#263 決着と結末
早寝早起きしたら体調はケロッと治りました( ˘ω˘ )(ただの寝不足からくる疲労だったのかも知れない
「一斉にかかれ! リガ・ラウよりも強力な獣と思って対処しろ!」
「こんな獣がいるかよっ!」
エルフの戦士達が声を掛け合っているところに飛び込み、両手の剣を振るう。エルフの戦士達はとにかく俺の攻撃を受けないことを優先し、蛮刀持ちの戦士達が防戦しつつ後ろから短槍持ちの戦士でチクチクと削ることにしたようだ。
「くっ……!」
俺の振るった長剣を肉厚の蛮刀で防御したエルフの戦士が苦しげな吐息を漏らした。
エルフの戦士達が振るう蛮刀は全体的に肉厚で、長さは凡そ彼らの肘から中指の先くらい。頑丈さを優先した剣鉈のようにも見える得物だ。威力が高く、コンパクトで接近戦でも使いやすい逸品なのだろう。つまり、それは防御にも向くというわけだ。
「よっと」
「なっ!?」
攻撃の手を止めて軽々と身を翻す。すると、つい今まで俺の身体があった空間に槍が突き出されていた。必殺の一撃であると確信していたのだろう。力を込めて突き出した槍が空振りし、その槍を繰り出したエルフの戦士の身体が完全に泳いでいる。
「ぐはっ!?」
「がぁっ!?」
当然、容赦なく斬りかかる。短槍を突き出した戦士を庇おうとした別の戦士も合わせて二人同時に叩き伏せ、これでエルフの戦士の残りは五人。俺たちの周りには既に二十人近くのエルフの戦士が倒れている。
「まだやるかい?」
「……我々は戦士だ。戦わずして負けを認めることなどできん」
「そうか。それじゃあとっとと終わらせるぞ」
俺はもう一段階、動きのギアを引き上げた。
☆★☆
『圧倒的! これが御神木の英雄の実力か! 総勢三十名の選りすぐりのエルフの戦士達が全員打ち倒されてしまいました!』
最後の一人が崩れ落ち、実況エルフの声が闘技場内に響き渡る。今回の戦闘時間は――十分足らずといったところか。程よい疲労感が心地良い。
『まるで一方的な展開にも見えましたが、これはどういうことだったのでしょうか?』
『一方的、ですか。確かにそう見えますし、事実そうですね。キャプテン・ヒロの剣は正確で、間違いが一つもありませんでした。それがこの結果です』
『間違いがない、ですか?』
『はい。エルフの戦士達の攻撃が当たらない場所に身体を動かし続け、エルフの戦士達の防御をすり抜ける場所に刃を送り込み続ける。それによって引き起こされた光景が私達の目の前に広がるものです』
『そうして聞くと簡単そうに聞こえますが……』
『とんでもない。ピッタリと、寸分のブレもなく、状況に合わせて身体を動かすことなどそう簡単にできるものではありません。細い綱の上を渡りながら激しく踊るようなものです。それを十分間ものあいだ、一切のミス無くやり遂げる。間違いが一つもないとはそういうことです』
解説の人が若干興奮した様子で実況の人に捲し立てている。
なるほど。間違いが無い、ね。たしかにそれはそうかも知れない。俺は剣の訓練において本能レベルで身体操作の正確性というものをメイに叩き込まれたのだ。そして、俺もまた必死に修練した。それこそ血反吐を吐いて。
血反吐を吐き、血尿を垂れ流しながらそれを避けるために必死に、それはもう必死に頑張ったのだ。
『なるほど、キャプテン・ヒロの卓越した戦いの技はまさに達人の領域に至っているということですね。会場の皆様、御神木の英雄キャプテン・ヒロと勇敢に戦った戦士達に、もう一度惜しみない拍手をお贈りください!』
実況の人の発言に観客達が歓声と拍手を贈ってくれる。それに適当に手を振って応えながら控え室に戻ると、興奮した様子のミミに出迎えられた。
「ヒロ様! お疲れさまです! 凄かったです!」
「おうよ、まぁちょっと面倒だったな」
