#229 Hack and Slash
書き上がりは間に合ったんですよ。
ただ、書き上がったのが17:59だっただけで_(:3」∠)_(いいわけ
船内の警備は手薄だった。いや、単に殆どの戦力が先行して突入したこちら側の戦闘ボットへの対処に追われているだけなのだろう。
『クソブリキ缶め! ジョイスがやられた!』
『まだ息があるなら後ろに引っ張っていけ! リロイ! ショックグレネードだ!』
『任せ――ぎぃあああぁぁっ!?』
『畜生が! ブリキ缶にファ○クされるなんて御免だぞ!』
船倉のコンソールでミミが先程仕込んだ情報収集ツール――或いはマルウェアとかコンピューターウィルスと呼ばれるプログラムが宙賊側の通信内容を拾って俺の耳に届けてくれる。
「いつの間にかミミがスーパーハッカーになっていたとは……やるな、ミミ」
『なってません、なってませんから。これはメイさんが用意してくれたクラッキングツールを使ってるだけですからね?』
『まぁ、宙賊の船くらいなら市販されてるクラッキングツールでもどうにかなることは多いわよね。基本的に宙賊艦はソフトウェアのアップデートもなおざりというか、正規の方法ではできないわけだし』
「なるほど」
確かに宙賊艦というのは宙賊が撃破し、奪った船の継ぎ接ぎだったり、レストア品だったりする。当然ながら当局の追跡を逃れるためにセキュリティ関係のソフトウェアアップデートなども利用することができなくなるので、こういったソフトウェア周りのセキュリティは脆弱になっていることが多いのだ。稀にこういった技術に長けた宙賊が軍用艦並みのセキュリティを構築していることもあるらしいが、そんなのは本当に稀なケースである。
「まぁ、何にせよとても助かってるよ」
『お役に立てて嬉しいです。がんばります――ヒロ様、この先、T字路を曲がって左手の扉の先です』
「コックピットか?」
『いえ、違います。捕虜の収容室のようです。監視カメラに捕虜の人達が……酷く怪我をしている人もいるみたいです』
若干緊張を孕んだ声音で通信越しにミミがそう言う。
怪我人、怪我人か……一応救急ナノマシンユニットは持ってきているが、こいつは三つしか無い。これは負傷した時の生命線となるものなので、あまり使いたくはないんだが。
「……はぁ。監視カメラは上手く誤魔化してくれよ?」
『はい、任せて下さい。扉の横にパス入力用のキーパッドがあって、その下にメンテナンス用のソケットがあります』
「了解」
素早く扉に近寄り、小型情報端末からコードを伸ばしてソケットにジャックインする。すると、程なくして扉が開いた。俺は素早く捕虜部屋の中へと滑り込み、扉を閉める。これで閉じ込められたら間抜けだけど、当然部屋のロック自体を解除してあるから大丈夫だ。
中に入ってから部屋の中を見回してみると、十人ほどの捕虜らしき人々がさほど広くない部屋の中に詰め込まれていた。全員に手枷と足枷が着けられており、その自由の大半を奪っているようだ。
「俺は今この船に襲撃を掛けている傭兵だ。つまり、あんた達を助けに来た側だ。一応な」
そう言いながらよくよく捕虜達を見てみると、その全てがエルフであった。皆一様にエルマと同じく耳が尖っており、美人揃いだ。なるほど、エルフには美形が多いというのはこの世界でもご多分に漏れずということらしい恐らく、彼女らが宙賊の『獲物』なのだろう。
彼ら――いや、女性の方が圧倒的に多いようだから彼女らと言ったほうが良いか。彼女らは突然現れた闖入者である俺に警戒の眼差しを向けてきている。
「この船の足と武器は潰した。俺の配下の戦闘ボット達が宙賊の掃討も進めている。間もなく帝国航宙軍なり星系軍なりが到着もするだろうし、あんた達はとりあえず助かったと思っていい」
「私達は……家に帰ることができるのですか?」
エルフの囚人達の中でも一際の美人さんが俺に問いかけてくる。俺は彼女の言葉に頷き、口を開いた。
「恐らくは。ただ、俺はあんたたちがどうやってこの船に囚われることになったのか知らないから、断言はできない。だが、少なくともリーフィルプライムコロニーまでは行けるはずだ。その後の処遇がどうなるかはお役人次第だろう。それよりも酷い怪我をしているやつが居るんだろう? 仲間が監視カメラで見たんだ。救急ナノマシンユニットがある。こいつを使えばとりあえず命の危機は脱するはずだ」
そう言って俺がガンタイプの救急ナノマシンユニットを見せると、彼女達は警戒度合いを強めたようだった。レーザーガンか何かと思っているのかもしれない。
「大丈夫、これは薬だ。傷を塞いで出血を止めて、命を繋ぎ止めてくれる。怪我人に使うから道を空けてくれ」
彼女達は顔を見合わせ、少しだけヒソヒソと話をしてから道を開けてくれた。俺は奥に進み、倒れていた怪我人のそばにしゃがみ込む。
「酷いな。レーザー創に、殴られた痕もある。でも、これで楽になる筈だ」
