#282 現実はドラマティックにはなかなかいかない
来てしまったのです……そう、原稿の季節が_(:3」∠)_
その後、二つの星系を掃討したがこちらは空振りだった。宙賊基地はあったが、完全にもぬけの殻で抵抗らしい抵抗も無かったのである。
無論、星系封鎖は行なっていた。どんどん宙賊の反応が早くなるだろうと考えていたセレナ中佐は本隊到着よりもかなり早い段階で該当星系の星系軍だけでなく、帝国航宙軍の手も借りて早々に星系封鎖を行なっていたのだ。しかし、星系封鎖の網にかかることなく宙賊――赤い旗宙賊団の連中は忽然と姿を消していた。もぬけの殻となっていた宙賊基地からも行方に関する有用な情報は見つからなかった。データストレージ関係の機材は念入りにデータ消去後、物理的に破壊されていたのだ。
「なんだか拍子抜けですねー。もっとこう、決戦みたいなのが起こるんじゃないかと思っていたんですけど」
ブラックロータスの食堂でミミがぐんにゃりとテーブルに突っ伏したまま呟く。サブパイロットへのステップアップを前に肩透かしを食らってしまい、感情のやり場がないらしい。
「ないない。まぁ肩透かしだなとは俺も思うけど、妥当な結末ではある」
そう言って俺は若干ぬるくなりつつあったお茶を飲み干した。
そもそも真正面から戦うなんて選択肢は奴らには無いのだ。船や装備の質も搭乗者の練度も違い過ぎる。所詮は碌に武装も積んでいない民間船を襲うことを生業としている連中である。ガッチガチの軍隊相手と戦ったら自分達が負けるなんてことはちゃんとわかっている。
「レッドフラッグ、どこに逃げたんやろなぁ?」
「星系封鎖に引っかからなかったんだよね?」
作業用ジャンプスーツを着たままの整備士姉妹も休憩に来ている。まぁ、休憩中でも整備ボットとドローン達は働いているようで、休憩しながらも二人はチラチラとタブレット端末をチェックしているが。
「深宇宙に逃げたんでしょうね」
「深宇宙ですかー。ということは、超光速ドライブで時間をかけて近くの恒星系まで逃げるんでしょうかね?」
「かもね。或いはほとぼりが冷めるまで潜伏するつもりかも。どっちにしろ暫くは鳴りを潜めることになるんじゃないかしら」
深宇宙――と一言に言ってもなかなかに曖昧な言葉だが、この場合はハイパーレーンの存在しない恒星系外の宇宙空間という意味だ。これまでの研究でハイパーレーン突入口が存在するのは恒星から一定の距離内であるということがわかっており、その範囲から外れた宇宙空間をSOLでは深宇宙と呼んでいた。その慣習はこの世界においても同様である。
「レッドフラッグの壊滅を目指していたセレナ中佐としては不完全燃焼な結果でしょうが、この周辺の恒星系から大規模宙賊団を撤退させたという事実は十分な実績になるでしょう。今まで大規模宙賊団にここまでの損害を与えた前例はありませんから」
俺の座る席の斜め後ろで控えていたメイが静かな声でそう言いながら、空になった俺のカップに新しいお茶を注いでくれる。
「セレナ中佐と帝国航宙軍、そして星系軍の皆さんはこれで無事実績を軍功を得て、俺達は報酬を受け取って依頼完了。みんな幸せになってハッピーエンドってわけだ」
「ハッピーエンドなぁ……アンハッピーなのは宙賊――つまり悪党だけってことか」
そう言いながらティーナがなんとも言えない顔をしている。まぁ、みんなハッピーといった裏で宙賊達は多数の被害者を出して住処も追われているわけだからな。確かにそういう意味では関わった全員がハッピーってわけじゃないだろう。
「気に入らない?」
「なんとも言えんわ。うちかてどっちかっちゅうと悪党側やったわけやしな。悪党は悪党なりに色々と事情も抱えとる。好きで悪党になったわけやない連中もぎょうさん見てきたしな」
「お姉ちゃん……」
「でもまぁ、それとこれとは別やしな。宙賊殺すべし慈悲はない、やったっけ?」
「だな。まぁ世のため人のためになるって考えれば道義的に正しいのはこっちだし。宙賊を問答無用で殺すのが絶対正義かって言うと……うーん、絶対正義な気がしてならないんだよなぁ」
「そこで梯子外すんかい」
「だって宙賊だし……」
「だって宙賊だしねぇ……」
ティーナがずっこけて突っ込んでくるが、俺とエルマからすればこんなもんである。宙賊がどれだけ卑劣で残酷な連中なのかって話をし始めるとキリがないしな。生まれから何から宙賊で、宙賊としての生活しか知らずに宙賊行為を働いていた。彼にはその道しかなかったんだ。とか言われてもな。
『左様か。来世は宙賊以外として生まれてくるが良い』
