#259 特級厄物
間に合わなかった……!_(:3」∠)_
「事の起こりは先日の宙賊による襲撃なのだ」
俺の対面に置かれているソファに腰掛けたゼッシュがそう言って語り始めたのは、御神木の種とやらが俺の手に渡ることになった経緯であった。
「宙賊どもはグラード氏族領とミンファ氏族領の境にある御神木の根本で行われようとしていた婚約の儀に乱入してきた。襲撃は苛烈で、多くの参加者が死傷し、或いは連れ去られた。宙賊どもはそれでも飽き足らず、御神木にまで攻撃を仕掛けたのだ。奴らの船から放たれた光線で御神木は焼かれ、半ば灰となった」
「なるほど。それでなんであんな場所に種が?」
俺があの発光する種を拾った場所はグラード氏族領のど真ん中だ。場所的にかなり離れている。誰かがあそこまで運んだとでも言うのか?
「御神木は滅びる際に一粒の種を世に放つ。その種は御神木から飛び立ち、手にするべき者が現れる場所へと突き刺さるのだ。そして、相応しき者でなければ抜くことも適わん」
「選定の剣かよ……」
似たような逸話は地球にもあった。アーサー王が抜いた岩に刺さった剣、北欧の英雄シグルドが林檎の樹から抜いた魔剣なんかが有名だ。選ばれし者にしか抜けず、抜いた者に絶大な力を与え、武勲と名誉と破滅を齎す。基本的に抜いたやつは碌な死に方をしていない、というのが俺の見解である。
「特級の厄い物体じゃねーか。やっぱ要らんから引き取ってくれ」
「いやいやいや、これは物凄い名誉なことなのだぞ!?」
そうだそうだと謎の発光物体もとい御神木の種もとい特級厄物が明滅する。
「騙されんぞ! どうせ抜いたやつは絶大な力とか名誉とか武勲とか得る代わりに碌な死に方をしないんだろ!」
「そ、そのようなことは……うん、ない。ないぞ?」
「嘘吐くならもう少し上手く吐けや!」
弱々しげに明滅する特級厄物とゼッシュを怒鳴りつける。
「そもそも、俺は用事が済んだらこの星からおさらばするからな。というか今すぐおさらばしたくなってきた。特に用事はないよな? よし、行こう。すぐ行こう。今行こう」
「待て待て待て待て! 待ってくれ! ヒロ殿が種の選定者であるという事実も一度持ち帰って対応を考えなければならない。どうか数日で良いから時間をくれ!」
ゼッシュが再び頭を下げて頼み込んでくる。
「それに詫びの品を用意するのにも時間がかかる。手配と運送で少なくとも三日、できれば一週間は欲しい。その間の宿泊ともてなしについてもこちらで全て手配する、何卒頼む」
「ぐぬぅ……」
ここまで頼み込まれると……いや、ここで妥協するのは良くない。こういうパターンで今まで何度厄介事に巻き込まれたと思っているんだ。ここは毅然とした態度で――。
「ヒロ様、そこまで気にしなくても大丈夫じゃないでしょうか?」
「……そのこころは?」
「えっと……」
ミミが言いづらそうに目を逸らす。なんだ?
