#237 嵐の前の静――かではない時間。
なまらさむくてねぼうしました_(:3」∠)_(おふとぅんからでたくない
グラード氏族のティニア達との会食の翌日、今度はミンファ氏族のネクトという人物から書状が届いた。内容としては、宙賊達の手から救い出してくれた事に関する礼と、その際に命を助けてもらった礼を述べたいという内容だ。本来であればネクト自らが出向いて礼を述べるべきところだが、療養中であるためこちらから出向くことができないということに関する謝罪とともに、シータに降りた際にはこの書状を持参してミンファ氏族の元を訪れてくれれば、氏族長の第二子として出来得る限りの便宜を図ると書かれていた。
「見ろよこれ。書状だぞ、書状。今の時代に紙に書いた書状とか凄くね?」
「まぁ、贅沢品ですよね」
「そうね、嗜好品のレベルを超えて贅沢品ね」
ネクト氏から届いた書状をピラピラと振ってみせると、ミミとエルマがそれぞれ頷いた。この世界では、紙なんてものが普段の生活で使われることが全く無くなっており、その全てが完全に電子化されていると言っても過言ではない。実際、この世界に来てからメモ用紙を含めて文字を書くための紙媒体というのを俺は見かけた覚えがない。製品のパッケージの類もほぼ全てがプラスチックのような合成素材で出来ており、ラベルなども基本的にはパッケージそのものに直接印刷されているのだ。
「しっかし雅やなぁ」
「メッセージじゃなくて紙の書状っていうのは確かにそうだよね」
「どんな人なんだろうな。傷を負って呻いているとこしか見てないから人となりが全然わかんねぇんだよな」
ちなみに、昨日の会食の際にグラード氏族のティニアからもシータに降りた際には是非グラード氏族領を訪れてくれと言われている。グラード氏族を挙げて歓迎してくれるという話だ。
「あまり堅苦しいのは御免だけど、何かと便宜を図ってもらえるなら渡りに船ではあるよな」
俺達がシータに降りる理由というのは全体としては観光、俺個人の目的はコーラ探しである。薬湯関係の話題をフックに、それっぽい飲料がないか探りを入れなければ。正直、コーラを手に入れるためであれば多少の無理難題は引き受けても良いと思っているし、多少強引な手でも躊躇なく使うつもりである。代替品で誤魔化すのもそろそろ限界だ。
「とにかく、権力闘争にだけは巻き込まれないように注意しましょう。いざとなったら星系外に逃げるくらいのつもりでね。所詮いち惑星の中での話なんだから、数星系も離れれば完全に影響下から逃れられるだろうからね」
「なんかきな臭い感じですもんね」
「兄さんはトラブル誘引体質やからなぁ」
「というか、どんなに気をつけても避けるのは無理な気がするんですけど」
「ウィスカ、それ以上いけない」
本当のことを言っても誰も得をしないことだってあるんだぞ。それを言い始めたら、こうして話し合っていることすら無駄ということになるじゃないか。人は決して諦めてはいけないんだ。運命は受け入れるものじゃない。切り拓くものなんだ。なんかどこかの漫画かゲームかアニメの主人公とかがそんな感じのことを言ってるよ。知らんけど。
『ご主人様』
益体もない話をしていると、俺達がのんべんだらりと過ごしていた休憩スペースにメイの声が響き、休憩スペースのホロディスプレイが立ち上がってメイの姿とブラックロータスのコックピットの光景が映し出された。
「どうした?」
『リーフィル星系の惑星管理局から惑星への降下申請が通ったという連絡がありました。こちらから降下スケジュールを伝えればいつでも降下が可能です』
「え? 早くないか? なんか結構時間かかるって話じゃなかった?」
『はい。どうやら星系軍やグラード氏族、ミンファ氏族――というか族長連合からの働きかけがあったようで』
「なるほど」
「予想できたことではあるわね」
リーフィル星系の権力構造がどうなっているのか詳しいことまではわからないが、今の俺達は星系軍や族長連合に盛大に恩を売った状態だ。それらの組織はそれなり以上の権力を握っていることは予想に難くなく、そちらからの働きかけでお役所の仕事が通常よりも早く進められるというのは確かにありそうな話であった。
「そう言ってもな。拿捕した大型宙賊艦の改修作業があるわけだし、そうホイホイと明日から行きますってわけには行かないだろ」
「せやねぇ。あと三日……いや、二日は要るで」
「売却手続きは早めに進めることは可能ですね。仕様は決定しているわけですし。売却手続自体は降下後に進めることも可能ですから、別に急ぐ必要はないんじゃないでしょうか?」
