#280 事態がなんだかどんどん大きくなっていく
暑いし肩こりは酷いしで日中やる気が全く出ねぇ_(:3」∠)_
折角の獲物だと勢い込んで狩り始めたのは良いんだが、四隻目を食ったところで敵の動きが変わった。
「こいつら、逃げる気だな?」
「これは逃げられるわね」
残り八隻のうち三隻がこちらに向かい、五隻が戦場から離れる方向へと舵を切っている。この戦場から逃れたところで他の星系への道は閉ざされているが、星系封鎖も永遠に続くものではない。人が滅多に来ない場所に潜伏して星系封鎖が解けるまでやり過ごせば逃げ出す目も十分にあるだろう。
「どうするんですか?」
「残念ながらどうしようもない。向かってくる連中を無視すれば逃げていこうとする連中のうち何隻かを仕留められるかもしれんが、ケツに対艦反応魚雷を突っ込まれたら困るからな」
流石のクリシュナもシールドなしで反応弾頭の爆発に巻き込まれたら無事では済まない。
「それは困りますね」
「これは増援も……間に合わないわね」
ミミとエルマの会話を聞きながら向かってくる三隻の宙賊艦のうち、一隻に狙いを定めて突っ込む――フリをして急速回避。
「わぁっ!?」
「あっっっぶな……!」
正面の一隻を含めて三方向から飛来した対艦魚雷らしき発射体の間をすり抜ける。うん、こいつらなかなかに練度が高いな。連携が上手い。集団戦を前提とした動きに見えるし、こりゃ軍隊式の戦い方か。
「もしかしたらレッドフラッグの実行部隊というか戦闘部隊には帝国軍関係者がいるのかもな」
「えぇっ? それって……」
「退役軍人か脱走兵かもしれないけどな」
ここらへんにセレナ中佐が忘れろといっていた例の件が絡んでくるのかね。まぁどっちでも良い。目の前の敵を叩き落とすのが先決だ。
「あらよっと」
回避機動中に航行アシスト機能を切り、回避方向に滑るように移動しながら機体を捻るように反転。追撃をかけようとしていた宙賊艦に散弾砲を叩き込み、即座に航行アシスト機能をオンにしてアフターバーナーに点火。今まで動いていたのとは真逆の方向に跳ねるように艦を動かす。
「うぅっ!」
「くっ!」
急激にかかるGにミミとエルマが呻くが、相手が連携して対艦魚雷を叩き込もうとしてくるのであれば配慮している余裕はない。散弾砲を叩き込まれた宙賊艦は行動不能になったようだ。コックピットに当たったかな?
瞬く間に一名の仲間を失った残りの二隻に動揺が覗えるが、ここで攻めの手を緩めるような俺ではない。折角至近距離のドッグファイトになっているので、遠慮なく散弾砲を撃ち込んでいく。
この距離で発射される散弾砲の威力は大変にえげつない。シールドを貫通して装甲と船体を容赦なく破壊していく。少し離れるとシールド貫通特性を失い、シールドに簡単に阻まれてしまう残念武器になってしまうんだがな。至近距離以外ではシーカーミサイルの迎撃くらいにしか使えない。まぁシールドがない宇宙怪獣には十分効くけど。
「二つ、三つと。やっぱ残りにゃ逃げられたか」
囮の三隻を撃破したところで五隻の宙賊艦は轟音と共に逃げ去っていた。超光速ドライブを起動したか。航跡を追跡する方法はあるが、それは今俺がすべき事ではない。
「ミミ、超光速ドライブの航跡をマークしておいてくれ。セレナ中佐に後で報告する。彼女が必要と考えれば追手を差し向けるだろう」
「アイアイサー!」
超光速ドライブの航跡は追跡することができる。SOLではその航跡――FTLリークをスキャンすることが出来、スキャンを行うことでその船の航路をかなりの広範囲で追跡することが可能だった。同じ技術はこの世界にも変わらず存在する。
「戦況は?」
「宙賊の航宙戦力はほぼ掃討されたみたいね」
「あの突っ込んできてた連中か。ほぼ艦砲で仕留められただろ?」
「そうみたいですね。あ、レスタリアスから通信です」
「繋いでくれ」
俺がそう言うとミミが頷き、すぐにクリシュナのメインスクリーン上にセレナ中佐の姿が映し出された。すぐ隣にはロビットソン大尉の姿も見える。
『奇襲を迎撃してくれたようですね』
「給料分は働かないとな。一隻だけだが、派手に爆発しないで残ってるのがあるぞ」
『こちらで引き取らせてもらっても?』
「それなりのお代を頂けるのであればご随意に」
そう言って親指と人差し指で輪を作ってみせると、セレナ中佐は苦笑いを浮かべた。
『わかりました。後で戦闘データも提出してもらっても?』
「それは契約の範囲内だから勿論」
作戦行動中の戦闘データ・行動ログに関しては帝国航宙軍に提供するという契約に元からなっているので、それに関しては構わない。
「一応言っておくが、こいつら動きが軍隊っぽかったぞ」
『……そうですか。それでは後ほど回収班を向かわせます』