「御神木の種を拾っていても拾っていなくても結局いつもと同じなんじゃないか、って……」
「……」
ミミの言い分に思わず沈黙する。どうせトラブル体質なんだから、トラブル体質というか英雄の資質的なアレを付与する特級厄物を持っていても一緒じゃないかと。そういうことですかそうですか。
「そうね」
「せやな」
「ええと……残念ながら私もそう思います」
「ご主人様。毒を食らわば皿までという言葉もございます」
「嫌だよ! そもそも毒を食らいたくないって話をしているんだよ俺はっ!」
俺は必死に抵抗したが、結局あと一週間ほどシータに滞在することに相成るのであった。畜生め。
☆★☆
結局、俺達は総合港湾施設の近くにある旅館――一番最初に歓迎の宴を開いてもらったところだ――に暫く滞在することになった。上げ膳据え膳で最初に来た時よりも更に丁寧な対応である。気分は王様かお殿様といったところだ。
それだけなら何の不満もない。その筈だったのだが、まずどこから嗅ぎつけたのか早速シータのマスコミが俺に取材を申し込んできた。当然ながら拒否である。シータの三族長が首を縦に振ろうとも俺は首を縦に振るつもりはない。そう断言したら遠距離からカメラやドローンで俺の様子を監視でもするかのように盗撮し始めやがった。
これでは休まるものも休まらないと早速三族長にクレームを入れることになった。というか、俺は正式な貴族ではないものの、立場的には名誉子爵様である。そのプライベートを隠し撮りとか許されると思ってんのか? お? と三族長経由でマスコミを軽く脅したらパッタリと取材という名の盗撮は鳴りを潜めた。貴族特権ってすげー!
それでやっと落ち着くかと思ったのだが。
「お久しぶりです」
と言いながらお供の女の子を二人引き連れた美人さんが訪ねてきた。グラード氏族長であるゼッシュの娘、ティニアである。今日はお供の女の子二人だけでなく、イケメンエルフも一緒だ。
「ミンファ氏族長ミリアムの子、ネクトです。どうもその説は本当にお世話になりました」
輝くような金髪が眩しい爽やかイケメンである。物凄いイケメンなのに気障ったらしいところもなく、好感の持てる青年だ。
「快復したようで何よりだ」
「お蔭様で。正直に言うとあの船の中の記憶は殆どないんですが、貴方の助けが無ければ私は命を落としていたと聞いています。本当にありがとうございました」
そう言ってネクト氏が頭を下げる。うん、こうして素直に感謝されると気持ちが良いな。多分自然とこういうことができる辺りが爽やかイケメンを爽やかイケメンたらしめる所作というものなのだろう。
「それと、先日は母がすみません。人伝に聞いたのですが、ご迷惑をおかけしたと」
「いや、まぁ本人の興味もあったんだろうけど、親身になって話を聞いてくれたわけだしな」
興味の比重がかなり大きかったように思えるが、ミリアムさんの考察そのものは聞いていてちょっと楽しかった。魔法に対する興味は今も微塵も無いが、まぁ時間はあるのだし一回くらいは訪ねてみても良いかも知れない。
「それと、ちらりと耳に挟んだのですが、ヒロ殿は珍しい飲み物を探しているとか」
「ああ、うん。まぁ探しているものは無かったんだけどな」
思わず遠い目になる。大手の飲料メーカーの人が知らなかったなら、この星にコーラ的なものが出回っているということはまずあるまい。
「実は、ミンファ氏族領で一般には出回っていない薬湯というのが色々あるんですよ。グラード氏族領に近い地域に住んでいる人達――その中でも特に薬草師や薬師と呼ばれる人達が作っている健康飲料のようなものです」
「……ほう?」
俄然興味が湧いてきた。確かコーラの原点はそういった地方の医者みたいな人達が作った健康飲料――ルートビアだった筈だ。流通経路に乗っていないローカルドリンクとしてコーラになる前のルートビアが隠れている可能性は十分に有り得る。
「過去のコンテストで評判の良かったもののレシピや、去年のコンテストで優秀作品とされたものの現物をいくつか用意してきたのですが……」
「グッジョブ、マイフレンド。早速試飲しようじゃないか。ああ、良ければ俺達の船に来るか? 航宙艦に乗ったことってあまり無いだろう? 良ければ遊覧飛行にもご招待しよう。望むなら宙賊狩りツアーに連れて行ってもいいぞ」
ネクト君は良い奴だな! え? 態度が露骨? そりゃそうだよ。俺は聖人君子でも清廉潔白な政治家でもなんでも無いんだから。ローカル飲料の試飲、楽しみだな!