「降下して諸々片付けた後に改修作業をすることもできますけど、その日数分ドックに停泊したままになるので、費用が嵩みますよ。改修が終わっても、売却手続きが成立するまで停泊費用はこちら持ちなので、早めに片付けたほうが良いと思います」
ティーナとミミ、それにウィスカがそれぞれの立場から鹵獲した大型宙賊艦の始末についてアドバイスしてくれる。
「それじゃあ降下は三日後ってことで。ティーナとウィスカには悪いけど、改修作業は二日で済ませてくれ。売却手続きは今からでも始めるってことで、ミミはティーナ達と連携して作業を進めてくれ」
「はいっ!」
「がってん」
「わかりました」
「私は降下スケジュールを調整するわね。降下する際のコースとかも事前に通達しなきゃいけないし」
「そうしてくれ。降下の際はブラックロータスごと降下するから、停泊施設に関する調整とかも要るだろ。メイと相談して計画を詰めてくれ」
「了解」
『承知致しました』
「そして俺は……俺は何をしような?」
やるべき仕事を全部クルー達に割り振ってしまった結果、手持ち無沙汰になってしまう俺であった。
「何かあったら相談するから、ドンと構えてなさい。でも、あんまり外に出ないでね。変なトラブル拾ってきそうだし」
「はい」
俺はエルマの言うことに素直に従うことにした。俺は素直ないい子なので。
☆★☆
「ふーん、ふんふんふーん♪」
俺は素直ないい子なので船の外には出ないことにした。エルマが心配していたのは、俺がコロニーにふらふらと遊び出てティニアやネクト、その他エルフのお偉いさんなどに出会い、無用なトラブルに巻き込まれることだろう。
だから船の外に出ないようにする。うむ、実に理に適っている。
だから俺は船の外には出ない。だが船ごと外に出るのはセーフではなかろうか? 具体的にはクリシュナに乗って宙賊をしばきに行くのはセーフなのでは?
クリシュナで宇宙に出て宙賊をしばき倒して暇潰しをする。俺は儲かる。リーフィル星系の人達は宙賊が減って安心できる。最高だな。宙賊くらいしかいない宇宙空間で活動をしている分には、エルフのお偉いさんと関わって変なトラブルに見舞われることもない。完璧だ。
心の中で完全なる理論武装を行った俺は、クリシュナのコックピットに足を踏み入れた。
「おはよう。随分早かったわね」
「おはよう。ちょっと急用を思い出した」
クリシュナのコックピットで待ち伏せしていたエルマに挨拶をして踵を返す。よし、俺は何も見なかった。誰にも会わなかった。俺は素直ないい子なので、ブラックロータスの休憩スペースで大人しくしていようと思う。俺はいい子なので。
あの、俺はいい子なので離してはくれまいか? 肩が、肩が痛い! 握力が強いですエルマさん! ゆるして!
「という夢を見たんだ」
痛む肩を押さえながらそう語ると、昼休憩のために船に戻ってきていたティーナとウィスカにジト目で睨まれた。
「お兄さん、この期に及んで仕事を増やそうとするのはどうかと思いますよ」
「ちゅうか夢やないやろ、それ。めっちゃ見張られてるやん」
俺の背後にはメイが控えていた。これは別に俺を見張っているわけではない。見守っているのだ。
「というかいつもの兄さんらしくないやん。どこからそのパッションが溢れてんねん」
「宇宙の強制力が」
「実は何か面白いことが起きないかなとか思ってません?」
「ソナコトナイアルヨ」
実は面倒くさそうな権力関係のトラブルよりも、宙賊とか宇宙怪獣をぶっ飛ばして終了! 大団円! みたいな展開のほうが楽なので、どうにか動き回って今の流れを変えられないかなとか思っているのは秘密だ。俺がトラブルを引き寄せる体質だというのならワンチャンあるのでは?
え? そんなオカルトじみたジンクスのような何かを信じ込んで行動するとかおかしい? いやいや、考えてみてくれ。こっちの世界に来てからこの方、トラブルに次ぐトラブルに見舞われているんだぞ。二度あることは三度あるどころの話じゃない。四度も五度も起こっている。最初期から一緒にいるミミとエルマもきっと同じ感想を抱いているに違いない。
「大人しゅうしとき。どうせ星に降りたら何かあるんやろうから」
「あ、ティーナもそういう認識なんだ」
「ブラド星系を出て以来、お兄さんは行く先々で結晶生命体との戦闘に巻き込まれたり、帝室に絡まれたり、貴族の権力闘争に巻き込まれたりしてますからね……」
「兄さんの腕前が抜きん出てるっちゅうこともあるんやろけど、それでもなぁ……」
ドワーフ姉妹が左右から憐れむような視線を向けてくる。ははは、そういう目で見るのはやめてくれ給え。その視線は俺に効く。でも、俺と一緒にいる限りは二人も一蓮托生だからな。一緒に頑張ろうな? な? オラッ、逃さんぞ!
そうして俺はメイに監視されながら、整備士姉妹と束の間の穏やかな時間を過ごすのであった。