「いつもの剣を使っていたらもっと楽だったでしょうね」
「姐さん、それやったら闘技場が血の海やろ……」
「炭素鋼や木材でできた剣や槍じゃ防げないからね。手足がポポポポーンって飛ぶね」
「お兄さん、怖いこと言わないでください……」
エルマと俺の発言に整備士姉妹がドン引きしている。攻撃魔法は使っていなかったとか実況の人が言ってたけど、それを言うなら俺だってモノソード(いつもの剣)やレーザーガン、レーザーライフル、パワーアーマーやハチェットガン、レーザーランチャーなどのパワーアーマー専用重火器、各種グレネード、もっと言うならクリシュナやブラックロータス、それにメイも使っていなかったのだからおあいこというものだろう。いや、むしろこちらの方が遥かに手加減していると言える。
「とりあえずこれで義理は果たしたからな」
「はい。本当にご迷惑をお掛けしました」
ホスト役を務めてくれているネクトが頭を下げる。
「あとはネクトのお母さんに文句の一つでも言わせてもらって、何か詫びの品――大したものでなくてもいいから、なんか旨い酒とか綺麗な飾り物でもうちのクルーに贈ってくれればそれで良いさ」
グラード氏族にも同じようなことを言っておいたから、これで二倍だな。きっと被るのは向こうが避けるだろうから、よりバリエーションが増えるわけだ。
「ヒロ様、それだとヒロ様自身には何も無いんじゃないですか?」
「俺は良いんだよ。俺がちょっと迷惑を被って、それで皆が喜べるようなものが手に入ればそれで十分だ。別に俺の欲しい物は手に入らなさそうだしな」
エルフが軽量型パワーアーマー技術に優れているってんなら喜んで最新、最上モデルのフルチューン機をメンテナンスパック込みで仕立ててもらうところだが、そういう技術に関しては今ひとつみたいだしな。艦船技術に関してはそれ以下って感じみたいだし。
「ヒロって欲が薄いわよねー」
「無いわけじゃないぞ。面白ハイテクアイテムとか結構好きだし買ってるだろ。あと物欲はともかく三大欲求は普通にあるし」
「三大欲求……」
「やだ見ないでよスケベ」
「兄さんが言うんかい。てか三大欲求って言って即座に兄さんのそこに目を向けるとかウィーはむっつりさんやなー」
「お姉ちゃんっ!」
ニシシと笑うティーナに顔を真赤にしたウィスカが飛びかかっていく。うん、見た目はほのぼのとしてるけどその子達は100kg超のバーベルを軽く持ち上げる怪力だからね。ネクトは巻き込まれないように離れることをオススメするぞ。
見た目だけは可愛らしい取っ組み合いを眺めながら控え室に設置されている闘技場を映すホロディスプレイを起動すると、どうやら俺がやったエルフの戦士達との戦いは前座というかエキシビションマッチみたいな扱いで、エルフの戦士達による闘技の比べ合いが始まったようだ。こちらが本題で、俺の方がおまけだったのか? まぁ、人を集める以上は何かしらイベントをやろうってことなのかも知れないが、昨日の今日でこれだけ観客を集めたのだろうか? どうもエルフのやることはわけがわからんな。
☆★☆
そしてその夜、俺達はミンファ氏族領にある高級ホテルに招かれて豪華なディナーを頂いていた。どれもこれも本物の肉や野菜、果実などを使った高級品である。
「我々にしてみれば普通の食材なのですけどね」
「宇宙じゃ事情が違うからな。コロニーじゃ広大な農地なんて望むべくもない。畜産となると家畜から排出される各種ガスの処理が馬鹿にならんし」
人間は当然だが、家畜も呼吸はするしげっぷや放屁もする。そうやって排出されるガスは家畜が産まれてから食肉に加工するまでとなると膨大な量になる。当然ながら人間より身体が大きい分、あるいは数が多い分、量も多くなる。限られたスペースとガス処理機能しか持たないコロニーで育てるのは非常に厳しいわけだ。