左肩と右脇腹に半ば炭化したレーザー創を負っている男性に救急ナノマシンユニットを押し付け、引き金を引いて医療用ナノマシンを注入する。俺にはナノマシンの仕組みなんてよくわからないが、ゲーム的にはこれ一本で体力の60%が回復するアイテムだった。怪我の状態が良くなることはあっても悪くなることはあるまい。
「よし。この船は既に宇宙空間にあって、船内では戦闘が起こっている状態だ。すべてが終わるまでここに留まっていてくれ。この部屋に要救助者のタグを付けておくから、帝国航宙軍なり星系軍なりが来たらすぐに助けが来るはずだ」
「わかりました……貴方は?」
「俺はこのまま船のコックピットを制圧しに行く。帝国航宙軍や星系軍が来る前にカタをつけたいんでね」
帝国航宙軍や星系軍が来る前にカタをつけないと俺の取り分が減るからな。この船のメインの獲物である彼女達――エルフの非合法奴隷に値をつけるわけにはいかないが、船倉にはたっぷりと物資が積み込まれていた。宙賊艦が積んでいる荷なんてのはフードカートリッジか質の良くない酒やドラッグと相場が決まっているが、それも大型艦の船倉に目一杯積み込まれているとなるとなかなかの売値となる。
それに、スラスターと武装以外に目立った損傷のない大型艦というのも良い金になるものだ。リーフィル星系でどの程度需要があるのかは未知数だが、どれだけ買い叩かれても100万エネルを下ることはあるまい。
「それじゃあな。ここで大人しくしてるんだぞ」
「はい……あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
彼女達の代表であるらしき女性が問いかけてきたので、俺は振り返って名乗ることにした。
「俺はキャプテン・ヒロ。戦闘艦クリシュナのオーナーで、プラチナランクの傭兵だ」
☆★☆
捕虜部屋を後にしてコックピットへと進むが、宙賊どもの通信はだいぶ静かになってきた。恐らくは通信を発することができる連中の数がそれだけ減ったということだろう。今日もうちの戦闘ボット達は元気に働いているようだ。
『ヒロ様、間もなくコックピットです』
『ヒロ、星系軍のお出ましよ』
「了解。すぐに片付ける」
何かよくわからない紙屑や割れたガラスの破片のようなものが散らかる小汚い通路を駆けながら応答する。宙賊艦の通路は狭いし薄暗いし汚い。よくもまぁこんな環境で何日も過ごせるものだ。せめて掃除くらいしろよと思う。
『扉にロックはかかっていません』
「OK、行くぞ」
大きく息を吸い込み、扉を開けてコックピットへと飛び込む。
「――ッ!」
「んなっ!? て――め――」
息を止め、スローモーションになる世界の中でレーザーガンの照準を素早く宙賊の頭部にポイントし、発砲する。まず最初に俺に気づいた宙賊の額に致死出力のレーザーが着弾し、小爆発と共に宙賊が後ろへと吹っ飛んだ。宙賊はあと二人。
レーザーガンの発砲音を不思議に思ったのか、キャプテンシートに座っていた宙賊がこちらに振り返ろうとこちらに横っ面を見せる。俺はコックピット内へと突入しながらその横っ面に照準し、発砲。横っ面が弾け飛び、二人目の宙賊はキャプテンシートから投げ出されて床に転がる。
オペレーターシートに座っていた三人目は慌てて立ち上がろうとしたが、その頃にはすでに俺は目の前だ。右手にレーザーガンを保持したまま左手で腰の剣を打ち抜きざまに振るい、三人面の宙賊の右手を斬り飛ばし、返す刀で左肋から心臓に向けて剣を突き刺す。
これがただの金属製の刀剣であれば骨や筋肉で止められるのだろうが、残念ながらこの剣はパワーアーマーの装甲すら切り裂く強化単分子製の刃だ。骨も筋肉もいとも容易く貫き、剣は深々と三人目の宙賊の身体に突き刺さり、心臓を食い破った。ついでとばかりに背骨を断ち切るように刃を背中側へと抜けさせて確実にとどめを刺す。
「――ふぅ」
一呼吸の間に三人の宙賊を倒し、息を吐く。一人を斬り捨てたので、コックピット内は血の海だ。これは後でティーナとウィスカに文句を言われそうだな。
「こちらヒロ、コックピットの制圧完了。船内のシステムを掌握する。ミミ、手伝ってくれ」
『はい、ヒロ様』
血振りをして剣に付着した宙賊の血を払い、剣を鞘に収めてから小型情報端末からコードを伸ばし、コックピットのコンソールに備え付けられているソケットへとジャックインする。そしてすぐに外部通信を立ち上げ、広域通信で到着した星系軍へと呼びかけた。
「こちら傭兵ギルド所属のプラチナランク傭兵、キャプテン・ヒロだ。大型宙賊艦のコックピットを制圧した。現在、俺の指揮下にある戦闘ボットが船内の残存戦力を掃討中。また、船内に民間人が囚われているのを確認。怪我人も居る。船内のマップを共有するので、民間人の救護と護送を要請する」
とりあえずはこれで一段落だな。船内の掃討が終わったら息のある宙賊の引き渡しと、囚われていたエルフ達の引き渡しか。それが終わったらこの船を応急修理して、ブラックロータスでリーフィルプライムまで曳航して、積荷の換金と諸々の手続きと……やれやれ、自業自得とは言え初っ端から面倒事だらけだな。




