#027 切り札
明日からは隔日更新にするよ! ストックが完全に切れたら余裕がなくなるからね!
ゆるしてね☆_(:3」∠)_(無防備に腹を晒す
ベレベレム連邦軍が動くのは早かった。恐らく、俺が撃破した先行偵察部隊の連絡が途絶えたので、襲撃計画が露見したと考えたのだろう。
俺が回収したブラックボックスやデータキャッシュの中身がどんなものだったのかは知らないので、実際のところどこまでグラッカン帝国軍が敵の計画を把握しているのかはわからないけれども。
おかげさまで小細工をする暇がなかった。やるなら直前のほうが安全だから別に良いっちゃ良いんだけどね。臨検とか突然されたら困るし。
何にせよ敵軍に動きあり、ということで俺達は急遽編成されたグラッカン帝国軍傭兵部隊の一員として星系軍本部で開かれるブリーフィングに召集されたのであった。
今回は通信会議ではなく実際に顔を合わせてブリーフィングをするらしい。諜報対策か何かなのだろうか? 軍人の考えることはよくわからんな。
やたらチラチラとこっちを見てくる帝国兵に案内され、本部内にあるブリーフィングルームの一つに案内される。
元々はもっと大人数でのブリーフィングに利用される部屋なのだろう。かなり広い部屋だ。人数分しか椅子は置かれていないのか、殺風景に感じる。
そんな殺風景な部屋には既に何人かの傭兵らしきむくつけき男達が集っていた。ブリーフィングルームに入ると同時に視線が集中してくる。
「おい、あれ見ろよ」
「女連れ……しかもかわい子ちゃんを二人、だと……!?」
「あいつ、シルバーのエルマだよな? 何であいつのところにいるんだ?」
「この前の宙賊討伐で事故ってただろ。その関係で何かあったんだろうな」
「爆発しろ……爆発四散しろ……」
先にブリーフィングルームに到着していた傭兵達が入ってきた俺達を見てざわめく。おい、最後の呪詛吐いてる奴。洒落にならんからやめろ。
特に席は決まっていないようなので、適当に空いている席に座ることにする。
「ミミは真ん中な」
「あ、はい」
エルマはともかく、ミミは厳つい傭兵に隣に座られでもしたら落ち着かないだろう。エルマも同じことを思ったのか、特に文句をいうことなくミミを挟んで席に着く。
その後も何人かの傭兵が入室してきて、席が埋まった辺りでブリーフィングの開始時間になった。時間丁度にセレナ大尉と数人の軍人が入室してくる。
「傾注!」
下士官らしきガタイの良い軍人の言葉にブリーフィングルーム内の空気が引き締まる。
「では、ターメーン星系防衛戦のブリーフィングを始めます。私はセレナ大尉。今回臨時編成された帝国軍傭兵部隊は私の指揮下に入ってもらうことになります。一時的にですが、私は貴方達の上官となりますのでセレナ大尉、と呼ぶように」
「「「イエス、マム」」」
「よろしい。ではまず現状の説明をします。ゲオルグ」
「はっ」
ゲオルグと呼ばれた下士官が壁のコンソールを操作すると部屋が薄暗くなり、セレナ大尉の背後に巨大なホロ・スクリーンが起動した。ホロ・スクリーンにターメーン星系の星系図が大映しで映し出される。
「現在、ベレベレム連邦軍の艦隊がターメーン星系に移動中です。既にハイパードライブに入っているため正確な構成は不明ですが、独自に入手した情報と超空間センサーの反応から考えて戦艦八隻、重巡洋艦二十四隻、軽巡洋艦三十二隻、駆逐艦六十四隻、コルベット百二十八隻からなる攻撃艦隊であると帝国軍は断定しています」
発表された敵軍戦力の大きさに傭兵達がざわめく。俺もちょっと驚いた。思ったよりも敵戦力が多い。これは紛争という名の小競り合いではなく、本格的な軍事衝突と言っても過言ではなくなりそうだ。
「はっきりと言えば、ターメーン星系に駐屯している星系軍の戦力よりも敵戦力の方が大きいです。幸い、攻撃の発覚が早かったために既に増援要請は完了しており、奴らがワープアウトしてくる明日一日を凌げば他星系からの増援が到着します。よって、我々の作戦目標は明日一日、なんとしてもこの星系を守り抜くこととなります」
増援が来るなら妥当な作戦だろうな。どうやら俺達が届けたブラックボックスとデータキャッシュはお役に立ったらしい。買取価格もかなり弾んでくれたからな、あれ。
「貴方達傭兵部隊の任務は小惑星帯に潜み、そこを通過しようとする連邦軍の艦艇にゲリラ戦を仕掛けることです。主に敵駆逐艦やコルベットを狙ってもらうことになるでしょう。巡洋艦や戦艦を撃破したらボーナスも出しますよ」