「了解。目標をマークしておく」
通信が切れる。ふむ、動きが軍隊っぽかったと言ったら若干動揺してたか? やはりレッドフラッグと軍には何か関係があるのかもしれない。
「ヒロ、あまり妙なことに首は突っ込まないほうが良いんじゃない?」
「それはそうなんだがな、見えてると突きたくなる」
あの見覚えのない機体は気になるが、引き渡すのは爆発せずに行動不能になった一隻だけだ。他の五隻に関しては俺達の取り分だから、是非持ち帰ってティーナ達に見せてやるとしよう。
☆★☆
「んー、これは珍しい船やね」
クリシュナが曳航して持ち帰ってきた比較的マシな赤い宙賊艦の残骸を見上げながらティーナがそう言った。珍しいとは言いつつも知ってはいるような雰囲気だな。
「俺も見たことが無いんだが、知ってるのか?」
「これはビルギニア星系連合の方で展開しているシップメーカー製の船ですね。確かルテラカンパニーだったかな」
「ビルギニア星系連合?」
「ベレベレム連邦の同盟国ね。帝国とは国境を接していないし、連邦を挟んで向こう側の宙域を支配している銀河連合国だから、普段あまり接することは無いでしょう」
「連邦の同盟国だから、帝国とは没交渉やしな。全く情報が入ってこないっちゅうわけでもないんやけど」
そう言いながらティーナはタブレット端末を操作し、作業用ボットやドローンに解析を始めさせたようだ。
「残骸、まだあったよな? ちょっと掻き集めてくれへん? もしかしたらパーツを掻き集めて船を復元できるかもしれん」
「へぇ? そうする価値があるのか?」
「何せ製造元が遠い場所で国交も殆どないからなかなかモノが入ってけぇへんのよ。復元できるくらいにデータを集めればこれはちょっとした功績になるかもしれん」
「なるほど?」
「もしかしたら復元した機体をスペース・ドウェルグ社が高く買ってくれるかも……」
「そりゃ良いな。やってみるか」
著作権――じゃなくて特許権とかどうなってんだ? とか気になる部分はあるが、まぁそこはスペース・ドウェルグ社ほどの企業であれば何か抜け道なりなんなりあるのだろう。
「しかし、きな臭いわねぇ……」
「ですね……軍が関わってる可能性に、敵国の同盟国から入ってきたと思われる戦闘艦ですか……戦闘艦ですよね?」
「せやね、ちょっと型番とかは忘れたけどれっきとした戦闘艦だったはずやで。普通の宙賊が使ってるような民間船を無理矢理改造したようなのとは全くの別モンや」
ミミの確認にティーナが頷いてみせる。その横でウィスカが微妙そうな表情をしていた。
「あの、軍が関係って……帝国のですか?」
「確証は全く無いけどな。聞き流しとけ」
「そうします……胃が痛くなりそうなので。これ、修復して良いんですよね?」
「特別な何かがない限り、撃破した宙賊からの戦利品は傭兵のものだし、その戦利品をどうしようが傭兵の勝手だ。問題があるようなら向こうから何か言ってくるだろうし、気にすることはない」
「本当に大丈夫かなぁ……」
ウィスカは不安げである。まぁ、セレナ中佐としてもスペース・ドウェルグ社に流して闇から闇へと葬ったほうが安心なんじゃないか? スペース・ドウェルグ社がこの機体からリバースエンジニアリングした技術を活かすって話になると、パクり元の機体の存在については大っぴらにはできなくなるだろうし。
戦ってみた感じ、結構バランスの良い小型の高速戦闘艦って感じだったからな。スペース・ドウェルグ社も同じ小型の高速戦闘艦を開発しようとしていたようだし、大いに参考になるんじゃないかね。
「武装とか機能とか全体的なスペックとかわかったら教えてくれよ」
「任しとき」
「任せて下さい」
二人が揃ってそう言いながらビシっと親指を上げる。うん、そういうところ姉妹だよね、君達。
「そういや随分早く引き上げて来たけど、もう戦闘の方は終わりなん?」
「俺達の出番はな。今頃宙賊基地の中はレーザーが飛び交う戦場になっているだろうよ」
「あー、制圧戦かぁ。そんなことせんでも宙賊基地なんてふっ飛ばしてしまえばええのに」
「そうもいかない事情があるんじゃないかね、お上にも」
赤い旗宙賊団――レッドフラッグに帝国航宙軍が関与しており、それが敵国であるベレベレム連邦に繋がっているなどということがあったとすればこれは大問題だ。ツーアウトである。もしかしたらまだ何か出てくるかもしれない。そんなことがあれば大変なことになるだろう。
「ま、兵隊さん達は大変だが、俺達はゆっくりさせてもらおう」
「ゆっくりって言ってもいつでも出られるようにしておく必要はあるけどね」
エルマの小言に肩を竦めて応え、クリシュナへと向かう。なにはともあれ撃破した宙賊艦の残骸を引っ張ってこなきゃな。




