!』
連邦軍の皆さんからのヘイトが凄いことになっているが……残念ながらこれ、戦争なのよね。
怨嗟の声を上げる連邦軍の艦艇を次々に撃破していく。やったぜ父ちゃん、明日はビフテキだな。
『て、帝国軍が動き始めました!』
『クソッ!? タイミングが良すぎる! この水晶野郎どもも腕付きのクソ野郎も奴らの差金か!』
どうやら連邦軍が帝国軍の動きを察知したらしい。ボーナスタイムは終わりだな。
「ここまでだな。戦域を離脱するぞ」
「やっと!?」
「ああ、味方の砲撃に巻き込まれちゃ敵わんし」
帝国軍はアウトレンジから最大火力を投入してくるだろう。結晶生命体ごと連邦軍を撃滅するために。流石にその時にこの場にいたら助かる見込みはかなり低い。
「シールドセルの用意をしておけ。チャフとフレア展開」
「展開完了!」
「飛ばすぞ、舌を噛むなよ!」
スラスターの出力を一気に最大まで上げて連邦軍と結晶生命体が乱戦を繰り広げている戦域から緊急離脱を行う。
『傭兵船が逃げるぞ! 撃て撃て!』
『あの野郎を逃がすな!』
「超光速ドライブ、チャージ開始」
「チャージ開始、超光速ドライブ起動まで5、4、3――」
『ターゲット、超光速ドライブチャージ開始しました!』
『くそがあぁぁぁっ! てめぇ覚えてろよぉぉぉぉっ!』
「悪いな、もう忘れたよ。じゃあな!」
「――2、1……超光速ドライブ開始」
ドォン、という爆音と共に戦域を一瞬で離脱する。音どころか光さえも置き去って移動を始めた俺達を追撃する手段は存在しない。超光速ドライブの航跡を追跡してくれば話は別だが、あの状況ではそうは行くまい。