セレナ大尉がニッコリと笑う。それに対して傭兵達の大半は苦笑いを浮かべてみせた。それもその筈で、基本的に傭兵の乗る船というのは小型艦から中型艦に分類されるものがほとんどだからだ。
巡洋艦以上の大型艦にはその大きさ相応のジェネレーターが搭載されており、その巨大な出力によって展開されるシールドは当然ながら傭兵達や宙賊達の乗る船とは比べ物にならない強度を誇る。
つまり、宙賊の小型艦や中型艦を相手に戦うことを想定している傭兵艦の火力では、巡洋艦以上の大型艦のシールドを破るための火力が絶対的に足りないのだ。
俺のクリシュナなら可能だけどな。切り札もあるし。
「何か奴らに身の程を思い知らせる秘策などがあれば積極的に採用します。手段は問いません」
ほう、手段は問わないと。なら、こっそり使うつもりだったアレの使用を正式に具申……いや、正直に言うのは流石にマズいな。後から調べてみたらアレは超一級の禁制品ってことになってたし。スキャンを逃れられる特殊なカーゴに入れておいて良かったぜ。
そうなると、うーん……いけるかな? ダメ元でいってみるか。
「発言よろしいですか、セレナ大尉」
「貴方は……はい、発言を許可します」
何故かミミとエルマの姿を見たセレナ大尉の視線が厳しくなったような気がする。何故だろうか? ま、まぁ気にしないでおこう。
「連邦軍にダメージを与える秘策……というか奇策の類がありまして。よろしければ作戦の実行許可を頂きたいのですが」
「奇策ですか。内容を詳しく聞かせていただいても?」
「はい。奇策と言っても作戦は単純なものです。ワープアウト直後の連邦艦隊に俺の船で単艦切り込み、敵の旗艦を潰して一撃離脱するだけですから」
俺の提案にセレナ大尉が表情を凍りつかせ、傭兵達が大きくざわめく。そしてミミは俺に不安げな視線を送り、エルマは驚きのあまりなのか、口をあんぐりと大きく開けて固まっていた。
「正気ですか?」
セレナ大尉が訝しげな視線を向けてくる。その顔には『艦隊に単身突撃など、自殺行為以外の何者でもないですよ?』とはっきり書いてあるように見える。
「ええ、やってみせます。失敗したとしても、間抜けが一人死ぬだけです。帝国軍にとっては痛くも痒くもないでしょう?」
「貴方は先日の宙賊退治で大いに活躍し、その後も『流れ』を安定して狩って回っている優秀な戦力でもあります。無謀な作戦で優秀な戦力を失いたくはないのですが?」
「心配はありません。やりきってみせますよ」
真っ当な手段を使うつもりは一切ないけど、という言葉は心の中に秘めておく。
そんな俺の企みを薄々感じているのか、セレナ大尉が疑いの眼差しを向けてくるが、俺はそれを華麗にスルー。
セレナ大尉は暫く俺を睨んで考え込んでいたが、最終的には溜息を吐いて肩を竦めてみせた。処置なし、とでも言いたげな仕草である。
「……良いでしょう。そこまで言うからにはしっかりと仕事をこなしてくれることを期待させていただきます。成功すれば報奨金は弾みますよ」
「ありがとうございます」
最高の答えを引き出すことができた俺は確かな満足を感じながら席に着く。恐らく、満面の笑みを浮かべていただろう。
そんな俺を見て誰かが「クレイジーだ」と呟くのが聞こえた。クレイジーだなんて失礼な。手持ちの札で最大限の戦果をあげようとしているだけなのに。
☆★☆
「馬鹿! 馬鹿馬鹿! ばーか! あんた頭おかしいんじゃないの!?」
「ミミ、エルマが酷い」
「エルマさん、言い過ぎですよ。めっ、です」
「めっ、じゃないわよ!? 連邦艦隊に単艦突撃とか馬鹿を通り越して大馬鹿よ! アンタの無謀に付き合って心中なんてゴメンなんだからね!?」
ガオー、とエルマが今までにない剣幕で怒鳴り散らし、その声が広々としたカーゴルーム内に響く。
ブリーフィングから戻ってきてからエルマはずっとこの調子だ。まぁ、わからなくもない。何も知らずに二〇〇隻以上の敵艦隊に一隻で突っ込むとか言われたら、俺だって同じような反応をする。
「まぁ、落ち着け。俺だって無策で突撃するつもりはない。俺にはちゃんとしたプランがある」
「言ってみなさいよ」
備品として買っておいた軍用規格のダクトテープをツールボックスから取り出しながら、エルマを宥める。そう睨みつけなくたってちゃんと説明するって。
