#245 観光開始の朝
ギリギリ……! 間に合わなかった……!_(:3」∠)_
朝起きたら整備士姉妹が左右からそれぞれ俺の右腕と左腕にくっついていた。俺の腕は抱き枕じゃないんだが? まぁうん、温かいしちょっと柔らかいしなんか良い匂いがするし悪い気分ではないんだけどね。どうして女の子って良い匂いがするんだろうな。シャンプーやコンディショナーの違いか? この旅館だと備え付けのものだろうから大した差は無いと思うんだが。謎だな。
「あら、仲が良いわね」
「いいなぁ」
俺が起きたことに気がついたエルマとミミがひょいと俺の顔を覗き込んでくる。二人ともまだ寝間着のままであるようだ。
「身支度を整える前にお風呂に入ろうかと思って。支度の音で起こしちゃったかしら?」
「いや、自然に目が覚めた。俺も朝風呂にでも行くか」
そう言って二人を起こすために腕を動かすと、何やらむにゃむにゃと言いながら二人とも起き始めた。
「んあー、おはようさん」
「おはようございま――ぴっ!?」
「わー♪」
状況に気づいたウィスカが変な鳴き声を上げて俺から離れる方向に転がっていく。そんなに慌てんでも良いと思うが。
ちなみに転がっていった方向には丁度ミミが居て、転がってきたウィスカを楽しそうに捕獲していた。ウィスカの方が年上なんだが、見た目は完全にミミの方が年上に見えるんだよな。そのせいか、ミミから整備士姉妹に対する精神的な障壁は著しく低い。つまりとてもナチュラルに可愛がる。
「ウィスカちゃんのほっぺぷにぷにー」
「にゃーっ」
捕獲されたウィスカがミミの魔手によって頬をむにむにされるのを横目で見ながら身体を起こす。ついでにまだ右腕にくっついている姉の方も起こす。こら、足まで使って絡みついてくるんじゃない。
「もうちょいだらだらしようやー」
「俺は朝風呂に入りに行くんだよ。ティーナもエルマ達と一緒に入ってこい」
「えー、兄さんと一緒ならええけどー」
「寝ぼけてんのか。俺がお前の身体を隅から隅まで洗ったりしている絵面を想像してみろ。完全に犯罪だろうが」
「なんでやねん。うちは完璧なレディやろがい」
「一般的な視点から見るとどう見ても子供――何をしているんだ?」
無言でティーナが俺の腕に抱きついて身体を押し付けてきた。そしてあまり厚くない寝間着の生地越しに腕に感じられるふにゅりと柔らかい感触。こ、こいつ……! 寝起きだから下着を着けていないな!? くっ、思ったよりもあるじゃないか。
「うりうり、どや? これでも子供かー? んー?」
「OKOK、俺の負けだ。ティーナは立派なレディだ。でもそれだと俺と一緒ってのは余計にNGだと思うんだが?」
「せやろか?」
「せやで」
こてん、と首を傾げるティーナに対して重々しく頷いて見せる。
「はいはい、漫才はそこまでにしときなさい。パパっと朝の支度をしちゃいましょう」
「はーい、ママ」
「誰がママよ!?」
「ヒロ様! 私、私もママって呼んでください!」
「むあーっ!?」
冗談で言ったんだけど、ミミの食いつきが凄い。なんで君そんなに大興奮してるの。というか興奮しすぎてウィスカの顔が胸に埋まってるから。今にも窒息しそうだからやめて差し上げろ。
☆★☆
「おはようございます」
「おはよう」
身支度を整えてロビーに行くと、ロビーのソファに座って何やらタブレット端末を操作していた銀髪のエルフの女性――昨日も俺達を案内してくれたリリウムが俺達に声をかけてきた。
今日は民族衣装のチャイナドレスっぽい衣装ではなく、どちらかと言うと俺達に近い「普通」の格好をしているな。
「今日はドレスじゃないんだな」
「はい。あっちの方が良かったでしょうか?」
「いや、その格好の方が見てて落ち着くね」