って言いながらぶっ殺す他ないし。いやその生活しか知らんかったからって無実の民間船襲って、積み荷奪って、拐った乗員乗客を好き勝手に加工して顧客に売り払う生活してちゃアカンでしょ、としか。少なくともグラッカン帝国内でそれは一発デッドオアアライブな重罪なわけだし。
「うん。それはそう。それはそうなんやけどね?」
「それくらい割り切らないと傭兵業なんてやっていけないさ。だからこそ傭兵は宙賊に最大限の警戒を払っているわけだし」
「そうなんですか?」
そう言ってウィスカが首を傾げる。
「そうですよ。だからこそヒロ様やエルマさんですら基本的に独り歩きはしませんし、船を降りてコロニーに足を踏み入れる時にはメイさんを護衛について貰っています。まず最初に傭兵ギルドや軍の詰め所に行くのも、コロニーの治安情報を仕入れるためですし」
「船に乗っている時よりも船を降りた時のほうが危険なのよ、傭兵業ってのは。宙賊に恨みを買ってるからね。油断してると宙賊と繋がってるコロニーギャングとかマフィアに路地裏に連れ込まれてコレよ」
そう言ってエルマが人差し指で自分の首を掻き切るような仕草をしてみせる。
「え、こわ……そう言えば外に出る時は大体兄さんか姐さんかメイが着いてきてくれてたな?」
「同じ船に乗ってる貴方達もターゲットになりかねないからね。そこらへんはかなり気を遣ってるのよ、ヒロは。セキュリティ強化のためにメイを購入したり、戦闘ボットを購入したりね」
「そう言えば、最近は外に出る時には護衛兼荷物持ちって言って戦闘ボットを連れて行くように私達に言っていましたよね」
「……めっちゃ過保護やん?」
姉妹の視線が俺に集中する。過保護ですが何か? だって君達が妙な連中に捕まって酷い目に遭わされたりしたら嫌じゃないか。だから俺はできるだけの手を打ってるよ。当たり前だろう?
「なんや兄さん。うちらになかなか手ぇ出さんかったのにそんなにしてくれとったん?」
「そうだよ」
「お兄さん……」
ティーナはなんだかニヤついた表情を、ウィスカは熱っぽい表情を向けてくる。なんだろうこの、こそばゆい気分は。
「はい、やめ。この話終わり。今後の方針について話し合おうじゃないか」
「露骨に話題を逸したわね」
「逸しましたね」
「アーアーキコエナーイ。とにかく、依頼が完了次第報酬を受け取って一旦リーフィル星系に戻る。んで、こいつを返しに行く」
そう言って俺は座っているスツールに立て掛けてあった御神木の種を持ち上げてみせた。結晶化した両端が抗議するようにピカピカと光るが、知ったことではない。
「エルフの信仰対象を持ち去るわけにもいかないからな。これがどんな状態なのかはわからんが、とりあえずは返す。んでほとぼりが冷めるまでは近づかない」
「それが妥当かもね。ミンファ氏族の族長とかかなりヒロに入れ込んでたし」
「まぁ、その前にローゼ氏族領には顔を出すけどな。折角だからエルマの実家のルーツってのを拝んでいこう」
「それは楽しみですね」
なんだかんだでグラード氏族とミンファ氏族のおもてなしは堪能したが、ローゼ氏族については殆ど接触できなかったからな。案内役のリリウムくらいとしかまともに喋ってないし。
「そしてその後は適当なハイテク星系を見繕って軽量型パワーアーマーとエルマの乗る船を探す。今後の方針について何か他に意見があれば聞くぞ」
「んー、行く場所が決まってないならうちの会社の支社があるとこにして欲しいなぁ」
「そうだね。修理した船を引き渡したり色々手続きををしたりとやることがいっぱいあるし……それで良いんですよね?」
「そういう方向でいい。性能が抜群に良いってんならエルマの乗機にするのもアリなんだが、そこまでじゃ無さそうだしな」
宙賊が使う船としてはなかなかに高性能な船のように思えたが、第一線で戦う傭兵の船としては少々物足りない。それに遠方の見知らぬメーカー製の船だから、グラッカン帝国内でカスタマイズするのも限界があるだろうしな。
「それじゃあミミはティーナ達とも相談して行き先を選定しておいてくれ」
「わかりましたっ!」
「んじゃそういうことで解散。俺らは万が一の緊急発進に備えて待機だ。メイは引き続きブラックロータスの管理と運営を頼む」
「アイアイサー」
「承知致しました」
これでとりあえず宙賊騒ぎには一区切り着くはずだ。そうしたら悠々自適な自由業の再開だな。
というわけで原稿作業のため、暫く更新をお休みします。
来月上旬くらいに再開できたら良いな!_(:3」∠)_
 