「やること自体は単純だ。艦隊のワープアウト反応に紛れるようにこっちも超光速ドライブ状態を解除する。ワープアウトの反応と超光速ドライブの解除時の反応はほとんど同じだ。まず気づかれない」
「そうね、そこまでは良いわ。それから?」
「超光速ドライブを解除したら、すぐに緊急冷却システムを作動させてサーマルステルス状態になる。そしてスペースデブリを装って旗艦に接近する」
「怪しまれない? それに、デブリの衝突を嫌って攻撃されたら終わりよ」
「この船のシールド強度と加速力なら最悪そうなっても突っ切れるから問題ない。ある程度接近したら旗艦に切り札の対艦反応魚雷を二発ぶち込む。そうすれば大混乱は必至だ」
「対艦反応魚雷って……そんな物騒なもの積んでるの? この船」
「ああ、積んでるぞ。弾薬費がクッソ高いからあんまり使いたくないんだけどな」
「あの……たいかんはんのうぎょらい、ってなんですか?」
俺とエルマの話についていけなかったミミが首を傾げる。ああ、エルマはともかくミミは知らないよな。
「対艦反応魚雷ってのは強大なシールドを装備している大型艦に致命的な損傷を与えるために開発された武器でな。弾頭部分に強力なシールド飽和装置と爆弾を搭載しているんだ。こいつを二発喰らえばギャラクシー級の戦艦だろうとなんだろうと爆発四散する」
「凄いですね……でも、そんなに強力な武器なら皆使うんじゃ?」
「高いのよ。一発辺り軽く五〇万エネルはするの。よほどの大物相手じゃないと使ったら大赤字だからね。運用している傭兵なんてそうそういないわ」
「いっぱつごじゅうまんえねる」
対艦反応魚雷の値段を聞いたミミの目が点になる。一発五〇万エネルって凄い大金だからな。いや、現実のミサイル一発の値段に比べるとそうでもないか?
「とりあえず、旗艦撃破までの流れはわかったわ。博打要素が大きすぎる気がするけど、傭兵稼業なんて大体がそんなものだしね。あんたがやれるって言うならやれるんでしょう。問題は、その後よ」
「うん、そうだな。旗艦が爆発四散すれば連邦軍の指揮系統は大きく乱れるだろうけど、クリシュナは完全に捕捉される。下手に逃げ出そうとすれば背中から一斉射撃を食らうことになる」
「そうよ。わかってるじゃない」
敵艦隊の中に留まる分には連邦艦隊も同士討ちを恐れて強力な武装は使えないだろうが、艦隊を突破して無防備な背中を晒せば即座に強力な大口径レーザー砲を俺達に向けてくるだろう。そうなればいくらクリシュナといえどもひとたまりもない。
「そこでな、対艦反応魚雷にこいつを仕込む」
俺はそう言うとカーゴの片隅にある隠しカーゴを開いてその中身を取り出した。そう、超一級のご禁制品『歌う水晶』である。透明なガラスのようなカプセルに厳重に封入されたそれは自ら淡い光を発し、封印されているにも関わらず脳髄に響いてくるような奇妙な音を発している。
それはまるで歌のような不思議な旋律を持っており、聴いていると何故か胸中に言いようのない望郷の念がこみ上げてくる。
この水晶を破壊することによって現れる宇宙怪獣――結晶生命体にとってこの物体は一体いかなる意味を持つものなのか? それは誰にもわからない。鋭意研究中らしいけど。
「んっ!? なぁっ!? それっ!?」
「歌う水晶~♪」
「アホかっ!? なんつー危険物を隠し持ってんのよ!? ちょ、落とすんじゃないわよ! 絶対に落とすんじゃないわよ!」
「おっと」
「ひぃっ!?」
床に取り落とすふりをすると、エルマが思いっきり逃げ腰になる。ははは、面白いなぁ。
「綺麗な水晶ですね! それになんだか音が……」
「ダメよミミ! 聴いちゃダメ! それ聴いたら頭がおかしくなって死ぬわよ!」
「ええっ!? そうなんですか!?」
長い耳を両手で塞いで後退るエルマと、エルマの台詞を聞いて同じく耳を塞ぐミミ。なんか可愛いな。
「いや、ちょっとホームシックになるくらいだけど……俺達には劇物かもしれないな」
俺は故郷に帰りたくても帰れない。ミミは帰るべき場所を失った。エルマはまだよくわからないけど、どうにも家を飛び出してきたいいとこのお嬢さんらしいし、里心がつくと困るだろうな。
俺は努めて歌う水晶から微かに響いてくる歌に意識を向けないようにしながらカーゴルームの奥にある弾薬庫へと移動する。
弾薬庫の中は暗く、狭い。その一番奥に目的のものはある。そう、対艦反応魚雷だ。