男ってのは単純なもので、深いスリットから除く生足やはっきりと分かる身体の起伏にどうしても視線が吸い寄せられてしまうものだ。俺はミミとエルマ、それにメイという俺には勿体ないくらいのお相手が三人もいるわけだが、それでも視界に入ってしまうとな。
「こっちから振っておいてなんだけど、衣装の話はそれくらいにしとこうか。あまりそっち方面の話を掘り下げるとセクハラになりそうだ」
「ふふ、わかりました。よろしければ本日も案内役を務めさせていただきます」
「それは助かるけど、良いのか?」
「はい。上からもそう言われていますから」
「上からね。そう言えばリリウムはどういう立場の人なんだ?」
俺の質問にリリウムは笑みを浮かべてみせた。
「私はローゼ氏族の族長であるローゼ家の分家の出でして。まぁごく簡単に言うとエルフ自治区の外務を担当する部署の職員なんです。一応公務員なんですよ、これでも」
「なるほど?」
外務担当が来賓の接待や観光案内をするのか。まぁ、リーフィルⅣはエルフの自治区のような扱いらしいし、そういった外務関係の事柄を処理する専門部署なんてのがあってもおかしくはないのかね。
「基本的にローゼ氏族がシータ――リーフィルⅣの外のことを一手に引き受けているんです。外務や星系の防衛、星系外との交易や観光客の呼び込みとかもですね。まぁ業務はかなり多岐にわたります」
「へぇ。でもそれってかなり大変そうだな」
「そうですね。ですが、その分利益も大きいわけです」
「リスクもな」
「あはは……」
俺の言うリスクというのはつまり、外との交渉や外敵からの防衛に失敗すると、その責任を取らなければならなくなるということである。実際、メイに教えてもらった限りでは両氏族にかなり強く糾弾されているようだし。
「まぁ、今の俺達には関係のない話だな。案内してくれるって言うならありがたく案内されるよ」
「はい、お任せください。何か希望などはありますか? オススメはシータの様々な動植物が展示されている動植物園ですね。美術館もまだ全ての展示品を見ることはできていなかったでしょうから、そちらに行くのもおすすめです」
そう言いながらリリウムがタブレット型の端末の画面をこちらに向けてくる。画面には何やら可愛らしい雰囲気の毛玉みたいな生き物や、凶悪そうな感じの半分爬虫類みたいな獣が映っているな。
「それも良いな。だが、俺にも希望があってな?」
「はい、希望があればそちらもご案内しますよ。どのような場所が良いでしょうか?」
「清涼飲料水メーカーの工場で。有名どころが良いな。試飲ができるとより良い」
「清涼飲料水メーカーですか?」
リリウムが首を傾げる。なんでそんな場所を? と思うのも無理はない。しかし俺にとっては重要なことなんだ。とても重要なことなんだ。
「ついでに酒造メーカーも」
「酒造メーカーええね」
「いいですね」
酒飲み勢が攻勢を仕掛けてくる。
くっ、三人で希望するのはズルいぞ! 人数が多い分そっちが優先されてしまうかもしれないじゃないか!
「えっと、じゃあお昼ごはんはどこか地元の料理が食べられるところで。美味しいのでお願いします」
ミミが控え目に手を挙げてそう言う。ちゃんと美味しいのでって言うのは良いことだな。たまに地元名物だからって言って食いに行ったら加工直後のフードカートリッジの中身そのままだったとかそういうのがあったからな。あれは酷かった。
「ええと……そうですね。ローゼ氏族領とミンファ氏族領の境界辺りに食料品工場が集まっている区域があるので、そちらに行きましょうか。工場の見学ツアーをやっているところもありますし」
「OK、そのプランで行こう」
炭酸飲料を探しているという件に関しては移動中に話せば良いだろう。前にエルマがルートビアに似た薬湯をこの星で飲んだことがあるみたいな話をしていたし、きっと近いものがあるはず。
あってくれ。たのむ!




