#246 しょんぼりだよ。
寝坊の上ぽんぺグワーッ!_(:3」∠)_(よく効くお薬を飲んで今は回復兆候
結論から言うと、コーラは無かった。
というか、炭酸飲料そのものが無かった。如何なる歴史の悪戯か、リーフィルⅣ――シータではそもそも炭酸飲料という概念すら生まれていなかったのである。
「新しい清涼飲料水のアイデアをお持ちだとか? 少しお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「別に良いけど、技術的な話までは知らんぞ」
シータでは大手である清涼飲料水メーカーの工場に見学に来ていたのだが、案内員に炭酸飲料は無いのか? と聞いて、詳細を説明しているうちになんか偉い人が出てきて話を聞かれることになった。俺としては多少の手間で炭酸飲料が飲めるかもしれないということもあり、話すこと自体には乗り気である。
「話してくるから、適当に見学しといてくれ」
「ご主人様には私が付き添い致しますので」
「そう? ならそうしましょうか」
というわけで、メイだけが俺についてくる形となり、他の面々は見学ツアー……というか試飲ツアーをそのまま続けることになった。もうすぐ清涼飲料水エリアから酒類エリアに切り替わるところだったからだろうな。俺とメイ以外の四人のうち三人が飲兵衛だし。
ミミは……流石に正体を無くすレベルでは酔わせないと思いたい。あまり酒に強くないからな、ミミも。飲兵衛どももそれくらいは気遣ってくれることだろう。
「どうぞ、こちらへ」
俺達を最初に案内してくれていたのとは別の案内員と、その上役の偉い人に先導されて応接室のような場所に通される。
「炭酸飲料ってのはつまり、炭酸――つまり二酸化炭素を添加した清涼飲料水のことだな。シュワッとした感触と特徴的な喉越しが得られる、刺激的な飲み物だ」
そう前置いて俺が知る限りの炭酸飲料の知識を披露する。残念ながら工場でどのように炭酸飲料が作られているかまでは知らない。基本的にはまず炭酸が添加されていない原液を作り、それを圧力容器に入れて炭酸ガスを注入するといった形だったと思う。
「確かその際には原液を冷やしていたほうが炭酸ガスが溶け込みやすかった筈だ」
「なるほどなるほど」
俺の話を聞きながら偉い人はタブレット端末にメモを取っているようだ。
「フレーバーとしては果実系のさっぱりとした飲料が多いな。基本的に清涼飲料水ってのはそういう傾向が強いだろうから、大体炭酸化すれば合わないことは無いんじゃないかと思う。勿論美味しいと思えるように調整はいるんだろうが、それはプロが調整するべき仕事だな」
「それはそうですね」
「あと、ドライアイス……固形化した二酸化炭素があればとりあえず簡単に炭酸飲料をでっちあげることができる。既存の清涼飲料水にドライアイスをぶち込んでやれば簡単に炭酸化するからな。工業的に大量生産するなら設備を整える必要があると思うが、お手軽に試すならそういう方法もあるってことで」
「参考になります。ちなみに酒類には?」
「俺の記憶だとあまりアルコール度数の高くない果実酒や、果実のフレーバーが強いカクテルなんかも炭酸化されてたはずだな。アルコール度数は9%未満くらいだった気がする。あとは麦汁から作るビールの類も炭酸化されてるイメージが強いな、俺は」
「なるほどなるほど」
「あと、当然だが炭酸ガスを封入している性質上、破裂しないよう容器の強度には配慮が必要だ。当然ながら、宇宙空間――無重力下や低圧力化では破裂の危険や、噴き出した液体の処理にも何十するはず。そもそも、炭酸ガス=二酸化炭素なわけだから、コロニーや宇宙船内で消費するのに向かない。だから廃れているんだと思う」
「なるほど。しかし惑星上での消費に限って言えば、容器の強度に注意すれば流通させるのは難しくないということでもありますね」
俺の話を聞いている偉い人はそう言ってニコニコしている。話を聞いてみると、この人はこの清涼飲料水メーカーの商品開発部の人であるそうで、シータ上で販売されている清涼飲料水の情報はほぼ把握しているのだそうだ。そんな彼曰く、シータには今まで炭酸飲料というものは販売されていない。これは大きな商機になりそうだと彼はそれはもう嬉しそうである。
その一方、俺としてはしょんぼりである。このシータで清涼飲料水メーカーの見学ツアーに参加する意味がほぼ無くなったと言っても良い。しょんぼりである。
なお、蛇足だがアイデア料としてこのメーカーが作っている品の中でも特に人気のある品を大量に贈られた。本当はアイデア料としてそれなりの金額を支払うと言われたのだが、俺からしてみたら端金だったので、酒やジュースを現物で大量にもらうことにしたのだ。
自分達で消費してもよし、どこかのコロニーで売り捌くもよし。どうせ俺の知識だって金が取れるほどキッチリしたものではなかったのだし、こんなことで面倒な契約書類を作ってなんだかんだやるのは面倒だしな。まぁ英断だったと思う。
☆★☆
「ということがあったのさ」
「へー」
「難儀やなぁ」
「それは残念でしたね」
酒をかっ喰らいながらの飲兵衛三匹の反応がこれである。完全に他人事のそれである。まぁ完全に他人事なんだろうけどさ。というか酒瓶、酒瓶の数。なんで十本以上空になってるの?