「ぐるぐるぐーる」
軍用規格のダクトテープで対艦反応魚雷に歌う水晶をくっつける。ぐるぐる巻きだ。
「これでよし」
「これでよし、じゃ! 無いでしょうが!」
弾薬庫から出て額の汗を拭うふりをするとエルマにスパーンと頭を叩かれた。痛い。ミミが叩かれた頭を撫でてくれる。ミミさんマジ大天使。
「エルマさん、暴力はダメですよ」
「ダメですよじゃないわよ! ミミは知らないんでしょうけど、あの水晶は超一級の禁制品なのよ!? もし何かの弾みで壊れたりしたら大量の結晶生命体が押し寄せてくる超危険物なのよ!」
「そうなんですか? ヒロ様」
「だいたいあってる」
「だいたいあってる、じゃないわよ! あんな危険物を保管しているのに私達に一言も無いとかふざけてるの!?」
「OKOK、悪かった。だから落ち着いてくれ。キンキン声で耳が痛くなりそうだ」
顔を真赤にしてプンスカと怒るエルマに両手を挙げて降参の意を示す。
「とりあえず、あれが俺の切り札というか隠し玉だ。連邦艦隊の中枢にあいつを撃ち込んで、結晶生命体どもに艦隊を襲わせる。その混乱の隙を突いて逃げ出すって寸法だ」
「そりゃ大混乱になるでしょうけど……滅茶苦茶過ぎるわ」
確かに無茶苦茶だろう。この世界ではどうだかしらないが、結晶生命体は有機生命体を執拗に殺し、あるいは侵食し同化しようとする正真正銘の怪物であるという設定だった。つまり、兵器として運用するとなると色々と問題があるブツなのだ。ぶっちゃけ生物兵器だからね。
「勝てばよかろうなのだァ!」
だが俺は躊躇わない。見知らぬ兵隊さん達の命がどうなろうと俺達が生き残るのが優先である。
ならおとなしく小惑星帯で遅滞戦術を取ればいいって? 冗談じゃない。相手は巡洋艦以上の大型艦だけでも六〇隻以上の大戦力だ。潜んでいる小惑星帯ごと大口径レーザー砲や大型反応弾頭ミサイルの斉射でぶっ潰されるのがオチである。
「清々しいほどに開き直ってるわね……勝てば良いというのには同意するけど」
「それはそれとして、だ。問題はここからなんだが」
微妙な表情をしているエルマときょとんとした表情のミミに視線を向ける。
「今回の作戦はとても危険だ。下手を踏めば死ぬ。だから、望むなら船を――」
降りても良い、と言おうとした俺の言葉を遮るようにエルマが掌を突き出す。
「降ろすってのはナシよ。そもそも、危険を承知でクルーになることに同意してるんだから。というか、私もミミも半ばあんたに命を拾われたわけだしね」
「船から降りても行くところなんてありませんから。ヒロ様の行くところが私の行くところです」
「私はそこまで割り切れないけどね……でもまぁ、勝算があるみたいだし付き合うわよ。それくらいの覚悟がないと船になんて乗れないっての」
「……そっか。わかった」
要らぬ心配だったようだ。俺は……ちょっと怖いけどな。勝算はあるけど、それは絶対ってわけじゃない。少しのミスで死ぬ可能性もある。何より、俺のミスで二人が死ぬかも知れない。そう思うと怖くて震えそうになる。俺一人が死ぬなら別になんとも思わない……わけじゃないけど、まだ気が楽なんだけどな。
「それはそれとしてよ」
「ん?」
雰囲気の変わったエルマの言葉に思わず首を傾げる。
「危険物とわかっていながらクルーに何も説明せず、こっそりと歌う水晶を隠し持っていたのは同じ船に乗る仲間としてはアンフェアだと思わない?」
「ぐっ……」
ぐうの音も出ない正論である。一応心配をかけまいと考えての行動だったが、多少の悪戯心があったのは確かだ。俺に命を預けているクルーに対して、そういう大きなリスクがあることを伝えないというのは確かに不誠実だったかもしれない。
「……ごめんなさい」
「素直でよろしい。今後はああいうイリーガルな品を積んでいる時はクルーにも伝えること。良いわね?」
「わかりました」
「ふふ……エルマさん、なんだかヒロ様のお姉さんみたいですね」
俺とエルマとのやり取りを見ていたミミがクスクスと笑う。
「当然よ。私のほうが年長者だし、経験も豊富なベテランなんだからね」
「自分の船の性能も把握してないベテラン(笑)」
「あ?」
「すみません許してください」
真顔になってキレるエルマに素直に土下座する。銃の腕はともかく、肉弾戦では勝ち目がないからな。
「それじゃ、行くか」
「はい!」
「ええ、行きましょうか」