だからコロニーではそういった負荷の少ない植物性プランクトンや動物性プランクトン、一部の野菜類などを原料としたフードカートリッジが生産され、それを使った自動調理器が重宝されている。
一部の例外は前にアレイン星系で見たような培養肉だな。あれはコロニーの生命維持機能にかける負荷が少なくなるように設計された生物を飼育、解体して動物性タンパク質を高効率で生産できるようにしてある。まぁ、事故もたまに起きるようだけどな。ちなみに、俺たちがよく食べている白い肉は培養肉ではなく合成肉だ。あれは化学的に合成した動物性タンパク質であるらしい。
「そういうわけで、こういった所謂本物の肉や野菜ってのは宇宙じゃ高級品なんだよ。目ン玉が飛び出るくらいな。確か最高級のコーベ・ビーフだと一番安い部位で100g1000エネルからだったか」
「100g1000エネル……それはまた」
と、ネクトと会話をしながら食事を楽しんでいると。
「ネクト、ネクト、お母さんが悪かったから許して」
「はい? ちょっと聞こえませんね」
俺と俺の船のクルー、そしてネクトが豪華なディナーを食べる中、一人だけ皿の上に盛られた黒っぽい灰色のムース的な何かを配膳されていたエルフの女性――ミンファ氏族長のミリアムが涙目で息子に謝っていた。
「それよりもヒロさんがわざわざ船から持ち出してきてくれた素敵なディナーですよ。嬉しいですよね? なんでも完全栄養食品らしいです。シータではなかなか食べられない貴重な品なんですから、残さず食べてくださいね」
黒い笑みを浮かべるネクト。涙目を浮かべるミリアム。氏族長として、そして母としての尊厳が全く存在していないな、あれは。というか、エルフは見た目が若々しいからミリアムと息子のネクトが兄妹というか姉弟にも見える。
え? ミリアムの目の前に皿に盛られているもの? フードカートリッジの中身だが?
ちなみに配膳されているドリンクはネクトが持ち込んだローカル健康飲料選手権入賞作品の中で一番味が微妙だったやつのレシピに則って作られたものだ。
「そのドリンクもミンファ氏族の叡智の結晶ですからね。とても健康に良いらしいですよ。族長にはピッタリのドリンクですね」
「許して」
「駄目です。そもそも謝る相手を間違ってますよね?」
「本当に申し訳ございませんでした。出来心だったんです」
「出来心で氏族全体の評判を下げるような真似をするとか何を考えているんです?」
「だ、だってゼッシュも乗ってきたから」
「そのゼッシュ族長は今頃ティニアに何を言われているんでしょうね」
今日のイベントが判明してからネクトはすぐにティニアにも連絡したらしい。あちらはあちらでノリノリでエルフの戦士達をミンファ氏族領に送りつけたゼッシュを絞っておくと言っていたとか。
それは良いんだが、氏族長ってエルフの三大勢力のトップなんだよな? 権威とかそういうのどうなってんの。もしや俺が思っていた以上にエルフの氏族長の立場って軽いのだろうか。
「どうすんのよ、これ」
「面白いから放っておこう」
エルマにそう答えてよく解らない獣のステーキを口に運ぶ。あー、美味い。これはソースが良いな。
「今日はミリアムさんの個人的な奢りらしいからな。好きなだけ飲み食いして良いぞ」
「えぇ、遠慮なさらず。経費で落ちませんけど。ああ、お酒ならミレンドルフの白がラム・ダウのステーキに合いますよ」
ワインの名前を聞いたミリアムの顔色が悪くなった気がする。どうやら高い酒らしい。一体どんな出来心が作用して今日みたいなイベントが強引に押し込まれる事になったか知らんが、黒幕がああして顔色を悪くしているのを見ると多少は溜飲が下がるってもんだな。