「うぇへへ……」
そして若干一名、正体を無くして俺の膝の上で幸せそうにスヤァしているのがいる。合流するなり俺の隣に座って絡んだ挙げ句、ご覧の有様である。
「ところでどうしてこんなになるまで放っておいた?」
「ちょっと目を離した隙に」
「この程度で酔っ払うとか思わんやろ、常識的に考えて」
「すみません……」
ちゃんと謝るウィスカは可愛いなぁ。しかしもう色々とぐだぐだである。この惑星上に炭酸飲料などは存在しないという驚愕的な事実を突きつけられた俺はテンションがだだ下がりだし、ミミは試飲で完璧に酔っ払ってるし、飲兵衛三人は「試飲とは?」と言いたくなるレベルで本格的に飲んでるし。
「なんかすまないな、こんなだらしないアレで」
「いえいえ、むしろ皆さん普通の人なんだなぁって親近感を持ちますよ」
案内役として俺達に随伴してくれているリリウムがそう言って笑う。彼女はエルマ達について歩いていたのだが、当然ながら酔っ払ってなどいない。仕事中だからということで飲酒は遠慮したらしい。
「そういうわけで、一軒目にして俺の目的を見失ってしまったからプランを立て直したいと思う」
「えー? もっと回らないの?」
「酒の試飲ツアーはまだ始まったばかりやろ」
「えっと……」
どうしようもない飲兵衛二人だけじゃなく、ウィスカまで残念そうな顔をしている。君達そんだけ飲んだのにまだ飲み足りないの? 肝臓大丈夫?
「そんだけ腰落ち着けて本格的に飲んでまだ飲むのか?」
「こんなの序の口よ、序の口」
「エルフの酒は上品で美味しいけど、ちょっと度が低いなぁ。こんなんジュースとほとんど変わらんで」
「ええっと、私ももう少し回りたいなって」
ウィスカにまでそう言われては仕方がない。これもクルーの福利厚生の一部と考えれば必要なことなのだろう。そう納得することにしよう。
「わかった。元はと言えば俺のわがままに付き合ってもらったわけだからな。酒蔵回りを続けるとするか」
俺がそう言うと、飲兵衛三人から歓声が上がった。君達本当にお酒好きだな? 俺には理解が及ばんよ。まぁ、俺の炭酸飲料好きもあっちから見れば同じようなものなんだろうけど。
「それじゃあ今度は酒造メーカーを目指して移動しようか。度数高め、値段は高くてもOK、質優先って感じのところをチョイスしてくれ」
「わかりました、手配しますので少々お待ち下さい」
リリウムが次の移動先を検討している間にミミを介抱しておこう。そして飲兵衛どもは移動準備しような。ほら、酒を片してしまいなさい。ハリーハリー。
シータ観光一日目は終始こういった感じで酒、酒、酒という感じで終わった。
まぁ、俺はついて回ってのんびりしているだけだったが、たまにはこういうのも悪くないだろう。飲兵衛達は大満足だったようだし、簡易医療ポッドを借りて酒を抜いたミミはシータの珍味を堪能していた。俺も一緒に色々食って楽しかったしな。
しかしこの平和な感じが嵐の前の静けさみたいな感じで嫌なんだよなぁ。用心しておこう。




